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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第3部】恋トキ外伝 -DARK BLOSSOM-

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「攻略完了ですわ(解決ではあるかな)」

 廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号に花が届いた。


 カルナ・ステーションのドックに積み上げられた真紅の花々は、漆黒の中で異様なほど鮮烈だった。


 ドックに充満する濃厚な甘い香りに、俺の胃は早くもきりきりと痛み出す。添えられた金縁のカードには、流麗な筆致でこう記されていた。


「九頭竜蓮華へ。その美しさに敬意を込めて」


 贈り主の名前はないが、誰の仕業かは心当たりがあり過ぎる。


 宇宙では花は基本的に超高級品だ。自分の財力もしめしたいのだろうか


「P-0、今すぐシリウスに送り返してくださいまし。我が商会に、出所の怪しい荷物を保管するスペースはありませんわ」


「承知いたしました。即座に配送業者を手配し、ファルケン財閥のドックへ着払いで返送いたします」


 商会のみんなが、淡々と薔薇の山を片付け始める中、ナイラがそのうちの一輪を無造作に手に取った。


 繊細な花弁をしげしげと眺めている。


「……きれいだな。宇宙じゃ、滅多に見られない赤だ」


「あら、花がお好きですの?」


「嫌いじゃない」


 ナイラは少し寂しそうに花を見つめていた。


「では一輪だけお持ちになりますかしら。残りはすべて突き返しますわ」


「……じゃあ、貰っとくよ。悪りぃな」


 ナイラは少し照れくさそうに髪をかきながら、薔薇を胸ポケットに挿した。


 その後ろで、レイが両手で顔を覆って絶望的な声を漏らした。


「蓮華さん……ダメです。多分、それ、あいつには逆効果なんですよ……!」


「逆効果、とはどういう意味ですの?」


「冷たくされるほど燃えるタイプなんです。送り返したら絶対に喜びます」


「まあ、困った殿方ですわね」


「困ってる場合じゃないんですよ……!」


---


 数日後、商業区の通路を歩いていた時のことだ。


 角を曲がった瞬間、正面から歩いてきた人影と完全に衝突コースに入った。


 ぶつかる、と思った瞬間、俺の意志とは無関係に相手を投げ飛ばす。


 鈍い音が響き、ぶつかってきた人間がもの凄い勢いで後方へと弾き飛ばされた。


 しまったと思い、急いで駆け寄る。


 壁に背中を打ち付けたのは、シリウス・ファルケンだった。


 あまりの衝撃に服が少し乱れ、壁際でよろめいている。


 しかし彼は痛みに顔を歪めるどころか、髪をかき上げながら恍惚とした微笑を浮かけて俺を見ていた。


「……やはり、ただ者ではありませんね」


「ご無事ですの? 随分と無様なステップを踏んでいらしたようですけれど」


「貴女の力をこの肌で直接感じられた。うん、今日のところはそれで十分だ」


 ごめん。何が十分かわからないうえに、気持ち悪い。


 今日こそ穏便に済ませようと、俺は口を開いた。


「よくもまあ、破廉恥な待ち伏せをなさること。恥という概念は、ご実家に置き忘れていらしたのかしら?」


 穏便ではなかった。


 だが、シリウスの碧眼はギラギラと輝き出した。


「……素晴らしい。飾らず、媚びない。これほど苛烈な方は、全宇宙を探しても貴女ただ一人だ、蓮華」


 なんでそうなるんだよ。


 それからも、シリウスの現れ方は不定期に続いた。


 偶然を装って通路で待ち伏せされ、帰り際にドラマチックな逆光を背に立っている。


 どれも自分なりの演出で、計算され尽くしているのだろう。


 冷たくあしらえば気高いと讃えられ、追い返そうとすれば駆け引きと微笑まれた。


 シリウスは打つほどに惚れ込んでいく。


 皆の反応は、見事にばらばらだった。


「シリウスが宇宙のどこかで行方不明になれば、財閥だって手出しはできねえだろ」


 ナイラが物騒な提案をする。


「却下ですわ」


「恋愛を間近で最後まで見てみたいかな」


 恋愛に興味津々な年頃のはずなのに、リンは標本を観察するような目で端末を叩いている。


