表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この学園には攻略対象者はいません。  作者:
第一章 彼らは冷酷副会長と黒幕令嬢、又は、鳥籃の幸福の姫君と凶悪過ぎた当て馬、でした。
4/121

私、圓城寺紗々蘭、高校生を口説こうと思う。

中編一万字前後です。

 



 【好みのタイプを語ったら固まられました】



紗々蘭(ささら)様、……あの隣の席空いていますか?」


 親友と食べる楽しい給食の時間、私が食堂の端の席で従者達が今日のメニュー鰆の幽庵焼き定食を持って来てくれるのを親友と二人待っていると、一人の男子生徒がお盆を持ちつつ、そう声をかけてきた、


 ……彼は五年の栗原陽史くりはらようじ、父親がIT企業社長で母親が元モデル、家の歴史は無いが金はそこそこある、


 私は彼の顔を見る母親が元モデルだけあってクリッとした目のそこそこのイケメン、……多分この容姿と成り上がり根性でこの食堂の大多数が暴挙と見る行為をしてきたのだろう、だが、


「空いてませんし、わたくしは見知らぬ方と同じテーブルで食事をする事は禁じられていますので空いていても貴方とは同席いたしません」


 私は名家の娘である、どこの馬の骨ともわからん人間──いや、どこの誰かは知っているがこれはテンプレートである──と食事をするなどありえない、


「この食堂は全校生徒よりも多く席が設けられておりますのでこのテーブル以外の空いているお席へお座りになって下さいませ」


 親友との楽しい昼食を邪魔するんじゃねぇよコラ、と目線に込めて言い切る、栗原某は引きつった笑顔で言い訳とも謝罪ともつかないことを口の中でつぶやくと走り去った、


「マスターキッツーイ、ケッコウ顔良かったじゃん? 同席程度許しちゃえば?」


 さすがに隣には座らせ無いけど、グヘグヘと笑いながらやって来た従者の一人クロエが言う、……これは見た目だけ(・・)ならビスクドールの様な極上の美少女なのに……、何故我が家の女性陣は女子力=物理しかいないんだろうか? 日に二度は思う、……私今年こそ、クラシカルメイド服の似合う美少女を雇うんだ……。


「クロエ、……貴女あの程度を顔が良いなどと、美意識を疑いますわ」


 クロエに対し不快と顔に書いて苦言を言うのは我が愛しのモカたん……桐生元佳きりゅうもとか様だ、我が校は所謂お金持ち学校と言うやつで外でうっかり家名を言って悪い大人に狙われ無い様、名前に様付けが暗黙のルール、まぁ私とモカたんの仲ならば呼び捨て&あだ名呼びもOKなのだが。


「えー、そこそこ程度にはイケメンだったニャー、ねっ? マスターァ」


「ん? まぁ、イケメンの枠にはかかっているんじゃ? 私の好みからは完全に外れてるけど」


 手頃感あるし、そこそこモテそう、そう続けるとモカたんとクロエは固まる、ん? なんか変なこと言ったか?


