表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第1部】追放と漂着

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

「船出いたしますわ(行き先未定だけど)」

 術力制御の実装が終わったのは、泥水のようなコーヒーの味を気にしなくなった頃だった。


 最初は飲み物として認識していたそれが、いつの間にか作業の一部に溶けていた。


 慣れというのは恐ろしい。


 ジャンクが機械側の設計を進める間、俺は術式の出力制御を固めた。P-0がその数値を逐一記録し、ジャンクが機械側の設計と突き合わせる。最初は別々に動いていたはずの工程が、いつの間にか一つの流れになっていた。


 制御が安定した日のこと。


 ジャンクは端末から顔を上げて、しばらく画面を見つめた後、静かに言った。


「……これ、すごいな」


 大げさでもなく、取り繕いもなく、ただ結果をそのまま受け取った声だった。


「術力をここまで安定させられるなら、動力として十分成立する。燃料の問題はほぼ消えた」


 ようやく実感が追いついてくる。何かを積み上げて、それが形になったという手応えだけが遅れて胸に灯った。P-0はそのやり取りを記録していたが、余計な補足は一つも挟まなかった。


 それからは役割が自然に増えていった。


 ジャンクは構造を組み、俺は術式でそれを現実へと定着させる。融ノ手は思っていた以上に素直で、金属の加工というより、思考をそのまま物質に写し取っているような感覚だった。


 指示はいつも簡潔だった。


「ここを少しだけ詰めたい」「この角度を揃えてくれ」


 それだけで、金属は意思を持ったかのように形を変える。ジャンクはそれを見ても、もう驚きはしなかった。


 ただ当然の出来事として受け入れ、次の工程へと意識を飛ばす。


「蓮華は本当に、変なところで常識がないな」


「褒めてますの?」


「褒めてる」


 それ以上は続かない。けれど、それで十分だった。


 空いた時間は酒場で情報を集めた。


 辺境の中継拠点では、採掘船と商人が入れ替わり立ち替わり動いている。鉱床の噂は常に更新され、価値は一日ごとに変動する。


 オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル。


 P-0はそれらを淡々と整理し、確かな利益へと繋がる航路を弾き出していく。


 船がほぼ形になった夜、方針をまとめていた時だった。


 P-0が言う。


「今後の運用には、操縦者と技術者の確保が必要です」


 視線が自然にジャンクへ向く。


「ジャンク」


「なに」


「わたくし、当面は鉱石掘りで資金を確保しますわ」


 そのまま続ける。


「わたくしの術なら安定して掘れますもの。まずは稼ぐことを優先します」


 ジャンクは黙って聞いている。


「目標は一つ」


「ここを出ることですわ」


 視線をぶつける。


「そのために、この船を使いますわ。だから、わたくしと一緒に船に乗っていただけて?」


 ジャンクはすぐには答えなかった。端末を閉じることもせず、しばらく船の外殻を眺める。


「これ、俺の船なんだけどな」


 軽く笑う。


「建造者はジャンク様です」


 P-0が淡々と補足する。


「……わたくしを船に、乗せていただけませんかしら」


 珍しく口が弱気だ。


 ジャンクがはこらえきれないとばかりに笑いだす。


「ふふ……ごめん。ちょっとからかっただけだ」


 端末を置き、椅子を回してこちらに向き直る。


 咳払いをひとつ。


「この廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号と、この身を我が主君、九頭竜蓮華姫に捧げます……なんてな」


 肩をすくめる。


「ノリだ。深い意味はないよ」


「その誓い、聞き届けましたわ。我が騎士ジャンク。死ぬまで、いえ、死してなお、わたくしの傍らで剣を振るうことを許しますわ」


 勝手に口が動く。


 静まり返った作業場に、自分の凛とした声が残響となって消えていく。


 ジャンクの冗談を上回るほどの「お約束」すぎる返しに、羞恥心が遅れてやってきた。


 頼むから何も言わずに流してくれ、と祈るような心地で、短く息を整える。


「ここを出る……か」


 ジャンクはしばらく難しい顔をしていたが、すぐに諦めた顔になった。


「まあいいか」


 それだけ言って、端末を叩く。


 軽い。


 あっさりとした結論だった。


---


 翌日には、ナイラに声をかけた。


「操縦を引き受けていただけますか」


「条件は」


「利益の二割と危険手当」


「目的は」


「鉱石掘りで、金を稼ぐことですわ」


 ナイラは短く頷いた。


「乗る」


 それ以上はない。


 席を立つとき、彼女の視線が、一瞬だけジャンクの作り上げた船の方へ向いた。触れるでもなく、確かめるでもなく。


 格納庫に戻ると、ジャンクは船の前に立っていた。


 ナイラは外装を一周して、継ぎ目や歪みを確かめていく。その動きは正確で、澱みがない。けれど、ある箇所でふと手が止まる。その度に、彼女の視線はほんのわずかにジャンクへずれた。


「いや、驚いた。……よく動くな、これ」


 ナイラは短く言って、それ以上は続けない。


 ジャンクは少しだけ視線を外し、何も返さない。だが、その口角はかすかに上がっていた。


「出航準備、完了しました」


 P-0が告げる。


 それぞれが所定の位置につく。


 俺はその光景を眺めていた。


 少し前まで、空間に一人で放り出されていた。何もない、何者でもないところから始まっていたはずだった。


 今は違う。


 船があり、作る者がいて、動かす者がいる。


「ナイラ、出航できますの?」


「いつでも」


 低い振動とともに、鉄の巨体が持ち上がる。


 格納庫の扉が開かれ、その先に黒い深淵――宇宙が広がった。


 ナイラの手がわずかに動き、船が静かに前へ出る。


 ジャンクはそれを見つめながら、一息、深く吐き出した。


 その吐息の意味を、誰も言葉にはしない。


 ただ、そのまま進む。


(ここからが本当の始まりだ)


 廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号。


 その航行は、静かに始まった。


 ゆっくりと、けれど確かに――


「……なんか揺れてませんの?」


 問題はある気がするが、まあ飛んでいる。そこは評価するべきだろう。


 細かいことは、着陸してから考えればいい。


 処女航海は、たぶん順調に始まった。

 第一章、これにて幕引きですわ。

 ここまでお付き合いいただいた皆様、感謝はして差し上げます。ええ、特別に。

 もっとも、この程度で満足していただいては困りますけれど。わたくしの本領は、まだこんなものではありませんもの。

 次からは、きちんと稼ぐつもりですわ。ええ、容赦なく。

 退屈させるつもりはありませんので、どうぞ最後まで見届けなさい。


(第二章もよろしくお願いします)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