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19/28

18:40-19:20 療養


 客間のベッドの上に浴衣姿の悠馬が仰向けになる。その足先にドレス姿の美女──マリアベルが横座りになり、淡く輝く手のひらで、悠馬の太腿に布地越しに触れている。



「いかがですか? ユウマ様」


「暖かくて気持ちいいっス。あー、自分の事は呼び捨てで良いっスよ?」



 マリアベルの問いかけに、悠馬はぼんやりとした声を返した。悠馬は今、回復魔法による足の治療を受けているのである。



「母上はこう見えて回復魔法の専門家でな。通常の打ち身や切り傷のみならず、通常のものでは対処が難しい筋肉痛や骨折などの治療もできるのだ」


「おぉ、それは凄いっスね!」


「昔取った杵柄というものですわね。けれども別に言うほどのものでもございませんわ。この程度、修練を積めば誰にでもできる事です」


「何をおっしゃる。そんな繊細で長時間の制御は、私を含めて簡単にできる事ではありません」


「そんな事はございません。貴女あなたは気が短いのです。全く、誰に似たのかしら……」



 マリアベルは困ったように娘への反論を呟くと、悠馬の太腿をおもむろに揉み始めた。



「うぁ! それ気持ちいいっス。……もう天国にいるみたいっスよ」



 悠馬はうっとりとした声をあげる。



「そう仰っていただけると、わたくしも嬉しいですわね。素直で可愛らしいですわ」


《うむ。悠馬は可愛いの》


「そうだな、可愛いぞ。……私には少々意地っ張りな所もあるが、そんな所もな」



 ネーヴェリアは笑みを浮かべ、悠馬の頬をつんつんと突く。これに対し、悠馬は抗議のうめき声を上げた。



「しかしこんな可愛いらしい子が、貴女の『命の恩人』……ですか?」



 そう言って、マリアベルは首をかしげる。



「貴女はあの人に似て力がありますし、立場だってあります。そんな貴女が、命の危機?」


「そうですね。確かに大抵の敵であれば部隊だけで対処できると思います。しかし今回のようなグランドドラゴンだと、相手が悪く」

「グランドドラゴンですってッ!?」



 マリアベルが悲鳴を上げる。



「今日昼過ぎに魔王様が来られたとの事で、あの人が慌ただしく出て行ったのはそういう事ですか。それで貴女は……部隊の方達は無事なのですかッ!?」


「おかげさまで全員無事です。常駐していたタルタス村の住民を含め、犠牲者はありません」


「それは、本当なのですか? まさか『祝勝会』というのは」


「はい。そのグランドドラゴンの討伐を祝うものです」


「まぁ!」



 マリアベルは信じられないとばかりに声を上げた。



「実際に、何があったのですか?」



 声を震わせての質問に、ネーヴェリアの目がキラリと光る。



「聞いてくれますか? 少し長くなってしまいますが」


「ええ。なるべく手短にお願いしますわね」




────

───




「───そこで思ったのです。グランドドラゴンには収集癖があるのではと。そこで私は、兜と、籠手とを脱いでいき、それを一つずつグランドドラゴンに拾い集めさせる事によって、なけなしの時間を稼いだのです。しかし、鎧を脱いだ際、よりにもよって、母上から頂いたこの大切なネックレスの存在に気付かれてしまったのです。当然グランドドラゴンはこれを要求してきましたが、私は、どうしてもこれだけは許容できませんでした。すると奴は怒りに怒り、こぉんな大口を開けて迫って来たのです。今度こそ、私は死を覚悟しました。そこに颯爽と現れたのが、グレースに導かれたユウマとガイアで……」



 そこから先は、まさに『立て板に水』であった。ネーヴェリアは情感を込めて、日中の出来事を説明する。



「強烈な光にグランドドラゴンが怯んた隙に、ユウマは私の手を取り、私達は走りました。途中ルダの──偵察部隊の部下による助けもあってガイア殿の所に辿り着き、そのまま二人でガイア殿に乗って、グランドドラゴンからの逃避行を開始したのです」


「逃避行ですか。それは……」



 かつてネーヴェリアに読み聞かせていた絵本の『白馬の王子様』だと、マリアベルは思った。……ガイアは白くないが。



「その後、ユニ達、ハーピー達と合流し、ガイア殿の力や外部の騎士達の協力を得て、空からの奇襲により、どうにかグランドドラゴンの討伐に成功しました。しかし、それまではまるで生きた心地がしませんでした。特に自らの足でガイア殿を動かし続けてきたユウマには限界だったようで、討伐後に立ち上がろうとした時にユウマは足の痛みで……ユウマ?」



