SS⑩前半.手持ち無沙汰のその先に
ソフィアはとても暇だった。何もやる事がない。一応ブティックに出社してはいるが、アンソニーとエマに侯爵家時代と同じほどお世話をされ、外回りも禁止されている。
「つまらないわ……。」
ソフィアはジト目でアンソニーに視線を送る。その視線を受けたアンソニーの身体はびくりと揺れる。
「……そんな目で私を見ないでください。公爵様がお見えの時にソフィア様が不在だと、怒られるのは私なんですから。」
アンソニーは困った顔でソフィアを宥める。
「それはそうなんだけど……。」
それにしたってやる事が無さすぎる。一昨年末の大騒動を教訓として、今年度は感染症対策をきっちり行なったおかげか工房でクラスターが発生するような事件はない。エマが進捗状況を確認して回っているが、順調に工程は進んでいるらしい。いよいよドレスが仕上がってくるまでソフィアには何も仕事がないのだ。
「今年はドレスも着れないから、シーズンが始まっても社交場にも出れないだろうし……あっ。」
「そうですね……えっ?」
ソフィアは喋りながらも机の引き出しを開けてデッサンノートを取り出す。
「いい事思いついたわ!」
「そんなに急に動かないでください!怖いですから!」
「ちょっとくらい大丈夫よ。それよりも受注済みの工程が終わって手の空いた工房のリストを作ってくれる?頼みたい事があるの!」
言うなりソフィアはドレスのデザインを始める。
「お腹は締め付けず……身体が重たいからドレスはできるだけ軽く……でも貧相になり過ぎず……。あっ、ヒールも履けないからバランスも考えないと……。」
ぶつぶつと呟きながら何度もデザインを描き直し、3着分のデザインが出来上がった。
「よしこんなもんかな。」
「これは?」
ちょうど工房のリストを抱えたアンソニーがソフィアの作業室に戻ってきた。
「ふふっ。これはマタニティー用のドレスよ!」
「マタニティー用?」
「そう!つまり妊婦さん用のドレスなの。今まで妊婦さんが社交場に出る事はあまりなかったけれど、安定期に入っていれば多少は顔を出すのもありなんじゃないかと思って!」
「まあそうかもしれませんが……そんな特殊なドレス、いきなり注文が入りますか?」
アンソニーは首を傾げる。
「だから慌ててるのよ。今年のシーズンが始まる頃にはとっくに安定期に入っているわ。だからわたくしが自分で着て宣伝をしてくるの!」
ソフィアは顔の前で両手をぎゅっと握りしめる。
「大丈夫ですしょうか……いろいろと。」
「平気よ!まずはドレスを間に合わせなくちゃ!」
仕事が見つかったソフィアは元気を取り戻した。その日のうちに手の空いた工房から順にソフィアのマタニティードレスの製作に入ってもらい、シーズン前までにデザインした3着が出来上がる工程を組んでから公爵邸に帰宅した。
「うむ、気持ちは分かるが……。」
ウィリアムは当然渋い顔をしている。
「お願い、ウィル様!ヒールのない靴しか履かないし、ウィル様同伴の社交場にしか顔を出しません。気分が悪くなるようならすぐに退席しますから!」
「しかし……。」
「そうじゃないとわたくし……暇すぎて死んでしまいますわ!」
両手を胸の前で組み、目をうるうるとさせてお願いするソフィア。
「それは困るっ!ああもう、分かった。絶対に無理をするんじゃないぞ。いいな?」
無事に許可がおりた。脅したともいう。しかしソフィアは上機嫌でドレスの準備を始めたのだった。
「ソフィア様素敵ですね。」
「とてもお綺麗です。妊娠していてもこんなに綺麗なドレスが着られるんですね。」
「本当に素敵ね。私たちの時代もこういうのがあればよかったわ。」
出来上がったドレスは女性からは大絶賛だった。特に妊娠の経験がある人や新婚の女性たちが興味を示してくれた。シルヴィアの狙い通りだ。きっと来シーズンはマタニティー用のドレスも注文が入るはずだ。
「ソフィア体調は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。とっても楽しいです。」
不安げなウィリアムには悪いが、ソフィアは心から社交場を楽しんでいた。去年の居心地の悪さが嘘のようだ。そんな事で態度を変える社交界に思うところもあるが、自分が結婚したのは第二王子。そういうものなのだと思う。




