06:20~08:00 出立
この世界におけるハーピー達の朝は早い。第六師団に所属する彼らも、普段であれば日の出と共に起床する。しかし、その日に限っては、全員が寝坊した。
「チー、チー」
「……ムニャ」
その中でも比較的早くに起きた水色の子供――ルヌが、困ったようにパッションピンクの塊を揺する。しかし、その揺すられる当の本人は、未だ夢の中である。
「あら?」
その場所、ハーピー達の寝床として用意された屋根裏部屋に、エプロン姿の女性――フレアが顔を覗かせた。
「朝食ができたのに来ないと思ったら、まだ寝てたのですね」
「チー」
ルヌが助けを求めるような顔を向ける。
「そうですね、困ったお姉ちゃん達ですね。ちょっと待って下さいね……」
フレアは天井の低い空間を這い進み、未だ寝息を立てるユニに近づく。そして、そのユニの体を仰向けにひっくり返し、その両足を床に押さえつけたのである。
「ではルヌちゃん。コチョコチョしちゃいましょうか」
「チ……!」
ルヌは神妙な顔で頷くと、自らの羽をユニの露出する両足に這わせ始める。その効果は覿面であった。
「フヒ。フ……フッ! フヒャヒャヒャヒャ! ちょ、ヤメテーーーーッ!!!」
狭い屋根裏部屋に、ユニの絶叫がほとばしる。
「……ム」
「ファッ! 何事ですゾッ!?」
「ふぁ……」
「何でゴザルカ」
「うるさいナ」
ユニによる騒ぎ声に耐えられなくなったのか、固まって寝ていた全員が目を覚ました。
「皆さん、おはようございます。朝食の準備が整っていますよ」
「ハーーッ、ハーーッ」
「「「「「…………」」」」」
様々な液状物で顔中を汚すユニを膝に抱き、それでもフレアは表情を変えない。その光景を前にして、リプを除く全てのハーピー達が、頬を引きつらせるのである。
――――
―――
―
「……って言うカ、何かボクだけ扱い酷くナイ!? ボク、隊長なのニッ!!」
昨日のグランドドラゴンの討伐に伴い祝勝会が開催された大ホールの一角。手の使えないハーピー達のために、浅い皿に盛り付けられた麦のリゾットが湯気を立てている。
「まぁまぁリーダー、機嫌直してヨ。これ美味しいヨ?」
「そうですゾ。はやく食べないト、皆食べ終わってしまいますゾ」
「ちょッ、待ってヨッ!」
年配のリプとペタに促され、ユニは慌てて目の前の大皿を突き出した。
「しかシ、間が悪いでゴザルナ。出来ればユニの機嫌の良い時に相談したかったでゴザルガ。な、クア?」
「ム……某は、別ニ……」
青年のヘクに水を向けられ、年上のクアが顔をしかめる。
「ムグ―――ゴックン。……ソウダン? どうったノ?」
口の中の物を飲み込んだユニが、一転して心配そうな表情を見せる。
「隊長。ソノ、デキればで良いのですガ、少しの間お暇ヲ頂く事ハ可能でしょうカ? 恥ずかしナガラ、谷の妻と子供達ガ恋しくなってしまいましテ……」
「拙者も一度帰りたいでゴザル。昨日相談しようと思っていたでゴザルガ、グランドドラゴンのあまりの美味しさに驚いテ、すっかり忘れていたでゴザルヨ」
紺色のハーピー達、ヘクとクアからの相談に、ユニは遠い目になった。
「ウン。グランドドラゴン美味しかったヨネ。けど休暇かァ」
「別に良いんじゃないノ? グランドドラゴンだってヤッつけたじゃナイ」
「オイオイ。だからってオレらの仕事ガ減るわけじゃないダロ? 勝手に判断できる事じゃないっテ」
朱色のリプとコバルトブルーのルダがそれぞれ意見を述べる。
「そうだネ。ネーヴェに聞かないト分かんないヤ。これ食べたラみんなで探しに行こうカ!」
「ありがとうございマス。隊長」
方針が決まったタイミングで、その場にユニ達が見知った顔が現れた。
「あ、魔王様ダ。 おはヨー」
「オハー……ってアンタ、ちょっと顔色悪くナイ!? ちゃんと寝てるの?」
「考えないといけない事が多くてな。……熱い茶を一杯貰えるか」
