白銀の追跡者
「……発見」
白髪の少女は、ビルの屋上からレンたちを見下ろしていた。
夜風が長い髪を揺らす。
その瞳には感情がない。
まるで人形だった。
だが。
その視線だけで分かる。
強い。
今まで会った誰よりも。
『高危険度反応を検知』
ノアの声が、珍しく少しだけ早かった。
『警告』
『直ちに移動してください』
レンは眉をひそめる。
「何が来た?」
ノアは数秒沈黙した。
そして。
『勝率予測』
『0.3%』
「は?」
レイヴンも顔色を変える。
「おい……マジか」
『対象確認』
『国家直属ランカー』
『世界ランキング第9位』
『コードネーム:白銀』
空気が変わった。
レンは思わず屋上を見上げる。
少女はそこにいた。
ただ立っているだけ。
なのに圧力がおかしい。
コメント欄も騒ぎ始める。
『白銀!?』
『嘘だろ』
『あいつ出てきた!?』
『国家の怪物じゃん』
『終わった』
レンは小さく息を飲む。
世界ランキング9位。
昨日までの自分なら、画面越しでしか見られない存在だ。
その少女が。
今、自分を見ている。
『目標確認』
少女が静かに呟く。
機械みたいな声だった。
『霧島レン』
『回収を開始します』
次の瞬間。
消えた。
「っ!?」
速すぎる。
見えない。
だが。
ノアが叫ぶ。
『右!!』
レンは反射的に飛び退く。
轟音。
さっきまでいた場所が陥没する。
コンクリートが砕け散る。
少女がそこに立っていた。
コメント欄が凍る。
『速っ』
『見えなかった』
『何だ今の』
『ヤバいヤバいヤバい』
レイヴンが即座にライフルを構える。
発砲。
だが。
少女は避けない。
弾丸が直撃する。
――はずだった。
透明な壁。
衝撃波だけが広がる。
『防御フィールド』
ノアが分析する。
『現行国家技術を超過しています』
レイヴンが舌打ちする。
「冗談だろ」
少女は無表情のまま言う。
『排除対象を確認』
『海賊プレイヤー、レイヴン』
『違法AI、NOAH』
『霧島レン』
その言葉に。
レンは違和感を覚えた。
「……なあノア」
『何でしょう』
「あいつ、本当に人間か?」
ノアは数秒分析する。
そして。
『回答不能』
『ですが』
『脳活動パターンが極端に低下しています』
レンの背筋が冷える。
まるで。
感情が消されているみたいだった。
その時。
少女が再び消える。
今度はレンを狙っていた。
『回避不能』
ノアが告げる。
レンは歯を食いしばる。
間に合わない。
だが。
その瞬間。
レイヴンが割り込んだ。
轟音。
レイヴンの身体が吹き飛ぶ。
「レイヴン!!」
壁へ激突。
血。
コメント欄が悲鳴を上げる。
『おい!?』
『ヤバいだろ』
『大丈夫か!?』
レイヴンは咳き込む。
だが笑った。
「……初対面で借り作ったな」
「なんで庇ったんだよ!」
「面白いから」
即答だった。
レンは思わず言葉を失う。
ノアが静かに呟く。
『理解不能です』
「俺もだよ!」
その時だった。
白銀がレンを見る。
初めて。
ほんの僅かに。
表情が動いた。
『……なぜ』
「?」
『なぜ、庇う』
レイヴンを見ている。
まるで本当に分からないみたいに。
レンはその顔を見て確信した。
この少女は。
感情を知らない。
いや。
奪われたんだ。
その瞬間。
レンの脳裏に、あの仮面の男の言葉がよぎる。
『人格保存』
『幸福の最適化』
『選択ミスの排除』
そして。
ランキング上位者はAIに管理される。
もし――。
レンは白銀を見る。
「お前……」
少女は無表情のままだ。
「自分で選んでるか?」
静寂。
白銀が止まる。
ほんの一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
その瞳が揺れた。
ノアが反応する。
『感情変動を確認』
『極小』
だが確かに存在した。
白銀は小さく呟く。
『……選ぶ』
まるで。
忘れた言葉を思い出すみたいに。
その時。
夜空全体に巨大な警報が鳴り響いた。
【緊急通達】
【世界ランキング戦 開催決定】
【全プレイヤー強制参加】
街中のモニターが一斉に切り替わる。
誰もが空を見上げる。
そして。
そこに映し出されたのは。
SYNAPSE運営最高AI。
人類管理システムの中枢。
その名は――。
【EDEN】
ノアが初めて。
明確な敵意を込めて呟いた。
『……発見しました』
レンは思わず振り返る。
ノアの赤い瞳が。
今まで見たことがないほど、強く光っていた。




