「ガーツからスカウトされてますわ(断るけどね)」
「ガーツ・ガーツの居場所、特定できました」
リンが端末を傾ける。その声はいつも通り淡々としているのに、告げられた場所が重かった。
「アルテシア・ステーションの中継基地です。ここ……、どうやらヴォイド・カルテルの本拠地みたいですね」
「アポイントは取れますかしら」
「……犯罪組織の幹部にアポですか」
「正規の手続きを踏んだ方が、話が早いですわ」
リンは数秒だけ考え、静かに頷いた。
「やってみます」
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中継基地へ向かう船内。 レイが俺の横に並び、少し歩調を落とした。
「蓮華さん……。ガーツのこと、説明しておきます」
「ええ、聞きますわ」
レイは俯き、記憶を探すように口を開く。
「ガーツは……ゲームだと、子供の頃に平和な独立コロニーで暮らしてたんです。でも連邦の介入で全部壊された。連邦が独立勢力を増やしたくなかったからって」
(独立を嫌がる連邦から、理不尽に攻撃される、か。……SFあるあるだけど)
レイの拳が震える。
「だからレジスタンスを結成したんです。復讐だけじゃなくて、故郷を取り戻したい。連邦を倒して正義を示す男って、ネットの人物紹介に書いてました」
(名目は故郷を取り戻すか。でも実際は……どうだろうな)
俺はレンカガネの取引で見たガーツの目を思い出す。 あれは理想家の目じゃない。
もっと冷たく、もっと計算高い何かだ。
「だからヴォイド・カルテルなんて、ただの犯罪組織にいていい人じゃないと思うんですよ。今日会えば、彼の苦しみとか、背負ったものとか、何か分かるかもしれないと思って」
「ええ。奴の化けの皮を剥がしてやりますわ」
「そうじゃなくて」
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アルテシア・ステーションの中継基地。その
内部構造は迷路のように複雑だ。案内役の人がいなければ間違いなく目標の部屋までたどり着けなかったと思う。
不意の敵の潜入に対応するためだろうか。そういえばテレビ局もテロに備えて中が複雑だと聞いたことがある。
通された部屋は無駄に広く、静かで、冷たい空気が張り詰めていた。革張りの椅子に大きなテーブルが備え付けてある。
窓の外には、黒い宇宙が広がっている。ここは地下のはず。無駄に何階も階段を下ってたどり着いたのに。ここはどんな構造になって、どこを通ったら外が見えるのか想像つかない。
そこの奥にガーツが立っていた。
「来たか」
「ごきげんようですわ。ガーツ・ガーツ様」
レイは軽く頭を下げただけなのに、俺の身体は勝手に貴族のように優雅なお辞儀をした。
「かけろ」
席に着くと、ガーツも向かいに腰を下ろす。 沈黙が落ちる前に、俺は扇を開いた。
「早速一つ、お伺いしてもよろしいかしら」
「なんだ」
「ガーツ様は、レジスタンス軍にヴォイド・カルテルを取り込むおつもりですの?」
ガーツの目がわずかに動く。
レイが息を呑んだ。
「……まって。組織ごとレジスタンスに取り込むってことですか? 犯罪組織を?」
(犯罪組織の中で犯罪組織って言うな)
ガーツの目つきが変わる。
「どこで聞いた。レジスタンスと俺が繋がるような情報は、漏れるはずはないのだがな」
「うちの情報部は優秀ですの」
ガーツはそれ以上追及しなかった。
「まあいい。いずれ話す予定だった。レイ、それに辺境の魔女よ。お前達が必要だ。レジスタンスに来い。幹部待遇で迎える」
レイが確認するようにこちらを見た。 俺は扇で口元を隠したまま、何も言わない。
「……今は、蓮華さんと商会にいたいと思ってます」
「そうか」
ガーツは表情を変えず、俺へ視線を戻す。
「魔女の返事は」
「わたくしは商人ですの。レジスタンスなどという、正義を理由に暴力を振るう集団と馴れ合う趣味はありませんわ」
「組織で縛るつもりはない。自由にして貰って構わない」
(いや、縛る気満々の目してるから。帰ろうとする部下を会議室に呼び戻す時の上司の目だよ)
ガーツの視線は、人を個人として見ていない。
何というか、使えるかどうかの能力を見ているような気がする。
「レイ。それに魔女よ。この宇宙は一人で生き残れるほど甘くない。信頼出来る仲間が必要だと思わないか」
