13:50-14:20 虜囚
今話、作者の汚い部分が多量に含まれています。何卒ご注意を
両手首を縄で縛られた悠馬は、その縄の端を掴む女──ネーヴェリアによって、魔族達の住居地であるタルタス村の村内に連行される。その道中、彼女は周囲の兵士達に次のように伝えた。
「彼の尋問は私一人で行いたい。個人的に聞きたいこともあるしな」
「お嬢様。聞きたい事というのは?」
「別に大した事じゃない。爺には私がいない間の指揮を頼みたい」
「承知しました。あとの二人、ガイアとアネリアでしたか……についてはどうすれば良いかと」
「そうだな。とりあえず馬小屋にでも入れておくか。スパイの疑いはあるが、茶の一杯くらいはくれてやっても良いだろう。村長、すまないが厩舎をお借りしてもよろしいか?」
「もちろんですじゃ。馬番にも伝えて参りますじゃ!」
村長と呼ばれた高齢の老人は張り切った様子で、杖を付きながらもしっかりした足取りで去っていく。数人の子供達が老人を気遣うように歩速を合わせてついて行く。
悠馬はその光景を微笑ましそうに眺めていたが、ネーヴェリアにつんつんと縄を引っ張られて慌てて歩き出す。さながら散歩中の犬のようである。
「───ここだ」
やがて二人は、ある建物の前に辿り着いた。村の中央に位置するその建物は、他の建物──民家と思われる物に比べて倍以上の大きさがある。門柱や扉には細かい意匠が施されている。
「……………………」
その建物が放つ異様な雰囲気に、悠馬はゴクリと唾を飲んだ。
「神父。改めて場所の提供を感謝する」
「いえ、滅相もない……」
神父と呼ばれた黒衣の男がネーヴェリアと互いに頭を下げ合う。つまり、その建物は教会のようである。この世界にも信仰と言う名の価値観は存在するらしい。
「ではこれより尋問を行うが、その間は誰も入れないで欲しい。念のため誰か入り口の見張りを頼む。一人で良い」
「ハッ! では自分が」
ネーヴェリアの頼みに、後を付いて来たうち年配の兵士が応じた。
「うむ。入るぞ、来い」
「……はいっス」
悠馬がネーヴェリアと共にドアを潜ると、そこには重厚感のある木製の教卓と、丸太を縦に割った複数の長椅子が並んでいた。その奥に二足で立つ獣のような大理石のオブジェが掲げられている。
壁から高い所に位置する窓には色の着いたガラスが嵌め込まれており、室内には十分な明るさがある。天井は高く、柱の間に太い梁が通されているのが見える。
「……あれを使うか」
天井を見上げて呟いたネーヴェリアは、自らが持つ縄の端を頭上にめがけて放り投げる。縄はそれなりの長さがあり、投げられた縄の端は狙い通りに天井と梁の間を潜って床に落ちた。
「よっと」
その床に落ちた縄の端を、力を込めて引く。
「う、うわわ!」
悠馬は梁から張られた縄により、両手が持ち上げられた格好になる。最終的には足のつま先が辛うじて床に着く高さになるまで持ち上げられる。
ネーヴェリアは縄の端を悠馬の両手首の間にぐるぐると縛り付け、その位置に悠馬を固定したのである。
「ふふっ、良い格好だな」
「……手首が痛いっス。頼むから下ろして欲しいっス。別に、逃げも隠れもしないっスから」
「尋問だからな。子供だからといって容赦するつもりはない。が、素直に従うのであれば考えてやろう」
「自分、子供なんかじゃないっス」
不満そうな悠馬の目の前で、ネーヴェリアは長椅子に腰を下ろした。僅かに口元を上げながら、組んだ足先を悠馬に向ける。
「では始めるか。……の前に、一つ聞きたいことがあってだな」
ネーヴェリアはふと真顔になって立ち上がり、気になっていた事を悠馬に尋ねる。
「君がここに来た時、バケガラスどもに追われていた時だ。君は私に助けを求めるのでなく、危ないから離れていろと言ったな。その理由を聞きたい」
「理由、っスか」
悠馬はネーヴェリアに尋ねられた先の状況を思い出す。
「理由なんて特にないっスけど。……けど、あのカラス達を連れて来たのは自分達っス。それも別にわざとってわけじゃないっスけど、それでも他の人を巻き込むのはダメだと思ったっス」
「……ふむ」
「それに、あの時ユニさんは『地上に着けばなんとでもなる』って言ってたっス。だから着陸した時に何か仕掛けると思ったっス。実際、エライ事になったじゃないっスか?」