昨日よりも目の隈を深くした魔王が、エプロン姿の給仕に注文をつけながら隣のテーブル席に座る。
「そっカ、大変なんだネ。ところでネーヴェ……ネーヴェリア様を見なかっタ?」
「今朝はまだ見てないが、裏手の訓練場に兵達が集まっていたな。そこにいるかもしれんぞ?」
「ありがとう魔王様。これ食べたラ行ってみるネ!」
笑顔を浮かべるユニに魔王は首肯を返すと、湯気を立てる目の前のカップに口をつける。深く息をつくと、自身の目頭を揉みだした。
「ゴックン―――ごちそうサマッ! みんな、行くヨ!」
「了解」
「あいヨ」
「了解ですゾ」
「了解でゴザル」
「了解いたしまシタ」
「チー!」
そうして慌ただしく飛び去って行くハーピー達を魔王は見送ると、小さく呟いた。
「師団長か。……果たしてどうしたものかな」
異空間からおもむろに取り出した書簡を眺め、また一つ、大きなため息をついたのである。
――――
―――
―
魔王が伝えた通り、訓練場ーー昨晩悠馬と魔王が野球勝負を行った場所は、多くの兵士達で賑わっていた。各自は走り込みやストレッチ、武器の素振りや打ち込みといった訓練に勤しんでいる。
「オラッ!!」
「……ッ!」
中でも特に人が集まる一角で、今、一つの勝負に決着がついた。ここザゼットの街の領主を務める大男――トーラスがバットを振り抜き、ピッチャーの手元から放たれたボールを場外へと運んだのである。
「また偉く飛びましたな。文句なしの『ヒット』ですな」
「ウハハハ! どうだッ、エル!」
「…………」
マウンド上で、坊主頭の大男が苦笑いを浮かべた。トーラスの息子、エルディオスである。
「あのエルディオス殿の剛球をこうも簡単に。凄まじい力ですな」
主審を務めていた赤いローブ姿の大男――ジェームズが感心を伝える。
「まだまだガキには負けらんねぇ……ってな。ジェームズ殿もどうだ。気持ち良いぞ?」
「いや、私は……今朝は腰の調子が」
「そう。何を隠そう昨日はおたのしみ。ついに赤ちゃんができた期待大」
誘いを固辞するジェームズの傍らで、エルフの幼妻――アネリアが意味深な台詞を呟いた。その顔は、昨晩よりも明らかにツヤツヤしている。
「おおーーイ!」
バッターボックスのトーラスとピッチャーマウンドのエルディオスがそれぞれ交代したタイミングで、ユニを先頭とするハーピー達が舞い降りて来た。
「みんなおはヨ! ちょっと良いかナ?」
「おう、どうした?」
「ネーヴェってここにイナイ? 探してるんだケド」
いくつかの野球道具が残るリアカーの上で、ユニが質問する。
「……の前ニ、なにアノ連中。ボロボロなんだケド」
朱色のリプが質問を被せる。彼女の示した方向では男の兵士達が走り込みを行っているのだが、その全員の顔が殴られたように腫れ上がっていたのである。特に目の周りは真っ赤に腫れ上がり、誰もが茫然とした、幽鬼のような表情を浮かべている。土を蹴る音に混じり、グズグズと鼻をすする音まで聴こえてくる。
「……私もずっと気になっておりました。何か、あったのですかな?」
「俺も訊いたんだけどよ。それが、全員『転んだ』の一点張りでな。あそこのモルドの奴が、『別に大した事ではないです。放っておくのが良いかと』っつーんでな」
ジェームズの質問に、トーラスが肩をすくめながら答える。トーラスの視線の先には壮年のモルドの姿が見える。彼は兵士達と異なり怪我のない様子だが、どことなく黄昏れた雰囲気でその場に佇んでいる。
「で、ネーヴェの奴を探してるって?」
「そうソウ。どこにいるか知ってル?」
改めてのユニの質問に、トーラスは腕を組んで考える様子を見せた。
「もしかすっと、まだ寝てるかもしれねぇな。昨日は遅くまで起きてたみてーだからよ」
「そっカー。じゃ、ネーヴェの部屋ヲ見てみるネ。みんな、行くヨッ!」
ユニの指示で全てのハーピー達が飛び去って行った。
「……そういえば、ユウマ殿とガイア殿の姿も見えませんな。昨晩遅かったというと、彼らも?」
