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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第2部】辺境の魔女

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「寝起きが悪いですわ(割と重かった)」

 その夜、意識の底に沈み込んだ俺が見たのは、断片的な、けれどあまりに鮮明な彼女の「生」の記録だった。


 最初の断片。蓮華が今よりも幼い頃の記憶。


 宮殿の庭。春先。


 蒼真は蓮華より少し年上で、初めて顔を合わせた婚約者の顔を、値踏みするでもなく、ただ真っ直ぐに見た。


「お前が蓮華か。闇属性だと聞いたが」


 蓮華が少し身を固くした。いつもそこから始まる。その反応は、すでに彼女の反射になっていた。


「……左様でございます」


「ふうん」


 蒼真はそれ以上何も言わず、庭を歩き始める。


 少し歩いたところで、蒼真の侍従が耳打ちをした。「闇属性の方と、あまり近くに」と。


 蒼真が振り返った。


「やかましい。俺の婚約者に何か文句があるのか」


 侍従が黙る。


 蓮華は、その広い背中を見つめていた。


 初めて、誰かに守られたと感じた瞬間の温度が、夢の中の俺にも伝わってきた。


 それから、蓮華はよく蒼真のところへ行くようになった。


 知って欲しかった、自分の事を。


 知りたかった、蒼真の事を。

 

 好きな歌、好きな本、外交の話、内政の課題、国を良くするために思いついたと。


 蒼真は最初、ちゃんと聞いていた。椅子に深く座って、うなずいている。


 だが、少しずつ、その顔から余裕が消えていった。


 話すことに夢中な蓮華は気づかない。蒼真の顔が、困惑から、劣等感を含んだ苛立ちへ変わっていくのを、俺だけが見ていた。


 そしてある日、蒼真が吐き捨てるように言った。


「……お前、難しいことばかり言うな」


「え?」


「いちいち俺に言って、何がしたいんだ。俺がわからないのを、笑いたいのか?」


 蓮華は言葉を失い、蒼真は部屋を出ていった。


 残された蓮華の背中には、悲しみと、それを必死に押し殺そうとする、もっと暗い孤独が滲んでいた。


---


 皇国の大広間。


 扇をゆったりと閉じる乾いた音が、冷ややかな沈黙の中に響く。


 円卓の向かい側、他国の使節団は隠そうともしない侮蔑を瞳に宿していた。だが、蓮華が唇を開いた時、空気が凍りついた。


「貴国が昨年の不作により、備蓄の七割を喪失している事実は承知しております。その上で、あえてこの強気な要求……。なるほど、国内の強硬派を黙らせるためのポーズが必要なのですね?」


 提示されたのは、彼女が夜を徹して読み込んだ膨大な統計と、断片的な情報の「答え合わせ」だった。


 相手の顔から余裕が消える。蓮華は一度も声を荒らげず、ただ冷徹なまでに正確な「事実」という刃で、相手の退路を断っていった。


 交渉が終わったとき、使節団の長は深く腰を折った。


 蓮華はその背中を冷めた目で見つめていた。これで少しは国が良くなる、という期待。けれど同時に、自分の正しさがまた誰かを遠ざけるという疲れが、彼女の瞳に混在していた。


---


 夜の執務室。蝋燭の火が短くなるまで、彼女は地図と格闘していた。


 北の州を襲った水害。泥濘に沈んだ街道。彼女の指先が、地図上に新たな輸送ルートを、迅速に描き出していく。


 翌朝、彼女はその完璧な策を担当貴族の元へ携えていった。


「令嬢がこのような政に首を突っ込まれずとも、我々で適切に対処いたします。お引き取りを」


 男は慇懃無礼な笑みを浮かべ、書面を受け取ると、彼女を追い返した。


 三日後。


 その男の名前で、蓮華の策が「最新の救済策」として実行された。言葉の端々、輸送ルートの選定。すべてが、彼女が書いた通りだった。


 廊下でその報告を聞いた蓮華は、一瞬だけ視線を落とす。


 それだけだった。怒りも嘆きも、もう外には出さなかった。


---


 視界が激しく切り替わる。


 活気に満ちた市場。一人の商人が、蓮華に気づき、地べたに膝をついた。


「先日の関税の件……姫様のおかげで、店が潰れずに済みました。本当に、ありがとうございます」


 学問所の庭。子供たちが無邪気に手を振る。


 彼女が無理を通して組んだ予算が、その笑顔を守っていた。


 外では、彼女は「救世主」だ。


 けれど、誰かに感謝されるたび、蓮華の微笑みの奥で孤独が深まっていくのが見えた。


 この人達は、自分の属性を知ったらどう思うのだろうか。いや、どう思われようともいい。自分がする事は変わらない。


 それでも。


 あとほんの少しだけ、もっと近いところで、自分を理解して欲しいと思ってしまう相手がいた。

 

---


 外交を終えた蓮華の手には、精巧な細工の小さな箱があった。蒼真がいつか「興味がある」とこぼしていた、異国の天球儀。


 だが、角を曲がった先で、彼女の足が止まった。


「……いくら外交が鮮やかでも、あれではね」


「ええ。あのご不浄な闇の力。どれほど国に尽くそうと、拭い去れるものではありませんわ」


「むしろ、穢れてしまいますわ」


 侍女たちの、密やかな、けれど残酷な囁き。


「蒼真様は本当にお可哀想。あのような業の深い方のお側を歩かねばならないなんて……」


 蓮華は壁に背を預け、息を殺した。


 怒り、憎しみ、そして自分への嫌悪。それらが泥のように渦巻いているのに、彼女は一切を表に出さない。


 侍女たちが去り、静寂が戻った廊下。


 蓮華は再び歩き出し、蒼真の部屋の前で足を止めた。


 扉の向こうから、楽しげな笑い声が漏れてくる。


 恋華の鈴を転がすような笑い。それに答える蒼真の、柔らかく、自然な声。


 蓮華のノックしようとした手が、虚空で止まった。


 その顔は一瞬だけ、泣き出しそうなほど歪んだ。だが、すぐに能面のような無表情へと戻った。


 彼女はゆっくりと手を下ろした。


 来た道を戻り、廊下の端にある飾り棚の上に、そっとその箱を置く。


 誰が置いたかもわからない、名もなき贈り物として。


 最後まで、彼女の瞳から涙がこぼれることはなかった。


---


 揺れる船の中、俺は目を覚ました。


 肺の奥が焼けるように熱い。


 夢の中で見た蓮華は、ずっと独りだった。


 積み上げても削られ、認められても誰にも届かず、湧き上がる感情を踏み潰して、また積み上げる。


 その痛みの余韻が、俺の胸の中に居座っている。


 ゆっくりと寝台から起き上がる。身体が重いんじゃない。彼女の心の重みが、まだ俺の魂にこびりついているような気がした。


 蓮華の感情が離れてくれない。


 今日、レイと会う。商会に勧誘するつもりだ。


 その予定だけが、ようやく俺を現実に引き戻してくれた。


 彼女がかつて踏み潰したはずの孤独を、俺は抱えたまま、船を降りる準備を始めた。

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