5話 女の子の誘いは断れない!~流され男の子の日常~
「だめ……ですか?」
急にしおらしくなり、潤んだ瞳で俺を見る白井さん。
七変化のように流れる喜怒哀楽の移り変わりはまるで役者のようだった。
「……」
両手を胸の前に置き、何も言わずじっと見つめられている。
人生で女子から誘われるとか、お願いされるなんて経験したことがない。
その前に、こんな可愛い子に向かって断る度胸スキルは持ち合わせていない。
心の中では舞い上がっていて、あの写真のひょっとこみたいな状態なのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
俺の声が弾んでいることに言いながら気づいた。
大げさに頭を抱えたあと、惜しげもなく目の前でノリツッコミを披露した白井さん。これが素だったら面白過ぎる。
さっきでさえ自然と口から漏れてしまったのに、気を緩めたら声をだして笑いそうだった。でも笑っちゃいけないような気がして必死に堪える。
我慢していたら鼻の奥がジンとして涙が出てきた。
「ほんとに僕と……? お笑いなんてぜんぜんわかりませんけど……」
素直に頷けばいいものの、わかってはいるのだけど予防線みたいな言葉が出る。
これだけ聞くと、誘われたから仕方なくで何かあっても自分は責任取りませんよって言っているみたいだよな。
そんなの知ったうえで、それでも声を掛けたであろう白井さんに対して失礼だったかもと後悔する。
謝ろうと白井さんの方を見ると、満面の笑みを浮かべ両手を大きく広げていた。
「梶くんがいいんです!」
初めて会って白井さんのことを俺が全然知らないように、白井さんだって俺のことなんて知らない。なのに俺の大喜利の回答だけで何かを感じ取ってくれて、ここまで言ってくれたんだ。
これ以上うだうだ言ってもダサいだけ、だよな。
「……わ、わかりました」
白井さんの褒め倒しと熱意に負けたとも言えるかもしれない。
模範的な回答のこととか、自虐ネタについての考え方とかにも共感を覚えたのもある。見る機会がなかっただけで、別にお笑いが嫌いでもない。
どちらかというと好きな方ではある。たまにお笑い芸人のゲーム実況見たりするけど、話の仕方とかうまくて面白い。コメントに対する返事が上手い芸人は尊敬する。
でも、お笑いって具体的にどういうことをやるのだろう。
「えっ……ほんまですか!?」
テーブルの上に置いていた白井さんの手がぴくりと動く。
いいの? と言わんばかりの目線に俺はこくこくと小刻みに頷いた。
「ええと……はい」
「わああー! やった! やった!」
白井さんは立ち上がりぐるっと回って俺の隣に来ると、目を輝かせながら小さなジャンプを繰り返している。俺の手を取りぎゅっと握られる。
ひんやりとした白井さんのすべすべとした手の感触に、手のひらから尋常じゃないくらいの汗が滲んできた。
「ちょちょちょ! その、と言っても何をやればいいんでしょう……?」
ネタ考えたりとか……大喜利の問題作ったりとかだろうか。
思考を巡らすも気になるのは白井さんの手の柔らかさだった。
「漫才です!」
手を離し、白井さんは手を腰にやって胸を張った。
「……まんざい? って、なんでやねんとかいうあれ……ですか?」
手持無沙汰になった両手を宙に漂わせながら俺は聞き返す。
「なんでやねんだけじゃないですけど……はい! あ、でもコントもやりたいですね! 演技力磨かれますし! よおっし! そうと決まればついて来て下さい! 善は急げです。まだいると思うので紹介しますよ!」
「……え、紹介?」
つんと鼻を立てた誇らしげな表情になる。
「うちらの活動拠点! そこで仲間、メンバーを紹介します!」
「メ、メンバー?」
白井さんは小さな親指を立て、ニッと白い歯をのぞかせた。
もしかして、三人組とか四人組でやるということなのだろうか。
はいと答えたはいいものの、いったいこの先どうなるのだろう――
◇ ◇ ◇
陽が傾き始め西日で校舎が包まれる頃、そろそろ文化祭も終わりも迎える。
最後のイベントである軽音部によるライブが体育館で行われていて、その後締めの言葉で閉幕、後片付けの流れになる。
みんな体育館に行っているのか散らかった校舎内は祭りの後の静けさな時間が流れていた。
俺はと言うと、更にテンションが上がった白井さんに腕を掴まれて1年のクラスがある一階の端にある空き教室に向かっている。
そこが白井さんの言う活動拠点らしい。
てっきり二人だけで何かをやると思っていたら違うようだった。
「漫才、コント、トーク配信もやりたいなあ。えへへ、どう思います? 梶くん?」
「そ、そうですね……」
何人かはわからないけど、これからまた知らない人たちと出会うのか……。
初めましての場面とか周りは知り合い同士で、外から来たのは俺だけとか考えるだけで緊張してくる。
「あ、いたいた!」
空きっ放しのドア、多目的室的な特に明確に用途が決まっていない教室の中、二人の女子生徒が目に入る。
「みんなー!」
と、元気よく入っていく白井さんに気づくと、二人は同時に横にいる俺を見た。
一人は金髪の女の子にこりと笑いで頭を下げて会釈し、もう一人はショートヘアの女の子で、鋭い目つきじっと睨まれる。
「こちら梶先輩! 2年生! 大喜利大会で爆笑さらったセンスの塊です!」
「ちょ、その紹介は……!」
センスの塊とか……そんなことないですから!
文化祭は終わる。
お疲れ様とか声を掛け合い、西日を浴びながら後始末をする生徒たちの声が遠くで聞こえる。
しかし、俺の出し物はここから始まるのであった。