「ああ。例の『魔核』の充填に張り切ってたからな。……あいつ、良い奴だな」
トーラスが優しい笑みを浮かべる。
「同感です。だからこそユウマ殿には、幸せになってもらいたい。仮に此度の式が成功し、彼らが元の世界に帰って行ったとしても……」
ジェームズが感じ入った様子で天を仰ぐ。その傍らで、アネリアは首を傾げた。
「で、ユウマ達は今どこにいるの?」
「どこって、そりゃあ」
トーラスは何故か気まずそうに目を逸らした。
「……どこにいるんだろうな?」
――――
―――
―
《―――【ヒート・ウインド】 ……塩梅はどうかの?》
「良い感じですわ。これは、画期的ですわね」
ドアを開けて貰い入室したユニ達の目に映ったのは、身支度中のマリアベルであった。自らの頭に片手で持った物体を向け、もう一方の手で水に濡れた髪を梳いている。その横ではエプロン姿のフレアが自転車に乗り、足元のペダルを回している。
「おはヨ! 何してるノ?」
「髪を乾かしているのですわ。この、『どらいやー』ですか。先程の『わーるどうぉっしゅ』といい、ガイア様の世界は進んでいるのですわね。羨ましいですわ」
温風を頭に受ける女性――マリアベルが、口を尖らせて答える。
《そうじゃのう。けど、儂が恩恵を受ける事はあまり無いんじゃが。道が整っているくらいかの?》
「それだって素晴らしい事ではないですか。道の整備は、街の発展において重要な課題ですわ」
マリアベルの返しに、そもそも道を歩く機会が少ないハーピー達は首をかしげた。
「……チー?」
「ア、そうだっタ。ガイア、マリア様。ネーヴェ様ってマダ寝てるノ?」
水色のルヌの声に、ユニが反応する。
「嬢ちゃんか。今朝はまだ見てないの。昨日の遅くに寝ると言うて、悠馬と一緒にそこの階段を昇って行ったっきりじゃから……」
「寝てますわね。けれど、流石にもう起きる時間ですわ」
マリアベルがすっくと立ち上がる。熟練の母の貫禄を感じさせる姿である。
「ネーヴェーーッ! 朝ですわよーーッ! もうとっくに日は昇っておりますわよーーッ!!」
―――はーいっスーーッ……ッ!?!?
娘ネーヴェリアへの呼びかけに、しかし返ってきたのは子供っぽい男の声であった。
《悠馬じゃの。……何か偉く慌てる気配がしたが》
「あの子の返事はありませんわね。ちょっと起こして参りますわ!」
「ボクモー!」
「チー」
経験上、遠くから何度呼びかけても埒が明かない。こうなると、直接叩き起こした方が早い。マリアベルは勇んで階段を上がり、その後をハーピー達とフレアが追った。
「ネーヴェッ! 一体何時まで寝ているのです……か……」
「………………」
礼儀作法に厳しいマリアベルある。普段であれば部屋に入るに当たってドアをノックを欠かさない。しかし、寝てると思しき娘の部屋に入る場合は、その限りにない。
「ア……」
「オホッ!」
「チョッ!」
「「「「……」」」」
「チー?」
ドアを開け放ったマリアベルとハーピー達が見たもの。それは、半裸で絡み合う男女の姿であった。もう少し詳しく言うと、ワイシャツのボタンが全て外れてズボンが膝まで脱げた状態の悠馬と、その頭を抱く下着姿のネーヴェリアの姿である。
「―――これは失礼いたしました。どうぞごゆっくり「す、す、スミマセンっス!!! 今すぐどくっスからッ!!」
悠馬が焦ったような大声を放つ。その様子を、マリアベルは情事の最中に突入してしまったためと思ったが、それにしては少々様子がおかしい。
「よッ! ……あれ? ホッ! ……ッ、ーークッ!」
悠馬はネーヴェリアの横でもぞもぞと動く。しかし、ネーヴェリアが悠馬をかき抱く構図そのものは変わらない。
「ユウマ様?」
「いや違うんス。なんか、頭が外せなくて……ホッ!」
悠馬が上半身を起こそうとする度に、ネーヴェリアの腕の血管がピクリと浮く。マリアベルは目を細め、つかつかとベッドに近づくと
―――バチン!
