第3話 なんか蓄積カロリーって項目が増えていた
入院生活は、びっくりするほど退屈だった。
そんな俺の入院生活における、唯一にして最大の楽しみ――それが食事の時間だった。
「いただきまーす」
そして数分後に「ごちそうさまでした」と……。
終わるの早っ。
病院食、早っ。
量が少ねぇ……まあ病院だから仕方ないか。
とはいえ味は意外と悪くない。
おかゆに焼き魚、煮物に牛乳。薄味だが、逆に体に染みる感じがする。
ただし、染みるのと満たされるのは別問題である。
足りない腹を誤魔化すように、売店で買っておいたコッペパンにかじりつく。
甘いジャムの風味が口いっぱいに広がって、ちょっとだけ幸せな気分になった。
ぱくぱくと口に運ぶたび、脳裏に淡い光のウィンドウが浮かぶ。
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【ステータス】
名前:持田大福(32)
職業:冒険者(下級)
レベル:28
スキル:暴食覇道
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【能力値】
筋力:76
体力:81
敏捷:49
魔力:0
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蓄積カロリー:8,200 kcal
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【スキル詳細:暴食覇道】
■効果
・摂取した食物エネルギーを体内に蓄積できる。
・蓄積カロリーを消費することで、一時的に能力値を上昇させる。
・食物エネルギー摂取時、稀に能力値が上昇する。
・特定条件を満たすことで、専用技が解禁される。
■副作用
・急速なカロリー消費時、極度の空腹・倦怠感・眩暈を伴う。
・連続使用は極めて危険。
■解禁スキル
第一能力:喰滅掌
圧縮した熱量を拳撃に乗せ、爆発的に解放する破砕打。
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「おお……かなり増えてるな」
俺が見ているのは『蓄積カロリー』の項目。
強胃袋が暴食覇道に進化したことで、しれっと追加されたステータスだ。
その代わりに、元々あった魔力が消えた。
ゼロ。見事にゼロ。
まあ、これだけ分かりやすく強くなったわけだし、一ミリも文句はない。
元々魔力なんて少なかったし、あってもなくても変わらん。
魔力くんには悪いが、俺の人生では完全に世代交代である。
今の時代はカロリー一択ですわ。
ぶっちゃけ、このスキルは今すぐにでも検証したい。
だが病院で暴発した時の被害を考えると怖くてできない。
なんせ、スタンピードのボス個体を一撃で倒すスペックがあるのだ。
能天気かつお茶目で愛され系な俺といえども、病院で未知のスキルを試して騒ぎを起こすほど常識がないわけではない。
だから今は、蓄積カロリーを上げるだけ上げてみる方針だ。
まあやってることはメシ食ってるだけなので、実質なにもしていないのだが。
病院食に加えて売店のパンや菓子、自販機のジュースをがぶ飲みしていた成果なのか、数字はなかなか順調に貯まっていた。
貯金額が増えていくのを眺めているような気分になるから結構楽しい。
「よし……退院したら大食いして一気に貯めてやる」
入院中とは思えないほど前向きな目標設定だった。
気分は晴れやかだった――そこへ。
コン、コン。
病室のドアがノックされる。
「ん?」
「失礼します。持田大福さんでいらっしゃいますか?」
入ってきたのは、見慣れた制服を着た男だった。
年は四十代くらい、髪はきっちり整えられ、姿勢も表情も隙がない。
いかにも仕事ができます、という雰囲気を全身から放っている。
「はじめまして。私、世界冒険者統括機構、中央統括本部の人事局副局長をしております佐藤誠一と申します」
長い。正式名称が長い。
毎回フルで名乗っていたら、それだけで朝礼が終わる長さだ。
世界冒険者統括機構――冒険者の登録、等級査定、依頼の仲介、報酬の管理まで担う巨大組織。
正式名称が面倒すぎるため、現場ではまとめて「冒険者ギルド」や「ギルド」と短縮されて呼ばれている。
そんな彼らと俺たち冒険者たちの関係性を言うと。
――冒険者にとって最も身近でお世話になる相手であり、同時に最も逆らいたくない相手
そういう存在だ。
しかも中央統括本部という国内の冒険者ギルドをまとめている総本山。
そんなところか直々に、しかもお偉いさんが忙しい合間を縫って俺に会いに来た。
一体何の用事か……まあ、おおよその見当はつくけど。
「お怪我で大変な折に申し訳ございません。こちら、お見舞いの品です」
差し出された果物籠を受け取った瞬間、思わず頬が緩んだ。入院食ばかりで口が飽きていたせいか、色鮮やかな果物がやけにまぶしく見える。
「これはご丁寧に、ありがとうございます。……それで、ご用件は?」
「はい。今回のスタンピードについて、いくつかお伺いしたいことがありまして」
「ああ、はい、自分が分かることであれば……」
そら、そうやわな、と心の中で乾いた笑いが漏れる。
目を覚ました時、医者から撃破された黒狼のすぐそばの瓦礫の中で気絶していたと聞いている。
つまり、俺は今回のスタンピードの重要参考人だ。
よって、何が起きたのか――誰がボス個体である黒狼を倒したのか。
このあたりの情報を知っているはず、そう思われている。
まあギルドが気にするのは当然だ。
なにしろスタンピード。
下手したらひとつの都市が滅ぶ。
世界的規模からしても大災害だ。
諸々の報告義務だってあるし、なあなあで済ませられるわけがなかった。
……とはいえ、聴取される側としては大いに悩ましい……というか都合が悪い。
俺がギルドに申告していたスキルは強胃袋――食べすぎても胃がもたれにくくなるだけの、平和にもほどがある能力だ。
そんなスキル持ちが、ボス個体をどうこうできるわけがない。
となると、ギルド視点では「いや何があった?」「もしかしてコイツ、危険なスキルを隠して申告を誤魔化していたのか?」「もしかして何かしらのイレギュラーが起きて倒しちゃいました?」という流れになるんじゃないか。
なら正直に「スキルが進化しました」と話せばいい――と思うが、これもリスクが高いと思っている。
というのも理由はある。
まず、スキルが進化した事例は過去に数回しか確認されていないレベルの珍事。
そのうえ「スタンピードのボスを単独撃破できる力まで持ってます」なんて判断されたらギルドが「へぇ、すごいですねー」で終わらせるはずがない。
管理責任だの安全確保だの、いかにも反論しづらいワードを並べて、何においても報告しろだの、逐一行動を把握させろだのと言ってくるであろう。
しかも「何かあってからでは遅いんだ!」とか正論詰めで強制してくるのだからタチが悪い……いや、まあギルドの対応は何も間違っちゃっいないんだけどさ。
だけど嫌だ! 死ぬほど嫌だ!!
