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追放された悪役令嬢、宇宙に飛ばされたら最強でした ~中身は35歳社畜なのに、口が勝手にお嬢様になるんだが~  作者: 多々太
【第2部】辺境の魔女

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「少々、眠りが浅うございましたわ(……)」

 その夜、夢を見た。


 気づいたときにはもうその中にいて、これは夢だと理解する前に、匂いと空気だけが先に現実のようにまとわりついてきた。


 畳の部屋だった。古くて、少し湿った匂い。視線の先に幼い少女が座っている。黒髪で、まだ小さい。七つか八つくらいだろう。その手のひらから、紫色の光が滲み出ていた。


 最初は細い糸のようだったそれが、少女の意思とは関係なく広がっていく。


 畳の縁をなぞり、じわりと焦げる。壁が黒く変色し、焼けた匂いが強くなる。


 少女は慌てて両手を握り締め、押さえ込もうとしているが、止まらない。畳の上に置かれていた人形に光が触れた瞬間、それは静かに崩れた。布が裂け、中の綿が焦げて縮む。その光景を見た少女の体が小さく震えた。


 そのとき、ドアが開いた。入ってきたのは中年の男だった。父親だと、なぜかわかった。男はすぐには少女を見ずに、まず床を見る。焦げた畳、崩れた人形。それからゆっくりと視線を上げて少女を見た。


 一歩、後ずさる。


 その仕草だけで、何を思ったのかは十分だった。


 男の顔に浮かんでいたのは怒りではない。困惑でもない。ただ、はっきりとした拒絶だった。


「……なんだ、それは」


 低い声が落ちる。少女は何も言えない。ただ見ていることしかできない。次の瞬間、男の口が歪んだ。


「気味が悪い」


 その一言で、何かが完全に切り離された。


 場面が変わる。冷たい廊下と、閉ざされた部屋。少女はその中にいて、外とは切り分けられていた。食事は扉の前に置かれるだけで、誰も中に入ってこない。少女は皿に手を伸ばしかけて止める。指先からまた紫の光が滲み、皿の縁が黒く焦げた。少女はすぐに手を引き、そのまま動かなくなる。食事はそこにあるのに、触れない。


 廊下の向こうからは子供たちの笑い声が聞こえているはずなのに、この部屋の前だけは妙に静かだった。意図的に避けられているような、不自然な静けさだった。


 ある日、扉がほんの少しだけ開いた。同じくらいの年頃の子供が隙間から覗き込む。目が合った。その子は少しだけ笑って、軽い調子で言った。


「気味悪い」


 冗談のような声だった。それでも、その言葉だけが妙に重く残った。


 そこで目が覚めた。


 船の天井が視界に入る。見慣れた金属の壁。現実に戻ったはずなのに、胸の奥に何かが残っている。感触だけが消えない。


(気味悪い)


 頭の中で、同じ言葉が重なる。


 別の場所、別の時間で聞いた記憶がある。


 里親の家で、理由もなく「お前が悪い」と言われたときの空気。施設でいじめられて里親に話したら「普通にしていれば」と言われたときの声。会社で笑いながら「田中って、生きてて楽しいのか」と言われたときの顔。


 夢の中の少女とは違う。状況も原因も違う。あっちは力のせいで、自分はただうまく馴染めなかっただけだ。それでも、胸の奥に残る感覚だけは似ていた。


 何が悪いのかもわからないまま、自分の存在そのものに理由を押しつけられる感じ。


(同じだとは言わない。そこまで単純じゃない)


 でも、無関係とも言い切れなかった。


 あのとき男が見せた顔が、頭から離れない。あれは人に向ける顔じゃない。まして、子供に向けるものでもない。


 天井を見上げたまま、ゆっくり息を吐く。


 これは蓮華の記憶だ。そう割り切ることはできる。それでも、完全に切り離せない程度には、自分とどこかが似ていた。


 胸の奥に残ったそれは、消えずに、ただ静かに居座り続けていた。


---


 朝になって、ジャンクがコーヒーを持ってきた。


「顔色悪いぞ。眠れなかったか?」


「……少し、変な夢を見ましたわ」


「どんな夢だ」


「わたくしの、知らない記憶ですの」


 ジャンクが首を傾げた。


「知らない記憶?」


「うまく説明できませんわ。ただ……少し、気になることがありまして」


(こんなこと、説明できない。自分でも整理できていない)


「まあ、無理に話さなくていい」


 ジャンクはそれだけ言って、端末の作業に戻った。


 コーヒーを一口飲んだ。苦い。でも、悪くない。


 胸の奥にまだあの感触が残っていた。じわじわと、消えないまま。


(これは蓮華のものだ。俺のじゃない)


 そう思おうとして、うまくいかなかった。

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