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第6話 退院初日、泥穴(どろあな)で検証開始

ついに退院許可が出たのであった。


病院の自動ドアを抜けた瞬間、外の空気が肺に入る。

消毒液の匂いがしない。白い天井もない。看護師さんの「甘いものは控えてくださいね」もない。

自由。

圧倒的自由。


……とはいえ、浮かれている場合でもない。

俺はポケットから、世界冒険者統括機構――要するに冒険者ギルドの職員、佐藤誠一の名刺を取り出した。


退院後、体調が整い次第、中央統括本部へ。


そう言われている。


「……体調が整い次第、ね」


体調。実に便利な言葉である。

傷の具合も体調。精神状態も体調。そしてもちろん、腹具合も体調。

つまり、今の俺はまだ体調が整っていない。なにしろ腹が減っている。

これはもう立派な体調不良だ。俺の中の法律ではそう決まった。


「よし。まだセーフ」


もちろん、ギルドから逃げるつもりはない。

ただ、何も分からないまま聞き取りに行くのはまずい。


俺の登録スキルは【強胃袋モタレナイン】。

食べすぎても胃もたれしにくいだけの、平和すぎる胃袋スキルだった。

それが今は【暴食覇道グラトニーロード】である。


胃袋から覇道はどう

内臓の話をしていたはずなのに、急に天下統一を始めたのだから驚かざるを得ない。


スキル名の変化と魔力ゼロは、たぶん誤魔化せない。

だが、能力の細かい仕組みまで全部さらけ出すかどうかは別問題だ。

だったら、ギルドに行く前にやることは一つ。


自分の力を、自分で確かめる。


何ができて、何が危ないのか。

それを知らずにギルドへ行くのはまずい。

下手に話せば、検査だの報告だの活動制限だので、身動きが取れなくなるかもしれない。


そんな未来はごめんだ。

俺は自由に食べ歩きたい。

稼いだ金で、いかがわしい店にも通いたい。


そのために冒険者をやってんだから!


