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17:10-17:40 再開


 滝が落ちるほとりにおいて、泡まみれの悠馬とそれに絡み着くネーヴェリア、眉間にシワを寄せる魔王が対峙する。そんな彼らの沈黙を破ったのは、第三者の声であった。



「大丈夫ですかナ? アネリア殿」


「うぅ……まだ気持ちが悪い。扱いが荒いにも程がある」


「移動中にアノ黒い板ばかり見ていたカラですゾ。遠くを見てれバ何て事は無かったハズですゾ」


「ブルルル」


「私の『魔導板』にはペイントの位置が表われる。決して好きで見ていたわけでは…………何をしているの?」



 暗がりから現れたのは、見覚えのある灰色の馬と、その背に乗った紺色とコバルトブルーの二体のハーピー達。そして、彼らの横をフラフラと歩く少女──アネリアであった。

 気怠そうな様子の彼女であったが、バスタオルを腰に巻くだけの悠馬と全裸のネーヴェリアを見てその顔を怪訝なものに変える。



「アネ、さん?」

「ユウマ……?」


「グレース? ルダ……ッ!」

「ヒヒーーン!」

「…………」



 灰色の馬は、先に悠馬達の案内を果たしたあの馬である。コバルトブルーのハーピー、ルダは、自身の羽に顔を埋めて寝息を立てている。

 その灰色の馬は嬉しそうにネーヴェリアに駆け寄り、鼻先を擦り付けようとした。



「ちょっと待て、今はダメだグレース! 泡が着いてしまう」


「ブルルル」



 ネーヴェリアの言葉に従うように、灰色の馬は後に下がった。賢い馬である。



「ネーヴェさん。とりあえず服を着ないっスか? まずは泡を流して」


「そうだな。魔王様、少しだけお待ち頂いてもよいでしょうか?」


「……承知した。なるべく手短にな」



 魔王の了承を得て、悠馬とネーヴェリアはいそいそと水の中に入る。そんな彼らの後頭部を魔王は眺め、疲れたように息をついたのである。




────

───




「これが、グランドドラゴン……」


「壮観だな……」



 悠馬達一行は、グランドドラゴンの亡骸の前まで戻っていた。その場にはネーヴェリアによって火が焚かれ、その無惨な凶相をユラユラと不気味に照らし出している。



《ほれ、だから言ったじゃろ。大船に乗ったつもりでおれと》


「いやいや、実際はスレスレだったじゃないっスか! 全く、調子良いんスから」



 自転車ガイアの自慢気な発言を、悠馬が呆れて否定する。悠馬は浴衣にサンダル姿であり、焚き火の前の倒木に腰を下ろしている。



「魔王様……」


「ぅ、む」



 ネーヴェリアも悠馬と同様の浴衣姿である。そのあでやかな立ち姿に魔王は一瞬口ごもるが、それに気付く事なくネーヴェリアは説明を開始する。



「事実、危ない所でした。私の魅了魔法テンプテーションではレッドベアを含む『当たり』を引いたと思われたのですが、それもグランドドラゴンのブレスの一撃で壊滅しました。それでも騙しだまし時間を稼いでいたのですが、ユウマとガイア殿が駆けつけてくれなければ、間違いなく喰われる所で……ッ」



 ネーヴェリアは当時の状況を思い出したのか、辛そうに自身を抱き締める。



「道中の破壊の痕は、この目で見てきた。其方そなたもよく生き延びてくれた」


「……私がこうして生き残れたのは、皆の助けがあってこそ。特にユウマとガイア殿は、絶体絶命の所を救ってくれました」



 ネーヴェリアはそう言うと、悠馬とその傍らの自転車ガイアに体を向けた。



「ユウマ、ガイア殿。改めて礼を言いたい。君達は私の命の恩人だ! 本当に……本当にありがとうッ!」



 深々と、頭を下げたのである。



《礼なら儂よりも悠馬に言っとくれ。悠馬が、嬢ちゃんを助けに行くと言うて聞かんかったんじゃからの》


「確かにその通り。この事は、深く恩に刻むべき」


「ちょっ、ガイア! アネさん!?」



 二人に水を向けられた悠馬は、顔を赤くしてうろたえる。そんな悠馬の顔をネーヴェリアは腰を折った姿勢で顔を上げて見つめた。その目は驚きに見開かれているが、それ以上にキラキラと嬉しそうな輝きを放っている。




