17:40-18:00 合流
《悠馬よ。アネリアさんは、あれじゃ。美魔女って奴じゃないかの? 悠馬の母君も相当なものじゃが、ここまで凄いのは初めて見るの》
「そうっスね。自分、完全に騙されてたっス……」
滝のほとりにおいて、悠馬は騎士達との再開を果たした。そこで判明した少女……ではなかったアネリアの年齢について、悠馬が受けたショックは大きかった。
アネリア本人の目の前で、つい文句を口にしてしまう。
「何の事か分からないけど、私は嘘などついていない。『騙された』とは失敬な」
当然、アネリアは気を悪くする。
補足だが、この世界のエルフが人の倍近く生きる事を悠馬とガイアはまだ知らない。アネリアの実年齢を聞いて悠馬達が驚くのも仕方のない事ではある。
アネリアは人の年齢に換算すると二十代前半。しかしそれ以上に幼く見えてしまう事を、本人は気にしている。悠馬にわざわざ『アネさん』などと呼ばせるのも、年相応に見られたいという願望の現れである。
「アネリアよ。繰り返しになってしまうが、私は君の……その外見的な所を含めて好ましいと思っている。だから、そのような顔をするな」
「ジェームズ……!」
アネリアは嬉しそうに頬を染める。しかし今のジェームズの発言は、彼の性癖──言ってしまうと少女愛好者のカミングアウトである。
「───オホン……ン゛!!」
実にわざとらしい咳払いが響いた。ジェームズの背後に控える騎士達の一人、アゼルである。
「すみません……しかし、まずは互いの状況を確認すべきでは?」
背後の騎士達が揃って頷く。彼らにしてみれば、頭部が欠けた巨大なドラゴンの亡骸、その周囲に散乱する大量の金属類、いつの間にか悠馬と同じ服装になっている角の生えたグラマラスな美女など、つっこみ所が満載である。
「ぬ、うむ。そうだな。すまぬ」
「むぅ、良い所なのに。……ユウマ、何があったか簡単に説明して欲しい」
部下の指摘にジェームズは頭を掻く。アネリアは拗ねた顔で悠馬に説明を求めた。自らの役割を完全に丸投げした形である。
「了解っス。えっと、まず自分達がユニさん達に村へ連れて行かれて、こちらのネーヴェさん──ネーヴェリアさんに会ったっス。ネーヴェリアさんは、魔王軍の師団長……で良いっスよね?」
「………………」
悠馬は隣に立つネーヴェリアに話を振ったが、反応が無い。彼女はピッタリと寄り添い合うアネリアとジェームズを見つめ、自身の唇に指を当てている。
「ネーヴェさん?」
「ッ!? なななんだ! そうか自己紹介だなッ! 魔王軍第六師団師のネーヴェリアだ。先程は世話になっひゃ!」
悠馬の訝しげな呼びかけで、彼女は我に返った。何やら焦った様子で一気に喋るが、盛大に台詞を噛んでしまう。
「ちょ! 大丈夫っスか」
「大丈夫だ。……すまん、本当に何でもないんだ」
顔を赤くして俯いてしまう。
「先程、崖の上でお会いしましたな。改めて、私はエランド北領騎士団所属、ジェームズ・クドゥルと申します。まだ仔細は分かりかねますが、此度は大変な快挙のようですな!」
ジェームズはネーヴェリアに賞賛を伝えた。その目先には、彼女達の戦果と言えるグランドドラゴンの亡骸がある。彼女の様子が少々おかしい事には目を瞑るらしい。大人の対応である。
「ーーッ! ありがとう! しかしこれも、あなた方の協力があってこそ。こちらこそ感謝を申し上げるッ!」
「いやいや、そんな大した事はしていないので……」
ネーヴェリアとジェームズがペコペコと頭を下げ合う。彼らの姿型を別にすれば、日本でもたまに見かける光景である。
「……ええと、続き良いっスかね?