「……我が君、貴女様に好みなんてものが在ったなんて、初めて知りました」


 声を震わせながら私の分も給食を持って来てくれた従者──伸喜のぶよしが言う、


「ありがとう伸喜、そりゃ好みぐらい若い娘だものあるさ」


 盆を受け取りながら答える、……至極当たり前じゃないか、


「じゃっ、じゃぁ、どういう顔が好みなんですか、ミレディ?」


 これはモカたんの分の給食を持って来た、たく、コイツは体まで震えている、モカたんの味噌汁がピンチだ、


「あっ、芸能人とかにたとえないでくださいな主様、ぼくわからないんで」


 自分の分しかお盆を持っていないのに席に最後に着いた松太しょうたが条件をつける、これで初等部の私の従者勢揃いだ、……本当に女子が足りない、


「いただきます」


 疑問には答えず味噌汁をすする、うん、人が言うにはこの学園の給食は高級料亭並らしい、確かに美味しい、


「紗々蘭教えて?」


「うん、一言で言うと、酷薄な顔」


 可愛いモカたんに問われ即座に答える、……そう私は酷く薄情な性格っぽい顔が好きだ、……実際にそういう性格でも構わないが、


「あと、少しかすれたバリトンが好き」


 ハスキーヴォイスは色っぽいよな、


「さらに指が骨張って長ければ最高だね」


 私は多分軽い指萌えです、細々とあげれば切りが無いのでとりあえずこの三点をあげとく、


「「「「「…………………………」」」」」


 ん? なんだ? 皆食事もせずに固まって、そこそこ変わった趣味だとは思うが引くほど逸脱してはいないだろう?


「……紗々蘭、……貴女、……実は恋愛に興味津々なの?」


「? いや、恋愛はフィクションだけで十分だ」


 まぁ、フィクションの恋愛もさして興味が無いが。



 【理想が釣書にくっついていました】



「紗々蘭、今月の釣書だよ」


 父の秘書で『七席』──まあ、これは圓城寺家(我が家)特有の従者システムである、面倒なので詳細は語ら無い──の外見お色気美人秘書、中身は枯れて腐った残念な乙女(笑)の一玻かずはに月末恒例の分厚いファイルを手渡される……毎度の事ながらよくこれだけの優良物件を揃えられるな。


 そんな風に内心感嘆しながらファイルを受け取ると、普段は直ぐに立ち去るか世界経済の話や、最近はまっている漫画の話──一般向けの作品は良く借りて感想を言い合っている──をする一玻が何故か今回はオススメの人物達を──わざわざ付箋まで貼ってあった──語り出した、……ん? 今回はそんなにも優良物件が多いのか? それとも私に早く婚約させたい事情でも出来たか?


「……今年度の新入社員では彼が一番の男前なんだぞ! ……それでは、今回一番のオススメボーイ! ここ数年でトップレベルのハイスペック男子! 全中三連覇、国際大会代表候補の天才テニスプレイヤー岸元光三朗きしもとこうざぶろう君でーす!」


 ぱちぱちぱち、とか口で言っている一玻を白い目で見てから釣書に目を落とす……ふむ、なるほど、これは確かにハイスペックとしか言いようが無い、テニスの国内外の成績はもちろん凄いが学業のほうも凄い、中等部一年時は最後の期末試験まで二位、その後も常に五位以内をキープ……文武両道を地で行っている訳か、さて、顔は、と見ると……うわー、チート君だよ彼、くっきりとした目鼻立ちの少し軽薄そうに見えるけどかなりの──彼にはこの表現が一番合う──イケメン、これで性格まで良かったら男の敵だよ……。ん?


「彫りが深いし、グレーの瞳なんて珍しいと思ったらやっぱりハーフか……って!? 彼あのエルンスト夫婦の息子じゃん!!」


 うわー! うわー! マジか! あの極東の黒薔薇と称される超絶美人ピアニスト岸元静留(しずる)様と、私が最も敬愛する演奏家、ヴァイオリニスト界の鬼才イヴァン=エルンスト様ご夫妻の三男って、


「わー、彼と婚約したらあのお二人とお近付きになれるのかー……あー、でも……」


 うん、でも、


「彼、は、無いかな」


 うん、彼は無い、だって。


「この顔に将来、性的興奮を覚えられる気がしないもん」


 と、言う訳で、


「うみゅあ!? 紗々蘭さん!? そんな惜し気も無くシュレッダら無いでっ!?」


 シュレッダら、って、新しい言葉を作ったね一玻……シュレッダら、……結構良いかも。


 私は一玻の悲鳴を余所に次々と釣書をシュレッダる──うん、気に入りました──残り数枚になった所で今まで一瞥後即シュレッダっていた手を止めた、否、手を止めずにはいられなかった、だって……、


