第4話 冒険者ギルドは面倒すぎる
エタりましたが復活しました。
目の前にいる佐藤誠一という男は、声も態度も丁寧だった。
物腰は柔らかい。言葉遣いも穏やか。表情だって崩れていない。
だからこそ、怖い。
黒狼に追いかけられた時とは別方向の怖さがある。
あっちは牙と爪で物理的に殺しに来るタイプ。
こっちは書類と規則で人生を締め上げて精神的に殺してくるタイプ。
どっちも嫌だ。
とはいえ、ここで黙り込めば余計に怪しまれる。
俺は喉の奥に引っかかった空気を、ゆっくり吐き出した。
「逃げまくって、逃げまくって……でも、ついには逃げ場がなくなって。黒狼が俺めがけて迫ってきたところまでは、鮮明に覚えています」
そこで、俺はわずかに声を震わせた。
いや、怖かったのは本当だ。
あの赤い目。血の臭い。逃げ場のない袋小路。
思い出すだけで、今でも背中に冷たいものが走る。
ただし、今の震えは三割くらい盛った演技だ。
被害者感を少しだけ出して聞きづらいな、って思わせる狙いがある……あわよくば、そのままお帰り願いたい。
「……それで、もう死ぬと思って、最後に無我夢中で抵抗しました。そこから先は、痛みと衝撃で記憶がぐちゃぐちゃなんです。思い出そうとするたびに身体が締め付けられ、どうにかなりそうです」
実際、嘘ではない。
めっちゃ端折っただけだ。
……というか冷静に考えてほしいんやが、あんな化け物に襲われたんだぞ、こちとら。
精神ぶっ壊れるし、生き残ることに必死で記憶が曖昧になるのが普通やろ。
それを調査だなんだと、被害者にトラウマ思い出せやこらぁっ、ておまえ人の心ないんか?
やべ、なんかイライラしてきた。
決して顔には出すなよ俺。
「抵抗した、というのは?」
特に聞きにくそうでもなく、同情の余地もなく、聞いてほしくないことを普通に詰めてきたな。
やっぱり人の心ないですわ、この人。
俺は内心で頭を抱えつつ、表面上は怪我人らしくやや大げさに弱々しい息を吐いた。
「……すみません。そこは本当に曖昧で。腕を振り回したのか、押し返そうとしたのか……自分でも分からないんです。ただ、死にたくないって、それだけで頭がいっぱいで。息が詰まって、手足が勝手に動いて……あんな化け物、まともに見ていられませんでした。最後はもう、目をつぶったまま、必死に暴れることしかできなくて……」
しらばっくれろ。
とにかく全力でしらばっくれろ。
知らない。覚えてない。怖くて目をつぶってたと、感情を込めに込めて猛アピールをする。
まあ実際は――喰われるくらいなら、こっちから喰ってやる。
そんな人生で一番どうかしている精神状態で、俺は黒狼の腕に噛みついた。
肉を喰い千切って、味も分からないまま飲み込む。
するとスキルが進化し、俺の拳が「今から爆発します」と言わんばかりに光り始めた。
あとはもう勢いである。
その拳でぶん殴ったら、黒狼は爆散した。
……うん。何ひとつ正直に言える気がしない。
それはもう、ギルドが一番聞きたい核心そのものだ。
「その後、強い衝撃があって……気がついたら病院でした」
俺はそこで言葉を切った。
浅い、我ながらなんて浅い説明なんだろうか。
だが、今、俺にできる精一杯の誤魔化をやり切ったはずだ。
佐藤さんは数秒ほど黙ったあと、静かにうなずいた。
「分かりました。大変な状況だったことは十分に伝わりました」
なら、帰って。
「ただし、現場の状況から鑑みて、持田さんが黒狼討伐に何らかの形で関与している可能性は高いと判断しています」
そうだよ! 殺ったの俺だよ!
「黒狼の残骸には、通常の武器や魔法による損傷とは異なる痕跡がありました。倒れていた位置、周辺の破壊痕、救助時の状況を総合すると、偶然その場にいただけとは考えにくい」
やめて、名推理やめて。
もうギルドやめて探偵になった方がいいんじゃない?
「もちろん、現時点で断定するつもりはありません。……ですが、今回のスタンピードは重大事案です。報告書を作成し、上部機関へ提出、世間への報告義務もあります」
「……そうですよね」
俺は神妙な顔でうなずくしかなかった。
ギルドが確認したがるのは当然理解している。
だが、今後のことを考えたら、そのまま全てを伝えるのは俺にとって嫌な結末になりそうだからできない。
「つきましては、退院後、東京の中央統括本部までお越しいただき、正式な聞き取りにご協力いただきたいのです」
何がご協力じゃボケこら。
言い方は柔らかいが、実質ほぼ強制である。
拒んだら無駄に目を付けられるし、やましいことがあるって言っているようなもんだからな。
とはいえ、少しは抵抗しておきたい。
「聞き取り、ですか? 今お伝えしたこと以外に、私から報告できることはないと思うのですが……」
俺は困ったように眉を下げてみせた。
もちろん、小細工である。
「おっしゃる通り、現時点で持田さんが記憶されている内容は、今お伺いした範囲なのだと思います」
お。分かってくれるのか。
「ですが、後日の確認では、こちらで整理した現場記録と照らし合わせながら、お話を伺うことになります。聴取内容は保管しなければなりません」
「……現場記録、ですか?」
「はい。黒狼の損傷状態、周辺の破壊痕、倒れていた位置、救助時の状況、現場にいた冒険者や救護班の証言。そうした記録を照合すれば、記憶が曖昧な部分についても、ある程度は推測ができます」
くっ、筋は通っているから逃げづらい。
「また、黒狼討伐への関与が認められる場合、功績査定や報酬手続きにも影響します。事実関係が曖昧なままでは、本来受け取れるはずの功績や報酬が宙に浮く可能性がありますよ」
功績査定。報酬手続き。
その言葉に、一瞬だけ心が揺れた。
町一つを消滅させると言われているスタンピードの功労者となれば、中々お目にかかれないレベルの金が貰えるだろう。
焼肉。寿司。ラーメン。天丼。うな重。ちょっと高いプリン。いやらしいお店。
夢は広がる。
だが、すぐに現実が後頭部を叩いてきた。
報酬が出るということは、俺が黒狼討伐に深く貢献したと正式に認められるということだ。
金だけもらって帰れる話ではない。絶対にその後クソ面倒なことが起きる。
変に担ぎ上げられるのも、管理対象になるのも、面倒な報告義務もやってられるか!
