「商談のお時間ですわ(口が勝手に煽るんだが)」
翌朝、ジャンクに鉱石の入手先を聞いた。
「グレイヴヤードの外壁に採掘できる岩盤がある。ただの石くずだから誰も手をつけてないけど」
「案内していただけますの?」
「ああ。ただ、外壁の作業区画は空気が薄い。その術式、使えるか?」
「問題ありませんわ」
(問題あるかどうかわからないけど、まあ何とかなるだろ)
ジャンクに案内されたのは、ステーションの外縁部にある旧採掘区画だった。気密スーツが必要な場所らしいが、俺には紫の膜がある。ジャンクはくたびれた気密スーツを引っ張り出してきて、慣れた手つきで着込んだ。
外壁に出た。
相変わらず宇宙は黒い。星が遠い。足元には錆びた金属の足場。その先に、むき出しの岩盤が広がっている。小惑星か何かの破片がステーションに取り込まれたものらしい。
「この辺の岩盤、鉄とか銅とか混じってる。純度が低くて加工できないから誰も手をつけてないんだ」
「純度を上げれば使えますわね」
「そう。蓮華の術でできるなら、値がつくと思う」
俺は岩盤に手を触れた。融ノ手。
じわりと、指先から紫の光が滲み出す。岩盤の表面が溶け始めた。不純物と金属が分離していく感覚がある。どこが鉄で、どこが不純物か、術式を通じてなんとなくわかる。意識しながら、金属だけを引き出していく。
手のひらに、銀色の塊が残った。
「……すげぇ」
ジャンクが息を呑んだ。
次の岩盤に手を当てる。また精製する。また次。
鉄と銅の精製は、思ったよりは疲れない。やんわりとした消耗感がある程度で、手を動かし続ければ何とかなる感じだ。
数時間後。
手元に積み上がったのは、鉄が一キロ、銅が一キロ。それなりの量だ。
(悪くはない。でもこれが稼ぎになるのかは、まだわからない)
そのとき、次の岩盤に手を当てた瞬間、違和感があった。
術式を通じて流れてくる感触が、さっきまでと全然違う。鉄でも銅でもない。もっと滑らかで、密度が高い。何か、別のものが混ざっている。
(なんだこれ)
慎重に引き出してみる。
ただし、引き出した瞬間に気づいた。
消耗が違う。
鉄と銅のときとは比べ物にならない。何か、術力を大量に持っていかれる感覚だ。一グラム程度しか出ていないのに、頭がずきりと痛んだ。
(この金属、重い。術力を食う)
手のひらに残ったのは、淡い銀色の金属だった。ただの銀とは違う。光の当たり方が独特で、見る角度によって微かに青みを帯びる。重さを量ると、見た目の割にずっしりとしている。一グラムほどだが、体感では何倍もある気がした。
「ジャンク、これは何ですの?」
ジャンクが覗き込んだ。
「……知らない。見たことがない」
「希少金属ではありませんの?」
「オリハルコンとかアダマンタイトとか、色々あるけど……これは違う。ミスリルに近いようだけど……なんだろう」
二人でしばらく眺めた。
(何だこれ。もしかして新発見の金属なのか? なんか……、妙に胸がざわつく気がする)
「名前がないなら、つけますわ」
ジャンクが振り返った。
「つける?」
「レンカガネですわ」
沈黙が落ちた。
「……それでいいのか」
「何か問題でも?」
(我ながらひどい名前だと思う)
ジャンクは何か言いたそうな顔をして、結局「まあいいか」と言った。
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第三区画の闇市は、ステーションの中でも特に薄暗い一角にあった。
むき出しの配管が天井を走り、怪しげな光源がぶら下がっている。所狭しと露店が並んで、雑多な人間が行き交っている。
俺はジャンクと並んで市場を歩いた。すれ違う人間が、次々と視線を向けてくる。何人かが目を逸らした。
「どこで売れますの?」
「金属なら、あそこの買取商がいい」
ジャンクが指差した先に、でっぷりとした中年の男が座っていた。禿頭に無精髭。目だけが妙に鋭い。
俺たちが近づくと、男は値踏みするような目でこっちを見た。
「何を売りたいんだ?」
俺は精製した鉄と銅を取り出した。鉄が一キロ、銅が一キロ。
男は金属を手に取った。そのまま、無言で見つめ始めた。
じっと、ただ見つめている。
ジャンクが小声で耳打ちしてきた。
「鑑定スキルだ。ああやって対象を見るだけで、品質とか成分とかわかる」
商人が口を開いた。
「純度が高い。鉄一キロで六十円、銅一キロで二千円。合わせて二千六十円だ」
一瞬、頭が止まった。
(鉄一キロで六十円?)