「理想の顔が釣書にくっついていた」


 私が見入っている写真を確認した一玻が何故か頭を抱えたが私はその時既に、決めていたのだと思う、……彼を口説き手に入れる事を。



 【顔以外も理想的とか彼は私へのギフトですか?】



 彼の名前は岸元栄次きしもとえいじさんだと言う、一玻オススメの光三朗さんの双子の兄だそうだ、そして彼の方が私との遺伝的相性が良く、スペックも高かった。


「……一玻? 私は貴女好みの男を紹介してと頼んでいたかしら?」


 私は一玻を見下ろしながらそう確認した……ちなみに私が40cmほど身長差がある一玻を見下ろしているのは自室のソファーに腰掛けている私に対して一玻が自主的に床に正座をしているからだ、


「……いえ、紗々蘭お嬢様は遺伝的相性が良い事を前提条件とし、圓城寺家の入り婿として周囲の者達が納得するだけのスペックを揃えた未婚男性の釣書を求められました」


「では、彼に著しい問題でも?」


 もしあるとすればそもそも私の手元に来てはいないでしょうが……ニッコリ笑顔で一玻に問うと、彼女は弁解をする、


「いえ、まあ、著しい問題は無いのですが……著しくは無い問題はあると言いますか……遺伝子、能力、家族、交友関係等は問題無いと言いますか……まあ、極上ですが……その、人格と性格と人間性が少々私個人の意見としてオススメしがたい人物でして……」


 ……つまり彼は容姿そのままの人格って事か? ……うん、別に構わないかも、


「……まあ、良いでしょう、私がこれから調べていって一玻の意見に納得したらコレもシュレッダーにかけるという事で……」


 ……さて、どこから調べるかな? とりあえず釣書をもう一度じっくり読んで、それから私のアクセス権で調べられる学園のデータを見て……最後に彼と面識があるだろう、私の中高生の『七席』達の意見を聞くか……。


 それから、季節を二つほどかけて調べた彼──岸元栄次さんは顔以外も極めて私の理想を体言した人物だった。故に、私は彼を手に入れる事を決定事項とした訳です。 



 【胃袋を掴めば、男性は墜ちると聞きました】



 今、私の目の前には私の理想が立っている、……うん、写真や映像、ここ中央塔から遠目に──消しゴムサイズだ──何度も見ていたが至近距離での実物は凄い、……何だろうね、うっかり墜ちそうだ……おっといけない、


「圓城寺司皇(しおう)の娘、圓城寺紗々蘭と申します、本日は突然お呼び立てして申し訳ございません、……もし、ご予定があるようならば、また後日席を設けますが」


 お嬢様の仮面を被り、私は岸元さんに丁寧に挨拶をする、ちなみに後半は彼の意思の確認だ、彼が今日フリーなのは調べがついている、


「岸元 栄次です、本日はお招きいただき光栄です、この後の予定などありませんし、あったとしても貴女の様な美しい人と過ごせる幸福を捨てる様な真似は絶対にしませんよ」


 ……一瞬で持って行かれた、……声まで理想的とかどうしろと言うのか、それに口説いているのか? その発言は!? …… いや、多分冗談だ、うん、ここは笑っとこう。私はとりあえずクスクスと笑いながら彼にソファーへの着席を求めた、……うん、メンタルがかなり削られた。


 私は何時もよりゆっくりとお茶を入れて落ち着きを取り戻そうと試みた、……うん、ある程度成功かな? 冷蔵庫から前日から仕込み、つい先程仕上げたシュークリームを取り出し、用意していた皿に乗せる、それと紅茶の入ったティーカップとシュガーポットとミルクピッチャー、冷たいをおしぼり盆に乗せ、岸元さんが待つ応接セットに向かう、