「そうだな。確かにあのような多重の魔法攻撃の中にさらされるのは、私であっても危険だな」
ネーヴェリアは腕を組んで頷いた。悠馬の説明に納得した様子である。
「なるほど。確かに良い判断だったと思う。これでスパイ容疑が晴れたわけではないが。……君は、子供にしてはしっかりしているな」
「いやだから自分、子供じゃないっス。十九歳っス。今年で成人になるっスよ」
「は? 十九歳、だと!?」
この悠馬の主張に、ネーヴェリアの顔は怪訝なものになる。
「そうっス。何か文句でもあるっスか?」
「…………嘘だろう?」
ネーヴェリアは悠馬の頬をプニプニと弄びながら眉根を寄せる。
繰り返しになるが、悠馬はタレ目の童顔で一見すると子供にしか見えない。この世界の魔族や人族は日本人の平均と比べても早熟の傾向にあり、ネーヴェリアは悠馬の年齢について十代前半であろうと見ている。
ちなみにアネリアに関しては、その見た目通りの年齢ではないとネーヴェリアは考えている。エルフが長命である事は、この世界では広く知られた話である。少なくとも先に彼女が放った土魔法は、子供が放てる威力を遥かに超えている。
さらにネーヴェリアにとって、悠馬の発言にはもう一つ引っかかる点があった。
「待て。十九歳で『今年で成人になる』? どういう事だ?」
「どうもこうも二十歳になったら成人じゃないっスか。……あ、この世界だと違うっスかね?」
悠馬の質問に、ネーヴェリアは眉をひそめながらも回答する。
「種族によって異なるが、一般的には十五になったら成人とみなされる。……ん? 今『この世界』と言ったのか?」
「あー……自分、異世界人なんっス。確かに、成人の年齢が違っててもおかしくないっスね」
「異世界人だとッ!?」
ネーヴェリアは大きく目を見開いた。しかしそれは、次第に懐疑的なものに変わっていく。
「君は……お前はやっぱりスパイで適当な嘘をついているんじゃないだろうなッ!?」
「嘘なんかじゃないっス! 本当のことっスよッ!!」
「…………」
ネーヴェリアは必死に釈明する悠馬を凝視する。そのくりくりとした両目には、特段の悪意といったものは感じられない。しかし悠馬が言っている事の真偽が、その目を見ただけで分かるわけでもない。
ちなみに悠馬の黒髪黒目は、異世界人である事の証明にはならない。その特徴だけであれば、こちらの世界にも大勢いるからである。ネーヴェリアをはじめとする第六師団の兵士達の中にも、黒髪黒目の者は存在する。
「その異世界人であるというお前が、なぜここにいる?」
「それは、話すと長いっスけど……」
ネーヴェリアに断りを入れると、悠馬は今朝自らに起こった出来事についての詳細を話り始めた。
「ええと……今朝は寝坊して会社に遅刻しそうになったっス。自転車……ガイアっスね、を漕いで急いでる時に信号が赤になって、仕方なく会社に電話したら社長が出たっス。遅れることを伝えて電話を切ったら、青信号が点滅してて、急いで横断歩道を渡ろうとしたら、突然光が───」
「待て待て待て待て!」
ネーヴェリアは慌てて悠馬の話を止めた。
「お前が何を言っているかサッパリ分からないのだが?」
「えぇ。できるだけ詳しく説明したつもりっスけど。……あっ!」
唐突に、悠馬はアネリアと会った時の会話を思い出した。当初アネリアは『会社』を人名と勘違いしたため、『会社』の意味を悠馬が説明する必要があった。
悠馬の世界にあって、こちらの世界にない物を、単語一言だで説明できるわけがない。自身が縄で吊らされているこの状況で、悠馬は失敗を自覚したのである。
「ええと『会社』と言うのはっスね、自分が働いている場所の事で……」
悠馬は脂汗を垂らして釈明を始める。
「分かった。やはり適当な嘘を並べて私を煙に巻こうとしてるんだなッ!!」
ネーヴェリアは青筋を浮かべて悠馬に迫る。その表情は、額から生える角の存在も相まって『鬼』のように見える。
「違うっス! 自分気がついたらこの世界にいて、アネさんやジェームズさん、騎士の人達に囲まれていたっス! 嘘じゃないっスよッ!!」
「嘘かどうかは私が決める! そもそもだ、お前からは血の匂いがプンプンするぞ! 怪しい事この上ない! 私には誤魔化されんぞッ!!」
