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11/28

14:20-14:50 因果

本作のメインざまぁ回です。


 魔族達の住まうタルタス村の教会で、男二人と女一人がスマートフォンの画面を眺めている。



「妙に精巧な絵だな。いや、これは『絵』なのか?」



 両耳の上に見事な巻角を有する男──魔王ニーベルンが、指先でこんこんとスマートフォンの画面を突く。



「かわいいな……」



 悠馬を挟んで魔王の反対側に屈む女──ネーヴェリアが、画面に映るトイプードルに淡い笑顔を浮かべる。彼女は先の醜態・・を魔王に、よりにもよって最上級の上司に目撃されてしまった事による傷心を、画面に映るつぶらな瞳で癒しているらしい。

 ちなみに画像は、今年の正月に悠馬の祖父母宅で撮影したものである。



「これは絵じゃなくて写真て言うっス。レンズ……この部分っスね、に映る風景を記録できるっス」



 魔王とネーヴェリアに挟まれた悠馬はスマートフォンの表裏を返して説明する。



「記録だと? するとこれは魔導具なのか?」


「いやいや、魔法なんて使っていないっス。自分達の世界は魔法が無い代わりに科学が進んでいるっス」


「カガク? ……どこかで聞いたような」



 悠馬の言葉にネーヴェリアは首をかしげる。



「確か、魔法に頼らず超常現象を再現しようとしている一派が、そのような言葉を使っていたな。最近では鉄に貼り付く石を題材にしていたが」


「磁石っスか。この世界にもあるんスね」


「……そんな石などを研究して何が楽しいのでしょうか?」



 ネーヴェリアはそう言うが、磁石の存在は科学の発展において見過ごす事はできない。例えばコイルの中で磁石を動かす事により電気を生み出せるといった話は、日本の義務教育にも含まれている。


 ただ、そういった学術的な話が悠馬の口から語られる事はない。悠馬の興味は、あくまで目の前にある自分のスマートフォンに向けられている。



「…………」



 悠馬はスマートフォンを操作し、アルバム機能を呼び出した。収録されている写真や動画の縮小画像サムネイルが一覧で表示される。



「これは、記録を読み出しているのか?」


「お、正解っス。さすが飲み込みが早いっスね」



 悠馬に『さすが』と言われ、魔王はまんざらでもないような表情を浮かべる。悠馬はそれに気付く事なく、画面に表示された中から一つの画像を選択した。



「この者達は……真ん中は其方そなたか?」


「そうっス。夏の最後の大会で、試合に負けた時のやつっスね。懐かしいっス」



 画面では土で汚れたユニフォーム姿の悠馬が、同じくユニフォーム姿の青年達と肩を組んでいる。画面上の悠馬は笑顔を浮かべているが、よく見ると目が赤く充血し頬には涙の跡がある。両隣の青年達も似たような顔である。



「……良い絵だな。いや、シャシンと言ったか」



 魔王の反対側でネーヴェリアが感想をつぶやく。



「お! 分かるっスか?」


「分かる気がするぞ。何と言うか、こう……胸にこみ上げて来るものがある」



 ネーヴェリアは腕を組んでうなずく。彼女がそのように感心を示すのは、彼女の中にある体育会系気質が関係しているのかもしれない。

 その一方で魔王は首をかしげる。彼は彼で、また別の事が気になったのである。



「今、其方は『試合』と言ったな。具体的には何の試合だ?」



 この世界における『試合』とは、一般的には武器や素手による戦闘行為か、魔法の威力、速度、正確性を競うものである。画面に映る悠馬が実際に行った試合は、それらのいずれにも該当しない。



