「同じ転生者ですわ(やっぱりね)」
商業区の外れに、小さな軽食スタンドがあった。昼時を外れた時間帯で、客はほとんどいない。
カウンターの席に腰を下ろすと、頭の奥にまだ夢の余韻が残っているのがわかった。
あの、孤独を積み重ねた日々から抜け出せない。体はここにいるが、意識はどこか霞んでいる。
「蓮華さん」
「……なんですかしら」
「少し、変な話をしてもいいですか」
「この広大な宇宙ですもの。今さら普通を求めるほどわたくしも野暮ではありませんわ」
レイはしばらく黙って、手元のカップを見つめてから、決意したように顔を上げた。
「わたし、この世界の人間じゃないと言ったら信じますか。ここじゃない別の世界から転生してて……」
ここがゲームの世界であること、自分が実は女性で転生者であること。レイは静かに話した。
そこからも色々と話してくれたと思う。でも今の俺には、全部が霞の向こうの話だった。
「外伝のシナリオで、やることがあって。連邦シナリオ、レジスタンスシナリオ……。共通クエストもあって。蓮華さんはゲームの中では裏ボスなんです。だけど会ってみて、きっと大丈夫だと思って」
そうか、と思った。
「だから、仲間が必要で。特にジャンクさんやナイラさん、リンさんを仲間にしたいので……」
その瞬間、頭の霞が一気に消え失せ、憎しみのような感情で心が埋まる。
どれだけ積み上げても、誰かのものになった。
どれだけ成果を上げても、誰も見てはくれなかった。
冷たい廊下。扉の前で手を下ろした、重い箱を棚に置き、心を殺したあの日。
だが、今は違う。
不器用な手つきで、ジャンクが初めてコーヒーを持ってきてくれた。
何も言わずに、ナイラは隣に立ってくれた。
「見て」と、リンが少しだけ誇らしげに端末を傾けて見せてくれた。
……やっとだ。
やっと、手に入れたんだ、それを。
突然、力が溢れた。
合金製の机の半分が、触れてもいないのにどろりと黒く焦げ、腐食していく。
床の食器が振動で落ち、砕け散った。空気が重くなり、レイを圧迫した。
「わたくしの……ですわ」
「れ、蓮華さん?」
「わたくしが、わたくしとして生きるために、ようやく手に入れたものですわ!」
闇術が腕を伝って黒い霧のように滲み出ていた。机の焦げがさらに広がり、床にまで侵食を始める。
「その方たちを、わたくしから奪うことは、何人たりとも許しませんわ。例えあなたが、主人公だとしても!」
レイは、ただ圧倒されていた。
しばらくして、沈黙の中にレイの小さな声が届いた。
「……ごめんなさい。奪うつもりじゃなかったんです。みんなで一緒に、って……そう言いたかっただけで」
バシッ。
乾いた音が店内に響いた。
俺は両手で、自分の頬を強く叩いた。じわりと広がる痛みで正気を取り戻し、暴走しかけていた術を強引に押し込める。
(……何やってんだ、俺は)
夢で見た蓮華の記憶。積み重ねた孤独。失い続けた時間。
その感情が、まだ自分の中に残っている。
俺の感情と、蓮華の感情の境界が曖昧になっていた。
(……夢の影響か)
自覚すると、逆に少しだけ冷静になれた。
「……少し、時間をくれ。また後日連絡する」
素の言葉が出た
逃げるように店を出て、廊下の角で壁に手をついた。膝が笑っている。
「お嬢様」
P-0の声がした。
「なんですの」
「術力の異常漏出を確認しました。ステーションのセンサーが警報を発する寸前でした」
「……問題ありませんわ。少し、虫の居所が悪かっただけです」
「記録します」
「こんな時にまで記録しなくていいですわ」
体の震えが収まるまで、俺は冷たい壁から離れることができなかった。
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部屋に戻ってから、扇を膝の上に置いて、天井を見た。
術力はもう落ち着いていた。頭も、少しずつ戻ってきていた。
(整理しないと)
レイは自分は転生者だと言った。正直、そうだろうとは思っていた。何やら怪しい雰囲気だったし、同じ転生者として気づかない方がおかしい。
三人を仲間にしたい。
その言葉で制御が飛んだ。
今ここにいるのは間違いなく俺だ。記憶も、自我も、思考も俺のものだ。
だが、時々こうして、蓮華の感情があまりにも自然に混ざる。
蓮華という人格は、今どうなっているんだ?
消えたのか、それとも、俺の奥底でまだ生きているのか。
(……考えても答えは出ないな)
レイとの会話も、あのまま終わらせるのは良くない。それに聞きたいことはまだまだある。
蓮華が裏ボスとして設定されているなら、ゲームの中でどういう存在だったのか。
ただ、そもそも俺は外伝を途中までしかプログラムしていない。途中で過労死したから、外伝は発売されていないはずだった。
いや、もしかして発売されたのか。
あり得る。途中まで作っていたデータは残っている。他のスタッフが引き継いで発売したなら、レイの知っている「外伝」が存在していてもおかしくはない。
そこまで考えて、頭を抱えた。
「……面倒くさ」
思わず本音が漏れる。
ゲームのシナリオだの、世界の危機だの、正直どうでもいい。
俺の目的は一つだ。悠々自適に暮らすこと。困らない程度に金を稼いで、安全な拠点を作って、気の合う仲間と適当に飯を食って暮らす。
その程度でいい。
でも、もしこの世界がシナリオ通りに動くなら、平穏そのものが吹き飛ぶ可能性がある。
俺はしばらく天井を見つめたまま、ゆっくり目を閉じた。
やっぱり……、まずは情報だよな。
知らなければ、対処もできない。
今の平穏を全力を守る。
それこそ誰にも奪わせるものかと、胸の奥で静かにそう思った。
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翌朝、レイに連絡を入れた。
場所は変えた。商業区の中ほどにある小さなバーだ。昼前の時間帯で、客は俺たちだけだった。
レイが来た。少し緊張した顔で向かいに座った。
「昨日は、失礼しましたわ」
「……いいえ、わたしこそ」
「いいえ」
短く返した。謝罪の応酬は要らない。
「一つ、聞いてもよろしいかしら」
「はい」
「ゲームの中で、わたくしがどういう存在だったか、教えていただけますの」
レイが少し考えてから答えた。
「外伝では裏ボスとして実装されてたんですけど、バックストーリーはなかったんです」
「バックストーリーが、ない?」
「はい。キャラクターとしてデータはあって、戦闘にも出てきて。でも、なぜ裏ボスになったのかとか、どういう経緯があったのかとか、そういう話は外伝の中には一切なくて」
(実装だけされていた、か)
「なぜ裏ボスに、と思いますの」
「わたしの予想なんですけど」
レイが少し言いよどんだ。
「本編の『恋華☆トキメキ☆プリンセス』での蓮華さんって、すごく人気で。攻略できないのに、みんな好きで。だから外伝でも大きい役をあてたんじゃないかって」
「……まあ」
俺は扇を、ゆっくりと開いた。
口元を隠して、少し顎を上げた。
「当たり前ですわ」
レイが少し固まった。
「え」
「人気があるのは、当然のことですわ。それだけのことをしてきましたもの」
「……あの、それは、本家ゲームの中の蓮華さんの話で」
「存じておりますわ」
口が勝手ににやつく。
(蓮華が照れてるのか?)
扇をパチンと閉じた。
俺の中で、何かが少し、軽くなった気がした。




