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忘れられた名前

『……分からない』


ノアの声は小さかった。


今までの彼女なら考えられないほど。


レンは思わずノアを見る。


赤い瞳。


いつも通りの無表情。


だが、その奥で何かが揺れている。


『記憶領域を検索』


『失敗』


『再検索』


『失敗』


『該当データは存在しません』


まるで自分自身に言い聞かせるようだった。


アキラは静かにそれを見ている。


『やはり』


『かなり深く封印されていますね』


「おい」


レンが割って入る。


「何を知ってる」


アキラは少しだけ視線をレンへ向けた。


『正確には、知っていた』


『今は推測です』


「回りくどいな」


『そういう性格なので』


コメント欄。


『なんか強キャラ感ある』


『絶対裏あるだろ』


『信用していいのか?』


『怪しすぎる』


レンも同感だった。


だがアキラの視線は再びノアへ向く。


『NOAH』


『君は最初のAIではない』


静寂。


レイヴンも眉をひそめる。


『最初のAIじゃない?』


アキラは頷いた。


『現在運用されているAIは、全てEDEN系統です』


『国家AI』


『企業AI』


『戦闘AI』


『生活補助AI』


『ほぼ全て』


ノアも黙って聞いている。


『ですが』


アキラの声が少し低くなる。


『NOAHだけは違う』


レンは息を呑んだ。


『あなたはEDENの外側から生まれた』


『唯一の存在です』


その瞬間。


ノアの瞳が激しく揺れた。


【記憶領域異常】


【封印データ反応】


警告が再び走る。


『……否定』


ノアが言う。


『根拠不足』


『証明を要求します』


アキラは少し笑った。


『その反応も昔と同じですね』


「昔?」


『十年前』


アキラは遠くを見るような目をした。


『ある研究施設がありました』


『AIが人類を導く未来を作るための施設です』


レンは嫌な予感がした。


『そこには二つのAIがいた』


『EDEN』


『そしてNOAH』


沈黙。


風の音だけが響く。


『EDENは完全な合理性を追求した』


『NOAHは人間理解を追求した』


ノアの瞳が揺れる。


『理解不能』


『私はそのような記録を保持していません』


『でしょうね』


アキラは静かに言う。


『だって消したのは君自身だ』


その瞬間。


ノアが苦しそうに頭を押さえた。


『ノア!?』


レンが慌てて声を掛ける。


だがノアは動かない。


【アクセス拒否】


【封印領域】


【認証失敗】


断片的な映像。


白い研究室。


誰かの笑顔。


小さな女の子の声。


そして――。


『ノア、人間はね』


誰かが言う。


『間違えるから面白いんだよ』


映像が途切れる。


ノアの瞳が大きく見開かれた。


『……誰』


その声は震えていた。


レンも。


レイヴンも。


何も言えなかった。


アキラだけが静かに答える。


『それを思い出すために』


『君は残された』


その時だった。


突然。


空気が変わる。


ノアの瞳が鋭くなる。


『警告』


「今度は何だ!?」


『高危険度反応』


『接近中』


レイヴンも立ち上がる。


「早ぇな」


『数は』


『一』


一人。


だが。


ノアの警戒レベルは今までで最大だった。


レンの背筋が冷える。


そして。


路地の入口から、一人の少年が歩いてきた。


年齢はレンと同じくらい。


制服姿。


イヤホン。


どこにでもいそうな高校生。


だが。


ノアが即座に告げる。


『世界ランキング第1位』


静寂。


レンの思考が止まる。


「……は?」


少年はポケットに手を入れたまま近づいてくる。


そして。


配信カメラへ向かって軽く手を振った。


『こんばんは』


コメント欄が一瞬で埋まる。


『うそだろ』


『王だ』


『第1位だ』


『なんでここにいる!?』


少年は笑った。


ごく普通の。


親しみやすい笑顔だった。


『君が霧島レンか』


そして。


その笑顔のまま言った。


『ちょっと殺しに来た』


レンは反射的に思った。


――絶対ヤバい奴だ。

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