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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第1部】追放と漂着

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「お茶をいただけて?(泥水じゃねぇか)」

 ジャンクに案内されたのは、ステーションの奥にある小さな部屋だった。


 部屋、というか、倉庫を片付けて無理やり居住スペースにしたような場所。壁は錆びた金属板。床にはスクラップの山。隅っこに寝袋が一つと、工具箱がいくつか。天井の配管から水がぽたぽた垂れていて、バケツで受けている。


 まあ、さっきの真空よりは百倍マシだ。


「悪いけど、椅子とかないんだ。その辺のコンテナに座ってくれ」


「お気遣いなく。場所を選ぶほど、わたくしは繊細ではありませんの」


(繊細じゃないのは口だけだ。中身はびびりまくってる)


 金属のコンテナに座った。着物の裾を体が勝手に整えた。宇宙のゴミ溜めで正座するのかと思ったが、さすがにそこまではしなかった。


 ジャンクが壁際の端末をいじり始めた。長い腕を伸ばして棚の奥から金属のカップを二つ取り出す。何かの粉を入れて、パイプから直接お湯を注ぐ。手慣れた動作だが、雑だ。計量とかしてない。目分量だ。


 持ってきた。灰色の液体。


「コーヒー……の、つもり。味は保証しない」


 受け取る。一口飲んだ。


 まずい。


 コーヒーの面影はあるが、泥水に近い。苦いというより土っぽい。後味に金属の味がする。でも温かい。温かいだけで涙が出そうだ。さっきまで真空だったからな。デスクで飲んでたエナドリが死ぬほど恋しいが、今は温かければ何でもいい。


「お味は……まあ、合格点を差し上げましょうか」


(全然合格じゃない。泥水だ)


 ジャンクが微妙な顔をした。


「……そう言ってくれると助かるけど、顔が全然そう言ってない」


 言葉は勝手に出るが、表情まではコントロールできないらしい。


 ジャンクは自分のカップを一口飲んで、「まずいな」と言った。慣れた顔で。


 俺はこいつが少し好きになった。


「さっきは……ありがとう」


 ジャンクが少し言いにくそうに言った。


「気にしなくていいですわ。たまたまですの」


(全部口がやっただけだ)


「いや……助かった。あいつら最近しつこくて」


「どのようなご関係ですの?」


「同じ区画に住んでたやつらだ。俺が寝袋を干してたら、あいつらの洗濯物に影がかかったとかで怒られた。それからずっとあんな感じで」


「……それだけですの?」


「それだけだ」


(宇宙のゴミ溜めに来てまでそんなことで揉めるのか)


 ジャンクは気まずそうに頭をかいた。ぼさぼさの金髪がさらに乱れた。


「まあ……ここはそういう場所だ。色々とギスギスしてる」


 それ以上は言わなかった。俺も聞かなかった。


「それで、あんた……どっから来たんだ?」


 ジャンクが工具箱に腰を下ろして聞いてきた。


 どっから来た。


 和風皇国の大広間から転移術で飛ばされて宇宙に来ました。中身は三十五歳のプログラマーです。前世では過労死したと思います。


 言えるわけがない。


「わたくしは……追放されましたの」


 あ、これは本当のことだ。口の補正と事実が一致した。


「追放? どこから?」


「帝国から」


 ジャンクは眉をひそめた。


「帝国って……惑星国家のか? この辺りの宙域に帝国なんてあったっけ」


 宙域。惑星国家。


 やっぱりここは宇宙の世界なんだ。恋トキとは完全に別の場所。別のジャンル。


「嫌なら言わなくてもいいけど……、その……、追放された理由は?」


「……色々と、言いがかりをつけられましたの」


「そうか」


 ジャンクはそれ以上聞かなかった。


 俺もそれ以上言わなかった。


 行き場のないやつら同士が集まると、聞きにくいことがある。


 出身とか、過去とか、どうしてここにいるのかとか。


 そういう話題は、触れないことになっている空気があった。


「ところで、ここには何人くらい住んでるんだ?」


 素が出た。ジャンクが一瞬きょとんとした。


「えっ」


「……何名ほどいらっしゃるのかしら?」


「あ、うん。二百人くらいかな。元は技術者とか、軍を追い出されたやつとか、借金から逃げてきたやつとか。いろいろだ」


 二百人。宇宙のゴミ溜めに二百人。それなりのコミュニティだ。食料はどうしてるんだ、電力は、水は。疑問が次々と湧くが、それより先にやることがある。


「あんたは? 名前、聞いてなかった」


「わたくしは蓮華と申しますわ。苗字は九頭竜ですの」


「九頭竜蓮華、か。すげぇ名前だな」


 俺もそう思う。


「まあ……蓮華様? でいいのか?」


「蓮華、で構いませんわ」


 構いませんわ、じゃないんだよ。俺は浩介って呼んでほしいんだけど、言えない。


「じゃあ蓮華。あんた、さっき宇宙空間に生身で浮いてたよな」


「ええ」


「それ、普通は無理だぞ」


「わたくしに、普通を求めますの?」


(俺も無理だと思ってたよ)


