支援者
女性職員に変身したサンロアは、堂々と屋敷の中に入る。調度品の並ぶ、整った通路に出た。掃除をしている使用人も見える中、ローブを着た人々がせかせかと行き交う様は、異質だった。キョロキョロと見回していると、急に声をかけられる。体が、ビクッと跳ねあがる。
「イザベラ研究員、荷物の搬入は終わった?」
声がした方を見ると、そこには青髪を肩まで伸ばした白いローブを着た女性がいた。切れ長の目がサンロアを見つめる。奥に見える綺麗な空色の瞳に、魅入ってしまいしまいそうになるのを堪えて。たどたどしく返事する。
「お、終わりました!」
「そう、じゃあこれを20研究室へお願いね」
「へ?」
そういうと、女性はサンロアに、紙の束を手渡す。
「あ、えっとこれは?」
渡された紙の量に驚いて、目を白黒させる。
「ん?予算申請書の必要書類」
女性がサンロアに顔をグッと近づける。
「くれぐれも、期限内に提出よろしくね。もし室長がぶつくさ言うようなら、私の名前を出して良いわ」
「は、ハイ!」
あまりの迫力に、反射で返事してしまう。女性は満足そうに頷くと、人の波に消えていった。しばらく、書類の山を抱え呆然としていると、フッと書類軽くなった。
「イザベラ大丈夫か?手伝うぞ」
金髪の利発そうな顔をした青年だった。彼のローブは紫色で、細部は異なるものの、今自分が着ている物と同じだった。
「あ、ありがとう」
「20研究室だよな」
「うん」
サンロアは何とか、話を合わせようと必死に頭をグルグル回しながら青年について行く。青年が階段を上り、行きついた扉を開く。そこには、さらに広い円筒状の空間が広がっていた。規則的に宙を移動する本棚、壁には数々の扉が設置されている。
「わぁ……」
サンロアは、思わず感嘆の声を漏らすと青年は笑った。
「なに今さら驚いてるんだ?こんなのいつも見てるじゃないか」
「あ、いやなんでもない」
「?」
青年に疑惑の目で見つめられ、サンロアの汗が止まらない。
「と、とりあえず行きましょ」
「あ、あぁ」
青年は、サンロアに促されて歩き出す。とりあえず何とかなったことに安堵の息を吐き、青年の後ろをついて行く。道中あたりを見回しながら、ルークを探すがそれらしい姿はない。
「着いた着いた」
青年は、20と書かれた扉の前で止まる。サンロアも、それに倣って泊まると扉をノックした。
『はいりなさい』
優し気な声が、部屋の中から聞こえてくる。青年はノブを回して、中に入っていく。サンロアも急いでそれに続く。
「おぉ、キンバリー君か」
「こんちは、ロッド博士。イザベラが、エリザ副所長から大量に書類渡されてたんで、手伝いできました」
植木鉢と小動物がいるケージがいくつも置かれている部屋の中、いろいろな動物の鳴き声がする中、奥の机に座る紳士然とした単眼鏡を付けた男性。顔には皺が刻まれ、理知的で老練な雰囲気だ。
「おぉそうだったか。ありがとう。イザベラ君もありがとうねエリザの相手は気を揉んだろう」
「いえ、そんなことは……あ、これ予算申請書類だそうです。くれぐれも期限内に提出してくれとのことです」
サンロアは返事をしながら、書類を机の上に置く。キンバリーも、その隣に書類を置いた。
「じゃあ、自分はこれで」
「ありがとう」
サンロアが笑顔でお礼を言うと、キンバリーは手をヒラヒラと振って出ていった。
「イザベラ君なんか雰囲気が変わったかい?」
「え?そう……ですか?」
ロッドの言葉に、一気に汗が噴き出す。サンロアは、ロッドから視線を離すとロッドの膝から何かがとびかかってきた。急に視界が暗くなり、アタフタしているとロッドが杖を振る。
「こらこら、ミケダメだろう?飛び掛かっちゃ」
ミケと呼ばれた猫のような生き物は、宙に浮きながらロッドの膝上へと戻っていった。
『ナ~』
間の抜けた鳴き声をだしながら、サンロアの方へ行こうとジタバタしている。
「珍しいなミケ。いつもはイザベラ君が触りに行くと避けるのに」
「あのロッドさん。ルークさんって方、どこにいるか知りませんか?」
これ以上ボロを出したくないサンロアは、この部屋から出るために切り出した。
「ルーク君?あぁ、確か15研究室に最近入ってきた子だったね。彼がどうかしたのかね?君たちが特に仲良くしていた記憶はないが」
「先ほどの業者の方が、ルークさんの知り合いだったらしくて言伝を頼まれたんです。最近連絡が取れないみたいで、心配しているようでして……」
「そうか。なら、15研究室に行っておいで。しかし、15室研究室はそんなに忙しいのか……」
ロッドは、サンロアに優しく言うと顎に手を当てて考え込んでしまった。そんなロッドを残して、部屋を出る。サンロアは、廊下を歩きながら扉の数字を目で追っていった。
