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20/28

19:20~19:50 饗応


 悠馬が落ち着いたタイミングで、浴衣からの着替えをしに行く事になった。そのための衣裳室が、階段を登った先の二階にあるという。

 悠馬が自転車ガイアを持ち上げて階段を登ろうとした所、随伴する三人の女性達に止められた。



《心配じゃが、病み上がりの悠馬に運んでもらうんも忍びないしの。儂の事は、どこか邪魔にならん場所にでも置いとけば良いぞい》



 ガイアの発言で、『祝勝会』の会場である一階玄関先の大ホールへと、エプロン姿のフレアが一足先にガイアを連れて行く事になった。

 ガイアと別れてネーヴェリアとマリアベルの美女二人をはべり階段を登る悠馬だが、その表情は冴えない。その原因であるはずかしめの瞬間を思い出してしまい



「うう……もうおムコに行けないっス」



 などと口にした所



「大丈夫だ! 責任は取るからなッ!!」

「大丈夫です! 責任は取らせて頂きますわッ!!」



 と、物凄い勢いで返ってきた。


 悠馬は得体の知れない身の危険を覚えた。ここはある意味で完全なアウェーであり、一切の弱音も軽口も吐けない事を自覚する。

 結果、到着した衣裳室において、悠馬は虚ろな目で言われるがままに着替えを進める事になった。



「ユウマ様。こちらを履いてみて下さる?」


「ハイっス……」


「うーん、ブカブカだな。こっちはどうだ?」


「長すぎるようですわね。ならばいっその事、こういうのはどうでしょう?」


「!! 母上、あなたは天才ですかッ!?」



 このような母娘の厳密な審査により、悠馬の服装は以下のラインナップに決まった。



◆足首までの靴下に艷やかな革靴


◆サスペンダーに吊るされた半ズボン


◆襟付きの白いワイシャツに赤い蝶ネクタイ


◆背中側が長くすそが広がっている燕尾服



「……ちょっと」



 鏡に現れたその姿は、日本の国民的アニメに登場する名探偵小学生のそれに近い。また、ゆったりとした燕尾服は、悠馬が先日テレビで見たアデリーペンギンを想像させる。



「結局、使用人の子供用のになってしまいましたが……悪くありませんわね」


「むしろ最高です。本当にありがとうございます」



 ネーヴェリアは今にも天に昇るような満ち足りた笑顔である。最初はその服装に文句を言おうとしていた悠馬だが、ネーヴェリアの笑顔に毒気を抜かれ



「なんかもう、喜ばれているみたいっスから良いっスかね。けどこれ、地元の知り合いには絶対に見せられないっスよ……」



 そうボヤき、深くため息をついたのである。



――――

―――



「これは、マリアベルさんと……ひょっとしてご家族の絵っスか?」


「ええ。エルディオスの成人祝いで描いて頂いたものですわ。懐かしいですわね」


「そうですね。私の髪も短いですしね」



 現在、悠馬達は玄関ホールを眼下に臨む階段の踊り場において、壁に掲げられた一枚の絵画を眺めている。



「やっぱりそのスカートの子はネーヴェさんだったんっスね。真ん中がお兄さんのエルディオスさんで、ネーヴェさんの隣で手を繋いでいるのが、弟さん……エムードさんでしたっけ?」



 絵画の中心では、坊主頭の巨漢の青年が優しそうな笑顔を浮かべてる。その両隣に、先程会った時よりも幾分若く見える父トーラスと、今と全く変わらない母マリアベルが寄り添う。さらにその手前には、勝気な笑顔を浮かべるショートカットの女の子――ネーヴェリアと、それを見上げる目鼻立ちの整った男の子の姿がある。



「そうだ。兄は私の三つ上でな。今は跡継ぎとして父の仕事を手伝っている。既に二人の男子を授かっていて、これがまた可愛いくてな」


「間もなく三人になりますわ。今度は女の子になるそうですわよ」


「本当ですか! ……それは楽しみだなぁ」


「それはおめでとうございますっス。じゃあ、こちらのエムードさんは?」



 悠馬の質問に、ネーヴェリアは表情を曇らせる。



「エムードは私の三つ下の弟なのだが、あいつが成人を迎えた翌日にな。何を思ったのか、『姉上にふさわしい男になって帰って来ます!』などと言って出て行ったきりでな。……今頃どうしているのか」


「元気にはしているようですわよ。先日も古都エクジスのダンジョンで、地下何回まで踏破したとの手紙が届きました。相変わらず、あの子の目指す所はさっぱり分かりませんけれど……」