俺は、美味い飯を腹いっぱい食うこと、月に一度くらい大人のお店で癒やされること。
その二つを人生の柱として冒険者を志した、極めて純粋な男である。
自分で言うのもなんだが、夢はでかくない。志も高くない。
でも、そんな俺にとっては切実な悩みなんだ。
俺の至高の時間にギルドから管理だの監視だの茶々を入れられるなんて到底許容できない――それだけで全てが萎える。
だから本音を言えば、絶対に話したくない。
だが、現実はそう甘くない。
黙っていて万が一にもバレたら、今よりもっと面倒なことに発展することは目に見えている。
なんせギルドってのは、登録、査定、依頼、報酬、信用――冒険者として生きるために必要なものをほぼ全部握っている。
そんなところと一介の冒険者が正面から揉めて得をすることなど一つもない。
くっそ~、正直に話すのも、下手に誤魔化すのも危険とか、ふざけ散らかすにもほどがある。
俺じゃなくて他の冒険者が倒しましたって言うか……?
いや、そんなのすぐにバレる。
根ほり葉ほり詳細を言わされている内に矛盾が出る気がする。
考えろ。落ち着け、俺。くっそ、どうにかしないと……ああでも何も良い案が浮かばん。
とりあえず協力的な態度は見せとこう。
ただし、核心だけはぼんやり霧の向こうに追いやる。
相手に不信感を与えず、必要以上の情報は渡さず、なおかつ嘘をついたと断定されない高度な会話術。
……あれ? それ、普通に無理ゲーじゃない?
「持田さん?」
やべ。考えすぎて黙っていた。
「あ、すみません。ちょっと痛みがぶり返して、意識が飛びかけてまして」
いかにも体調が悪そうな表情をとっさに作る……いや、実際に大怪我してるわ。
おら、見てみろ、怪我人だぞ?
何も聞かず、お見舞いの品だけ置いて早く帰ってどうぞ!
そんなことを念じる俺を横目に、佐藤さんは表情を崩さないまま、静かにうなずいた。
「大丈夫ですか? 申し訳ありません、無理をさせるつもりはありませんでした。黒狼の件については、ここで無理にお聞きしません。詳しいお話は、回復されてから改めて伺わせてください」
「……え? そうなんですか?」
思わず聞き返した。
これはもしや、まだ時間をくれるパターン?
「ええ。本日は、今後正式な確認にご協力いただけるか、そのご意向だけを伺いに参りました。現場記録や目撃証言、討伐痕の照合はこちらで進めます。その結果を踏まえ、体調が戻られてから改めてお話を伺えればと」
――なるほど(ニヤリ)
今日は顔見せと事前通告。
ありがたい。実にありがたい。
退院まで時間があるなら、その間に言い訳――もとい説明の組み立てくらいはできる。
よし。最小限の情報で、最大限それっぽく誤魔化そう。
終着点は、逐一の報告義務はなく、年に2,3回の報告書提出程度で済むくらい。
ということで、はよ帰れ。
穏便に終われ。終わってくれ。頼むから。
「ただ、一点だけ」
終わらなかった。
そら、そうですよね? それだけなら、こんなお偉いさん来ないって。
「スタンピードの最中、ボス個体と思われる黒狼を倒したのは……持田さん、あなたですか?」
おいおいド直球で来たぞ?
気を緩めた俺に、いきなり本丸へ槍をぶち込んできやがった。
コイツ、油断させるとは卑怯だぞ!
というか本当によろしくない状況だ。
喉の奥が、ひくりと引きつるが、ここで慌てるのは悪手だ。
こういう時こそ落ち着け。
実際、あの時の記憶は飛び飛び。
全部を明瞭に説明しろと言われても無理がある。
これは一つの事実だ。
ならば、やることは一つ。
うん、記憶がないってことでしらばっくれよう。
「……正直、はっきりとは覚えていません」
空気が、わずかに沈んだ。
佐藤さんの表情は崩れない。
だが、その目だけが、俺の返答の奥を覗こうとしているのをヒシヒシと感じた。
病室の白い壁が、急に取り調べ室みたいに見えてきたが、ビビるな俺、空気に飲まれるな。
さて。
ここから先は、下手な戦闘より厄介だ。
俺は、そんな佐藤さんに、いかにも真摯ですよ、といった表情を作って相対した。




