「帰りますわ(無事に帰りたい)」
正直にいうと、戦闘は回避できるかもしれないと甘い期待をしていた。
レイは以前、「レジスタンスの勧誘を断ると戦闘になる」と言っていた。
だが今回は、まだガーツがヴォイド・カルテル側にいる段階での接触だ。少なくとも、レジスタンスからの勧誘ではない。
となると戦闘フラグの条件は、ガーツの誘いを断ることだったのだろうか。
そんなのプログラムした記憶がない。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか十数人に囲まれていた。
四方から機械的な駆動音と共に銃口が向けられる。
俺の身体が、まるで舞踏会のように流れる所作でゆったりと腕を上げた。
「あら。名乗りもなく銃口を向けるなんて……。作法をご存じなくて?」
帳ノ衣。
四方から一斉に放たれる弾丸。しかしそれらは、俺やレイの周囲数センチに触れた瞬間、溶けるように消える。
静寂の中、ひとりの男が引きつった顔で呟いた。
「……辺境の魔女だ」
「えっ、こ、こいつが……」
「……なんでこんなとこにいるんだよ!」
全員が露骨に引いていた。これまでの余裕が嘘のように、部屋の空気が凍りつく。
「援軍だ!援軍を呼べ!構うな、あるだけの火力を注ぎ込め!」
リーダー格らしい男が、裏返った声で叫ぶ。
壁がスライドするように開くと、隠し扉から重武装の兵士たちがなだれ込んできた。
「そんなに急がなくてもよろしいですわ。わたくし、まだまだ余裕がございますのよ?」
次々に撃ち込まれる高出力の弾丸やレーザービーム。さらに後方の魔法使いたちが、練り上げた炎と雷の複合魔術を同時に放ち、空間が熱と電撃で歪む。
「混ぜ物をするなら、もっと上品に仕上げてくださいませ」
歪ノ術。
指先を軽くひねると、迫り来る炎と雷は空中で不自然にねじれ合い霧散した。
あまりの人数に、入り口付近では後続の兵同士がつかえ、後ろから押し込まれて身動きが取れなくなっている。
「では、今日のところはこれで失礼いたしますわ」
パチン、と扇をゆったりと閉じる。
「次にお会いする機会がありましたら、その時はもう少し楽しませてくださいまし。では、ごきげんよう」
俺は唖然としているレイの腕をそっと取り、何事もなかったかのように優雅に歩き出した。本当は走り出したいのに、優雅さが上書きされて走れない。
背後では、敵兵たちが金縛りにあったように動けずにいる。
「れ、蓮華さん、歩いて帰るんですか! 案内役の人もどっか行っちゃったし、帰り道わかるんですか!」
「そんなもの覚えておりませんわ。でも、他に方法がありまして?」
微笑みながら廊下に出た瞬間、天井の隙間から影が落ちる。
上から不意打ちの四人。壁際から飛び出す三人。鋭い刃と魔力を纏った拳が、同時に俺の死角へと迫った。
だが、俺は歩みを止めれない。
帳ノ衣が触れた瞬間にそれらの凶器のすべてを弾く。その反動だけで、暗殺者たちは勝手に吹き飛んで壁に叩きつけられた。
「風情のある登場ですわね。ですが、少々芸が足りないですわ」
廊下の奥からズシン、ズシンと重い金属足音。角を曲がって現れたのは五機のパワードスーツだった。
「数を揃えるのは結構ですけれど……質が伴わないのは、少々お粗末ですわ」
歪ノ術。
視線を向けた瞬間、全機の関節部分が、目に見えない力で同時に真逆へとねじ切れる。
金属の悲鳴と破裂音が廊下に高く響き渡った。
俺とレイは、まるで静かな庭園を散歩するかのように、火花を散らす鉄屑の横を通り過ぎていく。
やがて、廊下の先に怪しく明滅する大規模な魔法陣が見えた。床一面に張り巡らされた、トラップの術式。
「子供のお絵描きのようで、可愛らしいですこと」
速度を落とすことなく、迷わずその中心を踏み抜く。
蝕ノ掌。
床から放たれた衝撃のエネルギーそのものを、一滴も残さず闇へと吸い込む。足元で小さく土埃が上がっただけだった。
かるく扇を翻し、また進む。
別の広い廊下に出ると、パワードスーツ十五機が隙間なく横一列に並び、一斉に大型ガトリングの銃口をこちらに向けていた。
「先ほどから同じような手札ばかり。まるで三流劇団の再演ですわ」
扇を口元へ添え、くすりと笑う。
「芸がないにも程がありますわ。せめてわたくしを楽しませたいのでしたら、次はどう来るのかしらくらいは期待させてくださらないと」
墜ノ術。
身体が勝手に扇を上から下へと振り下ろした瞬間、十五機の直下の床だけが、超重力によって円の形に綺麗にくり抜かれた。
床が消え、抗う術なく一斉に落下していく十五機。下の階から派手に砕け散る重低音だけが、静まり返った館内に響いた。
上へ抜ける階段を見つけては登り、ようやく見覚えのある大廊下へと出る。
「ここまで来るとはな。だが、ここまでだ」
そこには沢山の兵士の前に、ガーツがひとり先頭に立っていた。
ガーツがパチンと指を鳴らす。
一瞬でパワードスーツを纏い、頭部バイザーまで完全に閉じている。先ほどのパワードスーツとは装甲の色が違う。周囲の光を妙な具合に吸い込む、不気味なくすんだ銀色。
「まあ」
俺は試すように、ガーツに向けて歪ノ術の術式を走らせた。
だが、紫色の光が装甲の表面に触れた瞬間、パチンとガラスが割れるような音を立てて術式自体がかき消える。
続けて墜ノ術の重力圧を叩きつけてみる。それでもガーツはびくともせず、微動だにしない。
「無駄だ!魔女よ、お前が持ち込んだ、このレンカガネの脅威を身をもって知れ!あらゆる魔とスキルを無にする金属だ!」
レイが息を呑み、俺の袖を引く。
やはりというべきか。軍事利用を考えるなら、対魔法・対能力者装甲としては理想的、かつ最悪の代物だ。どんなに強力な魔法使いも、これの前ではただの人間に成り下がる。
ガーツの勝ち誇った笑い声が響く中。
俺は、ゆっくりと扇を閉じた。
「……」
一歩、踏み込む。
魔法が使えないと見て、ガーツが勝利を確信しながら巨大な機械の腕を振り上げた。
その瞬間。
鋭い踏み込みと共に放たれた俺の右拳が、パワードスーツの分厚い胸部装甲へ、めり込むほど深々と突き刺さった。
響いた音は、ただ一つ。衝撃の塊のような鈍い音だった。
「が、はっ……!?」
ガーツの巨体は、一瞬だけ宙に浮いたかと思うと、弾丸のような速度で廊下を転がり、背後の頑丈な壁を何枚も突き破り、そのまま遥か奥の部屋へと消えていった。
崩れた壁から、白い粉塵がサラサラと虚しく舞い上がる。
しばらくの間、敵の残党も、レイも、誰も声を出さなかった。
「れ……蓮華さん」
「なんですの?」
「今、素手で……、ただのパンチで吹き飛ばしましたよね……?」
驚愕に目を見開くレイに対し、俺は何事もなかったかのように、服にかかった粉を払う。
「魔法やスキルが通じない時は、やり方しだいですわ。わたくし、お転婆というものに憧れていましたの」
それだけ言って、何事もなかったかのように、また優雅に歩き出した。