「……スゥ……スゥ」




 ネーヴェリアが問いかけるも、悠馬の反応はない。代わりに、穏やかな寝息が聴こえる。



「寝てしまった……のか?」


《うむ。さすがに疲れてしまったんじゃろう》


「そうか。そうだよな……」



 ネーヴェリアは枕元に顎を乗せて、悠馬の頭を優しく撫でる。






「ユウマ、今日はありがとう。良く頑張ったな。フフ」





「? ……ッ!!!」






 マリアベルは自らの口を塞いだ。この瞬間、彼女はネーヴェリアの悠馬に向けられた感情──感謝を超えた思慕の気持ちを正しく理解したのである。




「……ネーヴェ。そのグランドドラゴンの『祝勝会』が、これから開かれるのですわよね。でしたら、貴女は着替えてきたらどうですか? 今のユウマ様とお揃いの装いも素敵ですが、残念ながら公の場に相応しいとは言えません」




 マリアベルはネーヴェリアに着替えを促した。それは、言葉通りの意図もあるが、娘のいない所で自らの考えを整理したいためでもある。



「分かりました、着替えてきます。……確かモルドにも着替えてくるよう言われてたんだったな」



 悠馬を起こさないようにそっと立ち、入り口のドアへ向かう。



「母上、ユウマを頼みます」


「ええ。お任せ下さい」



 ドアが静かに閉められる。室内は、悠馬の寝息だけが聞こえるようになった。




「……もうほとんど治療は終わっているのですけれどね。それにしても」



 マリアベルは大きくため息をつく。



「先程のあの子の顔。あの子の母親をかれこれ二十年以上やってきましたが、初めて見ましたわね。あの子、あんな顔もできるのですわね。……本当に、嬉しいと言いますか、ホッとしたと言いますか」



 彼女はそう言って涙ぐむ。


 親の贔屓目もあるのかもしれないが、ネーヴェリアは強さと賢さ、美しさを兼ね備えた自慢の娘である。しかし、その自慢の娘が、いつまで経っても結婚はおろか彼氏の一人も作ろうとしない。その事に、母マリアベルはずっと心を痛めていたのである。


 ネーヴェリアも、恋愛そのものには興味がある様子であった。しかし、マリアベルが目星をつけた男性を勧めたり実際に合わせたりしてみても、肝心の娘はつまらなそうに横に首を振るばかり。そんな娘の塩対応に、何度枕を涙で濡らした事か!



「けど、まさか……ですわよね。あの子の好みが、貴方のような」



 子供であったとは───と続く言葉をマリアベルは呑み込んだ。



「分からないはずですわね。全く、あの子も良い年をして。しかし貴方が大きくなるのを待っていたら、あの子はすぐにオバさんになってしまいますわよね?」



 彼女は心底残念そうに悠馬の寝顔を見て、その視線を下げていく。するとその視線は、やがて悠馬のある一点で止まった。




「…………うそ」




 視線の先で、悠馬の股間が大きく隆起していた。俗に、勃起と呼ばれるそれである。今日一日のあまりの出来事で極限に達していたストレスが、マッサージによりほぐされた事で生じたようである。



「スゥ……ムニャ……」



 悠馬は気持ちよく寝ている。自身の状態に、全く気付いていない。



「ま、まま、まあ子供とはいっても殿方ですからね。このようなことがあっても決して不思議というわけでは……子供にしてはいささか大きくないですか?」



 マリアベルがそれを凝視しながら気持ち早口で呟いた時




《悠馬は見た目ほど子供ではないからの。確か今年で……はて、幾つになったかのう?》




「ヒィッ!!!」





 突然響いた自転車ガイアの声に、彼女は両手を上げて飛び上がった。



「お、驚かせないでくださいませ! 心臓が止まりかけましたわッ!!」


《すまんの、別に驚かせたつもりはないんじゃが……誰か来るようじゃぞ?》



 ガイアの台詞に続き、コンコンとドアをノックする音が鳴る。マリアベルは慌てた様子で周囲を見回すと、悠馬の横に退けていた掛け布団を今も盛り上がりを見せる下半身に覆い被せた。