 母娘が揃ってため息をついた。各ご家庭で大なり小なり問題を抱えているという点は、世界が異なっていても変わらないのかもしれない。


 俄に気まずい空気が流れたタイミングで、後方から聞こえる声があった。




「広い家……さっきの温泉もそうだけど、正直こんな大々的な施設があるとは思わなかった」


「そうだなアネリア。トーラス殿、実に立派なお屋敷ですな!」


「まぁな。ここは昔から温泉街として有名でな。会議や接待、療養なんかの名目で、金払いの良いお偉いさん方が来るわけだ。そうしたお大尽だいじんサマの顔を立てるために、こう、デカい屋敷を建てたって話だ」



 悠馬が振り向くと、眼下の玄関ホールにアネリアとジェームズ、領主トーラスを先頭にした集団の姿を発見した。



「父上! 戻られたのですね」


「あなた、お帰りなさいませ。そちらの方々は?」


「おう。今回のグランドドラゴンの討伐に手ぇ貸してくれたグルーナ公国の騎士達だ。魔王様からヨロシク頼まれてな」



 トーラスの言うように、悠馬にも見覚えのある騎士達である。ジェームズとアネリアは普段のローブ姿だが、その他はトーラスを含め、兜や鎧といった重装備を外してこざっぱりとした服に着替えている。



「まぁ! 少々お待ちくださいませ。今そちらに参りますわ」



 トーラスに応え、マリアベルは早足で階段を降りていく。その後を悠馬とネーヴェリアが続いた。



「ようこそ皆様。わたくしは、マリアベル・パラ・ヒューム。この人の妻です。お話は伺っております。心より歓迎いたしますわ」


「これはご丁寧に。私はジェームズ・クドゥルと申します。此度はお世話になります」



 玄関ホールに辿りついたマリアベルが、騎士団長のジェームズと挨拶を交わす。



「おうユウマ。すっかり男前になったな。足の具合はどうだ?」


「ハハ……足はもう問題ないっス」



 気さくに話しかけてきたトーラスに、悠馬は乾いた笑いを浮かべた。



「そりゃあ良かった。良い腕してんだろ、ウチの嫁。俺も昔は世話になったもんだ」


「今も、ですわよね? 一昨日だって喧嘩の仲裁だとか言って、体中に青あざを作って帰ってきたではないですか。全く、あなたももう若くもないのですから」


「いや、ありゃ不可抗力って奴だ。そもそもあいつらがな……」



 あたふたとトーラスが釈明を始めると、そこに新たに近づいて来る姿があった。



其方そなた達、そんな所で何をしている? 既に祝勝会の準備は出来ている。主役が来なければ始まらぬのだが」


「「魔王様!」」

「魔王さん」



 割烹着のような服装の魔王である。彼は皆の目の前で帽子を外し、小さな異空間を形成してそれを収容した。



「こちらだ。ついて来ると良い」



 そう言うと、そのまま背を向けて歩き出す。



「やれやれ、相変わらず強引なお人だぜ。んじゃ、俺達も行こうか」



――――

―――



 悠馬達一行が大ホールの扉を潜ると、周囲から歓声に包まれた。既に席に座る、何れも角の生えた人々によるものである。



「「「「「ーーーーッ!」」」」」


「まぁ!」



 その前に、いち早く悠馬達の目を奪うものがあった。幾つもの凶悪な鋭い牙を並べた、巨大な頭蓋骨である。頭部に大きな欠けがあるものの、それ以外に傷のない綺麗な物である。



「な、なぁ、魔王様。これが今日(ほふ)ったっつう……」


「そうだ。グランドドラゴンだ。見ての通り骨を残し、粘土で牙を取り付けてみたものだ。壮観であろう」



 声を震わせるトーラスに、どことなく自慢げな様子の魔王が応じる。



《けっ、自分で倒したわけでないのに偉そうに。おぉ悠馬よ! こっちじゃ!》


「ガイアお待たせっス。ええと、ここに座れば良いっスか?」


「うむ。師団長とジェームズもこちらだ。皆から顔が見えるようにな。他は―――」



 魔王の指示でテキパキと席の割り振りが進められていく。その際にジェームズと分かれる事に難色を示したアネリアだが、随行する騎士達のうちの唯一の女性に手を引かれ、渋々と指定されたテーブルの席に座った。