 ジャンクは口癖の「まあ、いいか」が出ない。何も言わないまま、静かに腕を組んでいた。


 そしてレイだけが、本当の恐ろしさを理解して、一人胃を押さえていた。


 解決に向かったのは、ファルケン財閥の定期の契約更新の席、すべての商談が終わり、書類にサインを終えた直後だった。


 シリウスがこれまでにない真剣な眼差しで、まっすぐに俺を見つめてきた。


「蓮華。商談とは別に、一つ、個人的に聞いてもいいか?」


「手短にお願いいたしますわ」


「貴女には今、想いを寄せている方がいらっしゃいますか」


 一瞬で、会議室の空気が張り詰めた。


 こいつ、みんなの前でなんて事を聞きやがる。デリカシーはないのか?


 背後に控えていたレイが、小さく息を呑む。


 レイから聞いた攻略情報によれば、シリウスは強い女性を好み、冷たくされるほど燃える性質らしい。


 だが、相手に心から愛する人がいると知った時だけは、潔く身を引く。


 俺は少しだけ間を置いた。


 手にした扇を、ゆっくりと閉じる。


「……ええ、おりますわ」


 シリウスの碧眼が、一瞬だけ大きく揺れた。自分では無いと察しているんだろうな。


「……それは、どのような方ですか」


 再び沈黙が落ちる。


 俺の脳裏に浮かんだのは、二つの記憶だった。


 一つは、前世の俺の記憶。


 誰かのために働き、誰かに必要とされることだけを支えに生き、最後には自分自身をすり減らして死んだ三十五年間。


 そしてもう一つは、蓮華の記憶。

 

 周囲に疎まれ、闇属性に縛られ、最後にはすべてを奪われて追放された、孤独な少女の絶望。


「ずっと自分が嫌いでしたの」


 シリウスは黙って逆らわずに耳を傾ける。


「誰かの役に立つことで、誰かに必要とされることで、なんとか、わたくしという存在を保っておりましたわ」


 静かに扇が揺れる。


「ですが、この商会で仲間たちと過ごすうちに……少しだけ考え方が変わりましたの」


「……」


「ようやく、わたくしを好きになりたいと思えるようになりましたわ」


 俺は真っ直ぐシリウスを見つめた。


「今のわたくしは、自分自身を愛そうと思っておりますの」


 凛とした声が、静かな会議室に響く。


「それ以上に優先したいことは、ございませんわ」


 空調の微かな音だけが聞こえる。


 シリウスはしばらく言葉を失っていた。


 やがて深く息を吐き、ゆっくりと微笑む。


 その笑みはどこか寂しく、それでいて不思議なほど晴れやかだった。


「……なるほど」


 彼は静かに頷いた。


「私が惹かれたのは、誰かに支えられた強さでは無かった。自分で自分の価値を信じている強さだったのですね」


 そして苦笑する。


「それでは、私の入り込む余地はありませんね」


「ご理解が早くて助かりますわ」


 シリウスは立ち上がり、完璧な一礼をした。


「承知しました。今後は良きビジネスパートナーとして、お付き合い願えますか。蓮華」


「ええ、喜んで」


 静かに扉が閉まる。


 彼の気配が遠ざかっていくのを見送りながら、小さく息を吐いた。


 その直後。


 会議室の隅で固まっていたレイが、ようやく口を開いた。


「……蓮華さん、そう来ましたか……流石です」


「何がですの?」


「私はてっきり、ジャンクさんの名前を挙げるものだと」


「なぜわたくしが、このような小競り合いごときに、ジャンクを利用しなければなりませんの?」


「……いえ、なんでもありません」


 レイは遠い目をしたあと、小さく笑った。


「でも、大正解でした」


「そうかしら?」


「ええ。シリウス、本当に納得した顔をしていましたから」


「本契約が破棄されずに済んで何よりですわ」


「それだけじゃありませんよ」


 レイは少しだけ目を細めた。


「本当に、蓮華さんらしい答えでした」


 蓮華らしいか。


 俺は扇をぱちりと閉じる。


 俺も蓮華も、自分を大切にできなかった。


 誰かのためばかりに生きて、最後には過労死と追放。


 だからこそ、自分自身を最優先で愛して生きていく。


 それくらいのわがままは、きっと許されるはずだ。


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