「これは野球っていうスポーツの試合っス。ルールがちょっと複雑なんで、説明が難しいっスけど……」


「殴り合うのではないのか?」


「そんな野蛮な事はしないっス! けど、そうっスね。実際に見てもらうのが早いっスね」



 悠馬は表示をサムネイルの状態に戻すと別の一つを選択した。今度は動画のようである。



「この間友達と観に行ったプロ野球の試合っス。こうしてピッチャーがボールを投げて、お! あー……センターフライっスね」



 内野席から撮った試合の様子が画面上に映ると共に、客席のざわめき、次のバッターのアナウンス、応援歌が入り混じった音声が、スマートフォンのスピーカから出力される。

 それを目にした魔王とネーヴェリアは、驚愕の表情となった。



「シャシンが動いている……だと?」


「しかも音まで……何だこれはッ!?」


「これは動画っていうっス。何というか、自分達の世界って科学がアホみたいに進んでるんで、自分にもわけが分からないっスよ」



 悠馬はあきれたように肩をすくめる。



「……もう良いっスかね? 充電が半分以下なんで電源を切りたいっス。こんな事になるなら昨日ちゃんと充電しとけば良かったっス」



 そう愚痴をこぼすと、スマートフォンの電源を切ってズボンのポケットに入れる。



「……師団長」


「は、ハッ!」


「この者が異世界人だという事に、異論は無いと思うのだが」


「……………………はい」



 魔王の意見にネーヴェリアは消沈したように俯いた。その後僅かな間をおいて、意を決したように顔を上げる。



「ユウマ……殿。これまでの無礼、大変申し訳ないッ!!」



 悠馬に向かい、深々と頭を下げたのである。



「ちょ! いきなりどうしたっスか!?」


「君は決して嘘などついていなかったのだな。なのに、君には酷い事を……」


「……そういう事っスか。分かってくれたならそれで良いっス。頭を上げてほし「許してくれるのかッ!!?」



 ネーヴェリアは勢い込んで首だけを上げる。悠馬の目に、ネーヴェリアによる潤んだ上目遣いが飛び込んできた。



「ま、まぁ自分は気にしてないっスから。ネーヴェリアさんも気に……しないで欲しいっス」



 悠馬は『気にしない』と言いながらも、先程の仕打ちを思い出して恥ずかしそうに目を逸らす。それでも悠馬は和解の意図を示すため、彼女に右手を差し出したのである。



「良い奴だな君は。……本当に、すまなかったッ!!」



 ネーヴェリアは両膝を着くと悠馬の右手を両手で握り、それを自身の額の角に押し当てた。






 さて、このように一見反省したように見えるネーヴェリアだが、実際には怪しいものである。下世話な話をすると、彼女は自覚こそないが、年少の──可愛い男の子が好みなのである。


 魔王軍という彼女の職場には多くの独身男性が在籍している。にも関わらず、二十五という微妙な年齢になって浮ついた話の一つもないという事実が、その偏った嗜好を証明していると言える。つまり軍属の厳つい男共では、彼女のニッチな要求に沿えなかったというわけである。


 その逆に悠馬の低身長かつタレ目の童顔といった外見は、彼女の内なる要求を見事に叶えてしまっている。さらに悠馬は成人であるという。言い換えると、結婚が許される歳であるという。



「……………………」



 今、彼女は悠馬の右手を両手で握り、それに額の角をスリスリと押し当てている。一見すると深い感謝を示しているように見えるが、悠馬と魔王からは見えない位置では人様にはお見せ出来ない表情を浮かべていたりする。ポタリと床に落ちた一滴も、残念ながら涙ではない。よだれである。



「良かったではないか、師団長」



「ッ! ……ありがとうございます。魔王様」




 いかに魔王とて、部下ネーヴェリアの隠れた性癖を知るわけがない。目先の問題が解決した事で安堵の表情を見せる魔王に対し、彼女は爽やかな笑顔に切り替えて礼を述べた。……大した役者ぶりである。


 そんな彼女が、悠馬に目を向ける。



「ーーーーッ!?」 



 瞬間、悠馬は得体の知れない寒気に襲われた。咄嗟に右手を引っ込めようとしたが、そこにネーヴェリアの両手がガッチリと絡み付く。握力が強い。



「ネーヴェリア、さん?」


「私の事はどうかネーヴェと呼んで欲しい。私も、ゆ、ユウマって呼んで良いかッ!?」


「それは別に良いっス。……けど」



 悠馬は困惑した表情を浮かべ、助けを求めるような視線を魔王に向けた。すると






《悠馬ああああぁぁぁぁぁぁぁああッッッ!!!!》






 入り口の扉を回転する巨大なドリルで引き裂くようにして、自転車ガイアが現れたのである。



「お嬢様ッ!!」


「ユウマ!」



 サドルには、ネーヴェリアの側近を務める壮年の男──モルドが乗っている。その後ろには、ガイアと共に捕らえられたはずのアネリアも乗っている。


 破壊された扉の破片のさらに後方では、見張りを任された兵士が恐々とこちらを覗いている。そこへ騒ぎに気づいた人々が続々と駆けつけて来る。


 その時、悠馬は教会の奥──魔王を挟んでガイア達の反対側に移動していた。ガイアの突入と同時にネーヴェリアが悠馬の腕を引っ張ったためである。今、悠馬はネーヴェリアに抱きすくめられた状態で呆然と口を開けている。