「どうぞ、お口に合うとよろしいのですが」


 私は着席し彼の前に置いたシュークリームを奨める、……どうかな、彼の反応は、


 岸元さんは目の前のシュークリームを見つめその身を喜びに震わせていた、そしてそれに手を伸ばそうとし、ハッと気付き隣に置いたおしぼりで手を拭き私に対し、


「いただきます」


 と、言って、そして食らいついた、……うん、そう表現するしか無い、彼は野球ボール大のそれを数十秒で食らいつくし、満足そうに息を吐いた、


 ……いや、まあ、彼の好みを調べ尽くし、持てる技術と最高の材料を使い作り上げた最高傑作とは言え、ここまで喜ばれるとは……どうしよう、凄く嬉しい、……私は思わず笑ってしまう、クスクスレベルに押さえるのがやっとだ、しばらく幸せな気分で岸元さんを見つめていると、顔を上げた彼と目が合った、


 岸元さんは一瞬恥ずかしそうな笑顔を見せた後、取り繕う様に手を拭き紅茶を口に運ぶ、……うわ、何それ反則でしょう!?


「……それで、お呼び下さった理由とは何でしょうか?」


 照れ顔ヤバいと内心悶えていると岸元さんに問い掛けられる、そうだった……私、これから岸元さんを口説き墜とさなきゃいけないんだった……でもとりあえず、胃袋は掴めたかな?



 【契約婚約致しましょう?】



 私はいまだ止まら無いクスクス笑いをなんとか止め様と努力しつつソファーの足元に置いたバッグから数枚の書類が挟んであるクリアファイルを取り出した、


「はい、それでは、これから岸元さんにはいくつかの契約を提示させていただきます、……まずこちらの書類をご覧下さい」


 なんとか止まった、まずこの三枚からだ、……書類の内容は城生院の特待生向け特殊プランの案内である、我が社での実地研修プランの細かな内容を記してある、


「かなり、好条件なお話ですが、……何故私に?」


 うん、そうだよね、岸元さんなら疑問に思うよね、だってこのプランは、『画期的なアイデアを出す発明家タイプや一つの事を徹底的に研究する研究職タイプ、他に並ぶ者無い技術を持った技術者を囲い込む為のシステム』そう彼は理解しそれ故に問う──超ハイスペックながらあくまで汎用型の彼ならば、


「……何故、私に」


 岸元さんは再び問う……ああ、やはり彼は良い、自己評価が適切な上でそれを受け入れて立つ姿勢──うん、凄く欲しい、私はもう溢れる笑い声を止める事を止めた、


「まあ、その理由は後ほど、とりあえずこの書類をご覧になりながらお受けいただくか御判断なさって?」


 お楽しみは後で、と、言外に告げ彼に新たな書類を差し出す、それは経営学の講義リスト、都内を中心に様々な大学で行われる講義が日時と講師の簡単なプロフィール付きで記してある、それを見て……、


「………………」


 岸元さんは無言で私を見る、私はとりあえずもう一度落ち着こうと紅茶を一口飲んだ、


「……圓城寺は私を御社の経営陣に育てたいと、そう判断してもよろしいですね?」


 ふふふ、やはり岸元さんはそう判断しますよね、……ああ、ドキドキする最後の書類を見たらこの人はどんな反応をするんだろう、……色々仕込みはしているけれど受け入れてもらえるかな?


 私は内心ビクビクしながら最後の書類を差し出す、……うわ、ため息つかれたよ、……やっぱり笑いながらがまずかったかな?


