第14話:旅立ちの前夜、明かされる隠者の過去と新たな道のり
『エルフの王女にフラれたので、辺境の荒れ地を最強の要塞都市にしてみる 〜日本刀と行政チートで始める他種族スローライフ〜』第14話をお届けします!
木刀の限界を迎え、いよいよ外の世界へ旅立つことになったアラン。今回は、出発を明日に控えた夜の静かなひとときを描きます。なぜガロウは長年この辺境の森に一人で森に身を置いていたのか? その隠遁の理由と、かつての仲間たちとの思い出が語られるエピソードです。旅立ちの期待と温かな師弟の絆を、今回もお届けします!
【年齢:9歳後半(少年期・修行編・旅立ち前夜)】
パチパチと乾いた薪が爆ぜる音が、静まり返った隠れ家の広場に心地よく響いていた。
頭上を見上げれば、幾重にも重なる万年樹の葉の隙間から、澄んだ夜空の星々がまるで散りばめられた宝石のように美しく瞬いている。昼間の喧騒――ガロウ師匠の双刀と私の全属性エンチャントが激突し合っていた激しい手合わせの気配が嘘のように、辺りは穏やかな夜の静寂に包まれていた。
私は焚き火の炎に照らされた木製のテーブルの端で、今日まで使い込んできた愛用の木刀の残骸をじっと見つめていた。
先日の手合わせの最中、私の全属性同時圧縮エンチャントの凄まじい熱量と師匠の重撃に耐え切れず、刀身は無数のヒビを纏ったまま真っぷ二つに砕けてしまった。実戦の厳しさと、私自身の技術がその「器」の限界を軽々と超越してしまったことの証明でもあった。
(――思えば、遠くまで来たものだ)
実家であるクロフォード男爵家を飛び出し、「他種族巡礼ツアーのフリーパスだ」などと盛大なポジティブ勘違いを胸にこの辺境の森へ足を踏み入れたのが、昨日のことのようになつかしい。
当時は凶暴なシャドウ・ウルフの群れに囲まれて絶体絶命のピンチに陥り、そこに現れた狼の獣人――ガロウ師匠の圧倒的な強さに雷に打たれたような衝撃を受けた。あの出会いがなければ、今の私の圧倒的な身体操作も、全属性同時圧縮エンチャントも、動的リソース配分という高度な戦術も絶対に存在しなかった。
「……おい、アラン。いつまで折れた木の棒を眺めているつもりだ。そんなに愛着があったか」
低い、それでいてどこか温かみを含んだ声が聞こえ、私は思考の海から引き戻された。
顔を上げると、焚き火の反対側に座り込んでいたガロウ師匠が、大きな木の杯に注がれた水をグッと飲み干しているところだった。その銀色の豊かな髪と、歴戦の猛者であることを刻み込む精悍な顔立ちは、夜の闇の中でもひときわ異彩を放っている。
「いえ、愛着はもちろんありますが……それ以上に、この木刀が教えてくれた限界と、これから迎える新しい相棒への期待で胸がいっぱいでして」
私が素直な気持ちを伝えると、ガロウはフッと鼻を鳴らして不敵に笑った。
「ほう。自分の力に酔うわけでもなく、次の課題を冷静に見据えるか。お前のような十歳のガキは、大陸広しといえどもそうそうお目にかかれんさ。……まあいい。どうせ明日にはこの森を出るんだ。積もる話もあるし、少し昔話をしてもいい頃合いだな」
ガロウがそう言って焚き火の炎に薪をくべ直すと、その琥珀色の瞳が遠くの闇を見据えた。
私は背筋を伸ばし、師匠の言葉に耳を傾ける態勢をとる。これまでガロウは自身の過去や、なぜこの辺境の森の奥深くにたった一人で暮らしているのかについて、自分から進んで語ったことはほとんどなかった。
「師匠……ずっと気になっていたのですが」
私は慎重に言葉を選びながら、ずっと胸の内に秘めていた疑問を口にした。
「師匠ほどの圧倒的な実力と、かつて世界を救った伝説の冒険者としての経歴をお持ちなら、王都の宮廷に迎えられたり、どこかの大国で悠々自適に暮らすことだって容易だったはずです。なぜ、こんな人里離れた魔物の巣窟のような辺境の森に、一人で身を置いていらしたのですか?」
私の問いかけに、ガロウはすぐに答えず、しばらくの間じっと炎のゆらめきを見つめていた。
やがて、彼はフッと小さく息を吐き出すと、ガシリと自分の後頭部を大きく掻いた。
「理由は単純さ。……『燃え尽きちまった』からだ、と言えばかっこよく聞こえるか?」
「燃え尽きた、ですか?」
「ああ。若い頃は仲間たちと一緒にな、世界中を駆け回り、理不尽な災厄や強大な敵と命を張って戦い続けた。国を救った英雄だの何だのと祭り上げられた時期もあったが、そういう喧騒がどうにも肌に合わなくてな。すべての戦いが終わり、大きな目的を果たしたとき、ふと気づいたのさ。俺の居場所は、華やかな王宮の玉座の脇なんかじゃなく、静かな自然の中にあるってことにトシを取ってからようやく気づいたわけだ」
