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08:00~09:00 顕現


 街の教会の屋内に鎮座する大理石のオブジェ。その前で魔王が空間移動魔法の【ゲート】を展開し、角の生えた鎧姿の兵士達が列をなしている。その矩形の闇の前に芦毛の大柄な馬を従えた女――ネーヴェリアが立ち、闇の中に入る兵士達一人ひとりに肩を叩いている。



「何だか、士官学校の卒業式に見えますね」



 各々が馬を引き連れた騎士達のうち、アゼルが所感を述べる。



「そうっスね。けど、にしてはえらく乱暴な……あ、またっス!」



 そう応える悠馬の目の前で、再び事は起こった。



「ウオオォッ! やっぱり好きだーーッ!!」


「……お前もか」



 今まさに送り出されようとしていた男の兵士が両腕を広げてネーヴェリアに襲い掛かった。対するネーヴェリアは心底うんざりしたような顔でカウンターの掌底を男の顎に当てる。それによって床に伸びた男を別の男達が罵りながら引きずり、闇の中へと放り投げる。



「何? この茶番」


「アネリアよ。ここでそのような事を言っては……」


「良いのです。全く、お恥ずかしい限りかと」



 隣からの呟きに慌てたジェームズの横で、モルドが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 現在【ゲート】に進んでいる彼らは、ネーヴェリアによって二組に分けられたうちの一方、全村民の避難が行われたタルタス村の安全を確保するために割り振られた人員である。顔に青タンを残す男達が、この部隊に割り振られている。