「加えて、必要であればギルドの鑑定によるステータス再確認も行います」
うわあ、めちゃくちゃ都合悪いな。
さっきも思ったけど、ギルドに申請している強胃袋では黒狼を倒せない。
となれば、登録情報と現場状況があまりにも噛み合っていないことになる。
軽トラがF1レースで優勝したみたいな話だからな。
そら点検されるわ。
「持田さんには冒険者登録をした際と同じことをすることになります。能力値、スキル、危険反応の有無を確認する形になります」
「わかりました」
っていうかしかないよなあ。
ちなみにギルドの鑑定は、何もかも見通すような万能な力ではない。
あんなんラノベの世界だけや、現実には存在しないはず……存在しないよね? ね?
まあスキルの詳細を丸裸にされるわけではないが、佐藤さんが言ったことくらいはざっくりだが判別可能だ。
つまり、今の俺が鑑定を受ければ。
強胃袋が消えて暴食覇道に変わっている。
魔力が元の数値から「0」になっている。
一言でまとめるなら――異常あり。
特に暴食覇道が。
名前からしてもう平和に見えない。
胃袋が頑丈になるだけのスキルが、急に覇道はどうとか言い出してるんだぞ。
どう考えても「ちょっと胃が丈夫です」では済まない。
実際問題、スキル名が変わったことは誤魔化しようがない。
だが、まだ能力の詳細が全部バレるわけではないはずだ。
その辺りは、俺が吐くか、実際に見られない限り把握できないだろう。
だったら、ギルドで余計なボロを出さないためにも、誤魔化しに説得力を持たせるためにも、せめて自分の中で話を整理しておくべきだ。
何ができるのか。何が危ないのか。どこまでなら話しても問題ないのか。
そこを見極めてからじゃないと、ギルドの聴取には出向けない。
俺は腹の底から出そうになる大きなため息を、どうにか飲み込んだ。
外面は大人。外面だけは大人でいろ、俺。
「ご足労をおかけして恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします」
「……はい。では退院後、体調が整い次第、中央統括本部へ伺います」
できるだけ誠実そうな声で答える。
――佐藤さん、今、俺はあんたにちゃんと伝えたからな? 体調が整い次第、と。
いい言葉だ。実に幅がある。
怪我の具合も体調。腹具合も体調。精神的な準備も、まあ広い意味では体調である。
俺の中で体調が整っていない限り、ギルドには行かないから。
「ありがとうございます」
佐藤さんは俺の意図など気づいていないようだ。
静かに頭を下げた佐藤さんは、俺に名刺を差し出してきた。
「では日程については、持田さんの体調を考慮して調整しますので、準備ができましたらご連絡をお願いいたします。本日はお疲れのところお邪魔して、大変失礼いたしました。どうかお大事になさってください」
ほんとじゃボケ。
こっちは必死で誤魔化そうとしてんのに、クソ面倒なことしやがって。
「はい。こちらこそ、お見舞いの品までいただいてありがとうございました」
大人の声で返す。
佐藤さんは丁寧に一礼し、病室を出ていった。
ドアが静かに閉まる。
その瞬間、俺はベッドの上で深く息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
声が漏れた。本当に漏れた。
一旦、事なきを得た。得た、はずだ。
何も整理できていない状態で根掘り葉掘り聞かれて自爆する未来は回避できた。
佐藤さんの名刺は、病室の引き出しにしまった。
目に入ると胃が重くなるからだ。
胃もたれしないスキルだったはずなのに、名刺で胃が重くなるとは思わなかった。
ギルド、恐るべし。
その後、退院までの数日間はおとなしく療養した。
医師の言うことを聞き、薬を飲み、病院食を食べ、売店の菓子パンを食べ、糖分たっぷりの炭酸飲料をがぶ飲みし、ついでにプリンも飲み物感覚で流し込んだ。
全ては、検証用のカロリーを貯められるだけ貯めることに全力を費やした。
とはいえ、少しだけやりすぎた自覚はある……。
退院前の採血結果を見た医師が、数秒だけ黙ったあと「持田さん、このままだと糖尿病まっしぐらですよ」と、真顔で告げてきたからだ。
違うんです先生。これは暴飲暴食ではなく、戦闘準備なんです……なんて言えるわけもなく、俺はただ神妙な顔でうなずいた。
「気をつけます(気をつけない)」
「……持田さん、今の気をつけます、絶対に気をつけない人の声でしたよね?」
「気をつけます」
「ほら反射で返してる」
医師が小さく天井を仰いだ。
こんな不毛なやり取りをして数日後。
ついに退院許可が出たのであった。




