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18/28

18:00-18:40 凱旋


 悠馬は自転車ガイアを引いて、もう一度闇の中を進む。するとその先に、つい先程見たものと同じ光景が現れた。

 そこは教会のようである。重厚感のある木製の教卓と、その奥に大理石のオブジェが掲げられている。悠馬が日中に連行されたタルタス村のものよりも規模が大きく、講堂内は十分な広さがある。

 空間を照らし出す暖色系の光は、壁の燭台──その燭台に嵌められた複数の小石から生じている。



「ユウマ、戻ったか!」



 ネーヴェリアの嬉しそうな声。その傍らで、壮年の男が反応する。



「おかえりなさいませ、ユウマ殿。それにガイア殿も。よくぞご無事で……!」



 ネーヴェリアの側近──モルドである。涙に濡れた腫れぼったい目を悠馬達に向ける。



「お待たせしたっス。ええと……」


《モルドさんか。しばらくぶりしゃの。まぁ何とかなったわい》



 ガイアの声に続き、金属同士が擦れ合う複数の足音が聞こえてきた。間もなく悠馬達が出て来た矩形の闇から、ジェームズとアネリア、馬を引いた騎士達が現れる。



「ここは……」


「本当に違う場所に出てきた」



 ジェームズ達は驚きの表情で周囲を見回す。そして彼らは、広い室内に息づく集団──いずれも頭に角を生やし、武具を纏った多数の兵士達の存在に気づく。



「ジェームズ様」


「うぬ……!」



 騎士達は馬の手綱から手を放し、ジェームズとアネリアをかばうように展開する。その緊迫した様子に、相対する魔族達にも緊張が走る。



「ネェ、ゴハンなイ? お腹すいチャッたんだケド。ネェ」


「無いわよ。って言うか、ちょっとは空気読みなさいよ!」



 悠馬の遠目にも目立つピンク色からの要求に、若い女性兵士から非難の声が上がった。



「…………」



 そんな微妙な空気に、矩形の闇の中から最後の一人──魔王が現れた。彼は周囲を一瞥いちべつすると悠馬や騎士達を横切り、教卓前で厳つい鎧を纏う大柄の男の前に進んだのである。



「領主、村の住民達は?」


「どうにか全員分の宿が確保できてな。大方はそっちに向かわせている。代表者は……そこだ」



 縦にも横にも大きい壮年の男が示した先に、一人の老人が不安そうに起立していた。悠馬にも見覚えのある、先の村で『村長』と呼ばれていた老人である。



「うむ。皆、聞いてほしい。かねてよりの懸念であったグランドドラゴンの討伐に成功した。計画に若干の支障は生じたが、第六師団の師団長と偵察部隊のハーピー達の機転、それに、そこのユウマと……ジェームズを始めとする善意の協力により討伐に至る事が出来た。

