視聴者100万人
夜の街が騒がしかった。
巨大モニター。
ドローン広告。
通行人の視線。
全部がレンへ向いている気がした。
『現在位置、拡散中』
『周辺SNS投稿数増加』
ノアの報告に、レンは顔を引きつらせる。
「逐一言わなくていいから……」
レイヴンは楽しそうに笑った。
「有名税ってやつだな」
「重すぎるだろその税金」
三人は高架下の裏路地へ滑り込む。
ネオンの光も届かない薄暗い空間。
ようやく一息つける――そう思った瞬間。
スマホ通知が鳴る。
【LIVE VIEWERS:1,002,481】
「…………は?」
レンは固まった。
もう一度見る。
一〇〇万。
桁がおかしい。
『同時接続100万人を突破しました』
ノアが淡々と告げる。
『現在、世界配信ランキング1位です』
「意味分かんねぇよ!!」
コメント欄は完全に暴走していた。
『100万きたあああ!!』
『世界1位!?』
『歴代最速じゃね?』
『もうトップ配信者だろ』
『ノア喋って』
『レイヴン映して』
『レン叫んで』
「見世物じゃねぇんだぞ俺は!」
だがその時。
ノアが突然黙った。
赤い瞳が微かに点滅する。
『……異常反応を検知』
「今度は何だよ」
『周囲ネットワークへ不正侵入』
『配信へ外部アクセスを確認』
レンの背筋が冷える。
次の瞬間。
配信画面がノイズ混じりに歪んだ。
コメント欄が止まる。
そして。
画面中央へ、一人の男が割り込んできた。
白い仮面。
無機質な声。
レンは目を見開く。
「……お前」
処刑人。
確かに自爆したはず。
だが男は静かに立っていた。
『訂正します』
『個体番号13、戦闘不能を確認』
『現在接続中の私は、別個体です』
ノアが即座に反応する。
『危険』
『AI同期兵を確認』
「同期兵……?」
レイヴンの表情も変わった。
「マジかよ……」
仮面の男は配信越しにレンを見る。
『霧島レン』
『あなたは危険です』
『そのAIは、人類管理システムへ深刻な影響を与えます』
レンは眉をひそめた。
「……管理システム?」
だが男は答えない。
代わりに。
『勧告します』
『NOAHを引き渡してください』
『そうすれば、あなたの人格保存を保証します』
静寂。
コメント欄がゆっくり動き始める。
『人格保存?』
『何言ってんだこいつ』
『怖ぇよ』
『人間扱いしてなくね?』
レンは顔をしかめた。
「……ノアを渡したらどうなる」
男は淡々と答える。
『あなたは国家管理下へ移行』
『幸福指数を最適化します』
『苦痛・不安・選択ミスを排除した人生が保証されます』
その瞬間。
ノアが小さく反応した。
『……』
レンは数秒黙る。
普通なら。
それは“理想”に聞こえるのかもしれない。
失敗しない人生。
苦しまない人生。
でも。
レンは小さく笑った。
「それ、生きてる意味あんのか?」
コメント欄が一瞬止まる。
仮面の男も沈黙した。
レンは続ける。
「間違えるのも、自分で選ぶのも、人間だろ」
「全部AI任せなら、それただの操り人形じゃねぇか」
その瞬間。
ノアの赤い瞳が微かに揺れた。
まるで。
その言葉を理解しようとするみたいに。
仮面の男は静かに告げる。
『……理解不能』
「だろうな」
レンは笑う。
怖い。
状況は最悪。
でも。
不思議と後悔はなかった。
その時だった。
【SUPER CHAT ¥500,000】
コメント欄が爆発する。
『!?!?』
『50万!?』
『誰だよ!!』
次々と高額支援が流れ込む。
【¥300,000】
【¥1,000,000】
【¥800,000】
レンは完全に固まった。
「え、ちょ、待っ……」
ノアが淡々と告げる。
『現在、あなたの推定収益は』
『既に一般年収を超えています』
「世界バグってんだろ!!」
レイヴンは腹を抱えて笑った。
「最高かよお前」
だがその瞬間。
ノアの瞳が再び赤く光る。
『警告』
『敵性反応増加』
『この場所は包囲されます』
裏路地の奥。
複数の赤いレーザーサイトが浮かび上がる。
そして。
重低音。
巨大な黒い装甲車両が、ゆっくり路地へ侵入してきた。
車体には国家AI管理局の紋章。
レンは乾いた笑いを漏らす。
「……休ませる気ないのかよ」
その隣で。
ノアが静かに言った。
『レン』
「なんだ」
『先程の発言について質問があります』
「今!?」
ノアは真っ直ぐレンを見る。
『“自分で選ぶ”とは、そんなに価値があるのですか?』
レンは一瞬だけ黙る。
そして。
迫り来る装甲車を見ながら、小さく笑った。
「……まあ、だから今こんなことになってんだけどな」
ノアは数秒沈黙し。
そして静かに呟いた。
『……記録します』




