14:50-15:10 凶龍
魔王軍によるグランドドラゴンの討伐計画は失敗に終わった。逆に、グランドドラゴンがこちらに攻めて来るらしい。その最悪のニュースに、ここタルタス村は、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
「余がザゼットの街まで【ゲート】を繋ぐ。準備ができ次第避難せよ!」
「第六師団は住民の誘導を! 斥候部隊は周囲の警戒に当たれッ!」
「は、ハッ!」
「分かっタッ! みんな、行くヨッ!!」
「持って行けるのはお金、食料、着替え、貴重品くらいだ。トムさん、家畜は無理だッ!」
「おらモモコと離れるのは嫌だ! モモコ〜」
「ウモー」
「そんなオモチャは持っていけません! それより早く着替えを用意しなさいッ!!」
「ヤダーーーーッ!!!」
「パパ……畑はどうするの? 収穫、これからだよね」
「パパにも分からん。とにかく今は、早く荷物をまとめて逃げないと……ッ」
「パパ? 泣いてるの?」
こうした騒ぎの中、そもそもの部外者である悠馬、ガイア、アネリアの三名は、教会の入り口が見える民家の軒先に佇んでいた。
着の身着のままで連れてこられた彼らには、まとめる荷物などない。特にやる事がなくそこに居るだけの彼らは、忙しなく動き回る周囲の人々に対して明らかに浮いている。
《何か、とんでもない事になったのう……》
「完全に自業自得。あのオークキングなんかに頼るから悪い」
自転車に応じ、アネリアは冷たく言い放つ。魔王が語ったずさんな計画により、自分達が直接的な被害を受けた事を根に持っているのである。
しかも自分達はハーピー達に拉致同然に連れ去られたうえに、スパイの容疑までかけられたのである。悠馬が尋問を受けている間、アネリアはモルドから美味しいお茶をお茶菓子をご馳走になっていたのだが、彼女の怒りはそれを差し引いても収まらない。
「じゃあアネさんだったらどうしてたっスかね? 実際そのグランドドラゴンなんて、簡単に倒せるもんじゃないと思うっスけど」
「む……」
悠馬は皮肉を言ったわけではない。単純に、アネリアであればどう対策を立てるかを知りたくなっただけである。
その素朴な疑問に、アネリアは答えを詰まらせた。グランドドラゴンは、先のオークキングに比べても強大かつ凶暴であるという。そんな存在を倒す方法を知っていれば、自分もこんな苦労はしていない。それこそ勇者でも召喚するしか
「───ッ」
と思った所で、アネリアは息を呑んだ。目の前の悠馬とガイアこそ、オークを打破したいという自分達の都合で連れて来られた勇者──と言う名の被害者なのである。そう考えると、自分達も決して魔族達の事を嘲笑えない。
「……………………」
アネリアは押し黙る他ない。そんなアネリアの様子を察した悠馬は、話題を変える事にした。
「ところで、自分たちも逃げた方が良いんじゃないっスかね? 魔王さんが別の街まで魔法で送ってくれるって言ってたっスけど」
《そんな事を言っていたの。けど、あ奴の力になぞ頼りたくないわい》
この物言いに悠馬は表情を曇らせた。ガイアはなぜか魔王に対して喧嘩腰だが、この先恐らくは自分達が頼らざるを得ない相手である以上、友好的な態度に改めて欲しいと考える。
「まーたガイアはそんな事を言って。魔王さん、良い人っスよ。何がそんなに気に食わないっスか?」
《あ奴が『良い人』じゃと? 悠馬よ、騙されてはいかん。奴の放つ気配は、まさに邪悪のそれじゃ!》
「何っスか邪悪のそれって……」
悠長は呆れたように呟く。悠馬にもかつては『気配には色がある』……などと吹聴していた時代があるにはあったが、一端の社会人になった今、そういった過去からは卒業したのである。
「別の街への避難についてだけど、今、ジェームズ達が私達を追って来ている……はず。私はギリギリまで待ちたい」
ガイアに続き、アネリアが考えを示す。
《なるほど。しかしジェームズさん達は、儂らの居場所が分かるのかの?》
「ある程度は。私達がここまで連れて来られる間、こっそり『ペイント玉』を落としてきた。ペイントには私の魔力が込められている。なのでペイントを辿れば、追跡は可能のはず」
「アネさん、そんなことをしてたっスか。全然気が付かなかったっスよ」
