2話 辺境へ
少ない荷物を迎えの馬車に括り付けて、私は旅立った。
送りの馬車がないことに言及されなかったことにほっとしながら、馬車の周りを固める騎士たちの姿を窓からそっと見る。
辺境には魔物が出るので、それを退治する騎士団はおのずと強くなる。
屈強な騎士たちの磨き上げた鎧を見ながら、私はため息をついた。
あの家から出ることはできたけど、嫁ぎ先でどんな扱いを受けるのだろう?
わずかな会話から察せられたのは、オスカー・ランベルト様の奥様はいずれも短命で亡くなっているということだ。
いままでに三人……ということは、まだそんなにお年ではないということかしら?
辺境の環境になじめず、体をこわして亡くなるのか、それとも夫にいたぶられて亡くなるのか。
(私は他の貴族のお嬢様よりは体が強いから、しばらくは持ちそうね……隙を見て逃げ出せば街でどうにか暮らせるかしら?)
メイドたちに迷惑をかけないよう、私は掃除は自分でしていた。
洗濯も料理も教えてもらっていたし、何なら料理は筋がいいと料理長に褒められたくらいだ。
読み書き計算もできるし、痩せ気味ではあるけど、若くて健康。
何らかの仕事にはありつけるだろう。
馬車の揺れに身を任せながら、私はいつしか眠っていた。
一週間ほどかけて辺境につくまで、何度か小さな魔物が出たが、騎士の皆様が手慣れた様子で片づけてくれた。
魔物の肉は意外においしいということを、宿屋で出されたシチューで私は知った。
「お口に合うでしょうか?」
馬車に私といっしょに乗っているランベルト家のメイドのミラはおずおずと尋ねてくる。
「ええ、初めて食べましたけど、濃厚でおいしいわ」
小さく笑うと、ミラは安心したように胸をなでおろす。
「王都の貴族の方はあまり召し上がらないと聞きましたが、このあたりでは大事な食材なんです」
「……オスカー様も召し上がるのですか?」
「はい。ドラゴンの肉が好物でいらっしゃいます」
言ってから、あっとミラは口に手を当てる。
「いいのよ。辺境なのだから、王都とは風習はちがうでしょう。色々教えてくれるかしら?」
「……喜んで!」
喜びの表情を浮かべるミラとは、仲良くやっていけそうな気がした。
翌日の午後、馬車はランベルト領都の門をくぐった。
街は城壁に囲まれ、ミラから聞いた話では、四方にポートカリスという格子状の門が設置してあり、夜間と非常時はそれを閉じるとのことだった。
街の中心にランベルト家の館はあった。
(館というか城塞ね……)
馬車を降りて見上げる建物は堅牢さを重視した石造りで、全体的にくすんで見えた。左右に物見の塔があるので、かなり古い様式だということが分かる。
書物でしか知らなかったものを実際に見られることが出来て、私の胸は少しだけ弾んでいた。
しかしそれ以上に、顔も見たことのない結婚相手にこれから会うことに緊張してしまう。
(うまく淑女のフリができるかしら……?)
護衛をしていた騎士にエスコートされ馬車を降りる。
大きく開いた館の扉の左右には、メイドや使用人たちが並び、その中央に黒髪の男性が立っていた。
一目でわかるほどの長身、仕立ては軍服めいているが、刺繍の入った豪華な服から、それが辺境伯閣下だということが分かった。
(この人が、悪魔? 本当に?)
人相は悪くない。むしろ整った顔立ちをしていて、ブルーグリーンの瞳が印象的だ。
「遠くからよく来てくれた。リリエスタ・コンラート嬢」
低く柔らかな声が私の名前を呼んだ。
想像していたような厳しさや冷たさはあまり感じられなかった。
むしろ心から私を気遣っているような声音のように感じられる。
「ランベルト辺境伯閣下、お出迎えに感謝いたします」
人前で初めてするカーテシーに緊張しながら、軽く膝を折り頭を下げる。
「私の花嫁だからな。丁寧に迎えるさ」
何故か閣下が小さく笑ったような気がした。
「それで、君はなにを望む? この城での豪奢な生活か、それとも死か」
初回アップはここまでとさせていただきます。
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