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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第2部】辺境の魔女

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番外編「ジャンク」

 ユーリ・ヴェルナは、九歳の時に故郷を失った。


 彼の故郷、ヴェルナ・コロニーは連邦の属さない独立国家として繁栄していた。


 人工の青空には鳥たちが飛び交い、収穫を待つ黄金色の小麦畑。近くにには魔鉄を含んだ小惑星群。


 農業と鉱業の調和によって成り立っており、静かで満ち足りた場所だった。


 連邦の艦隊がその空を埋め尽くしたのは、秋の終わり、収穫祭の翌日のことだった。


 宣戦布告も、最後通牒もなかった。理由はあまりにも簡単で、食料も資源も自給自足でき、連邦に依存していない。ただ、それだけだ。


 独立惑星やコロニーへの見せしめとして、いくつかの国家が「間引き」の対象に選ばれた。


 そのひとつが、ヴェルナ・コロニーだった。


 大気を引き裂く熱線が、黄金の畑を黒い灰へと変えていく。大人たちは皆、避難の時間を稼ぐために残り、子供達を狭い船室に押し込めた。  


 マリク。エヴァ。セイン。コー。そしてユーリ。


 脱出艇の警報は鳴り響き、燃料の残量を示すインジケーターは半分以下を指して明滅している。


 計器が示す行き先は不明だった。


「……どこに行くんだよ、これ」


 マリクが震える声で呟いた。


 この五人の中で一番年上で、いつも悪ガキたちの先頭に立っていた強がりな少年だ。


「どこでもいいよ。お母さんが迎えに来てくれる所なら、どこでもいい」


 セインが膝を抱えたまま、冷え切った声で答えた。


 ユーリはヴェルナの王族だ。民から税を預かり、豊かさを約束した一族。それなのに、両親や兄は一緒に自分の国を守らせてくれなかった。


 お前は生きろと逃がしてくれた。


 国を捨てて生き延びる自分に、隣にいる4人を守って生きていく資格なんてあるんだろうか。


 そんな答えの出ない不安を抱えたまま、漂流の果てにたどり着いたのは、三週間後のことだった。


 そこは、廃棄された巨大戦艦や、寿命を迎えた旧時代のステーションが重力で引き付け合い、巨大なゴミの塊となった宇宙の墓場。


 法の光も届かないその暗がりに、様々な理由で追われ、居場所をなくした難民や無法者たちが巣食っていた。


 五人は、比較的構造が安定している古い観測ステーションの隅に、身を寄せ合うような小さな空間を作った。


 脱出艇は既にボロボロで、使えそうなものは誰かに盗まれていた。


 食料は、配給や他人のゴミの中から腐っていないものを拾い集めた。


 水は、錆びついた結露循環パイプから滴る液体を濁ったフィルターで濾して引いた。


 毎日が飢えと寒さとの戦いだったが、それでも五人で肩を寄せ合っていれば、不思議と「何とかなる」と思えた。


 ユーリが廃品を集め始めたのは、ここに来てすぐのことだった。


 引き裂かれた宇宙船の装甲板、回路が焼き切れた制御パーツ。


 かつて王宮の図書室で貪り読んだ宇宙工学の知識が、この最悪の環境で彼の唯一の武器になった。彼は日を追うごとに、より大きく、より複雑な機材を自分の巣へと引きずり込んでいった。


