表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死を恐れる思想家大学生は如何にして死んだのか  作者: 獺田


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/15

第四話

道木どうき宮窪みやくぼの交流は、意外にも、夏休みが過ぎ、大学の後期が始まっても続いていた。


とは言っても、廊下ですれ違ったら会釈する程度で、同じ講義でも同席することは極わずかで、直接話すことも珍しい。

メッセージのやりとりもまばらで、授業でわからないところを聞き合ったり、履修登録の相談をしたりと、週に数回程度で、雑談することは稀だった。


けれども道木は、彼女と目が合うと、なんだか嬉しい気持ちになり、相手の目もそう見えることが、さらに嬉しかった。

やり取りの少ない中、ずっとそれが続いていることも、それだけお互いがこの関係に執着しているようで、なんだかくすぐったかった。



彼女からそのメッセージが届いたのは、金曜日の夜、夜中にさしかかるくらいの時間だった。


《宮窪: すみません。助けてください。》


突然の連絡に心臓がはねる。


《道木: どうしたの?》


この数ヶ月間で、道木は彼女への敬語をやめていた。他ならぬ彼女がそう望んだから。

しかし、一向に既読にすらならないメッセージに道木は焦る。


返信が届いたのはそれから5分後のことで、メッセージではなく、グルメサイトのURLが送られてきた。

それが大学の近くにある居酒屋と確認した道木は、ジャケットを一枚羽織り、一人暮らしの家を飛び出した。


車を運転して10分ほどでその店までついた。

近くのコインパーキングに車を停め、店へ向かう。

店の前には灰皿が置いてあり、大学生くらいの男女が数名たむろしていた。


店に着いたことを彼女に知らせようとスマホを手に取っている間、彼らの話し声が聞こえてきた。


「てかさ、あいつまじチョーシのってない?」


「わかる〜、自分は特別デショ?ってカンジ!」


「わざとらしく見せつけちゃったりしてね〜!ここ日本だっつうの!」


ゲラゲラと笑う彼らの声に顔をしかめつつも、メッセージを入れ終わり、返信を待とうとした。


「ま〜いいじゃん、今回は先輩、ガチで狙いに行くって話だったし。」


「ね、あいつ酒飲んでたし、ガード下がってていけるんじゃない?」


「あいつも男できたら大人しくなるっしょ。じゃないと他の男まで吸われてメーワクなんだよね~」


「あの先輩、何人も学科の新入生食ってるっていうし、余裕っしょ、てかさ、てかさ、俺たちも抜け出さね?」


「え〜!ちょうどそう思ってた!いこいこ!」


そこまで聞いて嫌な予感がした道木は、メッセージの返信を待たず店の中へ入った。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?ラストオーダー近いですが…」


