078.転移
エドワードの茶髪の友人アルバートは、王宮まで残り半分の距離で何かの魔術が弾けるのを見た。
「は?」
王宮を囲んでいた巨大な黒い魔法陣が消える。
無事なのか?
なんとかなったってことか?
一体何が起きているんだ??
不思議な事に、王宮までの道では誰ともすれ違わなかった。
街の人もいない、馬車もない、異様な街。
不気味さを感じながらアルバートは王宮へと急いだ。
◇
ドラゴニアス帝国魔術師団の応接室。
魔術師団長ヴィンセントの指示にウィンチェスタ侯爵は従った。
「そこへ立って、王宮、湖の方の出口を思い浮かべて目を瞑れ」
湖側の出口。魔術師団の建物の方だ。
なぜ1度も行ったことがないはずのヴィンセントがわかるのか。
まるでそこが視えているかのような口調に本来なら驚くべきところだろうが、なぜだかわかって当然のような不思議な感覚があった。
ウィンチェスタ侯爵は言われた通り、湖に一番近い出口を思い浮かべる。
「転移させる」
ヴィンセントの思いもよらない言葉にウィンチェスタ侯爵が振り向いた。
まさか転移とは。
「……あなたはエルフなのですね?」
聞きたかったが聞けなかった言葉をウィンチェスタ侯爵はとうとう聞いてしまった。
「そうだ」
同意されなくてもわかっていた。
精霊と話すことができ、エスト国の異変に気付き、転移まで。
「この御恩、何世代かかっても必ずお返しいたします」
エルフの寿命は人族よりも遥かに長い。
ウィンチェスタ侯爵は礼をしたまま王宮を思い浮かべた。
「貴殿の持つエルフの書籍2冊に興味がある。それを譲ってほしい」
ヴィンセントの言葉に、ウィンチェスタ侯爵は驚いた。
ヴィンセントには何でもお見通しなようだ。
自分が所有する書籍までバレてしまった。
きっとあの本は人族が読んではいけない物だったのだろう。
本屋でもエルフに関する書籍が売っているのは見たことがない。
未だにあのエルフの書籍2冊がなぜ自分の書斎の本棚に入っていたのか、いつからあったのかわからないのだから。
「書籍以外の礼は不要だ」
「ありがとうございます」
暖かい光に身体が包まれ、ドラゴニアス帝国からウィンチェスタ侯爵の姿が消えた。
一瞬だった。
残されたスライゴ侯爵は驚いて目を見開いた。
まさかこの目で転移が見られるなんて。
あぁ、またウィンチェスタ侯爵と語りたいことが増えてしまった。
スライゴ侯爵は荷物を抱えヴィンセントへお礼を言うと、帝宮を後にし息子の元へ急いだ。
◇
魔術が弾けた王宮内。
全員、急に目が覚めたように、ハッとなった。
今まで何をしていた?
記憶をたどると思い出すのは異様な光景。
1人の少女をなぜか全員の『敵』だと感じていた。
茶髪の姫は誰だ?
会場内で剣を振り下ろした騎士は誰だ?
あの敵だと思った黒髪の少女は誰だ?
会場内の大臣、国賓は、ぼんやりした頭を押さえながら次々に倒れだした。
「……リリアー……ナ……?」
国王陛下も意識を失う。
フレディリックも椅子にもたれかかるように倒れた。
「……リリー」
エドワードが頭を押さえながら倒れる。
ノアールは薄れていく意識の中、茶髪の姫からリリアーナの指輪と腕輪を奪い取った。
「魔術が切れたな」
ジークハルトはリリアーナを抱えながら廊下を進む。
バタバタと倒れていく騎士達。
同じ服を着ているので、エスト国の王宮騎士団だろうか。
「ジーク様、これは一体……?」
会場にいるときに何か魔術が発動したが、その効果が切れたという事だろうか。
補佐官が扉を開け、ジークハルトを通す。
まもなくドラゴンが待機している湖だ。
「荷物を持って追いかけます」
青竜に乗る護衛が提案したが、補佐官は首を横に振った。
「私が残りますのでジーク様の護衛をお願いします」
この少女の情報が知りたい。
護衛より補佐官である自分が残った方が良いだろう。
本当にこの少女を妃にするつもりなのだろうか。
最後の扉を通り、まもなく湖というところで急にジークハルトの足が止まった。
「ジーク様?」
どうかされましたか? と補佐官も止まる。
護衛2人は何かを察知し、剣に手をかけた。
急に現れた転移の魔法陣。
「誰だ?」
威圧を含む声に、ウィンチェスタ侯爵はその場に跪いた。
無意識にそうしなくてはならない気がするのは、ピリピリと張り詰めた威圧のせいだろうか。
跪いたまま見上げると、リリアーナを抱きかかえている姿が見えた。
そして黒髪・金眼のこの方は、おそらくドラゴニアス帝国の皇太子殿下。
国王陛下から国賓の容姿を聞いておいてよかった。
「ご無礼を承知でお声がけいたします。このエスト国で魔道大臣をしております、アルフレッド・ウィンチェスタと申します」
ウィンチェスタ侯爵は頭を下げる。
ビリビリと肌に感じる威圧。
絶対王者との圧倒的な差にウィンチェスタ侯爵は身震いした。
「その娘の後見人を務めております」
リリアーナを大切そうに抱きかかえてくれている。
きっとこの御方がリリアーナを助けてくれたのだろう。
建国祭で何があったかはわからない。
ただ、この時間にここに国賓がいること自体がもう普通ではない。
ウィンチェスタ侯爵は跪いたままリリアーナが渡されるのを待った。
「お前からヴィンセントの気配がするのは何故だ?」
「先ほどまで、貴国でヴィンセント魔術師団長とお会いしておりました。異変に気付かれたヴィンセント魔術師団長がここへ」
回答に納得したジークハルトは頷いた。
ヴィンセントは今、この場を『視ている』という事だ。
「ヴィンセント! 転移させろ! 今すぐ」
ドラゴンで帰るよりも転移の方が早い。
今すぐ寝室へ飛ばせとジークハルトは唸るように声を上げた。
「クリス、あとは任せた」
「ちょ、ちょっとジーク様!」
補佐官が止めるのも待たず、ジークハルトとリリアーナは光に包まれあっという間に姿を消してしまう。
「……置いて行かれた……」
「ジーク様」
その場に残された補佐官、護衛2人、そしてウィンチェスタ侯爵。
「……リリアーナ……?」
リリアーナを連れて転移してしまった。
一体なぜ?
ウィンチェスタ侯爵は目を見開いた。
「……えーっと、どこか話せる場所はありますか? できれば王宮以外で」
補佐官が困ったように笑うと、ウィンチェスタ侯爵も困惑した顔で立ち上がり一礼をした。