村に到着してネーヴェさんに尋も──ゲフン。打ち合わせをしている所に魔王さんが来たっス。って、あれ?」
悠馬はその魔王が近くにいない事に気づく。後方に振り返る事で、魔王の姿を発見する。
魔王はグランドドラゴンの足下で、一体の銅像を熱心に磨いている。グランドドラゴンの死亡によって異空間から排出された、抽象的な女性の像である。
「あんな所に……魔王さーーん! 何やってるっスかーーッ!」
「そんな大声を出さなくても聞こえている。たまたま地母神カコニクルの像を発見したのでな」
《ちょ、貴様! なに勝手に儂のタオルを使っているのじゃ!?》
ケチくさい文句をガイアは言うが、魔王はそれを無視してタオルで銅像を擦る。悠馬が魔王に歩みを進めると、その後を、ネーヴェリアと馬のグレース、ジェームズ、アネリア、騎士と馬達、まだ眠りに落ちていない年長のハーピー達がぞろぞろとついて来る。
「ユウマ殿。その、『魔王さん』というのは?」
悠馬の後ろから、恐る恐るといった様子でジェームズが声をかけてきた。
「ん? 魔王さんは魔王さんっスけど」
「ジェームズ。アレは確かに『魔王』。少なくともここ一帯の魔族達のトップ。そしてこの事件の黒幕。懲らしめてやって欲しい」
「……は?」
悠馬に続くアネリアの回答に、ジェームズは頬を引きつらせた。背後の騎士達にも緊張感が走る。
「アノ方は紛れもなく私達ノ長、魔王ニーベルン・ゼビウス・アークライト様でス。どうカ、失礼のないようニ」
「ブルルル」
《どす黒いオーラの持ち主じゃ。今は猫を被っとるが警戒せねばならん……って、儂は置いてけぼりかの!? 儂も連れて行かんと危ないぞい!》
「魔王さんは良い人っス! ガイアはそこで留守番っス。ちょっと頭冷やすっスよッ! ジェームズさん。アゼルさんも、身構える必要ないっスから」
魔王に対する各々の評価に、ジェームズを始めとする騎士達の顔に困惑が浮かぶ。そんな騒々しい一行が到着した所で、魔王は銅像の拭き掃除を終えた。
「こんなものか。……余が命ずる。母なる大地の抱擁を
───【アースバインド】」
魔王が詠唱すると、それまで彼が磨いていた銅像周辺の地面が盛り上がり、その台座にみしりと食い込むようにして固まった。
「魔王さん。何をしてるっスか?」
その背中に、改めて悠馬が問う。
「この場への楔を打ち込んだのだ。こうしておくと色々と便利でな。例えば……余が命ずる。遍く魂の安寧を
───【エクソシズム】」
魔王が詠唱すると、今度は目の前のグランドドラゴンが青白く輝いた。その光は、地面に染み込むように消えて行く。
「ええと、今のは?」
「弔いだ。アンデッドになられては、堪ったものでないからな」
魔王は真顔で答える。『アンデッド』になると言うのは冗談などではない。この世界では、正しい供養を受けられなかった死体が突然動き出す事がある。時には意思のような物を持ち、生前以上の力を持って生者を害する事件に発展する事もある。
「弔い……そっスね。忘れてたっス」
そう言うと、悠馬はグランドドラゴンの前で両手を合わせて目を瞑る。黙祷を捧げているのである。
「実に原始的な手法だな。久々に見たぞ。第一除霊は済んでいるから、それ以上の弔いは不要なのだが」
「確か、ユウマの世界に『魔法は無い』と言っていませんでしたか? ユウマは除霊魔法を知らないのでは?」
呆れる魔王にネーヴェリアが意見を挟む。魔王は肩をすくめて、「そうだったな」と返した。
「いや、見事な除霊でしたな! この規模で触媒無しとは……つまりこれが、この銅像。『楔』の効果という事ですかな?」
ジェームズの発言である。魔王が発動した除霊魔法に、若干興奮した様子である。
「……其方は?」
「ああすみません。私はグルーナ公国エランド北領騎士団の団長を務めております、ジェームズ・クドゥルと申します。その……魔王様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「うむ。ニーベルン・ゼビウス・アークライトである。魔王と呼ばれる事に異論は無い」
魔王はジェームズに顔を向ける。煌々と輝く金色の瞳の光彩に、ジェームズは息を呑んだ。
「確認なのだが、其方らは、近くにあるという砦の騎士達で相違ないか?」
