「攻略対象キャラ二人目ですわ(何人いるんだっけ?)」
蓮華マテリアル商会に静かな問題が生まれていた。
ヴォイド・カルテルの残存勢力とレジスタンスが解体されて商会に合流した時、百数名の人員がそのまま流れ込んできた。
そのせいか、一枚岩ではなかった。
特にレジスタンス出身者は、ガーツが軍門に下ったことに納得しきれていない者が多い。
彼らにとって蓮華マテリアル商会は仮の宿に過ぎない。
逆にヴォイド・カルテル出身者は、ガーツの判断に従順だ。
表向きは一つの商会として機能していたが、内部では不穏な空気が流れていた。
ようするに派閥というやつだ。
「蓮華姉さん、少しいいですか?」
リンがP-0を伴って、本社かつ実家でもある廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号に戻ってきたのは夜も遅い時間だった。
「商会の月次利益に、不自然な誤差が出ています」
「どのくらいですの?」
「一ヶ月分の数字だけを見ればただの誤差の範囲ですが、連続して三ヶ月分の合計をすると、それなりの金額ですね」
「リンが気づいたのはなぜですの?」
「綺麗な数字だったので」
「……綺麗?」
「綺麗すぎてかえって不自然でした。意図的に、計算して作られた誤差です。誰かが、かなり頭を使って書類を操作しているのかなって」
俺は心の中で盛大に頭を抱えた。
正直、これ以上は何も聞きたくない。
もう、絶対に面倒なことに決まっている。
だが、俺の意志とは裏腹に、体が勝手に優雅な動作で扇を開いた。
「続けてくださいまし」
「調べた結果、カイ・ゾルンが今回の中心人物です」
「たしか……、商会の経理かなんかを務めている男ですわね?」
「はい。彼が複雑な書類を操作して、商会の売上の一部を、複数の中間業者を経由して、たぶん、レジスタンスの残党組織に流しています」
「彼だけの犯行ですの?」
「他にも数名が協力しています。……全員、レジスタンス出身ですね」
俺はパサリと扇を閉じ、少しだけ沈黙を挟んだ。
「リン、この情報はわたくしだけで、止めておいてくださいまし」
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正直、人が急に増えたから、名前と顔が一致しない。
写真で確認したが、いまいちピンとこない。
なので直接、彼に会うためだけに、アルテシア・ステーションの中継基地までやってきた。
ヴォイド・カルテルの元アジトであり、現在は我が蓮華マテリアル商会の分社となっている。
「来ました。彼です」
P-0が教えてくれる。
俺はわざと通路でカイ・ゾルンと鉢合わせになった。
銀縁の眼鏡。穏やかな笑顔。仕草の一つひとつが洗練された物腰の柔らかさと、完璧な角度の丁寧なお辞儀。
陶器のように白い肌に、光を吸い込むカラスの濡れ羽色を思わせる深い黒髪が、息をのむほど美しいコントラストを描いている。
彼がすっと背筋を伸ばした瞬間、眼鏡のブリッジが室内の光を鋭く反射し、その端正な横顔に知性と男らしい色気が艶めいた。
……なんだ無駄に乙女ゲーみたいな演出は?
それに写真だけだと感じなかったが、かなりのイケメンじゃないか。
こいつ、もしかして攻略キャラなのでは?
「蓮華代表、会えるなんて光栄です」
「ごきげんよう」
内心の動揺を隠し、何も知らない顔で笑みを返して通り過ぎた。
「P-0、急いでレイに繋いでくださいまし」
レイは御飯の途中だったみたいでモゴモゴと口を動かしていた。
「お食事中、失礼しますわ。カイ・ゾルンご存知ですの?」
「……知ってます! 攻略キャラですよ!」
画面の向こうで、レイが嬉しそうに答える。
「眼鏡で、感じが良い人です。どこにいたんですか?」
「我が商会にいますわ」
「商会にいる? どういうことですか?」
「大商会ですもの。人が多ければ攻略対象の一人くらいいますわ」
「そんな話ですか!?」
俺は少し間を置いた。
「ただ今回は、少し勝手が違いますわよ」
「えっ? 好きになったんですか?」
「恋愛ではありませんわ。場合によっては彼を処分しなければいけませんの」
「……え?」
絶句するレイを画面に残したまま、俺は通信を切った。
さて、どうしたものか。
さすがに俺一人で勝手に処分を決めていい案件ではないと思う。
下手をするとレジスタンス派との争いになってしまう。
ここは、レジスタンスたちの元ボスになんとかして貰う必要があるのでは。
俺は自室に戻り、ガーツへの回線を開く。
「ガーツ様、お疲れのところ恐れ入りますわ。カイ・ゾルンのことはご存知ですの?」
こいつが知らない訳がない。
画面の向こうで、ガーツが重苦しい声を絞り出した。
「薄々は察していた」
ほらね。
また、苦い沈黙の隙間があった。
「止めようとも思ったが……」
「なぜ止めなかったのですの?」
「……やつらも、同じ故郷の出だ。俺と同じように、連邦にすべてを焼かれ、失った連中だ」
ガーツが珍しく、少しだけ声のトーンを落として視線を落とした。
「完全には切れなかった。それだけだ」
「あら、ずいぶんとお優しくなりましたのね。約束を守っていらっしゃるのかしら?」
彼の不器用な優しさに、俺は少しだけ笑った。
「ガーツ様、お願いがありますわ。カイ・ゾルンと、レジスタンス派の面々を鎮めてくださいまし。これは、あなたにしかできない話ですわ」
「大人しく従えと、そう言えということか」
「それだけでは足りませんわ。あなたがこの商会へ下ると判断した理由を、あなた自身の言葉で話してくださいまし」
長い、長い沈黙があった。
「……わかった」
「ありがとうございますわ」
「一つ聞きたい。カイをどうするつもりだ」
「それは、後から決めますわ」
「……そうか」
ブツリ、と通信が切れた。
二日後。アルテシア・ステーションの中継基地にレジスタンス出身の主要メンバーが集められた。
重々しい空気の中、ガーツがその先頭に立つ。
俺は主役の座を譲るように、少し離れた壁際で静かに佇んでいた。
やがて、ガーツが話し始めた。
かつての故郷のコロニーのこと。連邦の圧倒的な暴力に蹂躙されたこと。
多くの仲間が目の前で死んでいったこと。それでも、復讐のために血を流し、戦い続けてきたこと。
ヴォイド・カルテルで力を蓄えていたこと。
彼の声は低く、極限まで感情を抑えた話し方だった。
「俺は蓮華の軍門に下った。だが、降伏ではない。未来への判断だ」
ガーツの言葉に、レジスタンスたちの間にざわめきが広がった。
「奪うだけの連邦とも違う。暴力を貪るカルテルとも違う。あの魔女は、俺がこれまで見てきた有象無象の中で初めて、信用できる力と判断力を持っている。俺が賭けたのは、その器だ」
最前列にいたカイが、正面からまっすぐにガーツを睨んでいた。
銀縁眼鏡の奥の切れ長の瞳に怒りが満ちていた。
「この商会を内側から食い荒らし、共倒れになるのは、俺たちの戦い方としては違うはずだ」
落とされた沈黙の重みに、部屋全体の空気が張り詰める。
その静寂を切り裂くように、カイがすっと立ち上がった。