ガロウの口調はどこか自嘲気味だったが、その瞳の奥には、かつての激しい日々を共に駆け抜けた仲間たちへの深い愛情と、決して色あせない誇りが満ちていた。
「じゃあ、この森での生活は、完全に隠居のつもりだったのですか?」
「最初はな。誰にも邪魔されず、一人で静かに余生を過ごす。それも悪くないと思っていた。……だがな、アラン。人間、あるいは獣人という生き物は、長年培ってきた技術や記憶をただ錆びつかせて死んでいくようにできちゃいないらしい。心のどこかで、こう思っていたのさ。『俺の培ってきた剣の技や、あの時代に得た知恵を、いつか面白そうに受け継いでくれる若者でも現れねえかな』とな」
ガロウはそこまで言うと、じっと私を見据えた。その鋭い琥珀色の双眸が、夜闇の中でわずかに光を放つ。
「まさか、それがよりによって、人間の小生意気なガキ……しかも、風変わりな頭脳を持ったお前だったとはな。人生、何が起こるか分からんものだ」
「はは……我ながら、師匠にとっても予想外の厄介な弟子だったと思いますよ」
私が苦笑いを浮かべると、ガロウは豪快に「ガハハ!」と笑い声を上げた。その笑い声は夜の森の木々を揺らし、どこか遠くへ消えていく。
「厄介上等よ! 退屈な隠居生活を送っていた俺の元に、いきなり『弟子にしてくれ』と命知らずにも飛び込んできたんだ。あの時の面白そうな目を思い出すだけでも、この森でくすぶっていた退屈な時間はきれいさっぱり吹き飛んださ」
ガロウの言葉に、私の胸の奥が熱く満たされるのを感じた。
偶然か、あるいは必然か。かつての激闘の果てに静かな隠遁を選んだ伝説の戦士と、過労死の末に他種族スローライフと理想郷を夢見て転生した元・公務員。その二人がこの辺境の森の奥深くで出会い、師弟として魂をぶつけ合ってきた軌跡は、今の私にとってかけがえのない財産となっていた。
「ありがとうございます、師匠」
私はガロウに向けて、心からの敬意を込めて深く頭を下げた。
「この森で師匠から叩き込まれたすべての技術――ボディコントロール、気迫の制御、そして全属性同時圧縮エンチャントと動的リソース配分。どれ一つ欠けても、今の私の基盤はあり得ませんでした」
「頭を上げろ、アラン。礼を言うのは、これからお前が外の世界で暴れ回るのを見てからでも遅くない」
ガロウは立ち上がり、大きく伸びをすると、夜空の星を見上げた。
「さて、明日は早朝に出発するぞ。ここからまずは、俺の故郷の街を経由し、そこからさらに遠く離れたドワーフの居住区――かつての仲間であるドルフの工房を目指す。道中は、お前の大好きな『他種族』どもがわんさかいる街や街道を通ることになる。気を抜いていれば、その珍妙な性格が道中で爆発して足をとられるかもしれんぞ」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に鮮烈な映像が蘇った。
――他種族。獣人、ドワーフ、そしていつか出会うかもしれないエルフたち。彼らが暮らす街並み、文化、そして何より、もふもふとした獣人族の子供たちや亜人たちとのふれあい。
表向きは冷静さを装いつつも、私の内心は「ついに! ついに他種族巡礼の旅が本格的に始まるぞ……!」という歓喜の絶叫で激しく揺さぶられていた。
「ふふっ……ご心配なく、師匠。外の世界がどれほど広かろうと、私のやるべきことは決まっています。自分の技術を受け止める最高の相棒を手に入れ、さらに剣士として高みを極め、いつか必ず最高の理想郷を作り上げてみせます」
「その意気だ。……さあ、夜も更けた。明日からの長旅に備えて、今日は早目に寝るぞ」
「はい!」
私たちはそれぞれの寝床へと戻り、毛布に包まった。
静かな夜風が木々の間を通り抜け、森の葉音を子守唄のように響かせる。
いよいよ明日、私は長年暮らしたこの辺境の森を離れ、ガロウと共に外の世界へと踏み出す。伝説の鍛冶師ドルフの待つ工房へ向けて、そして私の壮大な人生のロードマップの新たな段階へと向けて、足音を高らかに鳴らしながら――。
第14話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、旅立ちを明日に控えた夜の静かなひとときを描きました。なぜガロウがあの辺境の森に一人で暮らしていたのか、その背景にある「かつての激闘の終わりと、次世代への密かな期待」が語られるエピソードです。
師弟の絆がより深く結ばれたところで、いよいよ次話からはガロウとの二人旅がスタートします! 道中で待ち受ける他種族とのふれあいや、アランの隠しきれないオタク気質がどう炸裂していくのか、ぜひ次回の展開もお楽しみに!




