「攻略完了ですわ(解決ではあるかな)」
廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号に花が届いた。
カルナ・ステーションのドックに積み上げられた真紅の花々は、漆黒の中で異様なほど鮮烈だった。
ドックに充満する濃厚な甘い香りに、俺の胃は早くもきりきりと痛み出す。添えられた金縁のカードには、流麗な筆致でこう記されていた。
「九頭竜蓮華へ。その美しさに敬意を込めて」
贈り主の名前はないが、誰の仕業かは心当たりがあり過ぎる。
宇宙では花は基本的に超高級品だ。自分の財力もしめしたいのだろうか
「P-0、今すぐシリウスに送り返してくださいまし。我が商会に、出所の怪しい荷物を保管するスペースはありませんわ」
「承知いたしました。即座に配送業者を手配し、ファルケン財閥のドックへ着払いで返送いたします」
商会のみんなが、淡々と薔薇の山を片付け始める中、ナイラがそのうちの一輪を無造作に手に取った。
繊細な花弁をしげしげと眺めている。
「……きれいだな。宇宙じゃ、滅多に見られない赤だ」
「あら、花がお好きですの?」
「嫌いじゃない」
ナイラは少し寂しそうに花を見つめていた。
「では一輪だけお持ちになりますかしら。残りはすべて突き返しますわ」
「……じゃあ、貰っとくよ。悪りぃな」
ナイラは少し照れくさそうに髪をかきながら、薔薇を胸ポケットに挿した。
その後ろで、レイが両手で顔を覆って絶望的な声を漏らした。
「蓮華さん……ダメです。多分、それ、あいつには逆効果なんですよ……!」
「逆効果、とはどういう意味ですの?」
「冷たくされるほど燃えるタイプなんです。送り返したら絶対に喜びます」
「まあ、困った殿方ですわね」
「困ってる場合じゃないんですよ……!」
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数日後、商業区の通路を歩いていた時のことだ。
角を曲がった瞬間、正面から歩いてきた人影と完全に衝突コースに入った。
ぶつかる、と思った瞬間、俺の意志とは無関係に相手を投げ飛ばす。
鈍い音が響き、ぶつかってきた人間がもの凄い勢いで後方へと弾き飛ばされた。
しまったと思い、急いで駆け寄る。
壁に背中を打ち付けたのは、シリウス・ファルケンだった。
あまりの衝撃に服が少し乱れ、壁際でよろめいている。
しかし彼は痛みに顔を歪めるどころか、髪をかき上げながら恍惚とした微笑を浮かけて俺を見ていた。
「……やはり、ただ者ではありませんね」
「ご無事ですの? 随分と無様なステップを踏んでいらしたようですけれど」
「貴女の力をこの肌で直接感じられた。うん、今日のところはそれで十分だ」
ごめん。何が十分かわからないうえに、気持ち悪い。
今日こそ穏便に済ませようと、俺は口を開いた。
「よくもまあ、破廉恥な待ち伏せをなさること。恥という概念は、ご実家に置き忘れていらしたのかしら?」
穏便ではなかった。
だが、シリウスの碧眼はギラギラと輝き出した。
「……素晴らしい。飾らず、媚びない。これほど苛烈な方は、全宇宙を探しても貴女ただ一人だ、蓮華」
なんでそうなるんだよ。
それからも、シリウスの現れ方は不定期に続いた。
偶然を装って通路で待ち伏せされ、帰り際にドラマチックな逆光を背に立っている。
どれも自分なりの演出で、計算され尽くしているのだろう。
冷たくあしらえば気高いと讃えられ、追い返そうとすれば駆け引きと微笑まれた。
シリウスは打つほどに惚れ込んでいく。
皆の反応は、見事にばらばらだった。
「シリウスが宇宙のどこかで行方不明になれば、財閥だって手出しはできねえだろ」
ナイラが物騒な提案をする。
「却下ですわ」
「恋愛を間近で最後まで見てみたいかな」
恋愛に興味津々な年頃のはずなのに、リンは標本を観察するような目で端末を叩いている。
ジャンクは口癖の「まあ、いいか」が出ない。何も言わないまま、静かに腕を組んでいた。
そしてレイだけが、本当の恐ろしさを理解して、一人胃を押さえていた。
解決に向かったのは、ファルケン財閥の定期の契約更新の席、すべての商談が終わり、書類にサインを終えた直後だった。
シリウスがこれまでにない真剣な眼差しで、まっすぐに俺を見つめてきた。
「蓮華。商談とは別に、一つ、個人的に聞いてもいいか?」
「手短にお願いいたしますわ」
「貴女には今、想いを寄せている方がいらっしゃいますか」
一瞬で、会議室の空気が張り詰めた。
こいつ、みんなの前でなんて事を聞きやがる。デリカシーはないのか?