「おい、またそんなゴミを持ち込んで……何してるんだよ、一体」


 ある日、拾ってきた巨大な油圧シリンダーを磨くユーリを見て、マリクがあきれたように声をかけた。


「使えそうなパーツを集めてるんだ」


「見ればわかるよ。何のためにさ」


「宇宙船を作る。僕たちが帰るための船だ」


「……船を作って、どうする。ヴェルナ・コロニーに帰るのか」


「いつか、帰る」


 マリクはそれ以上、何も聞かなかった。王族としてのユーリの意地を感じ取ったわけではない。


 ただ、その狂気じみた生存への執着に、希望を見たのかもしれなかった。


 翌日から、マリクも一緒に泥だらけになって廃品を集め始めた。


 それを見て、手先の器用なエヴァも、視力の良いセインも、身体の小さなコーも、それぞれ自分にできるやり方で、使えそうな部品を拾ってくるようになった。


 五人で集めた廃品の山は、年を追うごとに、少しずつ、確実に大きくなっていった。


 いつしか、周囲の荒くれ者たちは、いつも油と煤にまみれてジャンクパーツを漁る少年のことを、蔑みを込めて「ジャンク」と呼ぶようになった。


 ユーリはその渾名を否定しない。ユーリ・ヴェルナという名は、滅びたとはいえ王族の名前だ。


 もし連邦の耳に入れば殺されるだろう。


 もし無法者に知られれば利用されるだろう。


 それは家族やコロニーの住人達が望むことでは無いような気がした。それに墓場のような場所で名乗るには、あまりにも危うい名前だった。


 だからユーリは「ジャンク」になった。


 二年後、最年少だったコーが激しく咳き込み、そのまま冷たくなった。


 グレイヴヤードには、まともな医療施設もなければ、抗生物質の一錠すらなかった。ただの風邪が肺炎になり、内臓を侵す。宇宙ではごくありふれた、それだけのことだった。


 コーを冷たい宇宙へ水葬した夜、セインがジャンクの腕を掴んで言った。


「ここを出よう、ジャンク」


「どこへ行く」


「どこでもいい。ここ以外のどこかへ……まともな医者がいて、パンが食べられる場所へ」


 ジャンクは、暗がりの中で骨組みだけが完成しつつある、未完成の宇宙船を見つめた。まだエンジンすら載っていない、ただの鉄の塊だ。


「もう少しだ。これが動けば、みんなを連れていける」


「もう少し、って……お前、いっつもそれ言ってるじゃないか!」


 セインの叫びが、狭い部屋に響いた。ジャンクはそれ以上、何も言えなかった。


 数日後、セインはジャンクの前から姿を消した。どこかの密輸船の小使いとして雇われていったという噂を、後から聞いた。


 さらにその翌年、エヴァが出ていった。


 彼女は何も言わず、ただジャンクの作業机の上に、小さな置き手紙を残していた。


 残されたのは、ジャンクとマリクの二人だけになった。


 手紙を読みながら、マリクは自嘲気味に笑った。


「エヴァは正しいよ。あいつは美人だったからな、まともな街に行けば、いくらでもいい仕事が見つかるさ」


「……そうだね」


「お前はどうするんだ、ジャンク」


「僕は、ここにいる」


「なんでだよ。もう誰も、いなくなっちまったんだぞ」


「コーと約束したんだ。船が出来たらみんなで帰るって」


 マリクは呆然とジャンクの顔を見た後、ふっと目元を緩めて笑った。その目には、錆びたステーションの灯りが滲んで反射していた。


「……お前、本当に馬鹿だな。ずっとそれ言ってる」


「そうかな」


「本当に帰れると思うか? 」


「帰る」


「……思うかって聞いてるんだよ、俺は」


 ジャンクは、答えなかった。ただ、古びたレンチを握る手に力を込めた。思えばこの時すでに、彼にとって「船を作る」という行為は、帰郷のためではなく、正気を保つための唯一の手段になっていた。


 マリクが死んだのは、それからわずか半年後のことだった。


 隣の居住区画でマリクはただ、落ちていた使えそうなジャンクパーツを拾おうとしただけだった。その彼の胸を、誰かが警告もなく撃ち抜いた。


 朝には「行ってくる」と笑って手を振っていた仲間が、夜には冷たい肉の塊になっていた。


 ジャンクは、マリクがどこからか手に入れてきて、大切に隠し持っていた粗悪なコーヒー豆を淹れた。


 合成油の臭いが混じったような、泥水に近い、ひどくまずいコーヒーだった。


 それを一口ずつ、喉の奥へと流し込む。


 涙は出なかった。叫び声も出なかった。ただ、あまりにも静かな部屋の中で、自分の呼吸の音だけが不気味なほど大きく響いていた。泣くための場所も、泣き言を聞いてくれる相手も、この宇宙のどこにも残されていなかった。


 もう、マリクも、エヴァも、セインも、コーもいない。


 最初のうちは、朝が来ればパーツを探しに向かい、夜が来れば火花を散らして溶接した。


 だがいつの頃からか、外に出ない日が増えた。溶接の火花が散る夜も、少しずつ減っていった。


 誰かに絡まれても、言い返す気力が湧かなかった。


 まあ、いいか。


 そんな言葉が、いつの間にか口をついて出るようになっていた。


 そんなことを繰り返しながら数年の歳月が流れると、彼は幾つかの整備スキルなどを修得し、そして少年の面影を完全に失う頃には、寡黙な機械屋としてグレイヴヤードに定着していた。


 ステータス画面を開けば、そこにはかつての王族の肩書きはどこにもなく、ただ淡々と、この墓場で生き延びるための実用的な職業スキルだけが並んでいた。


 未だエンジンを持たない未完成の船。その錆びついたハッチを気まぐれに整備しながら、彼はたまに思う。


 いつか、帰れるだろうか。あの、黄金色の小麦が波打っていたコロニーに。


 ジャンクは小さく息を吐き、油にまみれた工具を床に置いた。


 胸の奥のほんの僅かの所にある、消えない炎を抱えたまま彼は呟いた。


「……まあ、いいか。たまには外郭区でパーツ探しでもしようかな」


 あの奇妙な令嬢と出会うのは、その翌日のことであった。

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