「ユウマ様。お飲み物は赤ワインと白ワインが御座いますが、どちらになさいますか?」



 複数のグラスを乗せたトレイを抱えるフレアが、悠馬に声をかける。



「自分は未成年……自分の世界だとっスけど、なんで、お酒は遠慮するっス。水かお茶があれば頂けないっスか?」


「そうなのですか? かしこまりました。水出ししたお茶をご用意いたします」


「すまないが私もユウマ殿と同じ物を。酒に酔って失礼があってはいけませんからな」


「今宵のような祝いの席では、無礼講が基本だ。気にせずとも良いのだがな。……余は白を貰おう」


「私は赤を。ユウマも飲んで良いんだぞ?」



 悠馬の隣に座ったネーヴェリアが流し目を送るが、悠馬は愛想笑いを浮かべるに留めた。賢明な判断である。



「おや? ユニさん達がいないっスね」


「ハーピー達なら、先にメインを食して出て行った。もう寝るとの事だ」


「魔王様、うちの連中がすみません」


「ハーピーは種族的に夜に弱いと聞いた事があります。眠くなってしまうのも仕方がないのでは?」


「かも知れぬ。……皆、グラスが行き渡ったようだな」



 魔王はホール全体の様子を確認すると、その場に立ち上がる。その姿を認めた人々が口を閉ざす事により、ざわめきは自然と収まっていった。




「……うむ。今宵、このような『祝勝会』が開ける事を嬉しく思う。これは、今ここにいるユウマやジェームズを始めとする部外者の協力もあってのものだが、それ以前に、諸君らの日頃の努力、貢献なくしては獲られなかったものであろう。その全てに感謝したい。

 総員、グラスを掲げよ。―――勝利に。乾杯」




「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」




 魔王の呼びかけに、グラスを持った人々が唱和し、さらに拍手が続いた。



「素晴らしい音頭でした。改めて此度の勝利、おめでとう御座います!」


「ありがとうジェームズ。まずは簡単なものだが、前菜とスープを食してみて欲しい。口に合うと良いのだが。ユウマ……は早速食べているな」


「んぐ……いやぁ腹減ってたんで。美味いっスねコレ。自分の世界のポテトサラダに近いっスけど、風味が面白いっス。香辛料が違うっスかね?」


「香辛料? ……この黒い粒は、まさか!」



 目の前の皿に盛り付けられたサラダには、マッシュポテトのような白い塊に、黒い粒が埋め込まれている。よく見ると、種の欠片のようである。



胡椒こしょうですよね。やはりこれがあると味が締まりますね」


「やはり『胡椒』! そんな希少なものを、前菜から!?」


「余にとっては希少という程のものでもない。海を越えた先の南国は身近な食材だからな。余は【ゲート】で南国とも行き来が出来る。現地の相場で安く購入出来るのだ」



 驚くジェームズに魔王が説明する。やはり、どことなく自慢げな様子である。



《ちっ、胡椒程度で何を偉そうに。……悠馬だって、世界中からの》


「いやいやガイア。外国の物を原価で仕入れるって、うちの会社でも不可能っスよ? 輸送費に関税、諸々の手数料はどうしたってかかってしまうっス」



 悠馬は仕事に関する講釈を述べながら、今度はスープに手を伸ばした。その中身に顔を近づけた瞬間、顔色が変わる。



「この香り……この黒くて丸いのって、ひょっとして、トリュフっスかッ!!」



 ―――トリュフ。

 キャビアとフォアグラに並ぶ言わずと知れた世界三大珍味の一つである。日本で正規に購入しようとすると、百グラムあたり数万円は下らない。

 悠馬は職業柄、一度だけトリュフの実物に触れた事がある。顧客からの値引きを飲むため、会社の宣材として借り受けたものであったが、その時に嗅がせてもらった香りと目の前のスープから漂うそれは、酷似しているように思える。