「……ペタ。アタシ達も行こうカ」


「そうですナ。列もはけてきましたからナ」



 悠馬の前の長椅子に停まるハーピー達のうち、朱色のリプと紺色の中年――ペタが立ち上がる。



「あれ? 行っちゃうんスか」


「まぁネ。あんなバカ共デモ一応仲間だからネ。放っとけナイっショ!」


《行くのはお前さん達だけで良いんかの?》


「もうグランドドラゴンもいませンからナ。小生とリプだけデ十分ですゾ」



 ガイアの質問に、紺色のペタが胸を張って答える。



「そうだケド、ホントごめんネ。二人だけに仕事ヲ押し付けてサ」



 隊長のユニが彼らに上目を向ける。



「ナンノ! 小生ガ好きでヤッてる事ですからナ!」


「ソウ言う事。ソレじゃリーダー、ユウマ達モ元気でネ!」



 そう言い残すと、朱色と紺色の一組は、闇の中に消えて行った。



「……お嬢様」


「―――爺」



 いつの間にか、壮年のモルドが闇の前に移動していた。



「すまん。爺には苦労をかける」


「良いのです。これも『悲願』のためかと。お嬢様は、まずはご自身の幸せ(・・)を最優先にして頂ければ。心より御武運をお祈りしています」


「ッ! …………全く。爺には本当に敵わんな」



 ネーヴェリアはモルドと握手を交わす。間もなく、モルドの姿も闇の中に消えて行った。



「これで全員か?」


「はい。ありがとうございました、魔王様」



 ネーヴェリアの回答に、魔王は【ゲート】の闇を閉じるとほっと息をつく。



「大丈夫ですか? 魔王様」



 心配そうに訊ねるジェームズに、魔王は首肯を返す。



「この程度は毎度の事だ。それよりも次だ。行くぞ

 ―――【ゲート】 」



 魔王の詠唱に応じて矩形の闇が再度展開される。残りの兵士達が闇へと進む中、壇上のネーヴェリアが手招きを始める。



「あなた、起きてくださいませ! わたくし達も行きますわよ」


「あ? やっとか……ファ」



 盛大なあくびを浮かべたトーラスと、呆れ顔のマリアベルが壇上へ進む。



「我々も行こう。ユウマ殿も」


「了解っス」



 ジェームズに促される形で悠馬は自転車ガイアを引いて進む。壇上に到着した所で、悠馬は長椅子に停まったままの二体のハーピー達に気が付いた。



「ユウマ殿。拙者達はココでお別れでゴザル」


「……え?」


それがし共は故郷の谷に戻りマス。皆様、どうかお元気デ」


「ああ、里帰りって事っスか。了解っス」



 紺色のクアの回答に、なるほどと悠馬は頷いた。



「クア、ヘク! パパとママにもヨロシク伝えておいてネ」


「チー!」


「またナー」



 悠馬の目の前で、リプ、ルヌ、ルダの三体が闇の中に消える。



「待ってたぞユウマ。私達も行こう!」


「うわッ! ちょっとネーヴェさん!」


「ブルルル……」



 自転車ガイアを引いて進んだ悠馬の肩をネーヴェリアが捕らえる。そのまま闇の中へ引きずり込むように進む主人の後を、芦毛の馬のグレースがついて行くのである。



――――

―――



 悠馬達が出てきた所は、森の中であった。


 付近に焚き火の跡があり、崖の壁面が背後に迫っている。近くから轟々と水の流れる音が聴こえてくる。



「ここは……」


「俺が聞きてぇよ。なんだこりゃ!?」


「何か、凄い事になっていますわね……?」



 周囲に打ち捨てられた武器や鎧などの大量の金属類に、トーラスとマリアベルの夫妻が目を丸くした。



「昨日ユウマ殿達がグランドドラゴンを討ち果たした、あの崖の下ですな。我々の砦にも近い所です」


「へぇ、ここが……な」



 ジェームズの説明に、トーラスが感心を示す。



「ネェ、なんでボクたちココに来たんだっケ?」


「チー?」


「おいオイ、聞いてなかったのかヨ。初めて使う大掛りな魔法だカラ、何が起こるか分からナイ。万一に備えて街から離れたところでヤル。っテ魔王様が言ってたダロ?」



 首を傾げるピンクと水色のハーピー達に、コバルトブルーのルダが呆れ顔で答える。



「確かに、昨日の場所みたいっスね。グランドドラゴンが無くなってるから一瞬分かんなかったっスけど」


「奴の躯は昨日のうちに解体し、全て持ち帰らせて貰った。あれの素材が最も貴重だからな」



 悠馬の発言に、【ゲート】から最後に現れた魔王が応じた。



《なんじゃ、物の価値が分からん男じゃの。最も貴重な物は、今も目の前に転がっとるんじゃが。良いか、あのドリルはの「ガイア。分かったっスから」


「他の物もいずれ回収しなくてはな。師団長、周囲の警戒を頼む。それと、こいつ(・・・)もな」


「ハッ!」



 ネーヴェリアはテキパキと兵士達に指示を送る。それに応じて兵士達は崖を背に、優先達を囲うように布陣した。各々が魔王の足元にあるリアカーから木材を拾い、それを自らの足元に放り投げている。



《ちょ! また勝手に儂のリアカーを》


「魔王さん、あの木は?」


「マナナミの木だ。薪に使おうとしていた物を譲り受けた。実と同じ効果があり、ナイトメアキャットの酩酊めいていを引き起こす。今はまだ活動時間帯ではないが、念の為の対策だ」



 悠馬の質問に、魔王はどことなく得意気に答えた。



「魔王様、式を発動するのはこの辺りですか?」



 ジェームズが声をかける。彼の手は、複雑な記号の羅列が描かれた大判の紙の掲げている。



「それは……なるほど、魔法陣か。そこのカコニクル様の銅像の前に置いて欲しい」


「了解です。 ―――【アースバインド】 」


「私のも。 ―――【アースバインド】 」



 ジェームズとアネリアは、事前に用意した紙を銅像の前の地面に固定した。昨日の晩に子作りの他にもやるべき事をやったらしい。



「魔王……さま。こっちの式にグランドドラゴンの魔核を置いて欲しい。これには魔核の制御と魔力の伝達、大気中の魔素を吸収する汎用の式を組み込んでいる」


「ほう。承知した」



 周囲を兵士達が見張る中、魔王は異空間から取り出したグランドドラゴンの『魔核』を、アネリアが設置した紙の上に置いた。



「―――【イグニッション】 」



 アネリアの詠唱で、魔核の下の紙に描かれた記号の羅列が白く輝き始める。それに連動する形で、ジェームズが設置した紙の記号も輝き出す。光を放つ記号――起動した『魔法陣』の前にジェームズが立ち、気合いを込めて両手をかざした。