「ふぅ。……入ってよろしいですわ」


「失礼いたします」



 言葉とともに入室してきたのは、エプロン姿の女性──フレアであった。ポットとカップを乗せた手押しのカートを引いている。



「フレアではないですか。どうしたのですか?」


「ええ、お嬢様にお願いされたこちらと、ついでにお茶をお持ちしたのですが……お嬢様はおられないのですか?」



 フレアはポットの中身をカップに注ぎながら、カートの下段を示した。そこには水晶玉──ボーリングの玉より一回り大きい球体が鎮座していた。



「なるほど、『鑑定球』ですか。あの子も抜け目がありませんわね」


「はい。ご入り用でしたでしょうか?」



 思案気な様子のマリアベルに、フレアが紅茶を差し出しながら問う。マリアベルは紅茶を一口含み、輝くような笑顔を返した。



「今まさにそれを必要としていた所です。フレア、手を貸してくださいませ」


「かしこまりました。では」



 マリアベルはカップを置き、フレアと力を合わせてカートから『鑑定球』を持ち上げる。ゆっくりとそれをベッドの上に、悠馬の右手付近に置いたのである。



《む、悪だくみかの?》


「……そう仰らないでくださいませ。我が子が想いを寄せる殿方を詳しく知りたいと思うのは、親として当たり前の気持ちで・す・わッ!」



 いたずらっ子のような笑顔とともに、悠馬の右手を『鑑定球』に触れさせた。それに応じて球体は白い光を放ち出す。



「そこまで光が強いというわけではないのですね。どれどれ───ッ!?」



 マリアベルがそう言って球体を覗き込んだ瞬間、悲鳴を堪えるかのように両手で口を塞いだ。その目から、一筋の涙が流れたのである。



「奥様?」



 フレアが声をかけるが、マリアベルは球体を凝視したまま反応はない。一体何事かと、フレアは背後から球体の中を覗き込んだ。



「ええと……この『巻き込まれた異世界人』とはどういう事でしょう? 

 それに加えて、

 『勇者の主』、

 『大地を切り裂く走り』、

 『一網打尽』、

 『オークスレイヤー☆』、

 『空を駆る者』、

 『セクハラ被害者』、

 『お人好し』、

 『ハードラック』、

 『ドラゴンスレイヤー☆』、

 さらには『国境なき英雄』……ですか。よく分からないのもありますが、所々で凄いのがありますね?」



 フレアは首をかしげながら感想を述べる。そうした彼女に、マリアベルは鋭い視線を向けた。



「ちがいます。そんな事ではございません! 貴女の目は節穴ですかッ!!」



 突然の思いもよらぬ叱責に、フレアは大きく目を見開いた。基本的に表情を全く変えない彼女には、非情に珍しい事である。



「…………申し訳ございません。どれの事か、私には分かり兼ねます」



 悔しさを僅かに滲ませるフレアが頭を下げると、マリアベルは興奮した様子で、球体のある一点を突きだした。



「ここです、ここ! ここに『十九歳』と、ハッキリ書いてあるではないですかッ!!」



 彼女の回答にフレアは顔を上げた。普段以上の無表情である。



「ええ書いてありますね。それが?」


《おおそうじゃ。悠馬は『十九歳』じゃった。思い出したわい》


「そうです。ユウマ様はこんな可愛いお顔をして、まさかの『十九歳』なのです!」


「……はぁ」



 完全に呆れてしまった感のフレアを放置して、マリアベルが小躍りではしゃぐ。そんな混沌とした室内に、突然ガチャリとドアが開いた。



「母上、着替えて参りました。それとそろそろ準備ができるとの事で、魔王様が」



 肩や左胸に華美な装飾が施されたパンツスーツ姿のネーヴェリアである。またノックもなしに入室し喋り始めた彼女だが、台詞の中断を余儀なくされた。駆け寄った母マリアベルが、強く彼女を抱きしめたためである。



「……母上?」


「ネーヴェ。おめでとうございます。ユウマ様は、十九歳の成人・・。今すぐに結婚しても問題のないお歳ですわッ!!!」


「ーーーーッ!!!」



 ネーヴェリアは母の言葉の意味を、悠馬の手元に転がる球体──『鑑定球』を見て一瞬で把握した。


 そもそも『鑑定球』を持って来させたのはネーヴェリアである。

 彼女は、自らの美貌を認識していないわけではない。二十代の後半に差しかかった今でも異性から(まれに同性からも)告白を受けており、部隊でも少しでも肌を見せたら鼻の下を伸ばす男達が大多数を占めていた。そうした男の特性を頼りに、先に滝の下では身体を張って悠馬にアプローチを仕掛けた。ところが悠馬には、逆に引かれてしまった感がある。

 その事から、彼女は「やはりユウマは子供なのでは……」との不安を感じ始めた。そこで悠馬の年齢を含めた個人情報を知るために、密かに『鑑定球』を持って来させたのである。



