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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第2部】辺境の魔女

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「温泉ステーションですわ(水着で入らせて頂きます)」

 リンとは、これまでも何度か顔を合わせている。必要な情報を買っているうちに、いつの間にか顔なじみになっていた。


 そのリンが、珍しく浮かれた顔でやって来たのは、その日の午後のことだった。


「蓮華姉さん、いい話があります」


「情報ですの?」


「情報です。でも今日はちょっと毛色が違う」


「聞きますわ」


「温泉ステーションがオープンしたんですよ。宙域内の小惑星から温泉が湧いたらしくて、そこを丸ごと開発したやつで。かなり大規模で、浴場だけじゃなくて宿泊施設もある」


 温泉。


 その単語が、俺の中の何かを直撃した。


(温泉……)


 広い湯船に浸かるやつだ。宇宙に来てから、いつも鍵付き個室の狭い浴槽だった。


 いくら身体が女性でも心は男だ。女湯に入るのは俺の倫理観が許さない。本音を言えば入りたいが。 


 その葛藤のせいで、イマイチ入浴を楽しめないでいた。


 しかし温泉だ。


 日本人として、温泉という二文字に反応しない者がいるだろうか。いや、いない。 


「どのくらいの値段ですの?」


「それが高くて。一人一泊が結構な金額で……辺境の相場とは全然違います。富裕層向けに設定してるみたいで」


「遠いですの?」


「この宙域から少し離れますね。船で半日くらい」


 俺が次の言葉を考えていた瞬間、後ろから声が飛んできた。


「温泉?」


 ナイラだった。操縦席で計器のメンテナンスをしていたはずが、いつの間にか手を止めてこちらを向いている。


「ええ。新しい温泉ステーションが」


「行きたい」


 即答だった。


 リンが少し驚いた顔をした。俺も少し驚いた。


「ナイラ、値段が高いと今言いましたわよ」


「わかってる。でも行きたい」


「どのくらい高いか聞いてからでも」


「どのくらい高いんだ」


 リンが数字を口にした。


 ナイラが黙った。


 少し間があった。


「……無理だな」


 諦めが早い。だが顔が残念そうだった。


(俺も行きたい。正直に言えばかなり行きたい)


「リン」


「なんですか?」


「その温泉ステーション、何か特徴はありますの?」


「えっと……オープン記念で色々やってるみたいで。招待券とか配ってたらしいんですけど」


 リンが少し言いよどんだ。


「……実は、招待券を四枚持ってます」


 全員がリンを見た。


「何故ですの」


「……言えないです」


「また言えないやつですの」


「でも本物です。ちゃんと使えます。四枚あれば、蓮華姉さんとジャンク兄さんとアイラ姉さんと、わたしの分で揃います」


 ジャンクが端末から顔を上げた。


「P-0は?」


「AIなので温泉は不要かと存じます」


 P-0が即座に答えた。


「では四枚でちょうどですわね」


「ただ問題があって」


 リンが続けた。


「わたし、船を持ってないので行けないんですよ。少し遠いし、公共の輸送船は高くて。だから有効期限が切れる前に使えなくて困ってたんです」


 沈黙が落ちた。


(つまり、うちの船で連れて行ってほしいという話か)


「船賃の代わりとしてそのチケット三枚と交換ということでよろしいですの?」


「そうです。皆さん一緒に行きましょう」


 ナイラが静かに言った。


「……行こう」


 ジャンクも頷いた。「賛成」


(俺も異論はない。全くない)


「では行きますわ」


 口が答えた。俺の意志と完全に一致していた。


---


 翌日、廃鉄より蘇りし高潔なる騎士ジャンク号は、いつもの採掘エリアとは逆方向へ針路を取った。


 航行中、リンがふと聞いてきた。


「ジャンク兄さん、この船の動力って何ですか。エネルギー炉の排熱が全然出てないんですけど」


 ジャンクが少し間を置いた。


「……蓮華の術力だよ。魔力を動力に変換している」


「えっ」


 リンの目が丸くなった。


「それ……理論的には可能とされてるやつですよね。でも実現した例を聞いたことがなくて」


「うん。実際に成功したのは、たぶんこの船が初めてだと思う」


 リンがしばらく船の構造を見回していた。感心とも驚きともつかない顔だ。


「……すごいです、ジャンク兄さん」


「ただ、それはあまり外に出さないでほしいんだ。目をつけられたくない」


「わかりました。内緒にします」


 リンがあっさり頷いた。情報屋として口の堅さは信用している。


「でも蓮華姉さんの魔力、本当に規格外ですね。これだけの船を動かして、半日の距離を飛べるなんて」


「まあ……色々ありますの」


(実際は1ヶ月以上は運航出来るんだけどね)