誤魔化すも何も、悠馬はオークキングの返り血を水魔法で乱暴に洗い流しただけである。今の悠馬に近付けば、誰にでも気づく事である。
「やはりお前は嘘をついている。……よし、本当の事を言いたくなるように、おまじないをしてやろう」
ネーヴェリアはそう言うと篭手を外し、両手の指を蠢かせながらゆっくりと悠馬に近付いた。
「ちょっと、何するっスか? ダメっス! そこは……だ、らめーーーーッ!!!」
思い切り、悠馬をくすぐり始めたのである。
「ほれここか? ここが良いんだなッ!!?」
「うひ、止めてッ! ひ! ひゃははッ!!」
ネーヴェリアの指は定番の腋から始まって、腹へ、胸へ、太腿へ、そして喉元へと激しく動いていく。彼女の指が移動する度に悠馬からは異なるトーンの悲鳴が鳴り響く。
「アハ、ハハハ! もうダメっス! 無理っス! 許してーーーーッ!!」
「どうだッ! 本当の事を言うかッ!!」
「本当も何も、今言ったことがホントのことっス! あっ、脇腹は……い、イヤーーッ!!」
「このッ! 意外と強情だなッ! ホレ! ホレッ!」
「ヒーーーーッ!!!」
――――
―――
ー
「はーーっ、はーーっ……」
ネーヴェリアによる一方的な蹂躙は、暫くの間続けられた。今や悠馬の顔は真っ赤に染まり、汗や涙、唾液、鼻水と言った様々な体液に塗れている。それでも不幸中の幸いか、失禁だけはしていない。最後の尊厳だけは死守したようである。
「~~♪」
ネーヴェリアは鼻歌を歌いながら、悠馬の胸に手を置いた。その指先が、悠馬の着ているワイシャツのボタンに伸ばされる。そうしていそいそとボタンを外していく彼女の様子は、とても楽しそうである。
「今度は、何する気……っスか」
「お前がスパイか異世界人かもそうだが、その前に、子供でないなどと言い張るからな。まずはそれが本当かどうか、確かめてやろうと思ってな。……っと!」
「……ッ!!」
ネーヴェリアの手によって、肌着のシャツが音を立てて引き裂かれる。
普段の仕事では外回りが多い悠馬である。顔や首、手などは黒く日焼けしているが、首から下の胸や腹にかけては真っ白である。
そんな黒と白とのコントラストを、ネーヴェリアは眩しそうに眺める。
「ほぅ胸毛の一本も生えていない。腋だってツルツルじゃないか」
「くッ! 別にいいじゃないっスかそんなの。余計なお世話……ヒィッ!」
悠馬の抗議は途中で中断させられた。ネーヴェリアが悠馬の胸や腹に、直接指を這わせ始めたためである。
「ちゃんと鍛えてあるんだな。偉いぞ。しかし大人だと嘘をつくのは頂けないな……」
「だから、自分子供じゃ無いっス。その証拠にちゃんと剥けて……なんでもないっス」
「んん? 何が……ナニが剥けてるってッ!?」
「……………………」
この質問に、悠馬は黙秘を決める。
「ゴクリ……そ、そうだな。本当かどうか、私が直々に確かめてやろうッ!!」
「え゛!? 流石にそれはマズッ……!」
悠馬が言い終わないうちに、ネーヴェリアは悠馬のズボンをトランクスごと引き下ろしてしまう。……この時点において、当初の尋問の趣旨は完全に崩壊していると言わざるを得ない。
悠馬のトランクスにプリントされた『漢気』という漢字の二文字……ネーヴェリアにとって未知なる記号がその目に映ったのであれば、もしかすると彼女は正気を取り戻したかもしれない。しかし、そんな布切れなど最初から眼中にない。間もなく訪れるご対面に瞳が──カッ! と開かれる。
「ーーーーッ!!!」
瞬間、悠馬はここ一番の反応速度を見せた。不安定なつま先立ちの体勢で死力を振り絞り、真後ろに身体を向けたのである。
ゼイゼイと荒く息をつく悠馬の背後から、チッと舌打ちをする音が聞こえた。
「……この私に背を向けるとは。ここが戦場であれば命はないぞ」
「……………………」
「ふん。けど、これはこれで……」
「ヒィ……ッ!!」
悠馬は再び悲鳴を上げた。背後のネーヴェリアが、彼の生尻を両手で鷲掴みにしたためである。
「白くて、丸みがあって、良く引き締まった。何とも美味しそうなモゴじゃないか……」
モゴとは、この世界に普及している日本の桃に似た果物である。ネーヴェリアの視線は、モゴ──悠馬の生尻に釘づけである。