「あー……そう言えばアネさんと魔王さんは、どうしてここまで来たっスか? 村の人達はどうなったっスかね?」



 悠馬は頭を掻きながら、思いついた事を口にした。分かりやすい照れ隠しである。苦し紛れに放たれた質問に、魔王は律儀に答えを返す。



「うむ。まずタルタス村の住民だが、全員の避難を完了させた。後の事はザゼットの領主と第六師団の副長……モルドと言ったか? に任せてきた。二人とも、辛そうではあったがな」



 魔王の口から語られる当時の状況に、ネーヴェリアは心配そうな表情を浮かべる。そんな彼女を横目に魔王は説明を続ける。



「それと余がここに来たのは、グランドドラゴンの動向を把握するためだ。それがまさか、このような姿になっているとは思いもしなかったがな」



 魔王は呆れたように肩をすくめた。すると今度はアネリアが口を開く。



「結局、私はあの村に最後まで残っていた。そこでこの『魔導板』を見ていると」



 そう言って素早く懐から取り出したのは、光沢のある黒い石板であった。複数の同心円が等間隔で広がるように描かれており、その中心に銀色の光点が瞬いている。



「この点が遠ざかるように動いたから、ユウマが上手くグランドドラゴンに『ペイント玉』を当てて、村から引き離していると思った。事実、その通りだった」



 アネリアはそう言ってグランドドラゴンの足や肩に貼り付いた蛍光色の塗料を見やり、感心したような表情を浮べる。



「自分、肩には自信があるっスからね。そうそう、『ペイント玉』もっスけど、『閃光玉』も本当に助かったっスよ!」



 礼を伝える悠馬に、アネリアは満足げに頷いた。しかし次の瞬間、彼女の顔は不機嫌なものに変わる。



「……で、私がこれを見ながらユウマ達を応援していると、そこの魔王……さまが後ろから覗いていた。『それは何か?』と聞かれて仕方なく正直に答えたら、いきなり脇の下を持ち上げられて、あの不気味な白馬に乗せられた。どこにも逃げられないようにされて、ここまで案内するように命令された」



 アネリアはジト目で魔王を睨む。


 ちなみにアネリアの言う『不気味な白馬』は、現在この場にいない。魔王が全員の目の前で亜空間を開くと、その中に自ら入って行ったのである。



「余は其方に『依頼』をしたのだ。『命令』などとは人聞きが悪い。……結局、其方がいなくても、グランドドラゴンを追うのは容易であった。破壊の跡を辿るだけだったからな」



 その言い草に、アネリアは目つきを鋭くした。魔王は軽く肩をすくめながら説明を再開する。



「いずれにしても余達が破壊の跡を進んでいたら、そこの灰色の馬に追い着いて、その背に乗っている蒼いハーピーからとりあえずの状況を聞いた。今は寝ているがな」



 馬の上で寝息を立てるコバルトブルーの塊に、魔王は視線を向ける。



「なるほど、そうでしたか。……ルダ、ありがとうな。お前にも命を救われた」


「ムニャ……スー」



 ネーヴェリアは優しく礼を言う。それに応えるようにルダは小さく寝言を発したが、それでも起きる気配はない。

 ちなみに、悠馬の傍らに立つ自転車ガイアの上では、ハーピー達のうち最年少のルヌが、ルダと同じ格好で眠りについている。さらにその隣では、パッションピンクのユニもうつらうつらと船を漕いでいる。



「師団長、馬の方も褒めてやれ。其方の馬であろう? 余の『スレイプニル』に離れず着いて来たのだ。人を乗せていなかったとはいえ、容易たやすくできる事ではない」



 魔王に促され、ネーヴェリアは傍らに立つグレースに目を合わせた。その首筋を優しく撫でる。



「ブルル……」


「グレース、お前にも助けられたな。ユウマ達を導いてくれたのはお前なのだろう? それにあの場面で、良くぞルダを救い出してくれた」



 そこまで言うと、ネーヴェリアは感極まったかのように瞳を潤ませる。



「良くやったぞグレース! お前は私の誇りだ!!」


「ヒヒーーン!!」



 ネーヴェリアの言っている事が分かるのか、グレースは嬉しそうにいななきを上げた。




「……話を戻す。その後さらに追跡を続けていると、今度はそこの二人のハーピーに合い、彼らからグランドドラゴンの討伐報告を聞いた。それには余も耳を疑ったが……ともあれ、彼らの案内でここに辿り着いた次第だ。二人ともご苦労であった」