---


 温泉ステーションは、思っていたより立派だった。


 小惑星の外壁を削って作ったドーム型の施設で、内部には複数の浴場と休憩所、食事処が並んでいる。装飾は和風だった。木材と石を模した素材、のれん、湯気が漂う廊下。


 その雰囲気を見た瞬間、ふと断罪の大広間を思い出した。赤い敷物、灯篭の光、あの和の意匠。場所は宇宙なのに、似た気配がある。


 思い出したのは一瞬だけだった。目の前に温泉がある。それで十分だ。


「招待券をご利用ですか。ありがとうございます。お着替えはこちらにご用意しております」


 受付の案内に従って進む。


 暖簾の手前に立て看板があった。


『当施設は混浴・水着着用でのご利用となります』


(もともと一人で入るつもりだったけど、全員一緒の露天風呂風ということか)


 田中浩介、35歳。宇宙で仲間と初混浴に入ることになるとは。


(まあ水着だし。プールみたいなものだ)


 自分にそう言い聞かせながら、個室で着替えを終え更衣室を出た。


 湯気の向こうに、水着姿の面々。


 ナイラは無駄のない体つきだった。細く引き締まっているが、芯にしっかりとした強さがある。余計なものを一切削ぎ落としているが、出るところが出ている。均整の取れた体のライン。余計な脂肪はなく、それでいて女性らしい柔らかさはきちんと残っている。立っているだけで絵になるような完成度だった。これは強い。


 ジャンクは思っていたより、ちゃんとしていた。普段は作業着に隠れているが、無駄のない筋肉がうっすらと浮いている。細いが、芯が通っている体だ。


 リンは年相応に華奢で、少し落ち着かない様子で肩をすくめている。水着にも慣れていないのだろう。それに未成年だ。リンの方は見ない。絶対見ない。 


(よし)


 軽く息を吐く。


(落ち着け。ただの温水プールだ)


 ゆっくりと湯に足を入れた。


 湯に浸かった瞬間、転生したことも、男だけと身体は女だとか、口調が令嬢だとか、全部どうでもよくなった。


(……いい)


 ただそれだけだった。


 肩まで湯船に沈む感覚。温かさが体の芯まで届いてくる。宇宙に来てから張り詰めていたものが、じわじわと溶けていく。


 広い浴場に、四人でそれぞれの距離感で浸かっていた。


 ジャンクは少し離れたところに座って静かに湯に浸かっている。水着だからそこまで気まずくはないが、やはり多少の間合いは取っているらしい。


 ナイラは目を閉じてただじっとしていた。普段は鋭い表情が、今は何も考えていないような顔だ。こんな顔をするのを初めて見た。


 リンが俺の隣に来て、湯に浸かりながら言った。


「蓮華姉さん、いい顔してますよ」


「そうですの?」


「なんか、ほっとしてる感じ」


「あなたもでしょう」


「……そうですね」


 しばらく、誰も何も話さなかった。


 それでいい時間というのが、久しぶりだった。


「ナイラ、ジャンク」


「何だ」「何」


「来てよかったですわ」


 ナイラが少し間を置いた。


「……ああ」「そうだね」


 それだけだったが、十分だった。


---


 上がってから食事処で合流した。


 宇宙食とは全然違う料理を食べた。値段は招待券に含まれているから気にしなくていい。ナイラがおかわりをした。リンがデザートを二つ頼んだ。ジャンクはずっと静かに食べていた。


「またいつか来ますわ」


「招待券はもうないけど」


「次は稼いでから来ますの。オリハルコン積立を少し使ってもよろしいかしら」


 ジャンクが笑った。


「温泉の方が剣より先なのか」


「優先順位を見直しましたの。たまにはこういう日も必要ですわ」


 「……賛成する」


 ナイラが静かに言った。


「わたしもまたみんなと来たい」


 リンがうなずいた。


 P-0が通信越しに口を挟んだ。


「お嬢様、オリハルコン積立から温泉代に予算を移動した場合、剣の完成予定が十四年から十七年に延びる見込みです」


「……善処いたしますわ」


「なお、本日の口調の乱れは四回でございます。温泉の効果でしょうか」


「そういうことにしておいてください」

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