「そこには同意しますわ」
「力は集めなければ意味がない。理想も、技術も、人材もだ。違うか?」
「だからこそですわ。わたくしは、特にガーツ様のような方には近づきたくありませんの」
ガーツの目が細くなる。
「どういう意味だ」
「ガーツ様は、人を使えるかどうかでしか見ていない方ですもの。それに、連邦から故郷を奪還するまで、沢山の人を犠牲になりますわ。わたくしも、きっとその中のひとりなのでしょう」
レイの表情が固まった。だがガーツは怒らない。
「我々の目的は故郷の奪還だ。綺麗事だけでは故郷は取り戻せん。連邦を倒すには犠牲が必要だ」
(ほら、犠牲が必要だって割り切ってる)
俺は扇を口元に当て笑う。
「なるほど。死んだ人間は必要経費ということですのね」
「その程度で終わる人間を、俺は中核には置かん」
こういう奴は、自分は死なないと思っている。そして死んだ他人は弱かったで片付け、痛みすら想像しない。
「お前達は違う。結果を出せる側だ。レンカガネ、術式、商会運営。既に多くを動かしている」
(今度は、お前は他とは違う。お前なら出来るね。プログラマー時代に何回言われた事か)
そこで、ふと繋がった。
(レンカガネの独占契約を、交渉に向かないドルドに任せたのは俺達への試験だったんだな)
ガーツは最初から、俺達を戦力として見ていたんだ。
独占契約なんて、どうでもよかった。 俺達が使える駒かどうかを測るための試験官。
そしてドルドは自分の地位を失ったわけか。
「上に立つ者は、綺麗ではいられない。汚れることも必要だ」
ガーツの声は重い。
「だから理解して受け入れろ。そしてこちらに来い」
視線が絡む。
獲物を逃がさない目。
「お前達なら、俺の隣に立てる」
お前の隣はブラック組織の管理職ポジションだろ。立ったら、 また過労死するに決まってる。
俺は扇を軽く振る。
「もう一つ、お聞きしますわ。ガーツ様は、なぜヴォイド・カルテルにいるのかしら?」
ガーツの目がわずかに揺れた。
「力を蓄えるために必要だったからだ」
「まあ。必要だったから」
俺はくすりと笑う。
「便利な言葉ですこと。必要と言えば、どんな汚れも正当化できますわ」
必要だから残業。
必要だから休日出勤。
必要だから徹夜。
その必要で、俺は過労死したわけだが。
「本音は違いますわよね。自分でも、お気づきかしら?」
ガーツの瞳が鋭く揺れた。
「……何が言いたい」
「ガーツ様は、故郷を取り戻したいのではありませんの」
「…………」
「連邦に踏みにじられた。だから今度は、自分が踏みにじる側に回りたいだけですわ」
空気が凍る。
「そのためのレジスタンス。そのための革命。そのための正義ですわよね」
俺は笑みを深くした。
「だから、ヴォイド・カルテルのような場所でも馴染めるんですわ」
ガーツの眉が、ほんのわずかに動く。
「褒めて差し上げていますのよ。ガーツ様は、気高き革命家、故郷を憂う抵抗者などでは断じてありませんと」
俺は優雅に言い放つ。
「ただの、次の独裁者ですわ」
ガーツは怒るでもなく、深くため息をついた。
「なるほど。この俺がせっかく選んでやったというのに……。どうやらお前達とは一緒の道を歩けないようだな」
「そうですわね」
「ちょっと、蓮華さん……」
ガーツはしばらく黙っていた。 その数秒の沈黙の後、彼の目から交渉の色が消えた。
「俺とレジスタンスの繋がりを知っている、お前達を生かして返すわけにはいかんな」
レイが息を呑む。
「ガーツさん……!」
俺は扇で口元を隠したまま笑う。
「やはり、選んでやったなどと傲慢な勘違いをしていらっしゃいましたのね。ガーツ様」
ガーツの眉がわずかに動く。
「わたくしを従えられる側だと思っていらした」
扇を閉じる。
「だから、殺せるなどと考えてしまう」
口が勝手に優雅に笑った。
「本当に、独裁者気取りが板についておりますこと」
空気が張り詰める。
ガーツの部下達がいつの間にか集まり、周囲で武器に手をかけた。
「れ、蓮華さん……!」
レイの声が震える。
「安心なさいな、レイ」
口が勝手に答える。
「もともと暴れるつもりでしたわ」
「えっ」
次の瞬間。
扇が音を立てて開く。
術式の闇が空間に走った。
「では」
俺は優雅に一礼する。
「交渉決裂ですわ」