「母上、私は……ッ!」


「良いのです。貴女のお気持ちは理解しました。わたくしは、母は貴女の味方です。心より応援いたしますわ!」


「ッ! ……母上ぇーーーー」


「ああ、もう。仕方のない子ですわね。折角のお化粧が台無しですわ」



 ネーヴェリアは感情が爆発したかのように泣き出してしまう。そんな娘の目元に、母は優しく自らのハンカチを添える。




「………………」


 


 それまで寝ていた悠馬が、突然むくりと上体を起こした。



《お、悠馬。起きたかの》


「ガイア。……なんか踊ってなかったっスか? それに、泣いてる声が」



 悠馬は未だ覚醒しきれていないぼんやりとした視線を送る。周りが騒々しくて起きてしまったようである。



「気のせいではないですか。それよりご気分はどうですか? 足の具合はいかがでしょう?」



 マリアベルが矢継ぎ早に尋ねる。つい先程までの騒動は、無かった事にしたいらしい。



「足は……全然痛くないっス。ありがとうございま……ネーヴェさん。いつの間に着替えたっスか?」



 根深く残っていた痛みと疲労感は完全に消えている。その事にお礼を言おうとした悠馬だが、同時にネーヴェリアの服装が変わっている事に気付いた。



「魔王様からもうすぐ祝勝会の準備ができるとの事でな。正装に着替えたのだ。……どうだ?」



 ネーヴェリアは期待するような眼差しを悠馬に向ける。


 ピタリと張り付くスキニー状のパンツは、彼女の長く、それでいて肉付きの良い足の形を際立たせる。腰に巻かれたベルトは臀部に至るくびれを強調し、胸部の圧倒的な存在感は言わずもがな。

 さらに、今の彼女は化粧を施している。控え目に引かれたアイシャドウは、瞳の虹彩を宝石のように輝かせる。艷やかな口紅は、それまで彼女の内に眠っていた蠱惑さを引き出しているように見える。



「カッコイイっスね。それに……綺麗だと思うっス」


「そ、そうか。ありがとう……」



 頬を赤らめての悠馬の賞賛に、ネーヴェリアは照れたように俯く。その傍らで、母マリアベルが密かに喝采を上げる。



「───エフン。折角ですからユウマ様にも着替えていただいては? 確か衣裳室に、エルディオスかエムードの昔の服が残っていたはずです」


「それは良いですね! ユウマ、立てるか?」



 ネーヴェリアは悠馬に右手を差し出した。



「そうっスね、もう大丈夫……いやちょっとだけ待って欲しいっス」



 悠馬はネーヴェリアに応じてベッドから立ち上がろうとした。しかし、何やら困った様子でその場に固まってしまう。



「どうした、ユウマ? やっぱり足が痛むのか?」


「いや大丈夫っス。ただ今は別の問題があるというか」



 悠馬は背を丸め、目を泳がせて煮え切らない反応を示す。



「問題だと? 本当に大丈夫なのかッ!?」


「大丈夫、大丈夫っスからッ!!」


「……怪しいな。ちょっと見せてみろ!」



 ネーヴェリアはそう言って、悠馬の下半身に掛かっていた布団を引っペ返した。




 現在悠馬は浴衣姿である。それは、それまで着ていた服の全て洗濯したためであるが、その中には悠馬の下着も含まれていた。つまり悠馬は今、浴衣以外に何も身に着けていない。


 結果、何が起こったか



「まあ!」

「お……!」

「ッ!!」


「ーーーーーーッ!!!!」



 浴衣の裾が完全にめくれ上がる事により、悠馬がその場から立ち上がれなかった原因──完全に勃起した股間の局部が、よりにもよって、三人の女性達の目の前にさらされたのである。

 ネーヴェリアの登場から影に徹していたフレアが、カッ──と両目を見開いた。



「うわッ! ちょ、ダメっス!!」



 悠馬は慌てて浴衣の前を閉じる。しかし、時すでに遅し



「生で見ると迫力ですわね。これは、あの人以上かもしれません」


「ユウマ。気持ちは嬉しいが、今は母上達が見ている。良いか、もう少し機会を待ってだな」


「素晴らしいお持ち物です……」






「イヤぁぁぁああーーーーーーっス!!!!」






 三者三様の反応に、悠馬は堪らず悲鳴を上げた。



《…………何なんじゃろうの、これは》



 混沌の坩堝るつぼと化した室内で、男の生理現象などとは無縁のガイアが呆れたように呟いたのである……。


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