数時間かけて精製した鉄が、一キロ六十円。銅を足しても二千六十円。
(待て。グレイヴヤードに転がってるジャンク品を融ノ手で溶かした方が、よっぽど効率よかったんじゃないか。いや、そもそもその発想がでなかった。もしかして、この身体が無意識にジャンク漁りを嫌がったのか)
それより、もう一つ引っかかることがあった。
(円? この宇宙の通貨が円なのか)
おかしい。宇宙にまで飛ばされて、なぜ円なんだ。でも確かに、さっきから聞こえる値段の単位は全部円だった。
(恋トキも円だったな。架空の和風皇国なのに通貨が円で、やっぱり恋トキと……無関係じゃないかも)
受け取った硬貨を見た。形は違う。丸くはあるが、表面の模様は恋トキの通貨とは全然違う。でも単位は円だ。
引っかかりが頭の隅に残った。でも今は商談だ。
「もう少し色をつけていただけませんこと?この純度、標準とは比べ物になりませんわ」
「確かに……二千百円にしよう」
「よろしいですわ」
(相場品なのに値上げしてくれた。そんなに悪い奴じゃないのか。でも本命はこっちじゃない)
俺はここで、レンカガネをゆっくりと取り出した。
無言で、テーブルの上に置く。
男の目が変わった。
さっきまでの涼しい顔が、一瞬で消えた。すぐに取り繕ったが、一瞬遅かった。目がレンカガネから離れない。それだけで十分だった。
(こいつ、欲しがってる。しかも気づかれていないと思っている)
「……なんだこれ」
「レンカガネですわ」
「は?」
「わたくしが命名いたしましたの。興味がおありでしたらお勧めいたしますわ。もっとも、お目にかなわないのでしたら無理にとは申しません。こちらを理解できる方は、他にもいらっしゃいますもの」
男はしばらく俺を見て、また金属を見た。
「成分が……判定できない。鑑定スキルが効かない金属は初めてだ」
「ふふ」
口が笑った。
「鑑定できないものの価値が、あなたにはどう見えますの?」
「……一万円出そう」
「まあ」
口が続けた。
「鑑定もできないものの価値が、あなたには一万円程度にしか見えませんの。目利きというお仕事、向いていらっしゃらないのでは?」
ジャンクが慌てて俺の袖をつまんだ。
「れ、蓮華……そのへんで……」
小声で必死に止めようとするが、声が震えていて説得力がない。
俺の“口”は当然のように無視した。
男の目が鋭くなる。計算している目だ。どこまで出せば手に入るか。
「……五万円だ」
「惜しいですわ」
「十万円」
「……もう少しですわね」
男が唸った。
「十五万円。たった一グラムだぞ、これが限界だ」
口が煽り続けながら、俺は男の様子をぼんやり眺めていた。
取り繕った顔の奥に、まだ余裕の色がある。
「ふふ。そのお顔で限界とおっしゃいますの?」
男が長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……二十万円。ただし、条件がある」
「条件ですの?」
「次にこれを手に入れたとき、必ずうちの店に持ってくること。他には売らないでくれ」
(悪くない。売り先を探す手間が省ける)
だが口が、すぐには答えなかった。
「それはわたくしへの条件ですの。ならば、わたくしからも条件を申し上げますわ」
「……なんだ」
「次に持ってきたとき、あなたは今日より高い値をつける。それが条件ですわ。わたくしがあなたの店を選ぶということは、信頼の証。信頼には相応の対価が必要ではありませんこと?」
男はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。次はもっと出す」
「よろしいですわ」
一拍おいて、口が続けた。
「その程度の器量はおありでしたのね。見直しましたわ」
ジャンクが力尽きたようにため息をついた。
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帰り道、ジャンクがしばらく黙っていた。
それから口を開いた。
「……グラム一万を二十万にする取引なんて、人生で初めて見た」
ジャンクがチラッと俺を見る。
「しかも次も高く買い取る約束まで取り付けた」
「ええ」
ジャンクはしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「……あの商人、最後、悔しそうだったな」
「それだけいい取引が出来たということですわ」
(俺は何もしてない。口がやっただけだ)
俺は手の中の硬貨を握った。二千百円と二十万円。
「ジャンク、今日は美味しいものを食べましょう。食材を買いますわ。あなたが作ってくださいます?」
ジャンクがしばらく固まった。料理は俺が作るのかって顔をしている。
「予算はどのくらいだ?」
「お任せいたしますわ。美味しければそれでよろしいですの」
「……わかった。いいものを探してくる」
「期待していますわ」
今夜はご馳走だ。