《無事か悠馬ッ! クッ……そこのッ! 悠馬から即刻離れるのじゃッ!!》



 ガイアが怒声を放つ。その怒りの矛先は、悠馬を現在進行形で拘束しているネーヴェリアではなく、その場に佇んでいるだけの男──魔王に向けられたのである。



「ガイア殿! 巨大で禍々しい気配というのはどこに……魔王様じゃないかと」


《魔王じゃとッ!!》


「……ッ!」



 ガイアは自らのサドルに乗ったモルドの発言に殺気立ち、その後のアネリアは身体をこわばらせる。



「ガイア殿。それにアネリア殿も。あちらの御方は魔王様──魔王ニーベルン様です。我ら魔族の長であり、決して敵ではないかと」



 モルドは緊張状態にある一台と一人に向けて、落ち着いた声音で魔王を紹介する。



《うぬ……じゃがさっき突然現れた禍々しい気配は、確かにあの男から発せられてるぞい! やはり『魔王』と言うからには、とんでもなく悪い奴なんじゃないかのッ!?》



 初対面であるにも関わらず妙に因縁を付けてくる。このガイアの発言に、魔王の目は座ったものになった。



「…………何者だ? 貴様は」


《ふん、貴様に名乗る名前など無い! いいから早うそこを除けいッ!!》



 明らかに喧嘩を売っているとしか思えないガイアの物言いに、離れて聞いている悠馬は顔を青くした。



「ガイア、ちょっと待つっス!」


「あっこら動くな。危ないではないか……」



 悠馬が駆けつけようとした所、背後のネーヴェリアに力ずくで止められてしまう。悠馬はその場で声を張る事にした。



「魔王さんは良い人っス! 自分を助けてくれたっスよッ! そんな悪く言ったらダメっス!!」


《なん……じゃと?》



 悠馬の発言に、ガイアは唖然とした様子を示す。



「……待った。その人が悠馬を『助けた』って、どういう事?」


「ああ、そうっスね。それは」



 と、アネリアの質問に答えようとした所で悠馬はピキリと固まった。


 彼女の質問に答えるには、まずは悠馬に起こった問題──ネーヴェリアのセクハラを明らかにする必要がある。それをすると、彼女の名誉を痛く傷つける事になる。

 先の事件について既に犯人ネーヴェリアは自らの非を認め、悠馬への謝罪も済ませている。その事件をこの場で蒸し返すのはさすがに可哀想だと悠馬は思ったのである。



「……………」



 魔王も気まずそうに目を逸らす。騒ぎを聞きつけた兵士達や村人達が遠巻きながらも集まる中、師団長の立場にあるネーヴェリアが部外者(悠馬)の尻を噛っていたなどと言えるわけがない。



《どうしたのじゃ、悠馬?》


「ユウマ?」


「え、ええぇとっスね……」



 どうにか誤魔化そうと悠馬が口を開きかけた時、悠馬や魔王ではない別の声が、周囲に大きく響いたのである。








「イヤーそれがサー。ユウマはマジメに質問に答えてるってのニ、ネーヴェ様ったラ『お前は嘘をついている』……なーんて言っちゃってサ。


 すっっっごい セ ク ハ ラ を始めたンダよネッ!!!


 腋をコチョコチョしたり服を引き裂いタりパンツ脱がせたりおケツに噛み付いたり……デ、そりゃアもうすごかったんだカラ! そこに魔王様ガ、たまたま例の空間魔法……【ゲート】だっケ? で通りがかっテ助けてくれたっテわけヨッ!!」





「「「「……………………」」」」







 いつの間にか長椅子の上に並んでいた六体のハーピー達のうち、朱色の一体──リプによる声である。



「お? おお前達!? いつからしょこにッ!?」



 ネーヴェリアは激しく動揺し、ハーピー達に震える指先を突き付ける。



「アタシ達、ユウマが心配だったからサ。……ユウマが良い人だっテ知ってたカラ。ホラ、ウチのリーダーって隠密魔法の【ハイド】使えルじゃナイ? アレをウチら全員にかけてもらっテ、ユウマとネーヴェ様が入ってドアが閉まる瞬間ニ、こう、ササッ! ト」


