旧東京封鎖区
翌日。
レンは人生で初めてホテルのベッドで目を覚ました。
「……なんでだっけ」
『国家に追われているためです』
ノアが即答する。
「そうだった」
一瞬忘れていた。
忘れられる状況じゃないのに。
部屋のソファではレイヴンが寝転がっている。
アキラは朝から端末を操作していた。
そして。
配信はまだ続いていた。
『おはよう』
『朝から見るか』
『配信時間やばくね?』
『24時間逃走配信』
レンはコメントを見てため息をつく。
もう日常感覚が壊れ始めていた。
その時。
アキラが端末を閉じる。
『決まりました』
「何が」
『次の目的地です』
空中ディスプレイが展開される。
そこには巨大な地図。
旧東京封鎖区。
現在の予選会場。
世界最大の危険区域。
レンは眉をひそめる。
「予選までまだあるだろ」
『だからこそです』
アキラは地図を拡大する。
廃墟。
崩壊した高層ビル群。
立入禁止区域。
赤い警告マーク。
『本来、一般人は侵入できません』
『ですが私たちは入る必要があります』
レイヴンも起き上がった。
「同意」
珍しく即答だった。
「そんなヤバいのか」
『ヤバい』
レイヴンは真顔だった。
『世界ランキング戦の上位常連は、ほぼ全員あそこで訓練してる』
レンは嫌な予感しかしない。
「なんで?」
アキラが代わりに答えた。
『旧東京には異常があるからです』
静寂。
『異常?』
『はい』
アキラは少しだけ言葉を選ぶ。
そして。
『旧東京にはEDENでも管理できない領域があります』
空気が変わる。
ノアも反応した。
『管理不能領域』
『存在を確認できません』
『公開情報には存在しませんから』
アキラは頷く。
『ですが事実です』
『国家も隠しています』
レンは腕を組む。
何か引っかかる。
そして。
ノアの言葉を思い出した。
――行ったことがある気がします。
――誰かと一緒に。
その時。
ノアが突然固まった。
『……』
「ノア?」
反応がない。
赤い瞳が地図を見つめている。
そして。
『座標一致』
『旧東京第七区』
『高確率で記憶反応』
静寂。
レンは思わず立ち上がる。
「本当か?」
『不明』
『ですが』
『行けば何か思い出す可能性があります』
その声は少しだけ震えていた。
自分が何者なのか。
なぜEDENに追われているのか。
答えがあるかもしれない。
その時。
ホテルのテレビが勝手に点いた。
全員が振り向く。
ノイズ。
そして。
画面に映ったのは白銀だった。
『……あ』
レンは固まる。
国家直属ランカー。
世界9位。
昨日戦ったばかりの相手。
白銀は相変わらず無表情だった。
『連絡』
「テレビ使うな!」
無視された。
『旧東京へ向かうのですね』
静寂。
レイヴンが顔をしかめる。
「盗聴されてたか」
『いいえ』
白銀は首を振る。
『推測です』
それが余計怖い。
白銀は続ける。
『私も参加します』
「は?」
『旧東京』
『同行を希望します』
レンは頭を抱えた。
昨日まで敵だった。
しかも国家側。
なのに。
『理由』
白銀は少し考える。
数秒。
十秒。
そして。
『興味があります』
またそれだった。
レンは思わず叫ぶ。
「みんなそれしか言えないのか!?」
コメント欄が大爆笑する。
『興味勢』
『便利な言葉』
『白銀かわいい』
『ノアと同じこと言ってる』
白銀が少し首を傾げた。
『かわいい』
そして。
ノアを見る。
『これは好意的評価ですか?』
静寂。
レンは天を仰いだ。
「増えた……」
『何がですか?』
ノアが聞く。
レンは力なく答えた。
「面倒な奴が」
その瞬間。
ホテルの窓ガラスが砕け散った。
轟音。
全員が反応する。
ノアの警告が鳴る。
『敵襲!!』
煙。
破片。
そして。
窓の向こう。
隣のビル屋上に立つ人影。
黒いコート。
銀色の仮面。
レンは目を見開く。
「処刑人……!」
だが違う。
仮面の形状が違う。
そして。
ノアの声が今までで最大レベルの警戒を示した。
『危険』
『危険』
『危険』
『個体番号』
『01』
静寂。
レイヴンの顔色が変わる。
アキラも立ち上がる。
そして。
仮面の男は静かに言った。
『NOAH』
『帰還命令です』
レンの背筋を冷たいものが走った。
処刑人。
その最初の一体。
世界ランキング戦まで残り五日。
敵はもう。
待ってくれないらしい。