「…………………………」


 書類を読み込んだ岸元さんはもう一度書類を見、私を見、周囲を見、そしてまた私を見て気が抜けた様な声で、


「……婚約ですか」


 と、一言言った、最後の書類は私と岸元さんの婚約に関する幾つかの契約を記してある、


「ええ、婚約です」


 どうやら驚かせる事には成功したらしい、私はクスクス笑いながら答える、……この先は彼の反応を見ながら、慎重に進もう、


「…………ええと、女性に年齢を聞くのは失礼だと思いますが貴女はお幾つで?」


 とりあえずといった感じで年齢を聞かれた、


「わたくしは現在九歳、今年十歳になります、ちなみに学年は小学四年生ですね」


 学年も含め、きちんと答える、


「……もう一度聞きます、何故、私に」


 うーん、本音をぶちまけるのは──顔が好み云々──まだ早いよね、とりあえず当たり障りの無い事を言っとくか、


「……うーん、岸元さんはご自分を少し低く見積もっていますよね、……貴方はIQ174の天才、全国模試では全教科満点、十以上の言語をネイティブ以上に操り学内のプログラミング大会とハッキング大会では二位、……たしかその腕を買われて学園に入学した生徒は三人ですよね? つまり本職二人に勝ったということですね、その上体育のテストではスポーツ特待生を押さえて綜合一位を中等部一年時からずっと続けているとか」


 栄次さんは双子の弟さん同様、否、それ以上のチート君でした、凄いね岸元家!


「あと、周囲の方々も貴方の価値の一つですね、お父様は世界的天才ヴァイオリニスト、お母様は海外で極東の黒薔薇と称される美人ピアニスト、お兄様は世界最高のファッションショーでランウェイを歩いた一流モデル、双子の弟さんも我が校の特待生ですよね? スポーツ特待生で今年一年生ながら高校総体で個人優勝を果たしたテニスプレイヤー、プロ転向後は直ぐに世界ランキング百位以内に駆け上がるだろうと言われていらっしゃるとか、ご友人も多い様ですね、特に桐生きりゅうの嫡男とは無二の親友ですとか」


 それにやっぱりご両親の存在は大きいよね、私としては、ご兄弟も凄いし、本当凄いね岸元家……あとはまあ、桐生の嫡男、……私的には残念なシスコンのイメージが強すぎて余り有り難みは無いけれど、


「これらの実績、人望も理由の一部ですが、貴方がわたくしの婚約者候補に選ばれたのは以前提供いただいた遺伝子情報が最大の理由でしょう」


 圓城寺グループには遺伝子関連の研究をしている子会社があって、学園の特待生達には任意での協力をして貰っているのだ、そのデータを流用……ゴホン、まあ、使って? 相性診断をしたんだよね。


 ……ん?  子会社が持つ優秀な人間との遺伝的相性診断に依る互いの同意を得てのお見合い……あー、そう言うのもあったっけ、今回私達は同意無しでそれに近い事をした訳か、うん、