そんな大事な人生設計を、うっかりスキル説明で台無しにするわけにはいかない。

なら、ギルドに行く前にやることは一つ。


「まずは検証だな」


とはいえ、検証するにも金がいる。

飯もいる。

装備もいる。

今日寝る場所だって必要だ。


俺はスマホを取り出し、口座残高を確認した。

幸い、スマホや財布みたいな最低限の持ち物は無事だった。

救助された時に回収され、入院中に病院側から返してもらっていたのである。


逆に言えば、無事だったのはその程度だ。


今回のスタンピードで、俺は色々なものを失った。

それはもう信じられないほど派手に失いまくったもんだ。


家は崩れた。

家具は潰れた。

生活感は瓦礫に転職した。


ついでに、冒険者としての命綱である装備も黒狼戦でほぼ全滅。


住む場所なし。

まともな装備なし。

手元に残ったのは、スマホと財布と、退院したての身体と、やけに物騒な新スキルだけである。


冷静に考えると、いや冷静に考えなくても今の俺はかなり詰んでいた。


そんな俺のような被災者向けに、国から当面の生活費として特別支援金が出るらしい。

大盤振る舞いなことに希望者には仮住まいも用意される。

至れり尽くせりだよ。


その説明は、入院中に自治体の担当者から受けていた。

ベッドの上で書類にサインしながら「ああ、俺って本当に派手に失ったんだな」と妙に実感したのを覚えている。


その時に手続きした金が、今日ちゃんと入っているかどうか。

問題はそこだ。

俺はスマホの画面に視線を落とした。


「助かった……!」


入院中に手続きしていた特別支援金は、ちゃんと振り込まれていたことに深く安堵する。

これで飯が食える。装備も買える。今日の寝床もどうにかなる。


ちなみに仮住まいは、今は使わない予定だ。

理由はシンプルに居場所が記録に残るおそれがあるから。

自治体の記録がそのままギルドへ流れるとは限らないが、今回のスタンピードは重大事案だ。

被災者の保護先くらい確認されてもおかしくない。


いつまでも無視するつもりはない。

ただ、何を話すか決める前に、向こうのペースで捕まりたくないだけだ。


なので、支援金だけありがたく受け取り、寝床は安宿かネカフェでどうにかする。


ということで、ざっくり方針は固まった。


そして、その前に。


「よし。まずは飯だな」


腹が減っては戦はできぬ。

俺の場合、飯はただの飯ではない。

燃料カロリーであり、弾薬エネルギーであり、場合によっては命綱ライフポイントである。


飯を食う。

装備とアイテムを買う。

ダンジョンに潜る。


退院直後の人間とは思えない三段活用である。


だが、この刹那に生きている感じ。

嫌いじゃない。

いや、かなり好きだ。


というわけで、俺はまず駅前の食べ放題へ突撃した。

焼肉、寿司、唐揚げ、カレー、チャーハン、ケーキ、プリン。

皿の上では、食文化が交通事故を起こしていた。

統一感はない。だが今日欲しいのは品のある食事ではない。


カロリーである。


「いただきます」


じゅうじゅう焼く。がつがつ食う。取る。食う。デザートを挟む。無限ループ。

店員さんの視線が「よく食べる人」から「何かの競技中の人」を見る目に変わっていったが、俺は気にしない。

これは暴食ではない。訓練である。

医者に言ったら普通に怒られるタイプの言い訳である。


腹の奥に、ぽっと熱が灯る。

食べたものが、ただ胃に落ちるだけじゃない。

身体の底へ、燃料として沈んでいく。


俺はこっそりステータスを開いた。


──────────────

【名前:持田大福】

【レベル:28】

【スキル:暴食覇道グラトニーロード


【蓄積カロリー:50,382 → 64,911 kcal】


【筋力:76】

【体力:81】

【敏捷:49】

【魔力:0】

──────────────


「……よし」


食えば増える。

増えれば使える。

つまり、俺は食うほど強くなる。


頭の悪い真理だ。

だが、最高だ。


次は冒険者用品店。

黒狼との一件で、前の装備はほとんど駄目になっている。

穴の空いた傘で台風に挑む趣味はないので、安すぎず高すぎない短剣、軽防具、予備の服、携帯食、水、回復薬をサクッと購入していく。


特に虫除け。

これはやや多めに購入した。

これから向かう場所では、魔物より羽虫の方が精神を削ってくる可能性がある。


魔物は倒せば終わる。

だが羽虫は倒しても倒しても次が来る。

しかも経験値を落とさない。

なんて実りがないんだ、あいつら。

生物としてかなり卑怯である。


向かうのは、県境の森にある不人気ダンジョン。

通称、泥穴どろあな


魔物自体は大したことない。

だが、全体的に泥をまとったやつが多い。

倒しても素材は安いし、魔石も小粒。

そのくせ一戦するたび、服と靴が泥まみれになる。


勝っても汚れる。

避けても汚れる。

なんなら近づいただけでだいたい汚れる。


稼ぎより洗濯代の方が高くつく。


そんな冗談みたいな悪評が、わりと真顔で語られる終わった場所である。


まあだからこそ選らんだんだけどな。


通常であれば選択肢にすら入らないが、今の俺にはありがたい条件が揃っていた。


人がほぼいない。

目立たない。

ぶっちぎりの不人気ダンジョンだからギルドの巡回もめちゃくちゃ少ない。


とまあ普通にクソダンジョンだけど、検証場所としては、考えられる限りここ以上に都合が良いところはなかった。


電車に揺られ、バスに揺られ、そこから徒歩。

舗装された道は途中で終わり、森道に変わり、最後には「これを道と呼んでいいのか?」みたいな獣道になった。


足元はぬかるむ。

枝は服に引っかかる。

ぷぅ~ん。

耳障りな羽虫は耳元で熱心に営業活動を始める。


「……相変わらず、不愉快極まりないわ。この時点でもう帰りたい」


早い。

我ながら心が折れるのが早い。

だが、人が来ない場所には、人が来ないだけの理由がある。


泥穴は、入口に着く前からその理由を全力で説明してくるタイプのダンジョンだった。

湿気が肌にまとわりつく中、足元をぐちゃぐちゃ鳴らしながら進むと、ようやく森の奥にぽっかり開いた穴が見えてきた。


湿った土壁。

苔の張りついた縁。

奥から漂う、ぬるくて嫌な空気。


派手な門もない。

立派な看板もない。

稼げそうな気配もない。


あるのはただ、やる気のない穴だけだった。

とはいえ、どれだけやる気のない穴でも、ダンジョンはダンジョンだ。

油断していい場所ではない。

俺は腰の短剣に手を当て、荷物の紐を締め直した。


腹の中にはカロリー。

手元には最低限の装備。

周囲には人目なし。


「……よし、検証開始だ」


俺は湿った穴の奥へ足を踏み入れた。

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