悠馬は素直に感心したような視線をアネリアに向ける。
《なるほど、ペイントを辿って……の》
「……あ」
意味深なガイアの呟きで、アネリアは自らが取った行動の問題点に気付いた。
《のうアネリアさんや。これはあくまで可能性の話なんじゃが、グランドドラゴンがここに来るっちゅうのは……》
「私も気付いた。確かに、私のペイントを追って来た可能性がある」
「マジっスか!?」
この世界のドラゴンは強者であると同時に、好奇心や独占欲の強い魔物としても知られている。珍しいものを見つけると住処に持ち帰ろうとする、いわゆる収集癖があるという噂である。
そうした例に、当のグランドドラゴンも当て嵌まる可能性がある。自己の興味を強く惹かれるもの──希少なエルフの魔力が込められたペイントを見つけたとなれば、好奇心から跡を追って来る可能性は十分にある。
「ガイア、ユウマ。この事は」
《うむ、内緒にすべきじゃの。言った所で完全に火に油じゃわい》
「自分も、了解っス……!」
事の重大さに悠長が緊張した面持ちで応じた。
────グオォォォォーーン
再度聞こえた雄叫びに、周囲で忙しく動き回っていた人々はビクリと立ち止まる。子供など、その場で泣き出してしまう始末である。
「確実に近づいてきてるっスね」
《そうじゃの。ここに来るまではまだ時間がありそうじゃが……》
「ジェームズ……」
やがて到達するグランドドラゴンと、それによってもたらせれるてあろう破壊の光景を想像し、悠馬達は深刻そうに口を閉ざした。
「無謀かと! お嬢様! 考え直すべきかとッ!!」
そんな男の叫び声が聞こえた。悠馬達が目を向けると、ドアが壊れた教会の入口前で、鎧姿のネーベリアに側近モルドが詰め寄っている所であった。
周囲の兵士達を巻き込んで、酷く揉めている様子である。
「止めるな爺ッ! 今のままでは住民の避難が間に合わん! だから私が行って、少しでも足止めせねばならんのだッ!」
「お嬢様! せめて護衛をお連れ下さいッ!! 私だけでも!」
鬼気迫るネーヴェリアに、モルドは詰め寄って懇願する。
「モルドさん、俺も行きます!」
「ッ……私も!」
「お、俺もッ!!」
モルドと同調したように、周囲の兵士達が言い募る。そんな人々に対し、ネーヴェリアは静かに横に首を振った。
「お前達の気持ちは嬉しいが、足手まといだ。それに、犠牲は最小限で良い。 来い! グレース!!」
「───ヒヒーーン!」
ネーヴェリアの声に応じ、一頭の馬が駆けつけてきた。引き締まった体つきの見事な葦毛の馬である。
今も村は混乱の最中にあり、馬には手綱はあるが鞍が着けられていない。そんなほぼ裸馬の状態に構わず、ネーヴェリアは自らが呼んだその馬に颯爽と跨った。
ちなみにその馬が村に放たれていたのは、先に魔王が転移魔法で現れた際、その出現を察知したガイアが荒れて、待機先であった厩舎の柵を壊してしまったためである。村には現在、数頭の馬達が繋がれていない状態で徘徊している。
「もし避難に渋る住民がいたら伝えてくれ。このネーヴェリアが僅かな時間を稼いでくると。どうか自分の命を最優先にして欲しいと。……爺、今までありがとう。父上と母上にもよろしく伝えておいてくれ」
「お嬢様……ッ!」
ネーヴェリアによる決別を受けて、モルドは膝から崩れ落ちた。
「師団長。……本当に良いのか?」
モルドの背後に、住民の避難のための転移魔法を維持している人物──魔王が姿を見せた。その顔は周囲の兵士達と同様に、苦渋に満ちている。
「魔王様。後の事はどうかよろしくお願いします」
「すまぬ。余がこの場から動けさえすれば……」
「魔王様は引き続き住民の避難をお願いします。そのための時間を、私が何としてでも稼いで参りますので。……では!」
ネーヴェリアは掛け声と共に馬を走らせた。悠馬達の前を横切って、一直線に村の外へ向かって行く。
「お嬢様……ううッ!」
「「「……クッ!」」」
その場には、モルドを始めとする兵士達の嗚咽が残された。しかし彼等にも悲しみに暮れている時間はない。村の全住民の避難のため、各々が涙を拭いて動き出す。
「ガイア。……ちょっと良いっスか?」
《何じゃ、悠長よ》
悠馬は今しがたネーヴェリアが去って行った方角を眺めている。