「魔王様。勿体なきお言葉ですゾッ!」


「まあネ」



 魔王の労い(ねぎらい)に、紺色のペタはうやうやしく頭を下げる。その一方で、朱色のリプは軽く羽を上げる程度に留まる。おざなりとも言える彼女の反応だが、魔王に気にする様子はない。


 多様な種族、価値観が混ざり合う魔王軍の中で、リプのような雑な対応でも問題にならない。むしろ見る度に部外者(悠馬)にセクハラを働いているような部下ネーヴェリアの方が、問題である。



「……けれど本当に酷い目に合った。できれば当分、馬には乗りたくない」



 焚き火を挟んで悠馬の反対側に座り込んだアネリアは、疲れたようなボヤきを口にした。彼女達がこの場に到着する際、崖を迂回する事なく直接駆け降りて来たのも尾を引いている。

 すなわち、リプとペタが飛行魔法フライで落下速度を抑えた上で、強靭な脚力を誇る白い馬(スレイプニル)灰色の馬(グレース)で、一気に崖を駆け降りたのである。アネリアが胃の中の物を吐き出す前に地表に着いたのは僥倖であった。



「余からはそんな所だ。師団長、ハーピー達から概ね聞いているが、其方からも報告を聞きたい」


「分かりました。けれど、私にも上手く説明できるかどうか……」



 魔王の要請に、ネーヴェリアは難しそうな顔をしながらも頷いた。



「私がユウマ達に救出された所まではお話しましたか。その後、ガイア殿に乗った私達の後を、グランドドラゴンが追ってきました。ユウマが懸命に自らの足でガイア殿を動かしていたのですが、それでも奴に追い付かれて再び窮地に追い込まれました。しかしガイア殿の……魔法? 『えんじん』なる物で一気に加速し、危機を脱する事が出来ました」



 ネーヴェリアが言葉を詰まらせながらも説明をつむぐ。特に『魔法』のくだりで首をひねるが、言っている事は正しい。



「こうして私達が先を進んでいると、ルヌに──そこの水色の子に合い、その案内で……今そこで寝ているピンクと合流しました。おいユニ、起きろ!」


「……エヘヘ。モウ食べられないヨ」



 ネーヴェリアは注意を発したが、ユニは完全に夢の中である。ガイアの前かごで目を瞑り、何とも幸せそうな表情を浮べている。



「アー……ちょっト無理っぽいネ。リーダー、今日ハ大分無理してタからナー」


「そうですナ。ユニがアアまで必死になったのハ、初めてかもしれませんゾ」


「確かニ。ユニは本当に頑張ったでゴザル!」



 朱色のリプと、紺色のペタ、ヘクがそれぞれ所感を述べる。よだれを垂らすユニに向き、優しい表情を浮かべている。



「直接話を聞きたかったのだが仕方ないか。魔王様、実は今回の作戦を立案したのは、そこのユニと、外部の騎士達のようでして……私はユニから作戦の概要を聞いただけなのです」


「外部の騎士達、だと?」


「ジェームズさん達っスね。確かに崖の上で見たっス!」



 悠馬が応えると、その顔をアネリアに向ける。



「アネさん、ジェームズさん達来てるっスよ! 今こっちに向かって来てると思うっス」


「……本当?」



 どちらかと言うと表情の乏しいアネリアだが、今の瞬間は嬉しそうに見えた。



「で、その『作戦』とは。具体的には?」



 魔王はネーヴェリアに尋ねる。続きが気になるようである。



「崖の上に騎士達が待ち伏せて罠を仕掛け、そこへ我々が誘導するというものでした。

 ユニ達と合流して誘導を果たした私達は、崖の上から飛行魔法フライで上空に逃れ、崖を崩落させてグランドドラゴンを崖から落とす事には成功しました。しかし、それでも奴は生きており、回復魔法まで使っていました。