「ええ、はい。ここより馬で半刻程のキレス砦の所属です」
「そうか。……此度は迷惑をかけたようだ」
「迷惑? 何の事でしょうか?」
ジェームズは首を傾げる。魔王はジェームズの隣から睨んでくるアネリアを見て、大きくため息をついた。
「……後で話そう。その前に、もう一つ確認したい事がある」
魔王はそう言うと、悠馬の肩に手を置いた。
「この者──ユウマは異世界人だと言う。ユウマと其方らはどのような関係なのだ? そもそも、どのようにしてユウマは此方の世界に来たのだ」
「それは私がユウマ殿、それにガイア殿を召喚したのです。たまたま当家から発見された『勇者召喚の式』を用い───グホッ!!?」
魔王の質問に、ジェームズは正直に答える。その途中で言葉を詰まらせたのは、隣のアネリアが渾身のボディブローを放ったためである。
「ゲホッ……! なぜ殴った? しかも今のは本気でなかったか」
「あなたがペラペラと機密を喋るから。殴られないと思う方がおかしい」
アネリアが眉間にシワを寄せプラプラと右手を振っている。その雰囲気は、この場にいる誰よりも恐ろしい。
「うぬ、確かに一時は機密とはしたが。しかしアネリアよ。事は遅かれ早かれ、知られてしまうと思うのだ」
「……どういう事?」
「ユウマ殿とガイア殿は確かに善意の協力者だ。が、我々の都合で、我々の召喚に一方的に巻き込んでしまった、言ってしまえば被害者でもある。加害者である我々は、秘密にする事を強制できる立場にない」
「それは、そうだけど」
ジェームズの至って真面目な反論に、アネリアの表情が曇る。
「それに今後の事を考えると、彼らの身元の保証は必要であろう。恩人である彼らを根無し草とするわけにはいかぬ。そこは、彼らの召喚を決定し実行した私が、せめてもの責任を持つべきだと思うのだ。君にも迷惑をかけてしまうが」
「───分かった。あなたがそこまで言うのなら」
ジェームズの説得に、アネリアは渋々といった様子で承諾した。その召喚の被害者の一人である悠馬は、難しい顔で聞いている。
「ユウマ殿。実は……」
ジェームズが悠馬に視線を合わせ、重々しく口を開いた。その時
───ニャーーン!
────ミャァァーーーーン!!
─────シャーーーーッ!!!
猫と思しき鳴き声が、遠くから聞こえたのである。
「ナイトメアキャットか。確かに本格的に活動しだす時間帯だな」
浴衣姿のネーヴェリアが空を見上げて呟いた。周囲の闇が深まった事で、星々の光が一段と増したように見える。
「猫……っスか?」
悠馬の問いかけに、ネーヴェリアが首肯を返す。
「夜に活動する非常に素早くて危険な魔物だ。夜営中に猫の声がしたと思ったら、いつの間にか亡き別れになっていた。……などと言われるくらいでな」
「それは、恐いっスね」
ネーヴェリアが説明に怪談を交える。悠馬の怖がる反応に、不謹慎にも嬉しそうな様子である。
「大丈夫だ。ナママミの実に酔っ払うので簡単に対策できる。そうなると大きい猫に過ぎん。可愛いものだぞ」
「なるほど。その『ナママミの実』があるって事っスね?」
悠馬の確認に、ネーヴェリアは思案げな表情になった。
「私のは…………鎧を脱いだ時に置いてきてしまったな。ジェームズ殿は持っていないか?」
「その『ナイトメアキャット』という魔物も、『ナママミの実』という物も、私は聞いた事がありません。アネリアは知っているか?」
「話には聞いた事がある。けど、さすがに実物は持ち合わせていない。あなた達はどう?」
アネリアに問いかけられた騎士達は、困ったように互いの顔を見合わせる。そんな人々の反応に騒ぎ出す者達がいた。
悠馬の後をついて来ていたハーピー達である。
「もしヤ、誰も『ナママミの実』を持ってナイでゴザルカ!? それは一大事でゴザル!!」
「ちょット、シャレにならないんだけドッ!!! リーダー! ルヌ! 起きテッ!! ルダもほラ、早クッ!」
「ムニャ。……ン。ゴハン~?」
「……チー?」
「フア。……確かに腹が減ったナ。っテ、リプじゃないカ。どうしタそんな恐い顔しテ?」
「……某、いつでも覚悟ハ出来ておりまス。故郷の家内ト子供達にハ、パパは勇敢に散ったと伝えて下さイ」
