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死を恐れる思想家大学生は如何にして死んだのか  作者: 獺田


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過去・その3

中学の事件のあと、計画通り、俺は部屋に引き込もった。

俺を殴ったあいつがどうなったかは知らない。

殴られてから2週間ほどは母親が誰かと強い口調で電話していたり、顧問の教師の声が玄関から聞こえてきたりしたが、興味もなかった。


引きこもってからの俺は、「いじめられて、家庭内でだけ攻撃的になった、思春期の引きこもり」を演じていた。

引きこもりを続ける事に対して、暴力的な、あまり触れたくない存在になることは都合が良かった。

母親や、滅多に帰ってこない父親が、たまに俺を部屋から強引に連れ出そうとしたが、抵抗した。心は傷まなかった。



部屋に引きこもっていると、暇である。

部屋にはパソコンがあったので、最初の頃は動画を見たり、無料のネットゲームで遊んだりしていた。そのうちに親にインターネット回線を切られ、あとは本棚にあった、数冊の漫画やら、小説やら、教科書やらをひたすらに読み返すくらいしかやることがなかった。


とうとうやることがなくなると、思考が内側を向いてくる。

どうしてこんな事になってしまったんだ、とか。どうして自分はこんな面倒な性格をしているんだ、とか。小学校の時も中学校の時も、もっとうまくやれたんじゃないか、とか。

そんなことをずっと考えていた。

なにが「いいこと」なんだろう、なんでそれが「悪いこと」とされているんだろう、なんで俺は「悪い子」なんだろう、「いい子」は何を考えて生きているんだろう。




今思えば、あれも一つのうつ症状だったのだろう。

人間は精神的に疲れてくると、自罰的な思考になってしまう。楽だからだ。

外に原因を求めず、自分に原因を求める方が、納得するために必要なコストが低くて、楽だからだ。


何度も自殺を決意した。


夜中に台所に忍び込み、包丁を手に取った。一晩中包丁を手にしたが、自分が死ぬ勇気すらないことに絶望した。結局気づいた母親に包丁を泣きながら取り上げられて終わった。


浴槽に水を溜め、中に入り息をすべて吐き出してみた。水を飲んだ瞬間、そんなつもりはなかったのに、身体が勝手に酸素を求めてもがいてしまい、浴槽から顔を出してゲホゲホと咳き込んだ。あまりに苦しく、もう一度できる気がしなかった。


適当な縄を輪にして、ハンガーラックにくくりつけてみた。強度を確かめるために引っ張ってみたら、ハンガーラックが壊れて、かけてあった服ごと倒れてきた。棚が崩れるのはあの時と同じだな、なんてズレたことを考えて、それから二度とやることはなかった。



死ぬときは当然苦しいし、そう結論づけてしまい死ねない自分が心底嫌いだ。

なんで死ねないのか、どうやったら死ねるのか、ひたすら考えた。

死ねないならどうやってこれから生きていけばいいのか、何に立ち向かえばいいのか、ひたすら考えた。



部屋を出た、つまり引きこもりから脱却したのは、実に5年がたった頃である。


きっかけは些細なことだった。普段はパートに出ている母親が家にいるときに、トイレが我慢できなくなったとかで。

母親と部屋の外で顔を合わせなければならないと考えたときに、ふと、「引きこもりから立ち直った息子」を演じてみようと思った。それに抵抗がないことに驚きつつも、実行した。


母親は泣いて喜んだ。それを見てもなんの感情も湧き立たず、一歩引いた目で見ていたが、口だけは殊勝にも、「心配かけてごめん」とか、そんなことを言っていた気がする。

社会復帰のためにどこかで働きながら勉強したいというと、母親はとたんにエネルギッシュになり、気づいたときには近くの親戚の仕事場で手伝いをすることになっていた。本当は家を出たかったが、それを言うと面倒なことになりそうで、渋々受け入れた。



仕事は、アナログな申請書に書かれたデータをExcelに入力するという、誰にでもできそうな内容だった。やるべきことをやり、周囲の人間とすこしだけ愛想よく接しているだけで、驚くほど簡単に自由が手に入った。最低賃金程度ではあったが、給料も入った。

コネ入社というのもあっただろうが、こんな簡単でいいのかと、かなり困惑した。



そうして数年間働きながら、金を貯めて勉強し高卒認定を取り、自動車免許を取り、ある程度の目処がたったところで、母親に遠くの大学へ行きたいと告げた。

最初は渋られたが、真面目に働いたことと、オープン模試を受けて成果を上げたこと、名門の国立大を志望したことから、なんとか承諾を得た。


長期休暇には実家に帰ることを条件に、学費や生活費を両親から出してもらえることになったのは、嬉しい誤算だった。

自分ではバイトをしながら通学するつもりだったが、今まで何もできなかったからと、両親から告げられ、素直に受け入れた。



職場の人間に、大学に行くから辞めると告げると、驚くほど祝福してもらえた。

その職場では非常に珍しいことに、俺の送別会だからと、飲み会が開かれた。それが俺の初めての飲酒である。潰れるほど飲んで、皆に笑われて、大学でもがんばれよと激励された。



そういえば、送別会も終わりに差し掛かって来た頃、言われた言葉がある。

お世話になっていた課長だった。


「大学では、サークルとか、部活とか、そういうのに参加してみなさい。上級生になって、一度上の立場を経験してみたほうがいい。サークルでは顧問もいないし、学生だけで運営していくことになる。サークルの運営を任されるようになって、自分で考えて、誰かを動かさなきゃいけないってなったときに、OBの人が築きあげてきた伝統が、とても素晴らしいものだってわかるんだ。」


酒で意識も朦朧としてきていたときだったが、なぜか鮮明に覚えている。


「誰かが苦労して、必死に戦って得た知識がそこに詰まっている。先人たちの知恵を受け継いで、それをまた君があとの代につなげていくんだ。この会社だって、もう数代続いているが、それは先代たちが苦労して築きあげてきたものがあってこそなんだ。この社会はどこもそうやって回っていて、たとえば…」



そこで胃の中の気持ち悪さが限界に達した俺は、一言断って、立ち上がりトイレに向かって吐いた。

今もこのことを思い出すだけで、あの時の気持ち悪さが蘇ってくる。


今になって思えば、あの気持ち悪さは、酒を飲みすぎたせいではなかった。



社会が、伝統が、受け継いでいく営みが、素晴らしいものなんて俺は認めない。


社会がそんなに素晴らしいものなら、なぜ俺はこんなに苦しんでいるんだ!


伝統を守る人間は、俺のことを守ってくれなかったじゃないか!


誰も俺の話を聞いてくれなかったじゃないか!



そんな、子供じみた忌避感で、どうしようもなく、吐き気がするのだ。




そしてついに、俺は24歳の大学1年生になったのである。


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