「グランドドラゴンって、ガイアにもどうにもならないものっスかね? 村の人達を逃がす時間さえ稼げれば良いみたいっスけど」
《そのグランドドラゴンとやらの実物を見ん事には、何とも言えんの。……なるほど。悠長は、あの娘を助けたいんじゃな?》
「…………まぁ、そうっスね」
ガイアのどこか確信めいた問いに、悠長は小さく、しかしはっきりと肯いた。
《うむ。ま、何とかなるじゃろ! なんたって儂らは『勇者』じゃからの》
「あはは、そうだったっスね。『勇者』なら何とかなるかもしれないっスね! ……うし! アネさん。自分達、ちょっと出かけて来るっスよ!」
「正気?」
悠長の意向に、アネリアは鋭い視線を返す。
「グランドドラゴンの戦力は、あのオークキングよりも上だという。それをあなた達だけで迎え撃つなど、むざむざ殺されに行くようなもの。……そもそもこれはあちらの問題であって、私達には関係ない。ユウマも関わるべきではない」
アネリアは真っ向から否定する。悠馬達の命を大事に思うが故での意見である。
「アネさん。……さっきすれ違った時、自分、目が合ったっス。あの人は何も言わなかったっスけど、今にも泣きそうで『助けて』って顔をしてたっス。
あんな顔を見ちゃったら、自分行かないと。じゃないと絶対に後悔すると思うっス。だから、どうか行かせて欲しいっス!」
《確かに儂らは異邦人じゃし、儂らにとってあの娘は赤の他人に過ぎん。それでもの、人が泣いているのを見て見ぬふりする事などできぬ! ……悠馬はそんな愚直な、カワイイ奴なのじゃよ》
「ユウマ。……ガイア」
「ガイア。『カワイイ』は余計っス」
ガイアへの抗議を口にしながらも悠馬は苦笑を浮かべる。そんな姿をアネリアは眩しそうに眺めると、顔を伏せて自嘲するように告げた。
「……私は、こんな所で死ぬわけには行かない。どうしても、あなた達に付いて行く事はできない。卑怯者と軽蔑してくれて良い」
「そんな! アネさんをヒキョウだなんて。そんな事、自分、絶対に思わないっスよッ!」
《アネリアさんはここまで良うやってくれた。ここに来て、恨みっこは無しじゃわい!》
悠馬とガイアが感謝を伝える。それを受けて、アネリアはゆっくりと顔を上げた。
「そう言ってくれると救われる。代わりと言っては何だけど、是非持って行って欲しいものがある」
そう言うと、彼女は自らの懐から幾つかの球体を取り出した。銀色に輝くテニスボール大のそれを一つずつ悠馬に手渡していく。それらのうち幾つかは、複雑な記号が描かれた封が付されている。
「使い方を説明する。これは───」
アネリアから語られる説明に悠長がふむふむと頷いていると、そこに一人の男が近づいて来た。ネーヴェリアの側近で先程まで泣き崩れていた男──モルドである。
「ガイア殿。……それと、ユウマ殿と仰ったか。お嬢様を、ネーヴェリア様を救って頂ける、と?」
《そういう事になったの。出来る限りの事は、してみるつもりじゃわい》
今もアネリアの説明を聞いている悠馬に代わり、ガイアが答える。
「おお、おおおぉ……!」
「無駄だ。止めておけ」
感激に打ち震えるモルドの後ろから、別の男の声がかかった。教会の入口から再度姿を見せた男──魔王である。
《……無駄とは、どういう意味じゃ?》
「言葉通りの意味だ。余は師団長の実力を認めているからこそ、転移魔法の維持で動けぬ余に代わって向かう事を許したのだ。
貴様とユウマが向かった所で足手まといになるだけだ。貴様はともかく、ユウマがグランドドラゴン相手にまともに戦えるとは思えぬ」
魔王は悠馬の頭から爪先までを眺める。子供のような外見の割には鍛えられていたが、それ以上の能力──例えば、強い魔力の存在といったものは何も感じられない。
《ふん、悠馬だって立派な『勇者』じゃわい! 儂に乗りさえすればの。ああそうそう。一応、確認なんじゃが
───そのグランドドラゴンとやらは、今度こそ、儂らで倒してしまって構わないんじゃろう?》
この台詞に対し、魔王は呆れたような表情を浮かべた。
「其方達の好きなようにすれば良い。やれるものならな」
《うし、言質は取ったぞい! 大船に乗ったつもりで待っているが良いわい》
得意気にガイアが言い放つと、魔王は憮然とした表情で、ガイアや悠馬を振り返る事なく教会の屋内に戻って行ったのである。
