「酒場で出会いましたわ(あの三人、いつも連んでるのか)」
ジャンクの料理は、予想以上においしかった。
宇宙食とは比べ物にならない。ちゃんと味がある。食材にどのくらい使ったのかは聞かなかったが、ジャンクが「これが限界だ」と言いながら作ったわりには十分すぎるくらいだった。
「美味しいですわね」
「本当に? 顔が嘘をついてないか?」
「今回は本当ですわ」
(本当だ。泥水コーヒーとは別次元だ)
ジャンクが少し照れたような顔をした。
食事を終えて、俺はコンテナに腰を下ろした。
鉄と銅の精製は稼ぎにならない。レンカガネは毎回出るとは限らない。
(他に出来る仕事はないかな。精製以外で稼げる手段を探すべきかもしれない)
「ジャンク、他にお金を稼げる手段はありますの?」
「廃材とかスクラップ拾いとかかな。簡単にできるから女性や子供が任されてる。ただ縄張りがもう出来てるから競合が多いし、値段は安い上にトラブルにも巻き込まれやすい。それに……」
ジャンクは一度言葉を切って、手元の工具を弄った。
「運が悪いと、拾われる側になる」
(なにそれ怖い。金属精錬しに行かなくてよかった)
「機械に詳しいなら、僕みたいに修理工とか。スキルを持っていたら、それぞれのスキルを生かした仕事とかだね」
俺のスキルは悪役令嬢。
どんな職向きなんだ?
悪役令嬢の仕事は……、悪役令嬢か?
いや、令嬢は身分……か?
「蓮華の鉱石掘りは、いくら精錬して純度が高くても鉄や銅だと大量に持ち込まないと儲けがでないから、焦る気持ちは良くわかるよ」
ジャンクが少し考えた。
「……酒場なら、情報が集まるし仕事の依頼が来ることもある」
「酒場なんてありますの?」
「グレイヴヤードの第二区画。ここの住人が集まる場所だ。蓮華みたいな人間が行くところじゃないけど」
「わたくしみたいな人間?」
「……その格好で行ったら悪目立ちするよ」
(目立つの嫌だけど、情報収集は必要だし)
「案内していただけます?」
ジャンクが少し心配そうな顔をしたが、「まあ、いいか」と言った。
---
第二区画の酒場は、グレイヴヤードの中でも比較的広い空間にあった。
錆びた鉄骨で組まれたカウンター。ドラム缶を改造したテーブル。天井からぶら下がる怪しげな照明。昼間から人が集まっていて、酒の匂いと油の匂いが混ざっている。
俺がジャンクと入った瞬間、視線が集まった。
そりゃそうだ。深紫の着物に黒髪金眼の令嬢が、宇宙のゴミ溜めの酒場に現れたら誰でも見る。
(落ち着け。情報収集が目的だ)
カウンターに向かって歩く。体が勝手に優雅な歩き方をする。相変わらずヒールもないのに音が鳴りそうな足取りだ。
カウンターの端に腰を下ろした。
「何にする?」
無愛想な店主が聞いてきた。がっしりとした体格の女だ。
「お勧めをいただけますかしら」
店主が少し眉を上げた。
「ほら、シチューだ。具は聞くな」
出てきたのは、どろっとした茶色の液体に何かの塊が浮かんでいるものだった。一口食べた。悪くない。少なくとも泥水コーヒーのんかよりはいい。
いや、酒場なんだから、お勧めアルコールを出せよ。
周りを見回すと、様々な人間がいる。元軍人らしい傷だらけの男。フードを被った小柄な人物。賭け事をしている集団。
情報を集めるにはどうすればいいか。前職のクライアント対応でいえば、まず相手に話させることだ。
俺が考えていたとき、バカ笑いと共に、重く乱暴な足音が複数聞こえてきた。
現れたのは三人の男。
ジャンクの寝袋問題で絡んできた連中だ。こっちを見るなり、顔色が変わった。
「……あん時の女と、ジャンクか。なんでこんなとこにいんだよ」
俺の口が動いた。
「まあ……お見かけしたことのあるお顔だと思いましたら。ジャンクの洗濯物の影に“ご威光”を奪われていた紳士方ではございませんの?」
(余計なことを言うな、この口)
「うるせぇ。この間の件、まだ終わってねえからな」
男の一人が俺の正面に立ち、にやりと笑う。
