「大商会の仲間入りですわ(忙しいのは勘弁)」
廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号に戻ると、ジャンクたちが心配そうな顔で一斉に駆け寄ってきた。
ジャンクは、俺とレイの体を頭から足先まで確認している。服の汚れ具合とか、どこかケガをしていないかどうかを確認しているみたいだ。
「遅かったな。怪我もないようだし、大丈夫だったか」
「ご心配なく。レイも無事ですわ」
ジャンクの肩の力がわずかに抜けた。
「なら……よかったよ」
レイが安堵したように、そのまま椅子へとへたり込んだ。背もたれに頭を預け、天井を仰ぐ。全身の力が抜け切った様子だ。
「……蓮華さん、無茶苦茶ですよ」
絞り出すような声だった。
「あれなら普通にスカウトイベントで断った方が戦闘の難易度低かったのに。廊下、何十人いたんですか」
「わたくしも穏便に済ませたかったのですけれど、先に引き金を引いたのはあちら様ですわ」
「ガーツはどうしたんだ?」
ナイラが会話に割り込むように聞いてきた。
「ご健在ですわ。わたくしを殺そうとしたので、少々懲らしめてやりましたの」
「……懲らしめた?」
「ええ」
「蓮華が?」
「ええ」
ナイラは何かを言いかけ、口を開き、そして静かに閉じた。深い、深いため息だけがブリッジに響く。これ以上追及しても疑問が増えるだけだと、賢明にも判断したのだろう。
「P-0」
「はい、お嬢様」
「ヴォイド・カルテルの通信周波数、拾えますかしら」
「現在確認できる主要回線が四十三、補助回線が百を超えております。絞り込みますか」
「全部つなぎなさいな」
人間なら「全部ですか」と聞き返すところだろうが、P-0は聞き返さず実行。
「全部接続します」
リンが端末から顔を上げた。
「蓮華姉さん、何時でもいけます」
「「では、お別れのご挨拶をいたしますわ」
レイが助けを求めるようにナイラを見つめ、ナイラは諦めの境地でジャンクを見た。そしてジャンクは、ぽつりと言った。
「まあ、いいか」
誰も止めなかった。
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いつものように船首に立つ。
どこまでも無限に広がる、冷たくて深い漆黒。ここに来た頃は恐ろしさだけだったのに、今はなんだか落ち着く。
息を吸おうとして、吸えない奇妙な感覚。鼻にも口にも空気が入らず、息ができないことにも慣れてきた。
P-0が空間にホログラムを展開する。
蓮華の艶やかな全身像が、静かに宙へ浮かび上がった。
「ヴォイド・カルテルの皆様」
口が勝手に動いた。
「本日は皆様のささやかな住処へお邪魔いたした、蓮華マテリアル商会代表の九頭竜蓮華と申しますわ」
扇を優雅に開き、細めた瞳を通信越しへ向ける。
「今後、わたくし達への干渉は一切お断りいたします。それでも愚を犯すのでしたら、歴史の藻屑として退場していただきますわ」
扇の隙間から覗く瞳が、不愉快そうに、しかし圧倒的な格上としての余裕を湛えて細められる。
沈黙があった。
それから、重く地を這うような声が回線の向こうから響いた。
「辺境の魔女め、お前は自分が誰に牙を向けたのか、本当に理解しているのか?」
「ええ、存じておりますわ」
即答だ。
俺は存じていないが、俺の口は存じているらしい。
「思い知るがいい。この宙域でお前たちが呼吸する酸素、腹を満たす食料、行き交う一筋の光に至るまで、それらすべてが我がヴォイド・カルテルの支配下にあることを。明日には、お前たちと交わる者すべてが、お前たちの世界から消滅する。己の無力を呪いながら消えていけ」
こいつは、ガーツの上司か?
言っているスケールが違いすぎてマジで怖い。ヴォイド・カルテルの総帥か何かなのだろうか。
「まあ。ずいぶんと幼稚な脅し文句ですわね」
回線の向こうで、空気が変わった気がした。慣れた嘲笑ではなく、苛立ちの混じった沈黙だ。
「いつまで、その不届きな笑みを浮かべていられるかな」
「艦隊来ます」
リンの張り詰めた声が、船内から届いた。
「その数……四十」
四十隻?
宇宙戦艦が四十隻も?
