「三人揃いましたわ(そういうことか)」
カルナ・ステーションの第五区画は、情報屋や仲介業者が集まる場所だ。
P-0が「情報収集の効率を上げるには、この区画の人脈が必要です」と言ったので足を運んでみた。
俺は見た目から敬遠され気味だし、口を開けば勝手に煽るし、もともとコミュ障なんで殆ど商人との交流はなかった。
だか、流石にそうは言ってられない。
採掘ポイントの質を上げるためにも、先に動いている連中の情報が欲しい。
雑然とした通路を歩いていると、ふいに何かが足にぶつかった。
見下ろすと、小柄な人影が床に転がっていた。
黒髪のショートカット。オーバーサイズのパーカー。首から翡翠のペンダントを下げている。かなり若い。
「いったたたた……」
顔を上げた瞬間、目が合った。少女だ。十代前半くらい。
転ぶ直前、わざと足の力を抜いたのが見えた。崩れ方も綺麗すぎる。偶然には見えない。
俺を見た瞬間、その目が一瞬だけ冷たく光った。
それから、遅れて痛そうな顔を作る。
(わざと転んだな)
少女が大げさによろめきながら立ち上がった。
「す、すみません。急いでいたもので……怪我しませんでしたか? お詫びに少しだけ時間をいただけますか。実は耳寄りなお話しがありまして」
台詞がなめらかすぎる。
幸せになれる壺とか買わされそう。
だが口が動いた。
「まあ、災難でしたわね。お話とは何かしら」
(聞くな。絡まれるぞ俺の口)
少女の目がほんの少しだけ輝いたが、すぐに隠れた。
「実は……ヴォイド・カルテルの航路データを持っていて。どこを通って、いつ、どんな荷物を運んでるか。それを売りたいんですけど、普通の人には売れなくて」
「ヴォイド・カルテルとはどのような方ですの?」
少女がきょとんとした。
「……知らないんですか?」
「ええ。わたくし、この宙域に来て日が浅いものですから」
少女がしばらく俺を見ていた。それから少し声のトーンを変えた。
「辺境を仕切ってる犯罪組織の名称です。密輸、略奪、傭兵の斡旋……何でもやってる。採掘船が狙われることも多いから、航路を知ってれば避けられる。だからそれが売り物になる」
「なるほど」
(犯罪組織の航路データ。それをこの年の子が持っている。どうやって入手したのか、そしてなぜ俺に声をかけたのか)
「そのデータ、どこから入手されましたの?」
「言えないです」
詰まらなかった。きっぱりと言った。
「いくらでお売りになるおつもりかしら」
「五万円で」
口が笑った。扇を静かに開く。
「出所も言えない情報が五万円。それをわたくしに持ってきたのは……この区画で、一番価値をわかってくれそうだから、でしょう?」
少女の表情が一瞬固まった。
「……三万でどうですか」
「情報の出所が不明なものに三万円は払えませんの」
「一万……」
「五千円でよろしいですわね。確認してから支払いますわ」
少女がしばらく黙った。
(この子が欲しいのは金だけじゃない。反応を見ていればわかる。安全に情報を売れる相手が欲しいんだ)
「……わかりました」
データを受け取ってP-0に確認させた。
「お嬢様、信憑性はあります。一部古い情報が混在していますが、それなりの価値はあるかと」
「それでは五千円お支払いいたしますわ」
少女が硬貨を受け取って、少し間があった。
「……最初からわかってましたよね。ボクの演技」
「ええ」
「なのに付き合ってくれたんですか」
「データが本物なら取引として成立しますわ」
口が続けた。
「それと……あなたが本当に欲しいのは、お金ではないでしょう?」
少女の目が細くなった。
「信用できる取引相手。安全に情報を売れる場所。違いますの?」
少女がしばらく黙っていた。翡翠のペンダントをぎゅっと握って、それから小さく言った。
「……正解」
「でしたら、一度の取引で判断はしませんわ。積み重ねですの」
「わかりました。また来ます」
踵を返して歩いていく。その後ろ姿を見ながら、ジャンクが小声で言った。
「……今の子、いくつくらいだ」
「十四か十五くらいではないかしら」
「その年でああいうことをしてるのか」
「生きるためでしょう」
それ以上は言わなかった。
通路の角を曲がる直前、少女が振り返った。
「あ、わたしリン。リン・シャオメイ。次もよろしくお願いします」
そう言って消えた。
リン・シャオメイ。
……待て。
ジャンク。ナイラ。リン・シャオメイ。
三人の名前が頭の中で並んだ瞬間、何かが弾けた。
ずっと思い出せなかった。どこで聞いた名前か。会社で、誰かが言っていた。シナリオ担当のデスクに貼ってあった紙。外伝のキャラクター一覧だ。
製造系チュートリアルキャラ:ジャンク。
戦闘系チュートリアルキャラ:ナイラ・カシム。
情報系チュートリアルキャラ:リン・シャオメイ。
三人揃った。
(……ここ、恋トキ外伝の世界なのか)
足が止まった。
ジャンクが振り返った。
「どうした? 顔色悪いよ」
「……少し、考えていることがありますわ」
ナイラが腕を組んだ。
「何かわかったのか」
「ええ……少し。詳しくはまた」
(落ち着け。整理しないと)
P-0が静かに言った。
「お嬢様、先ほどの取引について補足がございます」
「なんですの」
「リン・シャオメイと名乗った少女ですが、データを渡す前に、こちらの端末への接続を試みた痕跡がございます。すぐにわたしが遮断しました」
沈黙が落ちた。
「……報告が遅いですわ」
「取引の妨げになると判断しました」
「なぜ黙っていましたの」
「取引は成立しました。データは本物でした。少女に実害はございませんでした。報告のタイミングとして今が適切と判断しました」
ジャンクが苦笑した。
「なお、遮断の際に少女の端末スペックを確認しました。自前で改造した機材を使っています。十四歳前後の子供が扱える水準ではありません」
俺は少女が消えた通路の角を見た。
(面白い子だ)
「また来るでしょうね」
「確率は高いかと存じます」
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船に戻ってから、頭の中を整理した。
ここは恋トキ外伝の世界だ。ジャンクが製造系、ナイラが戦闘系、リンが情報系。三人のチュートリアルキャラが、全員この世界にいる。
そしてこの世界の主人公は、レイ・ヴァン・クロウゼルという名の指揮官のはずだ。まだ会っていない。
(この先に何が起きるかは……俺にはわからない。シナリオは担当外だったし)
わからない事だらけのこの世界か少し、怖かった。
それと同時に、腑に落ちた感覚もあった。なぜここにいるのか。なぜこの体がこんなに強いのか。まだ答えは出ていないが、少なくとも「どんな世界にいるか」はわかった。
足元が少し、固まった気がした。