「それでは始めますぞ! ……我望む、第三世界への接続を。起動せよ

 ―――【ワールド・コネクト】 」



 ジェームズの詠唱で、悠馬達の目の前の銅像を遮るように、白い光の柱が立ち上がる。



「これでユウマ殿達の世界に我々の魔法が通じるようになったはずです。魔王様、【ゲート】の発動を―――」





「出来んぞ」





「「「「……は?」」」」




 この期に及ぶ魔王の発言に、この場にいる全員の目が点になった。



「だから出来ぬと言った。余の【ゲート】は、神と神とを繋ぐ技だと言ったはずだ。向こう側の神が見えない事には何も出来ぬ」



 魔王が人々に振り返り、大きくため息を放つ。



《ちっ、使えんの。話にならん》


「ガイア、そんな事言っちゃダメっス! ……けど、どうしたら」



 悠馬は悩ましそうに頭を抱える。



《やれやれ、仕方がないのう。悠馬。ちょっと漕いどくれんか?》

「……! 分かったっス!」



 その場でスタンドを立ててサドルに跨りペダルを回す。



《よし来た来た……ちょっと前を開けとくれ。うむ、すまんの

 ―――【サーチ・ライト】 》



 車体の前輪に備えられたライトが点灯し、その光が白い柱状の光に当てられた。すると、その白い柱の中に、悠馬が良く知る通勤経路である幹線道路の風景が現れたのである。



「岩の地面に壁……いや、建物なのか?」


「それに、動く……鉄の箱?」


「ちょ! 箱の中に人が入ってるぞ!!」


「これが、ユウマの世界……」



「―――自分の町っス。凄いっス! ガイアッ!!」



 人々のざわめきが大きくなる中で、悠馬が歓声を上げる。



《悠馬よ、喜ぶのは早い。そ奴に儂らの神様を見せてやらんとの》


「自分達の、『神様』っスか?」


《あるじゃろう? ほれ、悠馬の会社の前に》


「ああ、あれっスね! 了解っス!!」



 悠馬は猛然とペダルを漕ぎ始めた。すると、柱に映し出された景色が勢いよく進む。時折悠馬が右へ左へとハンドルを動かすことで、視点の向きも目まぐるしく変化する。



「「「「………………」」」」



 騎士達、兵士達を含む全員が注目する中、映る景色は住宅街を抜けて、自然を残す旧道の物に変わった。悠馬は見慣れた会社の対面に位置する霊園・・の入り口でブレーキをかける。最終的にそこに映し出されたものは、墓地の入り口を守るように佇む六地蔵・・・の姿であった。



「着いたっス! どうっスか、魔王さん!?」


《古来から儂らの世界を見守っとる立派な『神様』じゃ。これなら貴様も文句はなかろう?》


「ほう、これは……」



 魔王はしげしげと眺める。暫くした後に、深く息をついた。



「確かに、長らくその地を守護してきた神としての威厳と風格がある。この優しげなお顔立ちは、カコニクル様に通じるものがある」


「「「「おぉ……!」」」」



 魔王の評価に、周囲から歓声が上がった。



「これなら行けるかもしれぬ。よし……余は命ずる。新たなる神との邂逅を

 ―――【ゲー………… ぐッッ!?」



「魔王さん!?」


「「「魔王様ッ!!」」」



 映像の前に【ゲート】を発動しようとした魔王だが、その場でうずくまってしまう。



「何が起こったの?」



 息を整える魔王に、アネリアが声をかける。



「ふぅ……すまぬ。どうやら余の魔力では、発動に至らぬらしい」


「そんな……ッ!」



 悔しそうに表情を歪める魔王に、悠馬は悲しそうな表情を浮かべる。



《けっ、役立たずが。せっかく悠馬と儂とでお膳立てしてやったのに》


「ガイアッ!!」



「……いいえガイア殿。これも想定内です」




 悠馬とガイアに、したり顔のジェームズが声をかける。彼は、何も描かれていない大判の紙を両手に掲げ持っている。


 

「魔王様。魔王様も是非『魔法陣』を描き、我々のものと接続しましょう。『魔核』のサポートを得られるので、【ゲート】発動時の魔力不足も解消できるはずです!」



「………………」




 にこやかに提案するジェームズに、魔王は憮然とした顔を向ける。



「魔王サマよ。悔しいのは分かるけどよ、ここまで来て今更後には引けねぇんじゃねーか?」



 魔王の様子を見兼ねたのか、トーラスが声をかける。



「いや、悔しいなどとの感情の問題ではない。【ゲート】の式は、最大の機密事項だ。誰にも知られるわけにはいかぬ」


「ああ、そうか。確かに【ゲート】は、政治的にもお前さんの命綱だからな……」


「そうですわね。けど、困りましたわね……」



 魔王、トーラス、マリアベルが揃って眉根を寄せる。そこに、先程まで食い入るように映像を眺めていたネーヴェリアが口を挟んできた。




「だったら式が見えなくなるように、上から土をかけて固めてしまえば良いのではないですか? 土の中に魔法陣を埋めた所で、発動に支障はないと思うのですが」




 彼女の意見に、魔王を含めた全員が納得した。早速魔王は異空間から瀟洒しょうしゃな机と椅子を取り出すと、ジェームズから受け取った紙に魔法陣を描き始める。その内容が人から見られないように、また自らも見ないようにして、トーラス、マリアベル、ネーヴェリアの三名が魔王の周囲を囲った。