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森にはタルタス村の近くを流れる川に沿って細い林道が形成されている。それを、ネーヴェリアを乗せた芦毛の馬が駆けて行く。
ところが馬は次第に速度を下げ、その場で歩みを止めてしまう。
「ブルルルル」
「……ここまでか」
そう呟くと、ネーヴェリアは馬から降りる。
馬はもともと臆病な生き物である。その馬も、この道の先の脅威──グランドドラゴンの存在を敏感に感じ取り、これより先に進むのを拒んだのである。
ガタガタと震えながら不安そうな眼差しを向ける馬に、ネーヴェリアは優しく声をかける。
「いいんだグレース。……お前も早く逃げると良い。元気でな」
「…………」
───グゥオオオォーーン
ネーヴェリアの声に続く人ならざる雄叫びに、馬は慌てて逃げ出した。その場には、ネーヴェリアだけが残される。
「どうして、こんな事に……」
ネーヴェリアはため息と共に弱音を漏らす。が、バサバサと羽音を立てて近づいて来た馴染みのある姿を認め、その表情を改めた。
コバルトブルーの羽毛を持つハーピーの少年──ルダである。
「ネーヴェ様。奴が……グランドドラゴンが、近くまで来てル」
「ルダか。やはり、このまま村に向かうつもりだろうか?」
「だと思ウ。時々止まって周囲を見渡すんだケド、進行方向は変わってイナイ」
「そうか。……ところで、ユニや他の者はどうしたんだ? 姿が見えないが」
このネーヴェリアの質問に、ルダは苦笑を浮かべた。
「何か、『助けを呼んでクルッ!』とか言っテ皆を連れて行っちゃったんダ。……ホント何考えてるんだロ。アイツ」
「またか。ユニの考える事は私にも分からん。また碌でもない事に……既になっているな」
ネーヴェリアは天を仰ぎ、ルダと似たような苦笑を浮かべた。その顔には怒りの感情といったものは読み取れず、どちらかと言うと手のかかる家族に向けたそれのように見える。
僅かな間を置いて、ネーヴェリアはルダに視線を戻した。
「ルダ。これから私は時間稼ぎのため、『切り札』を発動する。お前は離れた所に退避しててくれ」
「了解。どうか御武運ヲッ!」
ルダは激励の言葉とともに、バサリと羽音を残して飛び去って行く。ネーヴェリアはその姿を見送ると、深く息をついて呪文の詠唱を開始した。
「……我命ずるは無明の霧、愚者を惑わす贄となれ!
───【テンプテーション】!!」
ネーヴェリアを中心に紫色の濃霧が広がって行く。するとその霧の向う側から、続々と魔物の姿が現れたのである。
「ギャッギャッ」
「………」
「グム……グム……」
「ガフッ」
「ふむ。バケガラス、ブロンズウルフ、ナックルボアに……おお、レッドベアもいるな。戦力的には当たりといった所だが……」
その場に現れたのは、先程悠馬達を追い回した鳥の怪物──バケガラスの他、茶色の体毛を持った狼の集団、鼻先が大きく膨らんだ猪、そして、真っ赤な体毛を持つ大型の熊であった。
これらはいずれも一般的な獣ではなく、凶暴な魔物である。しかし彼らが互いに争う様子は見られない。目に光が無く、ネーヴェリアに襲いかかる気配もない。むしろ、彼女に従う素振りさえ見せている。
魔物達のこのような態度は、ネーヴェリアの魔法で発生した霧によるものである。その霧を吸い込んだ魔物を、条件付きではあるが、術者の制御下に置く事ができる。それこそが、彼女の一族に代々伝わる独自の魅了魔法──【テンプテーション】の効果なのである。
ちなみに、先のオークやオークキングにも、魅了魔法は有効であった。特にオークキングは魔法への絶大な耐性を誇るという話だが、精神支配への耐性に関してはからきしであった。このため、グランドドラゴンの生息地に向かう途中までは、オークおよびオークキングを誘導する事ができた。それも、彼らの興味を強く惹くもの──人々の拠点であるキレス砦が発見されるまでの話であったが。
「…………来たか」
ネーヴェリアは重々しく呟いた。地響きと共に背の高い樹木がメキメキと折れる音を響かせながら、ついにその姿を現したのである。
───グランドドラゴン。
光沢のある深い緑色の鱗を持ち、何本もの鋭い牙を口の横から覗かせる。四つ足を着いた姿勢でありながら、その頭は三メートルに達するレッドベアの更に頭上に位置している。