「へえ。オマエよく見りゃいい女じゃねえか。ツンとしてんのも嫌いじゃねえな」
男が俺に手を伸ばす。
その瞬間、ジャンクが動いた。ひょろ長い体を俺の前に滑り込ませて、両手を広げて男たちの前に立ちはだかる。
「……やめろよ」
低い声だった。普段の穏やかなジャンクとは全然違う。
「なんだジャンク、庇うのか。そのひょろひょろで何ができる」
「……この人に手を出すな」
ジャンクは動かなかった。俺と男たちの間に立ったまま、引く気配がない。
(ジャンク……、お前って本当にいいやつだな)
勝ち目がないのはわかっているはずだ。三人に囲まれたら話にならない。それでもジャンクは動かなかった。
口が動いた。
「ジャンク、下がってくださいませ」
「でも」
「よろしいですわ」
ジャンクが振り返った。俺の顔を見て、何かを察したらしく、一歩横にずれた。
「へへっ。わかればいいんだよ。ジャンクより嬢ちゃんの方が、よっぽどわかってる」
下品な笑顔を浮かべると、男が再び手を伸ばした。
「二度も同じ過ちをなさるなんて……。その一途さ、別のところで発揮なさっては?」
男の手が肩に触れた瞬間、体が勝手に動いた。
手首を掴む。ひねる。流れのまま重心を崩し、相手の勢いごと受け流すように床へ叩きつける。
一連の動作は淀みなく、まるで舞うように決まった。
どしん、と鈍い音。
残りの二人が即座に飛びかかってくる。
一人の拳を半歩で外し、そのまま肘を胸へ滑り込ませる。もう一人の足払いは、体を軽くひねってかわし、流れのまま壁へと叩きつけた。
三秒もかかっていない。
三人が床に転がるのを確認した瞬間、威圧を解放する。
空気が沈み、酒場の喧騒が一気に消えた。賭け事の手が止まり、店主は無言でカウンターの奥へ引く。誰も動かない。誰も息を整えない。
床の三人だけが、遅れて現実を理解したように青ざめ、這うように距離を取ろうとする。
「次はありませんわよ。お分かりになって?」
返事はない。あるのは、必死に這いずる音だけだった。
三人組が酒場の外へ消えるのを見届けると、威圧を静かに引く。 同時に、体が自然に整う。着物の裾を払い、乱れた髪を直す。何事もなかったかのように背筋を伸ばした。
「……失礼。少々、はしたないところをお見せしましたわね。」
ジャンクが安心したかのように、小さく息を吐いた。
「……腕っぷしも強いんだな」
「体が勝手に動きましたの」
「それが一番怖い」
(そうだよな。俺もそう思う)
---
じわじわと酒場のざわめきが戻ってきた。ただし、さっきより明らかに声のトーンが低い。
俺のせいだ。なんかごめん。
「……なるほどね」
低い声がした。
カウンターの端に、いつの間にか革ジャケットを着た女が座っていた。
中背だが、一目見てただ者じゃないとわかる体つきだ。無駄な肉が一切ない。濃い茶色の髪を短く刈り上げていて、琥珀色の目が鋭い。左頬に傷跡がある。
さっきの騒ぎの間、この女だけが動じていなかった。ただ、ほんのわずかに呼吸が浅くなっていた。それだけだ。
女がジャンクの方を向くと、気安く肩に手を置く。
「お前の彼女か?」
「そんなんじゃない。ここには来たばかりだから、俺が身元預かってるだけだ」
女が俺を見た。値踏みするような目だ。
「昨日、闇市で商人を悔しがらせたやつだろ」
「正当にお取引をいたしましたわ」
「今日のあれも含めて、ずいぶんと度胸があるな。それにどっかの貴族様みたいな格好の奴が、何でこんな墓場にいるんだ? 怪しすぎるぜ」
「あら。名乗りもせずに事情を探る方に、言われたくはありませんわね」
「ほう」
女が少し目を細めると、酒を一口飲んでカウンターに肘をついた。それからジャンクに向かって、低い声で言った。
「……ジャンク。こいつ、扱い間違えると早死にするぞ」
ジャンクが苦笑した。
「俺もそう思い始めてる」
(二人して何を言ってるんだ)
「アタイはナイラ・カシムだ。ジャンクとは仲良くさせてもらっている」
ナイラ。
……ん?