 村長、村への襲撃はまぬがれた。念のため、明日兵を向かわせる。安全の確認が取れ次第、其方そなた達を無事に帰す事もできよう」



 魔王の報告に人々からどよめきが起こる。そんな中、村長と呼ばれた老人が一際大きな声を放った。



「ありがとうございますじゃッ! 魔王様ッ! ネーヴェリア様ッ! ユウマ様ッ、皆様。……村を救ってくれて、本当にありがとうござい゛ま゛す゛し゛ゃッ!!」



 立ったまま目を見開き滂沱の涙を流す。男泣きである。悠馬は照れたように頭をかき、老人に同情したジェームズがその目を潤ませた。



「領主、今宵は祝勝会としたい。館を借りても良いだろうか?」


「了解だ。ウチの家令と嫁にも伝えておく。何でも言ってくれ!」



 魔王の依頼に、大柄の男が胸を叩いた。その男の目配せで、付近に控えていた一人が静かに退室する。



「うむ。……ユウマ、ジェームズ。この者は、ここザゼットの街の領主を務める者だ。領主、彼等の歓待を頼めるか?」


「もちろんだ。ひとっ風呂浴びてもらってから、ウチに案内するので良いか?」


「うむ、問題ない。それから師団長、其方の兵を借りたい。やってもらいたい事があるのでな」


「ハッ、承知しました!」



 矢継ぎ早に下される魔王からの指示に、ネーヴェリアは背筋を正した。



「よし、ではこれより───」



 引き続き魔王の話が続く中、『領主』と呼ばれた大男が悠馬達に近づいてきた。悠馬は、その筋骨隆々とした体躯を見上げる形になる。



「おう、世話になったようだな! 俺はトーラス。一応この街の領主を務めてるもんだ」


「エランド北領騎士団の騎士団長、ジェームズ・クドゥルと申します。こちらこそ、此度はお世話になります」


「木城悠馬っス。お世話になるっス」


《ガイアじゃ。世話になるの》



 トーラスと名乗った大男に、騎士団長であるジェームズと、悠馬、ガイアが簡単に自己紹介をする。すると大男は腰をかがめて悠馬に目を合わせ、嬉しそうに破顔した。


「お前さんがユウマか。で、そっちの乗り物がガイア殿だな? 娘の命を救ってくれたんだってなぁ」


「むすめ……っスか?」


「ああ。俺はお前さんが救った、あそこのはねっ返りのオヤジでな。似てねぇだろ?」



 トーラスは男らしい笑みを浮かべながら、背後のネーヴェリアを指した。彼は似てないと述べたが、凛々しい眉と目の形は、面影を感じさせるものである。

 そのネーヴェリアの傍では、魔王が再度の空間移動魔法ゲートを展開している所であった。



「っと、いつまでもダベってると邪魔になりそうだな。こっちも移動するか。あぁ馬と荷物は置いてってくれ。悪いようにはしねぇ」



────

───



 日はとっくに沈んだが、ここザゼットの街は明るい。家々の窓から光が漏れ、等間隔に設置された街灯が行く道を照らしているためである。今の時間でも道を行き交う多くの人々が見られる。



「良い街ですね。意外……と言っては失礼ですが」


「そうっスね。平和っスね」


《うむ、危険な気配は感じられんの。魔王のヤツを除いての》



 悠馬はリアカーを外した自転車ガイアを引き、列の最後尾で騎士アゼルと並んで歩いている。列の先頭ではトーラスとジェームスが並んで談笑し、その後ろで他の騎士達が物珍しそうに見回している。


 領主であるトーラスは、これから街一番の温泉施設に案内してくれるとの事らしい。近場であり、街の紹介を兼ねてとの事で徒歩での移動となった。

 悠馬は今も両足に鈍い痛みを覚えるが、こうしてのんびりと歩くだけなら支障は無い。



「しかし驚きましたよ。あのオークキングのみならず、グランドドラゴン……でしたか。今日一日で凄まじい戦果ですね」


「たまたまっスよ。死ぬかと思ったっス……ホントに」



 感心する隣のアゼルに、悠馬は乾いた笑いを浮かべた。



「けどアゼルさん達だって、自分達を探しに来てくれたじゃないっスか。それはそれで大変だったんじゃないスか?」


「そんな事はありません。ただ、馬たちをなだめたり滝の迂回道を探したりで、思いの他時間がかかってしまいましたが」



 申し訳ありません、とアゼルは頭を下げる。



《それだけかの? あれだけグランドドラゴンが暴れていたんじゃ。とばっちりを食らって逃げて来た魔物なんかと鉢合わせにはならんかったかの?》


「確かに、慌てた様子のブロンズウルフ等の群れには何度か遭遇しました。しかし特に問題にはなりませんでした。ジェームズ様がおられましたし、今はこれもありますしね」



 アゼルはそう言って、自慢げに自らの背を差した。そこには、両端が縄で結ばれ肩にかけられた鉄製のシャベルが、街灯に照らされて鈍い輝きを放っている。



「アーいたイタ! こっちだヨッ、ネーヴェ!」


「おーい。待ってくれ!」



 後ろから聞こえた声に悠馬が振り返ると、ハーピーのユニと、浴衣姿のネーヴェリアが追いかけて来る所であった。特に胸部の下着を着けていない事によって大きく揺れる二山の存在感に、騎士達や通行人の男達が揃って目を剥いた。