頭の大きさだけでも、ネーヴェリアの身長を優に超えている。羽の成長は止まり空こそ飛べないが、その巨体だけでも十分な脅威である。
「グオォ……」
グランドドラゴンは、前方に現れた魔物の集団を睥睨する。その真紅の瞳には、明らかな警戒心が浮かんでいる。そこに、ネーヴェリアによる魅了魔法の影響は窺えない。
「やはり効かないか……」
ネーヴェリアの魅了魔法は、明確な目的意識を持った持った個体には効きづらいが、それとは関係なく効かない個体も存在する。目の前のグランドドラゴンも、残念ながら『効かない個体』に該当するらしい。
しばらく前、一夜で滅んだコボルトの村をネーヴェリア達が偵察した際に、寝起きのグランドドラゴン相手に試した確認済みの事項である。それでも僅かな可能性に賭けていたネーヴェリアは、落胆を禁じ得ない。
「グオォォーーーーン!!!」
「怯むなッ! 総員、かかれッ!」
雄叫びを放つグランドドラゴンに負けじと、ネーヴェリアは右手と左手とにそれぞれ片手剣を掲げて号令を発する。その意を受けて、烏、狼、猪、そして熊の魔物達がグランドドラゴンへ殺到し、ネーヴェリア自身も魔物達の後を追うように駆け出した。
魔物達の中で速さに一歩抜きん出る狼の一頭が、グランドドラゴンの喉元に目掛けて跳躍した。対するグランドドラゴンは狼を正面に眺めながら大きく息を吸い込む。次の瞬間
「───【グゥオオオォォォォン】 !!!」
そのグランドドラゴンの口腔から、特大のブレスが放たれたのである。
解き放たれた指向性を持った衝撃波が、狼を始めとする魔物達を襲う。それはまさに、音の爆弾であった。
「ーーーーッ!!!!」
他の魔物よりも距離を置いていたネーヴェリアですら、敢え無く後方へ吹き飛ばされてしまう。そのままゴロゴロと転がされ、大木に身体を、特に後頭部を強く打ち付けた事により、その場で気絶してしまったのである。
―――
―
「……う」
不幸中の幸いか、ネーヴェリアは短時間で意識を取り戻す事に成功する。しかし次の瞬間彼女が目にしたのは、最悪の状況であった。
広範囲で木々が根本から砕け、そこかしこに魔物達の身体が横たわっている。
呼び出された者達の中で最大の強者であった赤い熊の魔物ですら例外ではない。ぐったりと横たわる彼の元に、丁度、グランドドラゴンが近づいて来る所であった。
グランドドラゴンは、烏や狼を踏み潰すのにまるで意に返さない様子で熊の魔物に近づくと、その大口を開ける。そして、その鋭い牙によって、ブチブチと音を立てて上半身を喰い千切ったのである。
グチャグチャと咀嚼するグランドドラゴンの瞳に、感情の動きは窺えない。この世界の絶対強者として当然の利益を得ているに過ぎないと言わんばかりである。
「……ぐ……ガハッ!」
ネーヴェリアは激しく咳き込み、血の混じった胃液を吐き出す。先の衝撃波によって内臓を痛めてしまったのである。
「……つッ……グッ……」
彼女は痛む身体を引きずって、グランドドラゴンとは反対側の木の影に身を隠す。
「───【ヒール】……」
続いて彼女は自身に向けて回復魔法を発動した。淡い光がその身体を包み、その内側からの痛みが徐々に和らいでいく。
その時、熊の魔物を咀嚼していたグランドドラゴンの視線が、その魔法の光に反応したかのようにネーヴェリアの方に向く。
やがて傷が癒え、そっと木の影から顔を覗かせたネーヴェリアは、グランドドラゴンと目が合った。───合ってしまったのである。
「グルルル……」
「……ーーーーッ!!!」
ネーヴェリアは悲鳴を堪えながらも、条件反射的に腰の二刀を抜く動作を見せた。しかし、その両手は虚しく空中を滑る。
先のブレスによって吹き飛ばされた際、衝撃により、それぞれの手に握っていた剣を落としてしまったていた。現に彼女の剣は、彼女よりもグランドドラゴンに近い位置に転がっている。
「…………」
ネーヴェリアは最後の拠り所さえをも失ったような気持ちになった。絶望の余りに目の前が暗くなる。
そんな彼女に、無情にもグランドドラゴンは真っ直ぐに近づいて来る。
今まさに、魔王軍第六師団を束ねる女傑──ネーヴェリアの命の灯火が風前にさらされた、絶体絶命の時である……。