「クア! 諦めてはイカン! ショ、小生ガ、『ナママミの実』を探して参りますゾッ!!」
ハーピー達による大変な混乱ぶりが展開される。この世界においても猫は鳥にとって天敵のようである。
「待て。それには及ばない」
慌てて飛び立とうとした紺色のペタを、落ち着き払った魔王の声が止めた。
「元より長居はしないつもりでいた所だ。余の秘術を其方達にも特別に見せてやろう。これこそが、『楔』を打つ事による真なる効果だ」
そう言うと、魔王は銅像に向かって両手を突き出した。
「余が命ずる。神へと通ずる裏道を。繋がれ
───【ゲート】」
魔王の詠唱により、漆黒の闇が、目の前の銅像を隔てるようにして現れた。縦に長い矩形の闇であり、そのサイズはこの場で最も大きい馬の背丈をも上回る。
「さあ入ると良い。ザゼットの街に繋がっている」
「は、はぁ」
「「「「…………」」」」
魔王は促すが、ジェームズやアネリア、騎士達は、戸惑ったように互いに顔を見合わせる。
「魔王様。その、良いのですか?」
そんな中、ネーヴェリアがおずおずといった様子で魔王に尋ねる。
「彼らはアレの討伐に協力してくれたのであろう? ならば讃えられて然るべきだ。街を上げて、盛大に歓迎しようではないか」
グランドドラゴンの亡骸を指して魔王が答える。その答えに、ネーヴェリアは諸手を上げて飛び上がった。
「やったッ! ありがとうございます魔王様! グレース行くぞ! ユウマも行こう!」
「ブルルル」
「え、ちょっネーヴェさん!?」
がっしりと肩を組まれたネーヴェリアに、悠馬は移動をよぎなくされる。間もなく悠馬とネーヴェリア、馬のグレースの姿は、魔王が生み出した闇の中に消えて行った。
「アタシ達も行くヨッ! リーダーとルヌも。ゴハンもあるカラ」
「ゴハン~?」
「チー?」
「ちょっとシャキっとして下サレ! 後がつかえテますゾッ!」
「そうだシャキっとしろーユニ。……けど何デみんなそんなにピリピリしてるンダ?」
先の二人を追うようにして、ユニとルヌ、ルダを含めた全てのハーピー達が、慌ただしく闇の中に消えて行く。
《悠馬よ……》
「ジェームズ。どうする?」
後に残されたのは、スタンドが立てられた状態でその場に放置された自転車と、ジェームズ、アネリア、馬を連れた騎士達である。
とその時、闇の中からひょっこりと悠馬が現れる。そのまま真っ直ぐにガイアに向かう。
《…………もう『留守番』は良いんかの?》
「反省したならそれで良いっス。ガイアも行くっスよ!」
そう言ってスタンドを外し、ハンドルを引いて悠馬は歩き出す。その途中、未だ不安そうな表情を浮かべているジェームズ達の前で歩みを止める。
「あれ、ジェームズさん達は行かないっスか?」
「いえ是非そうしたいとは思うのですが「危険は無いの?」
気まずそうに口ごもるジェームズの横で、アネリアは率直な懸念を言う。
「んー? 大丈夫と思うっスよ。何か広い教会みたいな所に繋がってたっス」
「其方達が警戒するのも分かる。余も無理強いするつもりはない。来たい者だけ来れば良い。……ナイトメアキャットの徘徊する、この場の方が危険と思うがな」
───ニャァーーーーン!!
魔王の忠告に応じるかのように、また一つ猫の声が聴こえた。先程よりも近いようだ。
「おっとそうっスね。早く行くっス!」
《うむ。……貴様の力に頼るなぞ業腹じゃがの》
悔しそうなガイアの捨て台詞を残し、彼らの姿は闇の中に消えて行った。
「ユウマ殿が行くのだ。我々も行こう! 皆も良いな?」
「「「「ハッ!」」」」
「仕方がない」
最後に渋々うなずいたアネリアを確認すると、ジェームズは魔王に顔を向けた。
「魔王様。厚かましくもお世話になります。どうかよろしくお願いいたします」
ジェームズは深々と頭を下げる。アネリアを除く騎士達も、ジェームズに倣って頭を下げる。
「決して悪いようにはしない。何も恐れず、そのまま真っ直ぐに進むと良い」
ジェームズとアネリアを先頭に、馬と騎士達の姿も闇の中に消えて行った。
「…………」
その場には独り、魔王だけが残される。彼は改めて、巨大なグランドドラゴンの亡骸を仰ぎ見た。
「ひと財産だな」
最後にそんな言葉を呟き、彼も自らが生み出した闇の中へと消えて行ったのである……。




