第45話:星祭りのダンスパーティと、真実に気づいた少年の誓い
学園生活編第45話は、「星祭りのダンスパーティ」をお届けいたします! 14歳の誕生日を迎えたアランが参加する華やかな大ホールで、クラリスやマリーのコミカルな掛け合いが繰り広げられる中、物語はエルフの王女シルフィリアとの決定的なシーンへとなだれ込みます。
【年齢:14歳(王立学園編)】
王立学園の広大な大ホールは、年に一度の盛大な祭典「星祭りのダンスパーティ」の開催に合わせ、無数の星屑を模した魔法の灯りに彩られていた。
天井いっぱいに広がる幻想的な光のシャワーの下で、色とりどりのドレスや礼服に身を包んだ貴族の生徒たちが優雅なステップを踏み、会場全体が甘い音楽と華やかな熱気に包まれている。
その中心に位置する特設エリアの近くで、14歳の誕生日を迎えたアラン・クロフォードは、特製のシックな特製礼服に身を包んで静かに佇んでいた。
その端正な容姿と、生まれ持った圧倒的な気品、そして誰に対しても分け隔てなく向けられる爽やかな微笑みは、周囲の視線を自然と引きつけてやまない。
「あら、アラン様。本日の装いもとても素敵ですわね」
「やあ、シャルロッテ殿。ありがとうございます。今日の演目の進行具合はいかがですか?」
ダンスを申し込もうと代わる代わる近づいてくる令嬢たちに対し、アランはいつもの完璧で紳士的な笑みで適度にスマートにいなしつつ、どこか冷静に会場全体の空気の流れを俯瞰していた。
(――ふむ。模擬市場演習や総合戦闘実習を経て、学園内の人間関係もだいぶ安定してきましたね。王都とエスペランサを結ぶ転移陣の稼働も順調ですし、そろそろ次のステップに向けたリソース配分を考えておくべきでしょうか)
アランが脳内で前世の公務員としての行政・財務プランを組み立てていたその時、会場の隅で、一人の気高い令嬢がワイングラスを片手に激しく葛藤していた。
名門貴族グランツ家の令嬢、クラリスである。彼女は薄い赤色のエアリーな巻き髪を揺らしながら、鋭いサファイアブルーの瞳でアランの背中を凝視していた。
「くっ……! あんな風に涼しい顔で周囲の令嬢たちをスマートにあしらっているけれど、私こそがグランツ家の名にかけて、あの財務演習の雪辱とダンスの勝負を申し込まなければならないのよ……!」
息巻くクラリスの背後から、側近のマリーがペパーミントの香るハーブティーを差し出しながら、静かに手元の『黒歴史ログ(愛ある成長ダイアリー)』を開いた。
「お嬢様、息巻くのは結構ですけれど、現在のツンデレ防衛力はマイナス30ポイントですわよ。呼吸が完全に荒くなっていらっしゃいます」
「なっ――!? マリー、勝手に私の心を数値化しないでちょうだい! 私はただ、領主としての誇りと礼儀に基づいて……!」
「はいはい、お嬢様の『素直になれない乙女心』は、このマリーの特製ログにしっかり全自動で記録されておりますわ。ほら、深呼吸をなさってくださいませ。今夜こそ、アラン様に素敵な笑顔を見せる絶好のチャンスですのよ」
マリーの温かくも容赦ないサポートに、クラリスは「うっ……!」と言葉を詰まらせ、顔を真っ赤に染めながらも、ぐっと拳を握りしめて闘志を燃やすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その頃、会場の反対側のテラス付近では、まったく異なる緊張感が漂っていた。
銀糸のように美しい長髪を優雅にまとめ上げ、夜空の星を思わせる深いエメラルドグリーンのドレスを纏ったエルフの王女、シルフィリア・エルフリーデである。
彼女は、専属メイドであるルミアに背中をそっと押される(半ば物理的に引っ張られる)形で、アランのいる方向へと歩みを進めていた。
「ちょっ、ルミア! 待ちなさいよ、そんなに急に引っ張らないで! 私が自分でちゃんと行くわよ!」
「殿下、あそこでアラン様が他の令嬢とお話しなさっていますわよ。今を逃したら、一生『その他大勢のクラスメイトの一人』のまま終わってしまいますけれど、それでもよろしいのですか?」
ルミアのその冷静かつ急所を突く一言に、シルフィリアはぐっと息を呑んだ。
彼女の胸の内では、この数日間のモヤモヤと焦りが限界を超えて渦巻いていた。
総合戦闘実習で目の当たりにしたアランの圧倒的な剣技。そして、自分に対してだけ向けられる、どこまでも丁寧で、どこまでも隙のない「事務的なビジネスライクの礼節」。
(私以外の人間にはあんなに自然で爽やかなのに、どうして私にだけは、いつまでも一線を引いた態度をとるのよ……!)