 そこで私達はガイア殿の判断で、上空からの突撃を敢行したのです」


《儂の自慢のドリルを、奴の頭に真上から叩き込んでやったわけじゃな。いやぁ、ワクワクしたのッ!》


「ワクワク通り越して死ぬかと思ったっスよ! 自分、もう落ちるのはこりごりっス……」



「……まさか、空から落ちたのか?」



 二人と一台の発言から推測された出来事に、魔王は目を見開いた。



「はい……」

「そのまさかっス」

《その通りじゃが、何か?》



「…………本当に、良く生きていたな。その割には怪我一つ……む!」




 感心を通り越してすっかり呆れた様子の魔王であったが、次の瞬間、表情を引き締めた。この場に集団の気配が近づいたためである。



「ユウマ殿ーーッ! ガイア殿ーーッ!」


「アネリア様ーーッ!」



 悠馬の目にも、木々の間に揺らめく複数の光点と、それらに照らされた馬、そして見覚えのある人々の顔を確認できた。彼らを導くように時折木々の間を横切る鳥の影は、先程ネーヴェリアに案内を任された雄のハーピー、クアであろう。



《噂をすれば、って奴かの?》


「そうっスね。おおーーい。ジェームズさーーん、アゼルさーーん! こっちっスーーッ!」



 間もなく、ハーピーのクアと赤いローブ姿のジェームズを先頭に、馬に乗った騎士達が完全に姿を現した。



「ユウマ殿! ご無事ですかッ!」


「ジェームズさん! ……いつッ」



 悠馬は焚き火の前から立ち上がり、ジェームズ達に駆け寄ろうとした。が、太腿に鈍い痛みが走り、その場に立ちすくんでしまう。

 そんな悠馬に先んじて、ジェームズに駆け寄る姿があった。アネリアである。



「はぁ、ふぅ。……ジェームズ」


「アネリア……」



 息の上がったアネリアが近づき、ジェームズが馬から降りる。彼らは互いに顔を見合わせると、そのままひしっと抱き合ったのである。



「遅い」


「……すまん」


「ずっと待っていた。本当に恐かった」


「すまなかったッ!」



 アネリアの叱責に、ジェームズは一際大きな声で詫びて、その場に膝を付く。そうしたジェームズの頬に、アネリアは両手を添える。



「謝らなくていい。貴方はアレを……グランドドラゴンを倒すのに協力したと聞いた。それが結果として、ユウマと私の命を救う事になった」



 そう言いながらアネリアの顔は、徐々にジェームズに近づいていく。



「それに、ちゃんと私を迎えに来てくれた。ありがと……ん、チュ」


「んむ……!」



 彼女はそのままジェームズの頭に両手を回すと、公衆の面々で堂々と接吻を開始したのである。

 中年の大男と少女がキスを交わす。ここが日本の路上であれば、間違いなく事案である。



「ふぅ……もう一回」


「よせアネリア。皆が見ている」


「あ」




 振り向いたアネリアの瞳に、口元を引き攣らせた魔王、ネーヴェリア、そして悠馬の顔が映った。特に悠馬はこぼれ落ちんばかりにその目を見開いている。



「ちょ! どど、ど、ど、どういう……?」


「そういえば言ってなかった。改めて紹介する。これはジェームズ。グルーナ公国エランド北領騎士団の団長で、私の旦那」



 アネリアは周囲に見せつけるようにジェームズの腕を抱いた。背後の騎士達には見慣れた光景なのか、いずれも苦笑を浮かべるに留まっている。



「え、旦那って……えッ!?」


「言葉通りの意味。それが?」


「あー、ユウマ殿。こう見えてアネリアは私より年上でしてな。確か、今年で四十あ痛ッ!」



 すっかり混乱した様子の悠馬にジェームズが説明しようとするが、途中で台詞が止まる。アネリアに足を踏まれたためである。



「四十って、そんなッ!!」



 実は異性として、秘かにアネリアの事を意識していた悠馬である。四十と言ったら自分よりも母親の年齢に近く、更に大きなショックを受ける。



「…………マジっスか」



 悠馬は呆然と天を仰いだ。そこに散りばめられた星々は、今も少しずつ、その輝きを増してきているのである……。


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