「実に残念だ。【ゲート】のヒントだけでも掴みたかったのだが……」



 魔法の専門家でもあるジェームズが未練がましい様子を見せる。



「魔王を名乗る割にはケチくさい。それよりもジェームズ」


「何だアネリア?」


「一度、式を止めた方が良いと思う。『魔核』の残量・・が大分減っている」


「む!」



 続くジェームズの詠唱で、展開されていた光の柱が消失した。アネリアが言った通り、魔核に満たされていた白い光が、四分の三程までに減っている。



「ガイア、自分達は充電に回るっス!」


「それが良いの ―――【マナチャージ】 」



 ガイアの車体からパット付きの二本の電極が落ちる。それを、悠馬は『魔核』に取り付に行った。



「ユウマ。大丈夫?」


「チー?」


「大変そうだナ兄ちゃン。ミドラ食うカ?」



 再びペダルを漕ぎ始めた悠馬の前に、ユニ、リプ、ルダのハーピー達がやって来た。悠馬はコバルトブルーのルダからミドラの実を受け取ると、ペダルを回しながら皮をむいて自らの口に放り込む。



「ん、すっぱ美味いっス! そうっスね。魔王さんやジェームズさん、アネさん達なら、きっと上手い事やってくれるっスよ!」


《だと良いの。ただ成功するにしても、儂はここに残らんといかんかもしれん》


「え。何で……っスか?」



 悠馬は目を見開く。



《『魔核』の残量じゃ。アネリアさんの計らいである程度自然に回復するようにはなっとるが、使う分に対して、明らかに回復が追いついておらん。じゃから今儂らがやっとるように、定期的に充填せにゃならん。けどこれって、少なくとも儂がおらんと出来んのじゃないかの?》


「なるほど、そういう事っスか。けど、ガイアを残して自分だけ帰るなんて、そんなの―――」


《それで良いんじゃ。そりゃお主の事は心配じゃが、儂は独りでも平気じゃぞ? でもまぁ時々顔を見せに、油でも差しに来てくれると嬉しいがの》



 ガイアの言葉に、悠馬は瞳を潤ませる。



《儂の事はともかく、悠馬は帰らんとの。向こうに悠馬を待っとる人が、山ほどいるのじゃから》


「ガイア…………」




「魔王様、これ使いますか?」


「うむ。助かる」



 暫しの間、沈黙が流れる。その場には、滝の水音と、魔王が騎士アゼルから借りたシャベルで土を掻き出す音だけが聴こえてくる。



「―――【アースバインド】 こんなものか。準備は出来たが、どうする?」



 作業を終えた魔王が人々に振り返る。



「『魔核』の残量は約八割。式の発動には問題ない……と思う」


「うむ、ならばもう一度やってみよう。ユウマ殿、ガイア殿もよろしいですか?」


「もちろんっス! よろしくお願いしますっス」


《儂も問題ないぞい。今度は通しでやってみようかの? おい貴様、今度はとちるなよ》


「……実際にやってみなければ分からぬ。先程のも不可抗力だ」


《何じゃと?》



 魔王とガイアとのやり取りで、にわかに剣呑な空気が生まれる。



「ガイア、魔王さんは真面目にやってるっス! だから、きっと次当たりで成功するっスよ」



 悠馬はそう言うと、人々に顔を向けた。



「魔王さん、ジェームズさんアネさん。それに、皆さんも。自分が帰るのに協力してくれて、本当にありがとうございますっス! 大変だと思うっスけど、どうか協力をお願いしますっス! この通りっス」



 そのまま深々と頭を下げたのである。



「ユウマ……」


「「「ユウマ」」」

「「「「ユウマ殿」」」」「ユウマ様」


《悠馬よ。お主は……》


「ユウマ殿……さすがですな。では始めましょう! アネリア、頼む」


「分かった。任せて」



 こうしてジェームズ、アネリア、魔王、そして自転車ガイアに乗った悠馬が、再び銅像の前に並んだのである。




「―――我らはこいねがう。奇跡の起こりを」



 アネリアの詠唱で、地面から白い光が溢れだす。



「其れ即ち、第三世界との接続、新世界の開闢かいびゃくなり」



 ジェームズの詠唱で、銅像の前に白い光の柱が形成される。



《懸け橋たる証を此処に示さん》



 ガイアの詠唱で、柱の中に六地蔵が映る。



「今、新たなる神への御許おんもとに。顕現せよ!」



 魔王の詠唱で、柱の中心に黒点が現れる。そして








 【【【【 ワールド・ゲート 】】】】 !!!!
