「ネーヴェか? どうしたよそんな慌てて。つーか、部隊の指揮は良いのかよ」



 トーラスが呆れたように質問する。



「父上。魔王様から『指揮を預かる、其方は静養のために帰宅して良い』と。モルドにも『目の毒かと。着替えて欲しい』と言われたので、一旦帰ろうかと」



 あでやかさに過ぎるネーヴェリアの姿に、父トーラスは気まずそうに目を逸らした。



「そうだな……いや、だったら何で俺らを呼び止めた? 先に帰ってりゃ良いじゃねーか」


「ええ。まぁそうなのですが、ついでにユウマだけでも連れて帰ろうと思いまして」


「あ? ユウマ『だけ』?」


「ユウマは私を助ける時に無理をしたせいで足を痛めているのです。うちでしっかり診てもらおうかと」


「そういやそうだったな。……なるほどな」



 トーラスは頷くと、ニヤリと口角を上げた。



「ユウマ、そういうわけだ。娘について行ってくれ。他はこっちだ」


「了解っス」


「待った。せめて、こちらからも誰か一人護衛を連れていくべき」



 指示を受けてネーヴェリアに歩み寄る悠馬に、待ったの声がかかった。ジェームズと手を繋ぐ少女──もといエルフの人妻、アネリアである。



「アゼル」


「ハッ」



 アネリアは、悠馬の隣を歩いていた騎士アゼルに白羽の矢を立てた。彼女の目には、明らかな警戒心が浮かんでいる。



「護衛っスか。そうっスね……」


「…………」



 悠馬はネーヴェリアを見ながら、アネリアの提案を考える。

 確かにネーヴェリアは、これまで悠馬に何度も手を出してきた前科持ちである。自転車ガイアは当然連れて行くとして、ネーヴェリアへの抑止力としては丸であてにならない。


 この点、アゼルであれば──比較的まともと思える人物による護衛があれば、彼女による理不尽な狼藉(セクハラ)を未然に防ぐ事もできるであろう。




「じゃあ、アゼルさ……ッ!!」




 ふと、悠馬はトーラスと目が合った。その目は





“俺の街と娘が、そんなに信用できないってか! あ゛ぁ゛ん!?”





 ───と、明らかに語っている。少なくとも先程までのほがらかな様子から一変し、気分を害してしまったように思える。



「い、いや。護衛は結構っス。アゼルさんは、温泉を楽しんでくると良いっスよ」


「けどユウマ。さっき私が合流した時、その人に」

「ああああ、自分は大丈夫っス! さぁ行くっスよネーヴェさん!」


「おい待てユウマ! そっちじゃない、こっちだ」



 ネーヴェリアはすぐに追いつき悠馬の肩を抱く。悠馬はびくりと身体を震わせたがそのまま振り返ることなく、ぎくしゃくと前進したのである。




────

───




 予想に反し、ネーヴェリアが悠馬を暗い路地裏などに連れ込むような事はなかった。彼女は悠馬の腰にを回すが、それ以上の事はしない。彼女はあくまでも悠馬の足を気遣うように、ゆっくりと歩く。

 自転車ガイアを引く悠馬にも、ネーヴェリアの気遣いは感じられる。このため悠馬は通行人の冷やかすような視線を感じながらも、大人しく彼女の腕を受け入れている。



「父は元々傭兵なのだが、先の戦で功績を上げて、ここザゼットの街の領主に就いたとの事だ。代々この地を治めている領主──ヒューム家に婿入りする形でな」


「そうだったんっスね。って、戦争があったっスか?」


「うむ。先代の魔王の継承で何やら大々的にもめたらしくてな。父は敵の奇襲を受けた際に先代魔王様……の近くで治癒士と従軍していた母を、それこそ命がけで守ったらしい。それが敵の奇襲を完全に砕く形になり、一躍英雄として讃えられたそうだ」