「う~ん……あ、ここだ!」
ようやく目当ての扉を見つけて、ノックする。
『入れ』
中から低いドスの利いた声が聞える。少し、恐怖心を覚えながらも扉を開けた。先ほどとは打って変わって、どんよりと暗い雰囲気の部屋だった。骸骨の模型や怪しげな目玉が、瓶のなかで液体に漬かっている。その中の一つと目があった気がして、身震いした。
「誰だ?」
「イザベラと申します!」
「イザベラ?何の用だ?」
「あのールークさんに言伝を預かってまして……」
「ルークだとぉ?」
低い声がさらに低くなる。声音は明らかに怒気をはらんでいた。椅子が回りサンロアの方を向く。そこには、スキンヘッドに刺青の入った男性が腕を組んで座っていた。
「あいつなら、いねぇぞ」
眉間にしわを寄せている。
「いつ帰ってきますか?」
「分からん。アイツ急にいなくなりやがったからなぁ」
スキンヘッドは、目に涙を溜めている。
「行方不明なんだよぉ」
そういって机に突っ伏した。
「行方不明?」
サンロアの疑問と同時に、腕の花弁の一枚が散るように消えていった。
馬車内では、ルナリアがイザベラを縛り上げていた。簀巻きになったイザベラを眺めていると、その目がゆっくりと開いていく。完全に開きあたりを見回した。
「なな、なんですかこれ!ほどいてください!」
「ごめんなさいね。このまま静かにしててくれると嬉しいわ」
「あなたは何者なんですか!?」
「私の名前はルナリア。この馬車は、いま、外から見えないし、中の声も外に漏れないようにしてあるから、どれだけ騒いでも無駄よ」
落ち着き払って答えるルナリアをみて、自分の状況を理解したイザベラは現状を打破する方法を考える。
「あなたの名前は?」
「イザベラ」
ルナリアの質問に端的に答える。イザベラはとりあえず、相手の情報を探る事にした。
「あなた達の目的は何?」
「人を探してるの」
「人?」
「ルークって人。知ってる?」
イザベラは自分の記憶をたどり、引っかかる人物が一人いた。自分より、少し後に入ってきた男の名前
だ。しゃべったことは無いが、優秀だと噂だった。
「知ってるって言ったら?」
「無理に聞き出す気は無いわ。それよりも気になることができたから」
ルナリアの雰囲気が一気に冷たくなる。馬車内の空気が下がったように感じる。
「魔術院にいるエルフの事。この施設にはいないって言ってたけど、この施設からエルフがいなくなったのはいつから?」
質問の意味が分からないイザベラは、答えに詰まる。
「いつから?」
ルナリアが、イザベラの胸倉をつかみ引き寄せる。ルナリアと目が合った。その目は、絶対零度の冷たさを見せ、その奥にどす黒い炎が燻っている。
「ヒッ」
心臓をつかまれ多様な恐怖が足先から昇っていった。
「これで最後。いつから?」
「え、え、えーと、た、確か一年ほど前からだったはずです」
ルナリアの目が、一瞬悲しみ歪む。イザベラを優しく寝かした。
「そう、ありがとう。手荒にしてごめんなさいね」
「あの、何かありました?」
純粋な興味から聞いてしまった。ルナリアは暗い目で、イザベルを見る。
「エルフには、故郷に定期的に連絡を取り合う習慣があるの。離れていても部族と家族に、無事を知らせるためにね。遠いところにいる者は、自分の使い魔に任せることが多いわね。この国にいる場合は、馬車郵便を使って送ってくるエルフがほとんどよ」
「は、はぁ」
「だから、どこにどれだけエルフがいるかは大体分かってるの。ここに二十四人エルフがいたはず。私が里を出た時、その全員から連絡が来ていた」
イザベラの目が見開かれる。
「それは……」
「一体、彼らはどこに消えたの?」
ルナリアは、天井を仰ぎ見て遠い目をする。イザベラの脳裏に嫌な想像がよぎった。おそらく同じことをルナリアも考えているだろう。
「第二王子殿下は、なんでそんな極端な考えを……」
ルナリアの口から出た人物にイザベラは首を傾げた。
「なぜ、殿下が出てくるんです?」
「え、ここの支援者は殿下でしょ?」
「確かに支援はしてくれてますけど、違います」
イザベラは、首を何度も振る。
「教会です。ミロクリス教の司祭様です」
馬車内に静寂が降りる。ルナリアの頭の中で、誠たちの顔がよぎる。確か彼らは、騎士団の試験を終えたら、教会に行くといっていた。現実での静寂とは別で、ルナリアの頭の中では、警鐘が鳴っている。あの二人が、何かする予感がする。先ほどまでの同胞への不安とは別の不安が、風船のように急速に膨れ上がっていった。
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