「あぁ、お見合いの定義は婚姻を望む男女が仲介者を立てておこなうものですから、お見合いでは無いですね」


 お見合いでは無い、仲介者はいないし婚姻──婚約を望むのは私だけ、……うん、悲しくなんて無い……これから望んでもらえば良いんだ、


「訴えられれば、こちらの過失が認められそうですが、まぁ、グレーゾーンかと」


 限り無く黒に近い、ね、……多分岸元さんは訴え無いし。──犯罪は訴えられねば、無かった事に出来る、私は法の限界を実感しつつ岸元さんの反応を待つ、そして、


「君の意思はどの辺にあるのかな?」


 岸元さんはにそう問い掛けたのだ。



 【そして私は彼を口説き墜とした】



 どう言えば良いか、どこまで言えば良いか、そう迷っていると岸元さんは重ねて問い掛ける、


「何故、俺に?」


 ……うん、そうだね、ここはもう本音で話すしか納得してもらえ無いだろう、だから、


「……俺なのですね、岸元さんの普段の一人称は、……ではもちゃんと貴方と話します」


 良し言おう、私はずっと口元に浮かべていた笑みを消し真顔で岸元さんに向き直った、


「一言で言うと、私、岸元さんの顔が好きなのです」


「…………………………は?」


 私の言葉に岸元さんは私の大好きな顔を飽きれた様に歪めた、その表情も良い、と思う私はかなり重症、


「顔が好みなのです、ついでに言うなら声も今日聞いて好みだなぁと」


 本当ね一言目のあの口説き文句じみた台詞は凄まじい破壊力でしたよ、ええ、


「……顔、だけで?」


 それで興味を持ったのがきっかけですが、……うん、私の事情を軽く聞いて貰おう、


 そして私は、圓城寺家の一人娘として生まれた圓城寺紗々蘭(跡取り娘)の事情を語りはじめる、


「まず簡単に言うと、岸元さんは手元に来た釣書から選んだのですよ」


 まずはここから初めよう、


「実は私の結婚相手はそう重要では無いらしいのです、圓城寺は国内ではトップの家ですし、その上私も優秀なので、あと、私の従者達も優秀なので、……夫は出来れば遺伝的相性の良い相手、けれど最低限、孕ませる能力さえあればそれすらも無くて良い、それぐらい私の婚姻は重要では無いのです」


 そう、父にも、従者達にも、ずっとこう言われ続けて来た──紗々蘭は好きになった人と結ばれて良いのだと、君が幸せならグループの事や周囲の目も気にしなくて良いと、だけど、


「馬鹿にされていると思ってしまうのですよ、……私を思っての事だとはわかるのですけど」


 ……これは本音の一部、優秀な相手を望んだ──否、優秀でなければいけない理由はまだ彼には言え無い、


「だから私、優秀な相手を選んでやる! と思って、優秀な学生や社員の釣書を送ってくれるよう父の秘書に頼んだのです」


 だからお願いです、今日はこの理由で納得して下さい。……私は冗談めかして言葉を続ける、


「でも……いっぱいいるのですよ、優秀な方は、毎月十名ほどの釣書が届くのです」


 ……一玻はどんなツテか外部の優秀な人材の釣書と遺伝子情報も手に入れて来ている、……彼女が一番、婿は誰でも良いと言っているのに……、


 私は一玻の考えを掴め無い事に何時もの戸惑いと焦燥を覚えながらも、彼に対し平静を装い笑って見せた、


「……最初は全員の釣書を隅から隅まで読んで判断していたのですが、……正直面倒臭くなりまして、」


 ……これは掛け値無しの本音です、……だって毎月十人だよ? しかもびっしりとA4用紙二枚分──それも表裏両面──に書かれた経歴と備考──人格や嗜好など──それを全部読んで判断とか……二ヶ月で止めました、


「それで結局、釣書の写真だけをまず見る様にして。それでビビッと来る人を選ぼうと思って」


 顔はその人の内面の八割が出るって言わない?


「それで岸元さんの写真を見て、あっ、この人良いなと」


 岸元さんの顔には知性と一筋縄ではいかないだろう性格が滲み出ています。……具体的に言うと、太めの真っすぐな眉と、高く鼻筋の通った鼻から知性を、はっきり二重でなおかつ切れ長の三白眼と、薄く常に口角が上がっている唇が一筋縄ではいかないだろう性格を表していると思います、……ちなみに全体的な印象は美形と言う形容詞が似合う眼鏡美男子──弟と違いイケメンって感じじゃ無い──です、……しかも金髪でグレーの瞳、色彩は父譲り、だけど色香を感じる美貌は母似……いいとこどりです、だから、