また来た。この引っかかり。
ジャンクのときと同じ感覚だ。どこかで聞いた名前なのに、思い出せない。
「わたくしは九頭竜蓮華と申します。わたくしの国では苗字を先に名乗りますの。九頭竜が苗字、蓮華が名ですわ」
(本名は田中浩介と申します。田中が名字、浩介が名です)
「へー、変わった名……、いや、良い名前だ」
アイラは少し気まずそうな表情を浮かべる。
「ここにいる奴なんて、訳ありの奴ばっかなの失念してた。悪かった。忘れてくれ。それとパイロットの仕事があれば声をかけてくれ。金次第で考える」
パイロットか。
そうだよな、俺運転出来ないし船にはパイロットも必要か。
「わたくしが船を手に入れた際には、ご一考いただけますかしら?」
ナイラはしばらく黙っていた。それからふっと笑った。険しい顔が、一瞬だけ緩んだ。
「船も持ってないクセに、もう私を雇うつもりかよ。面白い女だ。その時は話だけでも聞いてやるよ」
「それだけで十分ですわ」
(よし。採掘船を手に入れる前に、まず操縦してくれる人を確保できた)
ジャンクが小声で囁いた。
「……蓮華、その……、船、本当に手に入るつもりなのか?」
「いずれ手に入れますわ」
(たぶん)
---
帰り際、ナイラがカウンターから立ち上がりながら言った。
「そういえば、AI欲しがってたよな? 廃材置き場に旧式のAIが転がってたぞ。誰も拾わないから放置されてる」
「AI?」
ジャンクが目を輝かせた。
「場所は?」
「第四区画の奥だ。動くかどうかは知らない」
ジャンクが俺を見た。
「寄っていくか?」
「構いませんわ」
---
第四区画の廃材置き場は、文字通りゴミの山だった。使えなくなった機材、壊れた工具、正体不明の部品。それが通路の奥まで積み上がっている。
ジャンクが迷わず奥へ進んでいく。慣れた足取りだ。こういう場所が好きなのかもしれない。
俺はジャンクとは違い、周囲を警戒しながら歩く。
ジャンクよ、自分がした話を忘れてるのか? 俺は拾われる側になんかになりたくないぞ。
しばらく歩いたところで、ジャンクが立ち止まった。
「あった」
スクラップの山の隅に、小さな機械が転がっていた。
球体に手足がついたような形だ。全体的にくすんだシルバーで、表面は傷だらけ。レンズが一つ、ぽつんとついている。埃をかぶっていて、どのくらいここにいたのかわからない。
ジャンクがしゃがんで拾い上げた。背面のパネルを開いて、何かをいじる。
「電源が生きている。動くかな……」
しばらくして、レンズが光った。
白い光だ。
機械音が鳴り、手足がぎこちなく動くとレンズがゆっくりと俺を見た。
それから若い男性の様な上品な声が出た。
「……起動を確認。周囲の状況を把握中」
一拍おいて。
「お嬢様。その着物、この環境では生存効率が著しく低下するかと存じますが、何か特別な理由がおありですか」
「お気遣いは結構ですわ」
「事実の確認です。それと現在地、気温、空気濃度、周囲の人数を把握しました。何かご指示はありますか」
「まずはあなたの機能を教えてくださいませ」
「情報収集、記録、演算、通信補助が主な機能です。旧式のため一部制限がありますが、基本的なサポートは可能かと」
(これは使える)
「お名前は?」
「P-0と申します。それと、ご主人様はお嬢様の方ででよろしいのでしょうか?」
「僕がキミを拾った」
ジャンクがそれとなく所有権を主張した。そうだよな。探してたんだからな。
「了解しました。しかし指揮系統上の優先対象はお嬢様を上位に設定します」
「なぜそうなる」
「合理的判断です」
ジャンクは肩をすくめる。
「まあ、いいか」
「承知しました」
ジャンクが短く息を吐いた。
「うん、そうだな。……その方が、きっとうまくいく」
今日の収穫。ナイラというパイロットと知り合いになった。P-0というAIユニットを手に入れた。
そして、ジャンクとナイラという二つの名前がまだ頭に引っかかっている。
思い出せないのが、少しだけ気持ち悪かった。