無理。俺の感覚では詰みだ。
「たった四十隻ですの」
口に俺の感覚は無視された。
蝕ノ掌。
宇宙空間に展開していたヴォイド・カルテルの衛星兵器が闇に溶けるように、次々と光が消えていく。
歪ノ門。
要所要所に展開していた宇宙艦が、空間のねじれに巻き込まれる。艦体が静かに歪み、推進器が沈黙し、ただの漂流物として宙に残される。
帳ノ衣を広げながら、淀みなく闇の術式を重ねていく。船内のレーダーに映るカルテルの拠点が、次々と光を失い消灯していく。
「増援確認……。右、十一時の方向。三十隻きます」
「あら、おかわりですの?」
墜ノ嵐。
一隻ずつではない。闇の全体術。
三十隻の巨大な軍艦が、まるで糸を切られたように、推進力を根こそぎ奪われ、宇宙の深淵へと音もなく静止する。断末魔の通信一つさえない。ただ静かに、止まった。
数瞬の後、すべての敵性反応が、通信が、完全に途絶えた。
「ヴォイド・カルテル、主要拠点との通信が途絶」
リンが報告を読み上げる声は、努めて平静を保っていた。
「敵艦隊の七割が機能停止。ヴォイド・カルテル、沈黙しました」
「リン、報告お疲れ様でしたわ。さあ、お茶にしましょう」
俺はゆっくりと扇を閉じた。まるで、読み終えた退屈な本を棚に戻すかのような、あまりにも軽い動作で。
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船内へ戻ると、みんな直立不動のままモニターを見ていた。
レイだけが両手で顔を覆っていた。さっきから精神的な消耗が著しいらしい。
「お待たせしましたわ」
「……蓮華、やり過ぎだよ」
ジャンクの低い声。これ、少し怒ってないか?
「あら、誰も死んではいませんわ。わたくしは虫も殺せない淑女ですから」
レイが恐る恐る聞いてきた。
「ヴォイド・カルテルを壊滅させたんですか?」
「向こうの脅しに少々乗って差し上げただけですわ。あの程度、まだ懲りずに仕返しへ来るかもしれませんもの。引き続き監視をお願いいたしますわ」
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数日後。
ガーツから直接、個人通信が入った。
「……魔女よ」
「ごきげんよう、ガーツ様。まだ懲りずにご連絡いただけるとは思いませんでしたわ」
「俺の負けだ」
短く、掠れた声だった。あの大きな体と、あの勝ち誇った笑い声が嘘のように、今は静かだ。
「レジスタンス、ならびにヴォイド・カルテルの残存勢力……すべて辺境の魔女の軍門に下る」
レイに視線を送ると、首を傾げている。いや、アドバイスとか欲しいんだけど。
ゲームで言えば、ここが分岐点のはずだ。フラグが立って仲間になるルートか、あるいは別の何か。
「……困りましたわね。わたくし、軍門などという物騒なものは持っておりませんわ」
「お前の商会に入れろ」
「随分と一方的ですわね」
「俺はお前に惚れたんだ」
会話の温度が、唐突に変わった。
「実力も、胆力も、俺がこれまで生きてきた中で一番だ。俺はお前の下につく」
動いていた蓮華の扇が、ぴたりと止まった。
「惚れたからと、そうおっしゃいますの?」
「そうだ。だか勘違いするなよ。人としてだ。女としてだけは断じてない。」
「……別に勘違いなどしませんわ。それなら文句は特にありませんけれど」
俺にはあるぞ。色々とある。
唇が、少し困ったように綺麗な弧を描いた。
「まあ、商会としてなら構いませんわ。ただし、入会条件はこちらが決めますわ」
「わかった」
「人を粗末に扱うことを禁じますわ」
「……善処する」
「善処ではなく、約束してくださいまし」
短い沈黙があった。ガーツが何を考えているのか、通信越しには分からない。
だがその沈黙は迷っているのではなく、言葉を選んでいるように感じた。あの男が「約束」という言葉をどれほどの重さで扱うのか、少しだけ気になった。
「わかった。……約束する」
「よろしいですわ」
扇をパチンと、小気味よく閉じた。
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それから数週間で、蓮華マテリアル商会を取り巻く環境は激変した。
ガーツが持ち込んだ裏の取引先、極秘ルート、そして膨大な情報。誰も知らなかった航路、誰も表に出せなかった取引、誰も繋げられなかった相手。それらが雪崩のように商会へ流れ込んできた。
リンが端末のデータを眺めながら、信じられないといった声を出す。
「先月の十二倍の利益ですよ」
「そうですの」
「もう大商会ですよ、これ。辺境の小さな商会レベル
じゃなくなってます」
「すべて、行きがかり上の成り行きですわ」
リンが何か言いたそうに口を開いて、また閉じた。数回くりかえして、諦めたように端末に目を戻す。
「……本当に成り行きだったと思うか? 最初から、蓮華はこうなるって分かって動いてたんじゃないのか?」
ジャンクが眉間に皺を寄せながら、レイの隣へ歩み寄り、小さな声で訊ねた。
俺にも聞こえてるよ。
「さ、さあ? どうなんでしょう」
レイは顔を赤らめながら、曖昧に笑って視線を逸らした。
聞かれても答えられないという顔だった。
俺は、心の中でぼんやりと思った。
(本当に、ただの成り行きだったんだよな……?)
口は答えなかった。