「つまり、顔が好みで選んだということになるのです」


 言い切った私を、岸元さんは胡乱げな目で見ています、えーと、


「あっ、もちろん岸元さんの釣書はちゃんと隅から隅まで読みましたよ? その上でこの席を設けたのですから」


 そこはもうしっかりと、


「……ええと、ちなみに俺は何人目?」


 うん? これは私に興味があるって事か? ……いや、釣書収集癖のある女子小学生に興味があるのか……、


「ええと、お会いしたのは岸元さんが初めてです、もらった釣書で言うなら、……ええ、学園に入学してからですから、はい、約四百人目ですね」


 ……ああ、そうか四百人か、凄いな一玻四百人の釣書を手に入れるとは、流石圓城寺グループ総帥の首席秘書、


「……うん、わかった、で、他にどんな候補がいたんだ」


 ……ああ、知りたいでしょうね、だって四百人だもの、私も岸元さんの立場なら確実に聞いていた、


「うーん、色々ですねー、優秀な社員、どこぞの御曹司、芸能人、天才と呼ばれる研究者、音楽家、芸術家、学生、スポーツ選手、あっ、弟さんの釣書も来てましたよ」


 ……そうだった、一玻イチ押し、天才テニスプレイヤーの彼も居たっけ……、


「あー、弟も遺伝子情報提供してたしな、二卵性でも双子だし、当然相性は良いよな」


 ええ、良かったですよ? 二卵性だからか兄に比べるとそこまでの相性では無かったですが、


「顔にピン、と来なかったので直ぐにシュレッダーにかけましたが」


 個人情報保護は大事だからね、……既に流出済みってツッコミはいらないよ、自覚しているから、


「やー、顔の好みは年をとってもそう変わらないっていうじゃないですか? ……まぁ、声や仕草が不快だったら、当たり障りの無い契約を提示していましたが」


 ちなみにその契約内容は海外の提携校への留学です、


「あー、この部屋に入った時から俺を見定めていたんだ、……じゃあ、あのシュークリームも……」


「はい、食事時に幻滅する事も多いと聞きますから」


 本当の理由は胃袋へのアタックですが、……え? 夢中でむさぼり食らう姿は幻滅するところじゃないのか、って?


「一般的にも、おいしそうに食べる人は好感度が高い様ですよ?」


 特にそれが自分の手料理ならば、そりゃもうかなり、


「おいしいものをおいしそうに食べるのは、極々普通のことだろ?」


 ……どうしてこの人はサラっと口説き文句じみた台詞を吐くのか、ああ、いや、あのシュークリームが私の手作りとは知らないからか、再び内心悶えていると、岸元さんがぽつりと呟きました、


「……俺は合格したのか」


 ……良かった、岸元さんはなんとか納得してくれた様です、


「はい、それで岸元さんは? 貴方から見た私は婚約者候補としてどうですか?」


 ……うん、顔とか声とか態度とか、……今日これまで話していての感想は如何に、


 ……岸元さんはまじまじと私を観察し、


「君の言葉じゃ無いが顔と声は好みだよ」


 と、言ってくれた、……良かったよー、私のこの無駄な迄に整った容姿に違和感とか嫌悪感を抱か無いでいてくれて、


「それは何よりですね、でも小学生がネックということですか」


 ……まあ、ネックに感じなければ正直ヒキます、


「まぁ、そうだね、君と婚約した場合、俺は確実に変態と呼ばれ犯罪者かと思われ、もしかしたら友人や家族の信頼を失うかもしれない」


 ……そうですよね……当事者じゃなければ私も確実に近づくのを忌避しますもの、……ああ、それでも、


「それでも私は貴方が欲しいのです」


 私は岸元さんの都合も評価も意図的に無視して言う、……会う前に感じていた期待が、今日話していて確信に変わった、……この人に私の隣に居て欲しい、……この人なら平気・・だ……、だって、


「釣書が来た後、私も独自に調査をしました、貴方は面白い事が好きで退屈が嫌い、生クリームは少し苦手でカスタードクリームが好き、オンラインゲームが好き、でもそこで他者と馴れ合うのは嫌い。人に囲まれる事が多いけれどそこで一言も発しない事もある、人助けをしても助けた相手の今後には興味が無い」


 今私が言ったのは彼の当たり障りの無い部分、私が欲しいと思ったのは中等部の頃の犯罪にはなら無いがヒトとしては異常な(オカシイ)実験ゲームの数々を繰り返し、そして成功させた発想と手腕、


「そして決められた枠組みとルールの中でどれだけ面白おかしく過ごすのかを追求する事が何よりも好き」


 ……本当に彼の手腕は凄い、自らは一切手を汚さず、周囲の被験者を破滅の一歩手前まで追い込み、そこをギリギリで救い上げる、それ故の人望──被験者は自らが被験者だと気付く事は無い、