「ちょッ、ホントにダメっス! あ……人が見てるっスよッ!!」
「ここに人が来るわけないだろう! 見張りだって立てたんだ! この嘘つきめッ!」
「いやホントにいるっスよッ! こっちに近づいて来るっス!」
「まだ言うかッ! こうなったら本格的にお仕置きが要るようだな。……頂きますッ! ガブーーッ!!」
「ギャーーーーッ!!!」
「楽しそうだな」
尋問が開始されてから悠馬の口から語られた事は、その全てが真実である。悠馬が言った通り、その男は確かにその場に存在していた。
金色の光彩を抱く切れ長の瞳に細い顎、ストレートの肩まで伸びた銀髪、そして耳の上に渦を巻いた羊のような角が特徴的な、絶世的な美男である。
「…………」
ネーヴェリアは一瞬にして蒼白になった。ゆっくりと悠馬の尻から口を離し、その場に跪いたのである。
「「「………………………………」」」
非常に気まずい空気が、その場を支配した。
顔を伏せるネーヴェリアの表情は傍から見て不明だが、その身体全体がガタガタと細かく震えている。
「…………出直して来る」
男は頭痛を堪えるようにそう言うと、悠馬達に背を向けて先程来た道を戻り始める。
「あのー……」
「ッ! こ、コラッ!!」
この場から去ろうとする男の背に向けて、悠馬は思い切って声をかけた。咄嗟に顔を上げたネーヴェリアが小声で叱る。
男は立ち止まると、とても嫌そうな顔で悠馬達に振り向いた。
「……何か?」
「スンマセン。どこか行く前に、この縄を解いてくれると有り難いんスけど……」
男は縄で縛られる悠馬の顔を、露出する下半身が視界に入らないようにして眺める。一つ大きくため息をつくと、悠馬の横で目を白黒させるネーヴェリアに向いて口を開く。
「師団長。この者は?」
「ハッ! スパイの容疑があり尋問をしている所ですッ! あまつさえ『自分、子供じゃないっス。異世界人なんっス』などと嘘をつくので、私は本当の事を言うように、と……ッ」
そこまで言うと、ネーヴェリアは真っ赤になって俯いてしまう。自らの所業を男に見られた事が理由であり、つまりは自業自得である。
男はネーヴェリアから視線を逸して悠馬に問う。
「其方は、異世界人なのか?」
「はいっス! 自分は木城悠馬、悠馬で良いっス。異世界の日本って国から召喚されたっス。嘘なんかついてないっスよッ!」
正確には勇者の召還に巻き込まれたのであるが、悠馬にしてみれば同じ事である。
「その証拠はあるのか?」
「証拠……あっ! スマホがあったっス」
「スマホ? 何だそれは?」
「見てもらえれば分かると思うっス。ズボンのポケットに入っているっス」
悠馬は足元の床に落ちているズボンに顔を向ける。対する男は、悠馬の意図を察して眉をひそめた。
「……これを余に拾えと?」
「えー、見ての通り自分、今両手を使えないんで。そりゃズボンくらい自分で履きたいっスよッ!」
逆ギレする悠馬に、男は疲れたような表情を見せた。
「師団長、縄を解いてやれ」
「ハッ! ……は?」
ネーヴェリアは信じられないといった顔を男に向ける。
「魔王様、しかしこの者は」
「余は『縄を解け』と言った」
「…………承知しました」
ネーヴェリアは渋々と言った様子で立ち上がる。悠馬の正面に移動し、その両手首を縛る縄に触れる。
「下手な真似はするなよ」
「別にそんな真似しないっス」
そうしてネーヴェリアは手首の縄を解き始めたが、縄が解かれる間、悠馬は自らの下半身を盗み見るような視線やハッと息を呑む音を感じる羽目になった。
「ーーーーッ!」
悠馬の両手首から縄が取れた時、悠馬は二人に背を向けてズボンとトランクスを一気に引き上げる。ベルトを締め、ようやく人心地がつく。
「ふう。……すんません、恩に着るっス。ええと、マオウさん、と仰るっスか?」
「いかにも」
この問いに、男は大仰に頷いた。
「余はニーベルン・ゼビウス・アークライト。ここ一帯の魔族の総代、『魔王』を務めている。──余の前に生きて立てる幸運を光栄に思うが良い」
その目の前の男は、はっきりと魔王を名乗った。その瞳の煌々たる金色の輝きに、悠馬は一瞬、飲み込まれるような気分を味わうのである……。