「その戦争デ『百人斬りのトーラス』って呼ばれるようになったんだよネ? それト、敵の返り血で真っ赤に染まったって事デ『赤鬼のトーラス』……トカ」



 自転車ガイアの前かごに停まるユニが補足する。



「それは……凄まじいっスね」



 悠馬は『父』が怒る前に動いて良かったと、つくづく思った。



おとこじゃのう。悠馬も負けてられんの!》


「負けてられんって……いやいや、自分は戦争とか無理っスよ」


「そうか? ユウマは既に十分な戦果を上げていると思うが。命がけで私を救ってくれたしな。カッコ良かったぞッ!」



 ネーヴェリアにワシャワシャと頭を撫でられて、悠馬は顔を赤くする。



 そんなこんなをしているうちに、一行は広大な屋敷の前に到着した。その開かれた門扉の奥に、待ち受けている姿があった。




「───おかえりなさいませ。お嬢様」




 黒い長袖のワンピースにカチューシャ、エプロン姿の女性である。彼女はネーヴェリアの姿を認めると、折り目正しく頭を下げた。

 ネーヴェリアの浴衣というこの世界では奇特な姿にも関わらす、女性は表情一つ変えない。



「ただいま。久しぶりだな。皆、変わりないか? フレアは相変わらずだな」


「おかげさまで。お嬢様は……少し変わられましたか? ユニ様も、また大きくなりましたね」


「オ! そうカナ?」


「ええ、ご立派に成長しておられます。皆様がお待ちですよ。お連れの方も、ようこそおいでくださいました」



 エプロン姿の女性──フレアはそう言うと、入り口のドアを示した。



「どうもっス。あ、ガイア……この自転車を中に入れたりしても大丈夫っスか?」


「…………」



 悠馬の問いかけに、フレアはピクリと眉尻を上げて口を閉ざす。表情そのものは変わらないが、ネーヴェリアに物言いたげな視線を送っている。



「別に問題ないだろう。フレアも、良いか?」


「かしこまりました。どうぞ中へ」


「おじゃましますっス」


《おじゃまするの》



 悠馬に続くガイアの声──頭に直接響いてくる老人の声に、玄関扉を開けたフレアは再度眉尻を上げる事になった。そうした彼女の様子を、ネーヴェリアは面白そうに観察する。



「おお……!」



 先に悠馬が玄関扉を潜ると、目の前に石造りの広大な玄関ホールが現れた。

 そこかしこでフレアと同様のエプロン姿の女性達が忙しそうに動いている。彼女達は、ネーヴェリアの姿を認めると驚いたように立ち止まり、やがて嬉しそうに「おかえりなさいませ」と声をかけてくる。



「ただいま。あー、私の事は気にせず動いてくれ。忙しいのだろう?」



 ネーヴェリアは女性達に笑顔を返しながら、玄関ホールを進む。



「ネーヴェさんって、良い所の子だったんっスね」


《そのようじゃのう。それにしてもデカい家じゃな》



 悠馬は自転車ガイアを引いて、ネーヴェリアの後をついて行く。するとその先の大きく開かれた扉の向こうに、今度は悠馬にも見覚えのある姿を発見した。

 ユニを除いた偵察部隊──六体のハーピー達である。



「アッ、ネーヴェ様じゃン。それにユウマとガイアも。リーダーも、お疲レー」


「これハ皆様。待ち侘びておりましたゾ!」


「お疲レ様デス」

「お疲レ様でゴザル」

「チー!」

「……ウス」



 扉の向こう側は幾つものテーブルが並ぶ大ホールであり、彼らは最も手前側のテーブルに群がっていた。そのテーブルの上では、サラダやパン、スープなどを食い散らかした惨状が見て取れる。



「エ、もう食べてるノ!? ちょっとボクだけ除け者にして酷くナイ?」


「……イヤ、仕方がないダロ。お前が隊長なんだかラ、お前が残って指示を聞けるようにしとかないとマズいダロ」



 コバルトブルーのルダが、スープにまみれた口でユニに反論する。


 