「……ユウマ殿のように若くて優しいオスに発情するのは分かりますガ、下を全部脱がして尻に噛みつくというのハ、さすがニいかがなものかト」


「その尻を『美味しそうなモゴ』とハ、良い喩えだったでゴザルナ。けど、セクハラはイカンでゴザル!」


「小生もセクハラはダメだと思いますゾ! しかしネーヴェリア様が余りにも嬉しそうデ、小生ハ止められませナンダ……」


「セクハラ、メッ!」


「イイヤ、むしろアタシは見直したネッ! 今の時代、メスの方から積極的に行かないトッ! ……ネーヴェ様ってサ、イイ年して今まで全くソノ気が無かったじゃナイ? だからアタシ心配してタのよネー」




「ーーーーーーーーッ!!!!!!」




 ハーピー達が口々に証言する度に、ネーヴェリアは声にならない悲鳴を上げる。ハーピー達に悪意は感じられないが、実際にしている事は立派な公開処刑である。

 彼等の証言によってつまびらかにされていく密室内での出来事に、集まった人々のざわめきは大きくなっていった。



「あのお固い団長様がセクハラだって? 何かの間違いじゃないのか?」

「ハーピー達の説明が妙に具体的なのがまた。信憑性は……あるのか?」

「ウソ! ネーヴェ様ってあんな子供が好みだったの!?」

《あー悠馬は見た目ほど子供じゃないぞい。しかし悠馬は可愛いからの。セクハラはいかんのかもしれんが、気持ちは分からんでもないぞい》


「…………あれ? 団長って、確か強い男が好きなんじゃなかったっけ?」

「思い切って告った奴が『私に勝てたら考えてやる』と言われてボコボコにされたらしい。……ち、ちげーし! 俺じゃねーし!!」

「けどあの子って、そんな強そうには見えないよね。ああ見えて実は、って奴なのかな?」

「その『私に勝てたら』というのは、お嬢様が自分に勝てる男などいないと見越されていたからかと。現にこれまで異性と付き合う気概など、微塵も感じられなかったのですが……」

「マ・ジ・か・よッ! 勝てたら付き合えると思って、俺、すっげー鍛錬したんだぞッ!!」

「やっぱお前が告ったんじゃねぇか。……今夜飲みにでも行くか」




「───ちょっとイイかナッ!」




 一際ひときわ大きな声を上げた存在がある。ピンク色のハーピーの少女──ユニである。本来の彼女の陽気さが感じられない緊張した様子である。



「あのネ、ネーヴェと、あと魔王様ニ報告したい事があるんだケド……ネーヴェ?」



「………………」




 ネーヴェリアの反応はなかった。先程から悠馬を抱えた姿勢のまま、一切の動きがない。



「……うわぁ」



 悠馬が振り返ると、白目で失神しているネーヴェリアの顔があった。ハーピー達による連続()撃に、心が保たなかったのである。



「目を開けたまま気絶してるっス。一応、息はあるみたいっスけど……」


「お嬢様。おいたわしい」


「横に寝かして置いてやれ。この者の報告は、余が代わりに聞こう」



 ため息とともに魔王が指示を下す。数名の兵士が協力して長椅子を寄せて即席のベットを作り上げた。悠馬も兵士達と協力してネーヴェリアを運び、その体を横たえる。


 その間にもユニの報告は続いていた。



「ソノ、オークキングなんだけどサ。実はユウマやガイア達のみんなで倒しちゃったんだよネ。魔王様を見て思い出したんだケド……あのオークキングって、倒しちゃダメなヤツだったんだよネ?」


「なんだと、あのオークキングを倒した……だと?」



 ユニの報告に人々は顔を見合わせる。魔王が受けたショックは、とりわけ大きいようである。



「それは真か!?」


《ふん、確かにこのドリルのさびにしてくれてやったわい! ……けどユニちゃんや。あのオークキングを『倒しちゃダメ』とは、どういう事じゃ?》


「何ソレ? アタシ知らなかったんだケド……」

「小生モ……」

「拙者モ……」

それがしモ……」

「モ……」



 ユニに向けてガイアは疑問を発する。ユニを除くハーピー達も、全員が首を傾げている。



「何と……何という事をしてくれたのだッ!」


「魔王様。あのオークキングが倒れたとなると、計画が……む!」



 魔王に続きモルドが口を開きかけた時、そこに、さらなる闖入者が現れる。


 教会の破れた入り口からバサバサと羽音を立てて飛び込んで来たそれは、鮮やかなコバルトブルーの羽を持つ個体──凛々しい少年の顔をした、悠馬は初めて見るハーピーである。



