077.救助
リリアーナの前に細い剣が付きつけられた。
「早く言え! 莉奈は無事なのだろうな!」
騎士の剣はぶるぶると震えている。
ユージ?
本当にユージ?
ではユイも、本当にユイなのだろうか?
どうして2人がここに?
それに姿も大学生のままだ。
リリアーナになった自分とは違う。
一体どういう事?
「早くやってよユージ。私早くジークのお嫁さんになりたいんだから」
茶髪の姫ユイがフレディリックの腕輪を自分の腕に通しながら騎士ユージに告げた。
腕輪を眺め、きれいだとうっとりする。
やっぱり私の方が似合うとご機嫌だ。
「……ユー……ジ……?」
ユージって言った。
本当にユージなの?
空港に来てくれなかったユージが、今度は私を殺すの?
やっぱりいつでもユイと一緒?
リリアーナはぎゅっとドレスの裾を握りしめた。
「ユージ、その子は刺しても大丈夫よ。私何度もゲームしたから。刺しても死なないの。だから1回切って莉奈の場所聞けばいいわ」
ユイがゲームだから大丈夫だと、さっさとしてと肩をすくめた。
ユージはリリアーナの目の前で剣を振り上げた。
斜め上に引き上げられた剣が一瞬まぶしく光る。
誰も助けてくれない。
エドワードもノアールもすぐ近くにいるのに。
フレッド殿下も上から冷たい目で見ているだけだ。
特殊部隊の人も駆けつけて来る気配はない。
リリアーナは声も出せないまま、その場で目を瞑った。
もう動く事もできない。
国外追放だし、婚約破棄だし、もうどうでもいいや……。
飛行機が落ちて死んで、今度は剣で切られて死ぬのか。
閉じたリリアーナの目から涙が流れた。
ユージの動きに合わせてジークハルトは間合いを詰めた。
振り下ろそうとする手を蹴り、剣を弾く。
見事な上段蹴りにドラゴニアス帝国の護衛2名は顔が引きつった。
あんなものをまともにくらったら気絶ではすまない。
さすが護衛よりも強い皇太子殿下。
「うわっ!」
長い黒い物が一瞬目の前を通りすぎたが、早すぎて何が起きたのかユージにはわからなかった。
わかるのは蹴られた右手が痛い事だけだ。
握っていたはずの剣は手から消えている。
ユージの剣は床を回転しながら滑り、壁に当たる。
カランカランという高い音の後、ゴンという音が会場に響いた。
ゴン?
ゴンって何の音?
リリアーナはゆっくりと目を開けた。
泣き顔でユージを見上げるリリアーナ。
その顔と莉奈の泣き顔が重なる。
「……莉……奈……?」
ユージは目を見開いた。
まさか。
蹴られた手はジンジンと痛む。
だがこの泣き顔から目が離せない。
莉奈なのか?
ユージはリリアーナをじっと見つめた。
あれ? 切られていない?
魔力滞留で苦しいリリアーナは肩で必死に息をする。
剣はどこ?
ユージは剣を持っていない。
なぜか右手を左手で押さえている。
ユージが見つめてくるのはなぜ?
何が起きたの?
「大丈夫だ」
低いけれど安心する声がリリアーナの耳に届く。
ジークハルトは動けなくなったリリアーナをそっと抱きかかえた。
「どうしてその女を助けるの?」
何なのよ! シナリオと違うじゃない!
ジークハルトの行動にユイが怒り、足をダンッと踏み鳴らした。
もう動く事ができないリリアーナは抵抗することもなく身を任せる。
この人が誰なのか知らない。
でも、良い匂いで安心する。
どうして助けてくれるの?
私はどうなるの?
リリアーナの意識が途切れ、こわばっていた身体の力が抜けた。
「ゲームと違うじゃない!」
怒ったユイの高い声が響く。
あの女の魔力が暴走して、会場全体が壊れそうになったところを私が救って。
最後に崩れ落ちる天井から私を守ってくれるのがジークハルト。
みんなから『聖女』と呼ばれるようになって、ジークハルトにプロポーズされてドラゴニアス帝国へ行くっていうシナリオだったでしょ?
なんで違うのよ!
なんでもっとあの女が私に攻撃して来ないのよ!
なんでジークは私を助けずにあんな女を助けるのよ!
「ジーク様」
補佐官クリスが抱き上げられた少女とジークハルトを交互に見た。
「帰るぞ」
ドラゴニアス帝国に。
もうこの国にいなくてよいだろう。
騎士が剣を振り回したのだ。
建国祭も中止だろう。
「どこに連れて行くのよ!」
ユイが許せないとばかりに声を上げる。
ジークハルトはエスト国王陛下を見上げた。
「国外追放だろう? 我が国がもらっても問題あるまい?」
ジークハルトの言葉に、国王陛下は頷いた。
「婚約破棄もしたな。我が妃として貰い受ける」
先ほど婚約破棄した男。
緑髪の方を向きジークハルトは言う。
金髪が婚約者だと思っていたが、先ほど破棄したのは緑髪だった。
やはり人物関係がよくわからない。
言いたいことだけ伝えると、ジークハルトは扉へと歩きだした。
「ジ、ジーク様、妃って、本気ですか?」
補佐官が慌てて追いかける。
護衛2名も驚いて目を見開いた。
「なんなのよ! シナリオと全然違うじゃない!」
ユイは怒り、奥歯を噛み締めた。
ギリッと歯が擦れる音がする。
握りしめたもう1つの腕輪、ノアールの腕輪に気づいたユイは当然のように腕につけた。
バチンと大きな音を立てて静電気のような衝撃が身体を通り抜ける。
王宮全体の魔術が弾け飛んだ。
「きゃぁぁぁ!」
衝撃でユイが悲鳴をあげ、ぼんやりしていたユージは悲鳴でハッとした。
「一体何なのよ!」
怒ったユイの声が会場に響き渡る。
ノアールとエドワードの身体がビクッと大きく揺れ、会場内にいた全員が、急に目が覚めたように我に返る。
ここで何をしていたのか?
会場の外にいる騎士団、侍女達も、急にハッと我に返った。