逃げ出したいような、けれど今ここで引き下がったら自分のプライドが許さないような、複雑な感情に突き動かされ、シルフィリアはついにアランの目の前へと歩み寄った。
音楽が変わり、ペアダンスの時間が告げられる。
周囲の生徒たちが自然とペアを組んでフロアへと移動する中、シルフィリアは高鳴る鼓動を必死に抑え込みながら、ツンと冷ややかな、しかしどこか震える声でアランに声をかけた。
「……ねえ、アラン。……よければ、私と踊りなさいよ」
その声に気づき、アランはゆっくりと振り返った。
目の前に立っているのは、顔をほんのりと赤く染めながらも、エルフ王国の王女としての気高い誇りを懸命に保とうとしているシルフィリアだった。
アランはいつものように柔らかく、しかしどこか隙のない、完璧な紳士の笑みを浮かべて軽く一礼した。
「これは、シルフィリア殿。本日のダンスパーティ、とてもお似合いですね。私のような者でよろしければ、喜んでお相手いたしましょう」
その言葉遣い、その丁寧すぎる礼節こそが、今のシルフィリアにとっては耐え難かった。
二人はダンスのフロアへと進み、音楽に合わせて優雅にステップを踏み始める。周囲の視線が集まる中、シルフィリアはアランの手に自分の手を重ねたが、その手の温かさに反して、アランの態度はあくまで「エルフの王女に対する礼儀正しい特待生」の枠を出なかった。
『お互いに、学園生活の実習や演習が続いておりますが、体調の方はいかがですか? 王族としての公務もお忙しいことかと存じますが、無理をなさらないでくださいね』
――まただ。
また、そんな「窓口に来た市民に対するような、丁寧で当たり障りのない気遣い」を向けられる。
シルフィリアの胸の奥で、張り詰めていた糸がプツリと音を立てて切れた。
ダンスのステップがわずかに乱れ、彼女の瞳からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「――どうしてっ……!」
音楽の音量にかき消されないよう、しかし震える声で、シルフィリアは叫んだ。
「どうして私にだけ、いつまでもそんな他人行儀な態度をとるのよ……っ!」
「……シルフィリア殿?」
アランはわずかに目を丸くし、手を止めた。周囲の生徒たちの視線が一斉に二人へと集まるが、今のシルフィリアにはそんな周囲の目などどうでもよかった。
彼女はエメラルドグリーンの瞳に涙を湛えたまま、アランの胸元を両手で軽く突き飛ばした。
「私が王女だから? それとも、あの時……街道であなたを『変態』なんて罵ってしまったから……!? 私だって、本当は、こんなにあなたを……!」
あふれかけた本当の気持ちと言いかけの言葉が、彼女の中の誇りとプライドによって土壇場で引き止められる。
これ以上口にすれば、自分のすべてをさらけ出してしまうことになる。そう悟ったシルフィリアは、これ以上耐えられないとばかりに顔を真っ赤に染め上げ、ポロポロと涙をこぼしながら、その場から一目散に走り去ってしまった。
「――っ、もう知らないんだから……っ!」
軽やかな足音を響かせ、大ホールの扉の向こうへと消えていくシルフィリアの背中。
残されたアランは、その場に立ち尽くしたまま、しばらくの間動くことができなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大ホールの喧騒が、遠くの波音のようにアランの耳の奥へと退いていく。
アランの脳内で、いつものように冷静な行政マニュアルや「エルフの防衛本能」を解説する論理回路がパッと開いた――そして、次の瞬間、音を立てて完全に砕け散った。
(……待てよ?)
アランの中で、これまでのすべてのパズルのピースが、恐ろしいほどの速度でカチリ、カチリと噛み合っていく。
(あの時、彼女が私を『変態』と呼んで逃げたのは……エルフの防衛本能などではなく、あまりの恥ずかしさと動揺による『照れ隠し』だったのでは……?)
(そして、彼女がこれまで私に対してイライラし、突っかかってきていたのは……私に冷たくされていたからではなく……私に『もっと自分を見てほしかった』から……?)
すべての誤解の氷が音を立てて溶け去り、胸の奥底に眠っていた真実が、まるで雷のように鮮烈な光を放ってアランの全神経を貫いた。
彼女は最初から、私を嫌っていたわけではなかった。
むしろ、不器用な彼女なりに、ずっと私を意識してくれていたのだ。
彼の瞳には、一人の若い男としての静かで強い光が宿った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パーティが終わり、深夜の静寂が王立学園を包み込んでいた。
自室の窓辺に立ったアランは、カーテンを開け放ち、夜空にきらめく無数の星々を見上げていた。
彼の左腰には、深淵のような黒と無色の聖光を宿す日本刀――『霊刀・虚空』が静かに納められている。
アランはその柄にそっと手を置き、夜風に黒髪を揺らしながら、誰にも聞こえない声で静かに、しかし力強く呟いた。
「――待っていてくれ、シルフィリア殿」
夜空の星に語りかけるように、アランの瞳に揺るぎない決意が灯る。
「君はあの時、私の不器用な態度に戸惑い、誇り高きエルフの王女ゆえに素直になれずにいたんだ。
……いや、私こそが、過去の思い込みに囚われて、君の本当の心に向き合う余裕を失っていたんだ」
アランは深く息を吸い込み、未来を見据えるように前を向いた。
「ならば私は、すべての種族が手を取り合い、誰もが笑顔で誇りを持って暮らせる圧倒的な理想郷――他種族の平和な都市をこの手で築き上げてみせる。
そのすべてが完成し、私が真の意味で君の隣に並び立つにふさわしい男になった時……必ず私のこの足で、君の前に赴き、私の手で君を迎えに行こう」
アランの胸に刻まれたその誓いは、近づく武術大会や新たな試練の嵐の中を駆け抜ける、決して折れない羅針盤となるのだった――。
第45話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、「星祭りのダンスパーティ」と、アランがシルフィリアの真実の恋心に気づいて自室で新たな誓いを語る話をお届けしました! シルフィリアの涙の告白と、アランの紳士的で熱い「必ず迎えに行こう」という誓いはいかがでしたでしょうか。
次回もお楽しみください。