背後に控えていたレイが、小さく息を呑む。
レイから聞いた攻略情報によれば、シリウスは強い女性を好み、冷たくされるほど燃える性質らしい。
だが、相手に心から愛する人がいると知った時だけは、潔く身を引く。
俺は少しだけ間を置いた。
手にした扇を、ゆっくりと閉じる。
「……ええ、おりますわ」
シリウスの碧眼が、一瞬だけ大きく揺れた。自分では無いと察しているんだろうな。
「……それは、どのような方ですか」
再び沈黙が落ちる。
俺の脳裏に浮かんだのは、二つの記憶だった。
一つは、前世の俺の記憶。
誰かのために働き、誰かに必要とされることだけを支えに生き、最後には自分自身をすり減らして死んだ三十五年間。
そしてもう一つは、蓮華の記憶。
周囲に疎まれ、闇属性に縛られ、最後にはすべてを奪われて追放された、孤独な少女の絶望。
「ずっと自分が嫌いでしたの」
シリウスは黙って逆らわずに耳を傾ける。
「誰かの役に立つことで、誰かに必要とされることで、なんとか、わたくしという存在を保っておりましたわ」
静かに扇が揺れる。
「ですが、この商会で仲間たちと過ごすうちに……少しだけ考え方が変わりましたの」
「……」
「ようやく、わたくしを好きになりたいと思えるようになりましたわ」
俺は真っ直ぐシリウスを見つめた。
「今のわたくしは、自分自身を愛そうと思っておりますの」
凛とした声が、静かな会議室に響く。
「それ以上に優先したいことは、ございませんわ」
空調の微かな音だけが聞こえる。
シリウスはしばらく言葉を失っていた。
やがて深く息を吐き、ゆっくりと微笑む。
その笑みはどこか寂しく、それでいて不思議なほど晴れやかだった。
「……なるほど」
彼は静かに頷いた。
「私が惹かれたのは、誰かに支えられた強さでは無かった。自分で自分の価値を信じている強さだったのですね」
そして苦笑する。
「それでは、私の入り込む余地はありませんね」
「ご理解が早くて助かりますわ」
シリウスは立ち上がり、完璧な一礼をした。
「承知しました。今後は良きビジネスパートナーとして、お付き合い願えますか。蓮華」
「ええ、喜んで」
静かに扉が閉まる。
彼の気配が遠ざかっていくのを見送りながら、小さく息を吐いた。
その直後。
会議室の隅で固まっていたレイが、ようやく口を開いた。
「……蓮華さん、そう来ましたか……流石です」
「何がですの?」
「私はてっきり、ジャンクさんの名前を挙げるものだと」
「なぜわたくしが、このような小競り合いごときに、ジャンクを利用しなければなりませんの?」
「……いえ、なんでもありません」
レイは遠い目をしたあと、小さく笑った。
「でも、大正解でした」
「そうかしら?」
「ええ。シリウス、本当に納得した顔をしていましたから」
「本契約が破棄されずに済んで何よりですわ」
「それだけじゃありませんよ」
レイは少しだけ目を細めた。
「本当に、蓮華さんらしい答えでした」
蓮華らしいか。
俺は扇をぱちりと閉じる。
俺も蓮華も、自分を大切にできなかった。
誰かのためばかりに生きて、最後には過労死と追放。
だからこそ、自分自身を最優先で愛して生きていく。
それくらいのわがままは、きっと許されるはずだ。