 昨日、この世界には『魔素』という目に見えない力の源があり、それが年々濃くなっている旨をジェームズが語った。濃くなっているとは、言い換えると飽和状態――これ以上溶けない状態に近づいているという事である。


 仮に、その『魔素』の発生源たる存在がこの世界に居るとしよう。その存在が自らの意思を持つとしたら、『魔素』の飽和状態に近づいているこの世界を、果たしてどのように思うだろうか。そして、『魔素』が全く存在しない、まっさらな状態を保つ世界に手が届く可能性がある事を、どのように考えるだろうか。



「「「「…………?」」」」


「地震……っスか?」



 まず起こったのは地鳴りであった。地面からつたが生え、白から黒に染まった柱の縁に絡みだす。




「「「「!?!?!?」」」」




 次に、ドン! という爆音と共に、無数の樹木が突き上げる。



「む!」

「ぬ!」

「ッ!」

「うわッ!!」


《悠馬ッ!!!》



「ユウマあぁぁーーーーッ!!!」




 樹木の勢いに上体を仰け反らせた悠馬に、ネーヴェリアが突っ込んで行く。その間も、樹木は銅像を持ち上げながら互いに絡みつき、やがて一本の、天にも届かんばかりの巨木・・に成長したのである。



「これは、何という……」


「…………」


「まさか、世界樹……なのか?」



 ジェームズが『世界樹』と呼んだ大樹の幹は、漆黒と化した柱を包み込むような広がりを見せる。さらにその大樹によって、真後ろの銅像が柱の真上に持ち上げられていた。その銅像――この世界の神がかたどられた姿は、驚愕の表情を浮かべる人々を、ネーヴェリアにきつく抱きしめられる悠馬の姿を、優しく見守るかのようである。



「モガ、モガモガ……!」


「あ。すまんユウマ」



 ネーヴェリアが慌てて悠馬を胸から解放した。悠馬は大きく息をつき、大樹の枝葉で覆われる周囲に目を向けた。その視線は、間もなく一点に留まる。



「……キレイっスね」


「ん? ……ああ。そうだな」



 悠馬に釣られるようにしてネーヴェリアが目を向けた先。その銅像の膝下では、『魔核』が琥珀色の蜜壺に浸されていた。中心の『魔核』から強い光が放たれることによって、枝葉の影に覆われた周囲を黄金色の光で染め上げているのである。