「ほぉ、何とも豊潤な香りですな。この黒いのが、トリュフというのですかな?」


「ここでは『地中茸』と呼んでいる。文字通り、地面に埋まった状態で育つのでな。故に人が探し当てるのは困難だが、コボルトの嗅覚を持ってすれば容易に探し出せる」



 ジェームズの問いに、魔王が答える。



「確かこれも、ニビヒの里のコボルト達から献上されたものだったか」


「ニビヒというと……今回グランドドラゴンの被害に遭った集落の本家筋に当たる所でしたか」


「そうだ。彼らにも良い報告が出来るな。かたきは討ったと……」



 ネーヴェリアと魔王が痛ましげな表情を浮かべる。悠馬とジェームズも、重くなった空気を察して口を閉ざした。




《…………なんじゃ、その葬式のような雰囲気は。『祝勝会』なんじゃろ。そのスープだって冷めたら美味しくないんじゃないかの? 儂には分からんがの》



 ガイアが呆れたように発言する。自らがスープを飲む術のない自転車ガイアでも、冷めたら不味くなるという程度の知識はあるらしい。



「ガイア……そうっスね。魔王さん、いただいても?」


「無論だ。其方達も召しあがると良い」



 魔王の呼びかけに、テーブルにいる全員がスープに手を伸ばす。



「トリュ、『地中茸』というよりも、野菜とミルクの甘みが良い感じっス。ベーコンからのコクもしっかり出てて、美味しいっス!」


「あくまで『地中茸』は香り付けだからな。その他は料理長に一任したものが、良い腕をしている」


「確かに良い味です。乳も良い物を使っていますな。先の温泉では冷たいのをいただきましたが、こう、温かいものも良い」


「牛の乳はザゼットの隠れた特産品なのです。私も物心がつく前から毎日のように飲んでいました」



 悠馬達の感想に隣のネーヴェリアが嬉しそうに答える。その回答によって、悠馬は彼女が色々な意味で大きく育った理由を知った気がした。



「ユウマ、パンもあるからな。スープに浸けて食うと美味いぞ」


「待て師団長。その前にメインディッシュといこう」



 魔王はそう言うと、その場でパチンと指を鳴らした。すると、エプロン姿の女性達が、肉のかたまりを乗せた皿の配膳を始める。悠馬の目の前にも、表面に焼色を載せた肉の塊が配られる。



「魔王さん。これは?」


「まずは何も言わずに食してみて欲しい。ナイフで簡単に切れるはずだ」



 魔王に促され、悠馬はナイフで切り分けたそれを口の中に入れた。―――瞬間、強烈なうまみ(・・・)が口の中で爆発したのである。



「ちょッ!! なんっスかこれ……! 口の中で溶けて……うわぁ……!」



 悠馬は頬を押さえて目を丸くする。両隣のネーヴェリアとジェームズも、似たような表情である。



「驚いたであろう。肉を無害な形で長期間保存するとこのように柔らかくなり、うまみを増すのだ」



 近年、日本でも『熟成肉』と呼ばれる食材が浸透しつつある。肉を適切な環境下に長期保存する事により、肉の繊維が解けると共に、たんぱく質が分解し、うまみ成分であるアミノ酸に変化する。

 今回魔王が供した塊肉は、どうやらそれであるらしい。各席に配膳された肉の柔らかさと味わいに、会場全体が大きくざわめき立つ。



「実際には、促成魔法の【エイジング】を使うのだが、家畜の肉などでは崩れ落ちてしまい形も残らない。しかし、このグランドドラゴンの肉は、余の促成魔法エイジングに五度も耐えたのだ。さすがといった所だな」



「えっ。これって、あのグランドドラゴンなんっスか?」



 肉の正体に、悠馬は驚きの表情を見せる。



「そうだ。其方達が仕留めた、あのグランドドラゴンだ」


「……マジっスか」



 仕事上、国内外の様々な食材を扱ってきた悠馬であるが、さすがに屠殺の経験はない。自らが手にかけた物を口に入れたという事実に、悠馬は少なからずのショックを受ける。



「フフ。……ククッ!」



 唐突に、悠馬の隣から笑い声が聞こえた。ネーヴェリアによるものである。



「どうしたっスか? ネーヴェさん」


「ユウマ……クク、いやな。これが、あのグランドドラゴンと聞いてな。こいつに私は危うく食い殺される所だったが、逆にだ。私がこうして食っているのだ! それが可笑しくてな……フフッ。しかもこんなにも美味いとは!」



 ネーヴェリアは腹を抱えて笑う。その目には、はっきりと涙が浮かんでいる。



《まさに『弱肉強食』って奴じゃ。したたかに生き延びたからこそ、その肉だって食えるわけじゃ》


「自然の摂理ですな。自らが生き残るために命を奪う。その肉を食べ自らの血肉とする。そうする事が、奪った命に対するせめてもの礼儀なのかもしれません」



 ジェームズの言葉に、悠馬、魔王、ネーヴェリアは真面目な顔で頷いた。



《なるほど、勉強になるわい。最後まで食わんとバチが当たりそうじゃ。悠馬もしっかり食わんとの》


「ガイア……その通りっスね。では改めて、いただきますっス!」



 日本において普段当たり前のように食されている肉も、牛や豚、鶏の命を奪う事によって獲られた糧である。その点、目の前のグランドドラゴンの肉だって何ら変わりがない。

 悠馬は再度心の内で手を合わせ、塊肉をナイフで切り分けて、自らの口へと運ぶのである……。


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