 ジャンクは一瞬ぽかんとして、それから苦笑した。


「……まあ、そうだな。で、あの紫色の膜は何なんだ。防壁みたいな技術は見たことあるけど、あんなの初めてだ。生身で、機材なしで」


 ジャンクの目が変わった。さっきまでの困惑した目じゃない。技術者の目だ。


「闇の……術式、とでも申しましょうか」


「術式。魔法ってやつか」


「ええ。わたくしはそう呼んでおりますわ」


「実物を見たのは初めてだ」


 ジャンクが身を乗り出してきた。ひょろ長い体が前のめりになって、工具箱の上でバランスを崩しかける。


「あの膜、どうやって出してるんだ? 意識して使えるのか?」


「感覚で使っておりますの。難しく考えたことはありませんわ」


(本当に何もわかってないだけだ)


「じゃあ試しに少しだけ、その術式を出してみてくれないか。観察したい」


 俺は少し考えた。意識的に使えるのかどうかは、まだ試していない。


 試してみるか。


 手のひらを前に出す。闇術、出ろ。


 ……出た。


 手のひらから、紫色の光が滲み出した。最初はぼんやりとした霧のようなものだったが、意識を集中させるとどんどん濃くなる。光の密度が上がって、球体みたいな形に固まった。


 ジャンクが息を呑んだ。


「……すげぇ」


 俺もすごいと思う。というか、怖い。自分でやっておいて怖い。


 球体をもう少し大きくしようとした。術力という変数に、もう少し値を入れてみよう。


 バキッ。


 という音がした。


 顔を上げると、壁に亀裂が入っていた。金属の壁に、くっきりと。蜘蛛の巣状に。


 俺は術を即座に止めた。


(やばい、やばいやばい。こんな出力じゃなかった)


 ジャンクが壁を見て、俺を見て、壁を見た。


「……加減、できないのか?」


「……申し訳ありませんわ。まだ加減が掴めておりませんの」


(素直に謝れた。珍しい)


 ジャンクは呆れた顔をしたが、すぐに亀裂に指を当てて観察し始めた。怖がるより先に観察している。やっぱり技術者だ。


「エネルギー密度がおかしい。こんな出力、エンジンでも出せない……」


 ジャンクは端末に素早くメモを取りながら、少し躊躇してから口を開いた。


「……一つ、聞いていいか。失礼なのはわかってるんだが」


「なんですの」


「ステータス、教えてもらえないか。あんたの術の出力が異常すぎて、数値で確認しないと説明がつかない」


 探るような目だった。


 俺は少し考えた。ステータス。そんなものがあるとは知らなかった。


「……ステータスとは何ですの?」


 ジャンクが少し意外そうな顔をした。


「能力値が数値で表示される。スキルとか体力とか。ステータスオープンって念じれば自分のが見られる。標準値が50で、鍛えた人間でも200か300がいいところだ。999なんてこの宇宙に三人しか確認されてない」


「この世界では、そのように人を測りますの」


(ゲームのステータスと同じじゃないか。後で試してみよう)


「あんたの術の出力からすると……相当な数値が出るんじゃないかと思って」


「確認できましたら、またお話しいたしますわ」


(教えるかどうかは、その時考える)


 ジャンクは素直に頷いて、また端末に向かった。


「なあ蓮華。この術式、エネルギーとして使えないか」


「エネルギーとして?」


「この出力を機械に流せるなら、宇宙船の動力源になる。うまくいけば連邦の技術を根本から変えられるかもしれない」


 目が輝いている。さっきより三割増しで輝いている。


(出力の大きい処理を別の場所に流用する、か。発想はわかる)


「面白い考えですわね。ただ、わたくし自身まだこの力を把握しきれておりませんの。今すぐというわけにはいきませんわ」


「そうか……。まあ、焦らせて悪かった」


「いずれ機会があれば、考えてみますわ」


(やってみたいとは思ってる。本当に)


 ジャンクは素直に頷いて、また端末に向かった。


「寝袋、使ってくれ。俺はその辺で寝るから」


「……ありがとうございますわ」


(あ、ちゃんと言えた)


 ジャンクが少し驚いた顔をした。


「……どういたしまして、お嬢様」


 初めて「お嬢様」と呼ばれた。


 なんか、居心地が悪い。俺は浩介なんだが。


 寝袋に入った。体が勝手に姿勢を整えて、正しい寝姿勢になった。令嬢の寝方なんて知らないが、この体は知っているらしい。


 目を閉じる。


 ジャンク。


 その名前が、まだ頭に引っかかっている。


 会社で、誰かが。どこかで。


 思い出せない。


 疲労が思考を押し流していく。


 ……まあ、いいか。明日考えよう。


 意識が沈んでいく直前、視界の端に何かがちらついた。


 夢か、幻か。


 ぼんやりとした光の文字が、一瞬だけ見えた気がした。


 「悪役令嬢」という言葉だけが、はっきりと残った。


 ……なんだ、それ。


 考えようとしたが、体が限界だった。


 意識が落ちた。

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