「ユニ! モルドさン! それに魔王様モッ! 大変ダ。奴が……グランドドラゴンが、コッチに来てルッ!」


「ルダッ!」


《グランド……なんじゃって?》



 ガイアの質問に、サドルに腰を下ろすモルドが口を開いた。



「───グランドドラゴン。数あるドラゴンの中で、飛行能力こそありませんが、とりわけ強大で凶暴な存在かと。……あれは一月程前かと。ここの付近のコボルト達が襲われたとの報告を受け、我々第六師団が調査に当たったのですが」


「コボルトの村は全滅。オレ達が到着した時、奴は血だまりの中でノンキにイビキをかいていたヨ」



 モルドの説明を、今しがた現れたハーピーの少年──ルダが引き継ぐ。



「ホント、酷い事件だったヨネ……」


「あれハ、思い出したくないワ……」


「「「「…………」」」」



 当時の状況を思い出したのか、ユニを始めとするハーピー達、兵士達が表情を曇らせた。



「そのグランドドラゴンを倒すため、我々は一つの計画を立てました。そのためのオーク、オークキングだったかと」


「……つまりグラントドラゴンにオークキングを当てて、共倒れを狙ったという事?」



 アネリアが推察を挟む。これには魔王が答えを返した。



「正確には違う。グラントドラゴンがオークキングを倒し、捕食している隙を突いて襲撃する計画であった」


「お嬢様の──ヒューム家に代々伝わる独自魔法を使い、オークキング達を付近の森まで誘導する事には成功しました。しかし」


「あの森の近くに砦が建っていたのは正直想定外だった。オーク共がその砦に関心を示し進行が止まったのは、二週間ほど前だったか?」



 女の声が入る。長椅子の上で意識を取り戻し、上半身を上げたネーヴェリアの声である。



「お嬢様。……大丈夫かと?」


「……すまない。心配をかけた」



 ユニの発言から一気に深刻化した雰囲気を、ネーヴェリアは察している。軍の師団長を務めるだけあり切り替えが早い。



《なるほど。確かに儂らがこの世界に来た時、オーク共はウキウキで砦を──こちらのアネリアさんの所を襲っておったわい。お主らの計画とやらのせいで、とんだとばっちりじゃの》


「ガイアの言うとおり、私達はオークの襲撃を受けて甚大な被害をこうむった」



 ガイアの皮肉じみた発言に続き、アネリアは睨み付けるような視線を周囲に向ける。



「オークを……オークキングを倒さなければ、確実に私達が全滅していた。少なくともそのオークキングを倒した事について、私達に落ち度はない」



 危うく、自分達が死ぬ所だったのである。


 ここが魔族達の拠点である以上、アネリアも直接的な文句を口にするのは恐い。かと言って被害を受けた事を黙認し、泣き寝入りするのも腹立たしい。

 キレス砦への帰還が叶えば、国を通じて正式に抗議しようとアネリアは心に決める。謝罪と賠償もそうだが、せめて消耗した武器や資材等の経費、ジェームズの胃薬代くらいは請求したいと考える。




「ちょっといいっスか?」




 それまで黙って話を聞いていた悠馬が、手を挙げて発言を求めた。



「何だ」



 魔王が不機嫌そうに応じる。事ここに至り、当初の計画は頓挫したと言わざるを得ない。彼の機嫌は悪くなる一方である。



「グランドドラゴンにぶつける予定だったオークキングがいなくなって、そのグランドドラゴンが今こっちに来てる。……って事っスよね?」


「そのようだな」


「だったら今すぐに逃げないと、ヤバイんじゃないっスか?」


「む……」



「「「「「……………………」」」」」




 水を打ったような静寂が訪れる。そこに





 ────グオォォォォーーン





 明らかに人でない雄叫びを、人々は耳にした。声の大きさは微かであり、未だ距離は遠いようである。しかし、その声の主と思しき存在──グランドドラゴンが村に迫っているという事実は、先程のルダによる報告からも明らかである。



「……其方の言う通りだな」



 魔王は大きくため息をつき、悠馬の意見に、実に疲れたような表情で同意したのである……。


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