「すみません、中で待ち合わせで、その、法学科の飲み会で…」


「あ、そうなんですね!ご案内します。」


言葉を濁した上に博打だったが、なんとか伝わった。


「こちらのお座敷です。」


「ありがとうございます。」


座敷はふすまで区切られており、中の様子はわからない。靴を脱ぎ、中に入ろうとしていると、宮窪の声が聞こえた。


「や、やめてください…」


「だ〜か〜ら〜!彼氏とか嘘なんでしょ?わかってるから!ほら、ちょっと場所変えるだけだから!」


「いま、ここに呼んでるので、帰りますから、外へ…」


「あ、じゃあ俺も行くから!おいみんな、また今度聞かしてやるよ!あ、ほら、お祈りは済ませた?ごちそうさま〜って!」



ギャハハと品のない笑いに耐えきれず、襖を乱暴に開ける。

その瞬間、座敷は静まり返り、視線が集中する。


道木は、怯えを表に出さないように、精一杯険しい顔を保ちながら、宮窪を見つけ出すとこう言った。


茉莉まり、迎えに来た。帰るよ。」


座敷はまだ静まり返っている。宮窪はハッと我に返ると、立ち上がり、こちらに寄ってきた。

その様子に、宮窪に絡んでいた男が呼びかける。


「マリちゃん、その男が彼氏?冗談でしょ?オッサンじゃん!俺のほうが…」


宮窪は遮るように、


「この人が、彼氏です。もう、帰りますので。」


怯えるように、しかし怒りをにじませて、そう宣言した。

座敷の面々の視線が、道木へ向く。


道木は、彼女を想って怒る男を、精一杯演じながら、


「彼女が、嫌がっています。もうこういう場には、参加させませんので。」


そう言って、彼女の手を引いて、座敷を後にした。



店を出て、駐車場に手を引いて向かうまで、二人は無言だった。

車の前までついたとき、彼女は泣いていた。


車に乗り込むと、彼女は助手席に乗り込む。

そのまま、しばらくの間、会話はなかった。

道木は、車のエンジンもかけず、黙って待っていた。


「…すみません。助けに来ていただき、ありがとうございました。」


少しして、落ち着いたのか、彼女が喋りだした。


「いや、大丈夫。危ない状況だったってのも理解したし、僕も暇だったから。」


「本当に、助かりました。道木さんが来てくれて、安心しました。」


彼女は自分を抱きしめるように、体を抱えながら、泣いていた。


「家どこ?送るよ。」


「…実家は、少し遠くて、電車通学なんです。今日は、友達の家に、泊まるつもりで…、でも、その子が、あの先輩とくっつけさせようとしてて…」


「…そう。じゃあ実家まで送るよ。どうせ暇だし。」


そう提案したのだが、彼女からの返事がない。どうしたものかと待っていると、



「実家でも、一人で…、一人じゃ、不安なんです。一緒に、いてくれませんか?」



彼女はそう言った。



結局、道木は自分の家に彼女を連れて帰ることにした。

彼女もそれを受け入れた。


自宅のアパートの貸駐車場まで帰り、2人で部屋の前まで歩く。

道木は、隣にいる彼女を見て、非現実的な光景だなと、逃避していた。


自宅のドアの前までついた道木は、にわかに、持っていたキーチェーンから、車の鍵だけを取り外し、残りを彼女に押し付けた。


「道木さん、これは…?」


「僕は一緒に部屋に入らない。この部屋は宮窪さんが好きに使ってくれ。汚いかもしれないけど、寝るくらいは問題ないはずだ。」


「え?ちょっと待ってください。道木さんは?」


「僕は車の中で寝る。」


そう言って車の鍵を見せる。


「このくらいの気温なら寝るのには問題ない。それに、不安になったら電話してきてもいいし、呼び出してもらっても構わない。その場合は申し訳ないけど外に出てきてもらう。弱ってるところ申し訳ないけど、ここだけは譲れない一線として、守らせてほしい。」


「…それなら、私が車に、」


「それだと、僕が勝手に車を開けれてしまう。鍵が中に入っていてもセンサーが反応してしまうからね。でも、この家の鍵を渡して、内側から鍵をかけてもらえば、僕は入れない。」


まだ不安そうにする彼女に、


「頼むよ。僕があのベタベタうっとうしい先輩と一緒にされないためにも。」


こういえば彼女は断りづらいだろうと、半分は打算的に、けれどももう半分は本心に見えるように、そう告げた。


「…わかりました。ありがとうございます。このお礼は、必ず。」


「いいよ。今日は疲れたでしょ。おやすみなさい。いい夢を。」


そう言うと彼女は、ちょっと驚いた顔を見せた。

それから、先ほどまでの涙なんか、似合わないほどの笑顔で、


「おやすみなさい、道木さん。いい夢を。」


そう言ってくれた。



車に戻った道木は、着ていたジャケットで簡単に外からの目隠しを作ると、座席を倒し、スマホの通知にすぐ気付けるよう耳元において、目を閉じた。



願わくば、彼女の夢がよいものでありますよう。

願わくば、自分がこれから見る悪夢が、少しでもマシになりますよう。


彼女の祈りを無意味なものにしないためにも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