「ッーーーー!!!」
娘の額に、強烈なデコピンを放ったのである。
「いい加減になさいませ! ユウマ様が困っているではないですかッ!」
「……痛いじゃないですか母上。起こすにしてももう少し優しく「起きてましたわよね?」
有無を言わせない母マリアベルの迫力に、ネーヴェリアはとぼけるように視線を逸した。
「まったく、貴女は分かり易いですわね。ユウマ様が可愛いくて仕方ないのは分かりますが、ほどほどになさいませ」
「はーい」
ネーヴェリアは軽い感じで母親に応じると、目を白黒させる悠馬に輝くような笑顔を向けた。
「おはようユウマ。良く眠れたか?」
「おはようっス。そうっスね、気がついたらぐっすりと……ってネーヴェさん起きてたっスか?」
「いや寝てたぞ……エヘ」
ジト目で詰問する悠馬に、彼女は笑みを深くする。
「さすがに起きるか。まずは顔を洗いに……居たのかお前達」
ネーヴェリアが入り口を見ると、ハーピー達が怪訝な視線を向けていた。
「ネーヴェ、『居たのか』っテ酷くナイ? ボクたち話があっテ、ずっとネーヴェの事探してタんだケド」
ハーピー達を代表して、ユニが悠馬と同じジト目になって訴える。
「そうだったのか。それは悪かっ…………『話』か」
ふと彼女は思案げな表情を浮かべ、ずっと掴んでいた悠馬の腰を解放した。悠馬は慌てて膝まで脱げていたズボンを引き上げる。
「ユウマ、すまんが先に支度をしていてくれないか? フレア、ユウマを手伝ってやってくれるか」
白羽の矢を立てられたエプロン姿のフレアは、落ち着いた様子で「かしこまりました」と応えた。
「ユウマ様、どうぞこちらへ」
「……了解っス」
悠馬はフレアの案内を受けて、はだけたワイシャツのボタンを嵌めるのに苦心しながら退室する。ネーヴェリアはその背を見送ると、残った母マリアベルとハーピー達に向き合った。
「母上、聞いてくれますか? お前達も。モルドと他の部下達には既に伝えたのだが―――」
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領主館の離れの母屋には浴室があり、そこに悠馬は案内された。石造りのバスタブから湧き出てくる湯は、この街の入浴施設と同じく温泉であると言う。
しかし悠馬は、何故かその場に置いてあったワールドウォッシュで急いで身体を洗うと、そこに張られた温泉をろくに楽しむ間もなく退室する。ネーヴェリアも自身の身支度のために来るだろうと、フレアに聞かされたためである。昨日のように裸で突撃などされては、それこそ堪ったものではない。
《悠馬。出てきたの》
「ガイア、お待たせっス」
《大して待っとらんわい。っと、誰か来るの》
「ただいまーっと」
ノックも無しにガチャりとドアを開けて入って来たのは、ネーヴェリアの父トーラスであった。
「起きてたんだなユウマ。あれ? お前さん達だけか」
「おはようございますっス、トーラスさん。ネーヴェさんとマリアベルなら多分上にいるっスよ」
と悠馬が言ったタイミングで、ドスドスと階段を駆け下りる音が聴こえた。僅かな間の後、服を抱えた下着姿のネーヴェリアが現れる。
「ユウマちょっと待っててくれ。すぐに支度して……父上、おられたのですね?」
「ああ。つーかお前―――」
トーラスが何かを言いかけた所で、ネーヴェリアの姿は浴室に消えて行った。
「ホント悪ぃな、あんなんで。昔から『つつしみ』ってのが無くてよ……」
「ま、まぁ。自分のねーちゃ……姉も、あんな感じだったっスよ。ハハ」
詫びるトーラスに、悠馬は乾いた笑いを浮かべた。
「そういやユウマ。昨日のアレ、どれくらい進んだんだ?」
「アレ? ああ、アレっスか。ガイア」
