「わたくしのスキルですの(解除不可って何だよ)」
目が覚めた。
天井が金属だった。
……そうか。宇宙だ。
夢じゃなかった。
寝袋の中で数秒じっとしていた。前世でも毎朝やってた作業だ。仮眠室の天井を見ながら、今日も仕事か、と思う、あの感じ。状況は全然違うが、気分は同じだ。
ジャンクはいなかった。作業着がなくなっている。もう動いてるらしい。
体を起こした。体が勝手に優雅な所作で寝袋から抜け出す。着物の乱れを整えて、髪を直す。自動だ。俺は何もしていない。
(お前は寝起きでも令嬢なのか)
まあいい。
昨日の寝落ち直前に見えたあれを、まず確認したかった。
ステータスオープン。
出た。
まぶたの裏に、半透明のウィンドウが浮かんだ。昨日は一瞬しか見えなかったが、今日はちゃんと読める。
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名前:九頭竜蓮華
称号:元皇国第一公爵家令嬢
体力:9999
筋力:9999
敏捷:9999
知力:9999
術力:9999
闇術適性:9999
属性:闇
スキル:【悪役令嬢】(解除不可)
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称号だけ普通だった。
他が全部おかしい。
ジャンクが昨日言っていた。標準値が50で、鍛えた人間でも200か300。999なんてこの宇宙に三人しか確認されていない。
9999が、六項目並んでいる。
恋トキのパラメータ最大値は99だった。攻略キャラのほとんどが90台で、蓮華の闇術適性は確か……97か98だったはずだ。それが今は9999。
桁が二つ違う。
設定ミスにしても、笑えないレベルだ。
スキル欄を展開した。
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【悪役令嬢】(解除不可)
効果①:口調補正
効果②:所作補正
効果③:威圧
備考:解除不可。永続。
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解除不可。永続。
一生このままか。
まあ、今更だ。昨日一日でとっくに思い知った。受け入れるしかない。
ステータスを閉じた。
次は術の確認だ。一人でやりたい。
ちょうどジャンクが入り口に現れた。朝飯を持ってきたらしい。金属のトレイに、板状の何かと灰色の液体。
「朝飯、先に食えよ」
受け取った。板状のものをかじった。
まずい。固い。味がない。でも腹に入る。それだけでいい。
「お味は……まあ、及第点を差し上げましょうか」
(全然及第点じゃない)
ジャンクがまた微妙な顔をした。
「顔が嘘をついてる」
「口が勝手に動きますの。お気になさらず」
さっさと食べ終えて立ち上がった。
「少々、一人になる時間が必要ですわ」
「案内しようか」
「道案内は結構ですわ。わたくしの足で十分ですの」
「迷ったら戻ってこい。このステーション、構造がぐちゃぐちゃだから」
部屋を出る。
錆びた通路を一人で歩く。何人かとすれ違った。みんな、こっちをちらりと見て、目を逸らす。
人気のない区画を探した。端の方に使われていない倉庫がある。広さは十分だ。
扉を閉めた。
まず感覚で出してみる。
手のひらを前に出す。出ろ、というイメージだけで。
指先に、紫の光が灯った。
あっさり出た。この体にとっては呼吸と同じくらい自然な動作らしい。
次に、意識を強く向けてみる。術式の構造をちゃんと見ようとする。
頭の中に、何かが浮かんだ。
光の文字列みたいなもの。なんだろう、これ。
……なんか、見覚えがある感じがする。毎日眺めていたものに、どこか似ている。どこが入力でどこが出力か、何となくわかる気がした。
(コードみたいだ)
試しに、出力の値を絞ってみる。該当部分に意識を向けて、数値を下げる。
指先の光が、米粒ほどに小さくなった。
今度は少しだけ上げてみる。
光が拳大になった。それだけで倉庫の空気が変わった。温度が上がる。壁が微かに振動している。
(これ以上は危ない)
即座に値を戻す。光が消えた。
……術式を書き換えられる。感覚で出すだけじゃなく、中身を意識的にいじれる。これは使えるかもしれない。
次に系統を試したかった。
企画書で横目に見た名前が、うろ覚えで頭に残っている。確か七つあった。蝕、帳、歪、刃、融、墜、纏。全部の効果は覚えていないが、いくつかはなんとなく記憶にある。
融。物質を溶かして変質させる系統。融ノ手、という技名だったはずだ。
手のひらに意識を向ける。融、というイメージ。頭の中に別の術式が浮かんだ。さっきとは構造が違う。
指先の色が変わった。
金属片を拾ってきていた。触れてみる。
じゅっ、という音がした。触れた部分だけ、きれいに溶けて液状になっている。熱くない。痛くない。ただ金属が溶ける。
(鉱石の精製に使えるんじゃないか)
不純物を取り除いて純度を上げる。宇宙では資源が貴重なはずだ。売れるかもしれない。
当面の生活費の問題が、少し見えた気がした。
他の系統も気になったが、今日はここまでにしておこう。倉庫の壁をこれ以上傷つけたくない。
最後に威圧を試した。
術式とは違う。頭の中に何も浮かばない。ただ、威圧しようと思っただけで空気が変わった。
それだけだ。オンとオフしかないのか。
扉を開けて通路に戻る。すれ違った作業着の男が、こっちを見て二歩後ずさった。
(あ、威圧切れてないのか)
「お見苦しいところをお見せしましたわ」
男は首を傾げながら去っていった。
……ちゃんとオフにしてから出るようにしよう。
部屋に戻るとジャンクが端末を見ながら設計図を組んでいた。
「どうだった?」
「収穫がありましたわ」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
ジャンクが端末をこちらに向けてきた。
「昨日言ってた術のエネルギー応用、設計図組んでみた。見てくれるか」
覗き込む。機械の構造は俺にはわからない。ただ、術力の出力を制御するという話なら別だ。
「悪くない着眼点ですわ」
「だろ? ただ術力をどう機械に受け渡すかが全くわからなくて」
「……機械側はあなたに任せますわ。出力の制御は、わたくしが考えましょうか」
ジャンクが顔を上げた。
「制御って、どうやって」
「術式の構造を意識的に調整できますの。出力の値を変えるくらいなら、何とかなるかもしれませんわ」
(頭の中でいじる感覚だ。うまくいくかはやってみないとわからないが)
「……令嬢なのに、何でそういう発想になるんだ」
「色々ありましたの」
ジャンクは一瞬きょとんとしてから、また笑った。
「わかった。分業にしよう。機械側は俺が組む。制御側は蓮華に任せる」
「機が熟せば、特別にお力添えいたしますわ」
(やる気はある。ただうまくいくかどうかは別の話だ)
「ジャンク、少々お聞きしてもよろしくて?」
「何?」
「この近くに市場はありますの?」
「闇市なら第三区画にある」
「お金を稼ぐ為の、わたくしなりの算段がありますの」
ジャンクはしばらく俺を見ていた。
「……昨日今日でずいぶん落ち着いてきたな」
「追放された身ですもの。のんびりしている暇はありませんわ」
(そうしないと生き残れないからだよ)
ジャンクが笑った。
「そうだな。何かあれば手伝うよ」
「ご厚意、覚えておきますわ」
泥水コーヒーを一口飲んだ。まずい。でも今日は昨日より少しだけマシに感じた。
当面の方針は決まった。融ノ手で鉱石を精製して売る。金を作る。制御プログラムはその後だ。
それだけでいい。今日のところは。




