1話 売れらた野辺の花
私はコンラート侯爵家長女、リリエスタ。
ただし、社交界で私のことを知る人はあまりいない。
私は忘れられた存在だったからだ。
少なくとも、お父様とお義母様の間では。
私の母はコンラート家に嫁ぎ、私を産んだ。
お母様が生きている間は、私は侯爵家の令嬢としてそれなりに育てられていた。
お父様はあまり家にいなかったけれど、その分お母様の愛を受けて育った。
しかし私が7歳の時にお母様が病死すると、お父様は当時愛人だったお義母様をうちに連れてきた。
そしてその傍には、私と1歳しか違わない女の子がいた。
金髪で明るい青い瞳の、人形のようにかわいらしい子は、私と半分だけ血の繋がった妹だった。
年の割に聡かった私は、それが何を意味するのか分かってしまった。
お父様はお母様を裏切っていたのだ。
しかしそんなことはすぐにどうでもよくなった。
お義母様と妹は、当然のように侯爵家に住み着き、主のようにふるまった。
私は空気になった。
私の分の食事は用意されず、新しいドレスが作られることもなくなった。
侯爵家令嬢としてふさわしい淑女教育も勉強もさせてもらえなかった。
ただ救いだったのは、侯爵家の使用人たちがお母様に忠誠を誓っていたことだった。
例え家族の食事の席に呼ばれなくても、豪華ではないが私の部屋に食事を用意してくれた。
納戸に追いやられたお母様のドレスを仕立て直してくれた。
屋敷の図書室の鍵は、昼間、私のためにこっそり開けられていた。
家令は私に読み書きや帳簿の見方を教え、何なら管理の手伝いを私にさせてくれた。
メイド長は私に貴族の令嬢に相応しい行儀作法を教えてくれた。
悲しくないと言えば嘘になる。
どんなに頑張っても、ほめてくれる最愛のお母様がいないのだから。
使用人たちは、親や妹の前では私を空気のように扱いながら、その実丁寧に育ててくれた。
お父様はお義母様と妹のローゼマリアにせがまれるままに贅沢をした。
その結果、私が成人する16歳のころにはすっかり借金まみれになっていた。
何故そんなことを知っているかって? だってそのころ家令は私に帳簿の記入を任せていたから。
あと1年は持たないだろう、と私は思い、身分を偽ってどこかの貴族のメイドにでもなろうかと思いつめていた。
そんなある日——
「リリエスタ、お前にはランベルト辺境伯に嫁いでもらう」
居間に私を呼び出したお父様が、そう告げた。
「というか、生きていたのね、お姉さま」
「貴族の娘とは思えないような質素なドレスね……どこから盗んできたのかしら?」
「道端に咲いてる花の方が、まだ華やかよね」
ローゼマリアの私を見下したような視線と目を合わせないようにしながら視線を落として、考える。
ここにいるより、辺境に嫁ぐ方がましかもしれない。
だって、この家にもう未来はないもの。
「ランベルト辺境伯は、『悪魔』って言われてる怖い人だそうよ」
「奥様が嫁ぐたび、すぐに亡くなるそうで、貴女はそう……4人目かしら?」
くすくすと嫌な笑い方をしながら、お義母様と妹が目を交わす。
「陰気な紫の瞳、灰を被ったような茶色の髪、枯れ枝みたいなお前でも、嫁がせれば支度金くらい稼げるからな」
……そう、つまり私を売ったということね。
辺境伯も余計なことをしてくれたわ。
こんな家、延命なんてしないで、さっさと滅びればいいのに。
そんなことを思いながら、私は表情を見せないようにうなずいた。
「わかりました、お父様。出発はいつですか?」
「明日の朝早くだ。辺境伯家から迎えの馬車がくるから、それに乗って行けばいい」
貴族の常識では、花嫁を生家の馬車が婚家まで送るのがしきたりだ。
それさえ無視するなんて……とあきれながら、私はより深く頭を下げた。