《ほいさ ―――【キャリーボックス】 》
ガイアの台詞に続き、その前かごに、白色の光に満ちた一抱えもの物体が現れる。グランドドラゴンの魔核である。
「これで多分満タンになってると思うっスけど、どうっスかね?」
「マンタンだな。ってマジで一晩で仕上げたのかよ!?」
《まぁの。悠馬と儂にかかれば、ざっとこんなもんじゃて》
ガイアの発言にトーラスが目を丸くしていると、階段からマリアベルが降りて来た。
「―――あなた」
「おう、凄ぇぞコイツら。一晩であのグランドドラゴンの『魔核』を……泣いてんのか?」
トーラスの言う通り、マリアベルは滂沱の涙を流していた。
「大事な話があります。こちらへ―――」
そのままトーラスの腕を引き、部屋の外へと向かって行く。
「何だよ、ったく。……ああユウマ。それ、魔王サマにも見せてやってくれよ。喜ぶぞ。広間にいるからよ!」
そう言い残してトーラスは退室する。それと入れ替わるように、エプロン姿のフレアを伴ったハーピー達が現れた。
「あ、ユニさん。皆さんもおはようっス」
「…………」
ハーピー達のうち真っ先に声をかけられたユニだが、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。その背後から、ニヤニヤとした笑顔を浮かべる朱色のリプが、次のように述べた。
「昨日はオタノシミでしたネ……ウヒヒ」
「やかましいっス! ……昨日は気付いたら寝てたっスよ。何か抱き枕にされてたっスけど、別に何も無かったと思うっス。多分」
「ソウナノ?」
ユニが悠馬に向き、ぱちくりと大きくまばたきする。
「確かに昨夜は何もなかったものと思います。残念ながら、シーツには臭いもシミも「何の話をしているんだ?」
つまらなそうに語るフレアの横に、既に着替えを終えたネーヴェリアが立っていた。髪が濡れている事から入浴も済ませた様子だが、ついさっき浴室に向かった時からと考えると驚きの早さである。
「お嬢様。広間にてお食事の支度が整っております。そろそろ向かわれては?」
「そうだな。その前に、父上がおられなかったか?」
「トーラスさんなら、何かマリアベルさんが大事な話があるって連れて行ったっス」
「母上が……そうか。なら良いか」
一瞬考えるような表情になったネーヴェリアが、悠馬に笑顔を向けた。
「ご飯に行こうかユウマ。お腹空いただろう?」
――――
―――
―
「ユウマ殿。ガイア殿とネーヴェリア殿も、おはようございます」
「ユウマ……良かった。生きてる」
食堂に到着した悠馬に、男女の声がかかった。赤いローブ姿のジェームズと、同じくローブ姿のアネリアである。
「おはようっスジェームズさん。……アネさん、『生きてる』ってどういう事っスか?」
悠馬は挨拶を返しながら、ホール全体を見回した。その場には、アゼルを含む見知った騎士達や、モルドを含む兵士達が一通り揃っているように見える。そして、もう一人
「魔王さんもおはようっス。言うほどお早くないっスかね?」
「…………」
悠馬は偉くもないのに重役出勤をやらかした気持ちになり、恥じ入るように頭を掻いた。対する魔王は無言で席を立ち、悠馬達に近づく。
「……本当に一晩で仕上げたのだな」
魔王は、自転車の前かごに視線を向ける。意図を察した悠馬はスタンドを立てると、その中に入れていたグランドドラゴンの『魔核』を差し出した。
「はいっス。こんなんで良いっスかね?」
『魔核』に満ちる白い輝きに、彼らに注目していた周囲の人々にざわめきが生まれる。魔王は、悠馬に首肯を返すと『魔核』を異空間に収容し、悠馬の隣に立つネーヴェリアに視線を向けた。