 ……特にばれたり後々の禍根になりそうな相手を一切巻き込ま無い周到さが堪らない、


「だから私は、貴方に最高の枠組みとルールを用意出来る事をお約束します」


 ……きっと貴方ならば喜んでくれるはず、


「最高の枠組みとルール?」


 ええ、私は私の極上の笑みを浮かべる、


「舞台は圓城寺グループ、ライバルは圓城寺グループ全社員と父、そして私、ルールは一つ、圓城寺に害を与え無い事、得られるものは地位と名誉と莫大な財産、そして私、と言った所でしょうか?」


 ──これは彼が絶対に喜ぶ最高のゲーム(退屈しのぎ)のはずだ、フィールドは国内外でトップランクの大企業圓城寺グループ、ライバルプレイヤーは全社員と、十代でグループを掌握し、いまだ絶大な権力を維持し続ける総帥、そして、まだ一桁の年齢ながら父譲りの才覚を発揮しているその娘、つまり私だ。


 エネミーは同業他社と富に群がるハイエナ達、ルールも一つなら、目的も一つ、圓城寺を富ませつつ、その中でどれだけ上に行けるか、報酬は大抵の男が求めるものその全て──地位と名誉と莫大な財産、そして容姿だけならば極上なこの私、


 ──受け入れて欲しい、頷いて欲しい、私は貴方が欲しいから……貴方以外では足りないから、期待を胸に岸元さんを見つめていると、彼は壮絶なまでの色気を滲ませた笑みを浮かべ、そして頷いてくれた、


「最高の口説き文句だよ、紗々蘭さん」


 と。



 【何時か恋に墜ちてくれますか?】



 ……私は自分が不満げな表情をしているだろうと感じる、


「これから半年間定期的にお会いして、今日の様にお話しながら互いを知っていく様にしろということです」


 ……父ーっ! その半年間にフラれたらどうする!?


「君と話すのは楽しいから嬉しいけど」


 グフっ……どうやら、岸元さんは口説き文句を基本装備しているらしいです。


「では、明後日、父とお伺いします」


 当然ですが、未成年の私達の婚約(仮)は当人同士の口約束では一切の拘束力を持ちません、それはとても困るので岸元さんの圓城寺グループでの実地研修も含めご両親がご在宅らしい明後日、岸元家で家の父と両家の弁護士達と共に書面を交わす予定になりました、


「ああ、帰ったら親に書類を見せて話しておくよ」


 岸元さんは立ち上がり、渡した書類を入れたクリアファイルを掲げ応じる、


「では、これが互いに良い契約となりますよう」


 そして私も立ち上がり岸元さんに右手を差し出す、……できれば利と実だけでは無い関係になれる様、そっと願って、


「ああ、そうだね」


 岸元さんはそう言うと何故かいきなり私の前にひざまずき、私が差し出した右手をかかげ、そして、……そして唇を落としました……、って!?


 き、き、き、キスしましたよ、この人! 手にチューですよ!? これが欧州育ちの男子力ですか!?


 ……そして岸元さんは私を見上げニヤリと笑いかけてきました。


 ……感情が顔に出ない体質で良かった、……内心トキメキ悶えている私ですが、表面に出たのは微かに目と口が開いた程度です、


 そんな私をニヤニヤと見つめる岸元さん……とても悪い顔をしています、それすらも魅力に感じときめく私は……既に墜ちてしまっているのだろう、


 『恋愛はフィクションだけで十分』……ずっと、そう思っていた、墜ちる気など無かった、墜ちるとも思っていなかった、それなのに……私は感情を抑えきれず、自らを嘲笑わらう、


 ──ああ、私にも人並みの欲があったのか、と。


 ……笑いが止まら無い私を、興味深そうに見上げる、岸元栄次ひとでなし、この婚約など単なる退屈しのぎ(ゲーム)としか思っていない彼に、それでも私はこいねがう、




 ──ねぇ、岸元さん、何時か貴方も、


 ──私に墜ちてくれますか?


 

 

 




活動報告にこの後の2人の小話を載せます。


宜しければ読んで下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