「ウウ、そうだヨ。そうなんだけどサ……」


「まぁまぁリーダー。リーダーもこっち来て食べなヨ。美味しいヨ、コレ」


「そうですゾ! それニ小生だって食べずに待っていたのですからナ。早う来て下さレ! 腹が空きすぎて鳥ガラになってしまいそうですゾ!」


「鳥ガラッ!? アハハ! それは大変ダ〜」



 ベテラン二体のフォローにより、ユニはあっさりと機嫌を直した。ニコニコと満面の笑顔を浮かべ、仲間達の下へ飛んで行く。



「ユニにも言ったが、お前達は今日は休んで良い。それと食べ過ぎるなよ。魔王様が、ごちそうを用意して下さるとの事だからな」


「ハーイ」

「チー」

「了解ですゾ!」

「ごちそう!? チョッ、それ早く言ってヨ!」



 ネーヴェリアはハーピー達の反応を横目に、隣のフレアと二三言交わす。そうした後に、ユニにふらふらとついて行こうとしていた悠馬の肩をガッチリと掴んだ。



「ユウマはこっちだ。ついて来てくれ」


「へ。……分かったっス」




────

───




 悠馬が案内されたのは客間であった。木製のサイドテーブルと椅子、ベッドの他に、火の点っていない暖炉といったものが設けられている。


 今、室内にいるのは悠馬とガイアのみであり、ネーヴェリアの姿はない。悠馬達にこの部屋で待つように伝え、自身はフレアを伴って慌ただしく出て行ったのである。



「暖炉がある他は、何か……普通の部屋みたいっスね」


《そうかの? 儂はこういった部屋に入った事がないから『普通』も何も分からん》


「そうかもっスね。んじゃガイアは、これが何かも分からないっスか?」


《ベッドくらい知っとるわい。悠馬達が寝る所じゃろ? 確か、子作りする所でもあるかの》


「……そっスね」



 悠馬が気まずそうにベッドから椅子に腰を移したタイミングで、ガチャリと入り口のドアが開いた。



「すまん、待たせたな。母上。彼がユウマで、そちらの乗り物がガイア殿です。私の命を救ってくれた恩人です」


「ノックくらいなさい。お客様に失礼ではないですか! これだから貴女あなたは、いつまで経っても」



 ネーヴェリアの背後から顔を出したのは、彼女と良く似た女性であった。


 ネーヴェリアと同じプラチナブロンドの長髪を後頭部に編み込んだ、紫色の瞳の持ち主である。星の瞬く夜を溶かし込んだ風合いのきらびやかなドレスを身に纏い、隣のネーヴェリアにも匹敵する二山と見事なくびれを形成している。額には、ネーヴェリアと同様に見事な角がある。

 ネーヴェリアとの相違点を挙げるとすると、彼女に比べて頭一つ小柄であり、鍛えられた筋肉を感じさせない所か。



「母上、今は私の事よりも」


「そうですわね。お見苦しい所を見せてしまいました。貴方様が、ユウマ様ですか? ガイア様、と仰るのは?」


「はいっス、自分が悠馬っス。呼び捨てで良いっスよ。ガイアは」


《儂じゃ。あんたの目の前にある、この鉄の塊じゃよ》



 自転車ガイアの名乗りに、女性は「まぁ!」と声を上げた。



「見ての通り、ガイア殿は喋る乗り物なのです。その不思議な力に私達は何度も助けられました」


「そうなのですか? それは、素晴らしいですわね」


《まぁ、そうでもあるかのう》


「まーたガイアは。すんません、ええと……」


「ああ、わたくしとした事が。申し遅れておりました」



 ドレス姿の女性は、ピンと背筋を正した。




「はじめまして。わたくしはマリアベル・パラ・ヒューム、この子の母です。どうぞよしなに」




 両手でスカートをつまみ、片足を内側に引いた見事な挨拶──いわゆるカーテシーである。



「よ、よろしくっス。……すんません、マリアベルさんってネーヴェさんのお母さん? お姉さんじゃなくてっスか?」



 悠馬の質問も無理はない。マリアベルと名乗った女性は、しわ一つない。張りのある瑞々しい素肌は、とても年かさの、経産婦の物とは思えないのである。



「ええ、良く聞かれるのですが。ネーヴェリアは確かにわたくしが産んだ、実の娘です」



 マリアベルは微笑みとともに答える。その堂々たる様子は、背丈で上回るネーヴェリア以上の存在感を、悠馬に感じさせるのである……。


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