「師団長。昨日の話だが、もう少しだけ待って欲しい」
魔王の言葉に、ネーヴェリアは落胆したような顔になる。
「承知しました。ですが……」
「分かっている。必ず答えは出す。その前に取り急ぎ頼みたいのが、部隊の編成を―――」
――――
―――
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悠馬が朝食の麦リゾットを平らげたタイミングで、各々が外出のための身支度に向かった。悠馬自身も身支度を希望し、昨日の衣装室で着替えを行っている。
「やっぱよく見るとシミになってるっスね。けど、許容範囲内っス」
そう言って、悠馬はいつものスーツに袖を通す。家令のフレアに洗濯を頼んでいたのである。さすがにワイシャツはシミが目立ったため、この部屋に予備として保管されていた別の一枚を譲ってもらえた。悠馬の外見は、昨日の朝とほぼ同じものになる。
着替えを終えた悠馬は玄関ホールに向かう。そこではスタンドが立てられた自転車が待っており、丁度、昨晩は館に泊ったらしき角の生えた兵士達が出て行く所であった。
《悠馬。いつもの格好じゃな。やっぱりそれがシックリ来るの!》
「悠馬殿。わざわざ着替えたのかと。別に前の服装でも良かったかと」
「モルドさん。この年で半ズボンはきついっスよ」
言葉を交わす悠馬達を、この場に居合わせた兵士達が眺める。特に顔を腫らした男の兵士達が、何やら物言いたげな視線を向けてくる。
「……おいテメェ、分かってるんだろうな。万一ネーヴェリア様に手ぇ出したら、俺達第六師団全員で」
「ちょっとやめなよッ! 昨日の話で決着がついたでしょッ! あんただってグゥの音も出なかったじゃない」
実際に物言いをつけてきた男の兵士を、若い女性兵士が遮った。昨夜の祝勝会で悠馬にきわどい質問を放った彼女である。
「ほら行くよッ! ……あはは。ごめんねユウマきゅん。また後でね」
「ちょッ、痛ェって!」
男の首根っこを掴み、意味深な笑みを浮かべながら去って行く。
「……ええと、何なんっすかね? 今の」
《ふむ。何なんじゃろうのう?》
「気にしなくて良いかと。私も、通行の邪魔になってしまうので向かおうかと」
モルドはそう言うと、先ほどの兵士達を追うように背を向けた。
「それではユウマ殿。ガイア殿も、いずれまた」
そう言い残してモルドが去ると、入れ替わるようにしてジェームズとアネリア、アゼルを含む騎士達が集まって来た。騎士達は全員が鎧兜を装着している。
「ユウマ殿、今の方は?」
「ジェームズ。あの人はモルドって言った。うちで言うと、多分私みたいな立場の人」
「雰囲気は大分違うっスけどね」
彼らを交えて談笑していると、今度はネーヴェリア、トーラス、マリアベル、エルデイオスと妻、彼らの子供達を含む一家がこの場に到着する。このうち、トーラスは騎士達と同様に鎧姿であり、ネーヴェリアとマリアベルは動きやすい服装に着替えている。
「じゃあジイちゃん行って来るからな!」
「わたくしも行って来ますわね。良い子で待っているのですわよ」
「遊んでやれなくてごめんな。また今度遊ぼうな!」
「いってらっしゃいませ! おじいさま! おばあさま! おねぇちゃんもまたね!」
「っしゃい!」
子供達の元気な声に、トーラス、マリアベル、ネーヴェリアは相好を崩す。
「「「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」」」
「行ってらっしゃいませ、皆様。どうかお気をつけて」
そうして一行は、エルデイオス一家と従者達、フレアの見送りを受けて、先に魔王に指定された集合場所――この街の教会に向けて出発したのである……。