「「「「「………………」」」」」



 その幻想的な光景に、人々は口を閉ざす。



《…………なるほどの。魔素の充填くらい自前で(・・・)やれる、っちゅう事か。粋な計らいじゃの》


「ん? どう言う事っスか」


《つまり儂はお役御免っちゅう事じゃ。もう暫く、お主の自転車をやってれそうじゃぞ!》



「……そういう事っスかッ!!」




 悠馬は短く喝采を上げる。その一方で、徐々に状況に慣れてきた人々の関心は、銅像の膝元で輝く『魔核』の下の、漆黒となった柱に寄せられる。



「これ、繋がっているのですわよね?」


「理論上はな。『向こう側』に通じた手応えもあった」


「なら、あとは入ってみるだけか。……つってもな」



 トーラスが緊張したようにゴクリと喉を鳴らす。



「ふーン。じゃあボク、ちょっと見てみるネ」


「チー」


「チョ、待てっテ!」



 ユニとリプの二体のハーピーが、何の躊躇ちゅうちょもなく柱の闇に飛び込んで行く。それに慌てた様子でルダも続いた。



「ジェームズ。風が」


「うむ。あの闇に吸い寄せられている……のか?」



「「「「………………」」」」




 全員が緊張の表情を浮かべ、待つ事暫し。


 やがて、闇の中から三体のハーピー達が、ヒョコヒョコと地面を跳んで現れた。



「どうだった? お前達」


「アア、本当に絵で見た世界ニ繋がっていたゼ。ケド……」


「空気がウッスいネ。ボク達モ、一人で飛ぶのがヤットな感ジ」


「チー……」



 ネーヴェリアからの質問に、三体が浮かない顔で答える。



「いずれにせよ、繋がったと言う事だな?」


「おー。だったら自分も行ってみるっスか!」


《うむ、帰るかの》



「ちょっと待って欲しい」



 自転車ガイアを引いて歩き出した悠馬の背に、待ったの声がかかった。悠馬は歩みを止めて、声の主に振り返る。



「どうしたっスか? アネさん」


「お願いがある。うちから一人、アゼルを連れて行って欲しい」


「アゼルさん……っスか?」


「…………」



 馬を引き、にこやかな笑顔を浮かべて近づく騎士アゼルに、悠馬は怪訝な表情を浮かべる。その顔に浮かぶ疑問符に答えるように、アネリアが口を開く。



「ユウマの護衛と連絡役……と言うのは表向きの理由で、私はユウマの世界に興味がある。けど、ジェームズが砦を離れられない都合上、私が行く事もできない。アゼルには、私に代わってユウマの世界を見聞きして欲しいと考えている」


「そういう事です。どうかよろしくお願いいたします。ユウマ殿、ガイア殿も」



 頭を下げる鎧姿のアゼルの前で、悠馬は渋い顔になった。



「馬は連れていけないっスよ? けど、そうっスね。アゼルさん一人くらいなら……うーん。聞いてみないと分かんないっスね」



 かくして、ウンウンと頭を悩ませる悠馬は、ガイアとアゼルとを伴って、漆黒の闇へ入っていったのである。




■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■

■■■




「…………行ってしまいましたわね」


「ああ、行っちまったな」



 マリアベルとトーラスが気の抜けたように呟く。



「魔王様ッ!?」



 ネーヴェリアが酷く焦った様子で声を上げる。



「分かっている。コレの事であろう?」



 魔王は異空間から折りたたまれた紙を取り出して、ネーヴェリアに示す。



「そこのエルフが良いヒントをくれた。今、其方そなたの処遇が決まった。……其方の除隊・・は、認めないものとする」



「―――ッ!!!!」




 魔王の持つ紙が一瞬にして燃え上がる。その光景に、ネーヴェリアはショックを受けたような表情を見せる。


 その紙――ネーヴェリアが作成した除隊願いは、昨晩の夜遅くに彼女から直接渡されたものであった。


 因みに、ネーヴェリアは除隊願いの作成に当たり、彼女の副官であり、幼少時からの従者であるモルドに相談した。結果、自らの師団長職をモルドに引き継ぐ事の承諾を得ている。

 その時、彼らのやり取りを耳にしたホールで痛飲していた男の部下達が、彼女の除隊願いの撤回と師団長職の継続を切望した。しかし、彼女の意思を変える事はできなかった。男達は、それこそ体を張った(・・・・・)必死の説得を試みたが、その全てが返り討ち(・・・・)にあった事を補足する。



「其方には新たな任務に当たってもらいたい。第六師団師団長の職は解任とする。……其方にとっても、悪い話ではないはずだ」


「新たな任務……ですか?」



 眉をひそめるネーヴェリアだが、次の魔王の発言で、大きく目を見開いた。



「ユウマの護衛、監視、及びサポートに着いて欲しい。ユウマは、自国に軍隊の派遣を求めると言った。それに向けてユウマが動くとしても、一人で出来る事には限界があろう。だから其方には、ユウマの側で、ユウマの助けとなって欲しい。其方が側に居る事で、前に進む事もあるはずだ」


「魔王様……」


「この決定は今より有効である。直ちに向かって欲しい。宜しく頼む」


「ーーーーッ!!」



「―――チー!」



 その時ネーヴェリアの肩に、水色の子供のハーピー、ルヌが停まった。彼は自らの羽を、悠馬達が先行した漆黒の闇に向かって突きつける。



「ありがとうございます魔王様! 新たな任務、確かに拝領しましたッ! 行って参ります! ……ユウマ、待っていてくれッ!!!」


「チー!」


「ヒヒーーン!!」



 ネーヴェリアが肩に水色のヌルを停めたまま真っ直ぐに駆け抜けて行き、その後を、芦毛のグレースが続いた。間もなく彼らの姿も、闇の中へと消えて行ったのである……。


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