49話 彼女たちも「意地」だった
「もう、この人がかわいそうじゃないですか……」
少女は俺が買ってきたオレンジジュースを飲みながら息を整えていた。
「一番楽しんでたやつがなに言ってんだよ」
「そ、そんなわけないじゃないですかっ」
俺と女子さんは顔を見合わせて言葉もなく笑い合った。
「はあ……わかりました。認めます。楽しかったですおもしろかったです。これで満足ですか?」
気恥ずかしくなったようだ。少女は立ち上がって、「ごちそう様でした」と俺に一礼するといそいそと立ち去ろうとする。俺はその素振りが、まだ戻りたくないと言ってるようにも見えた。
女子さんに肘で小突かれる。
「ま、また来ますのでよかったらお題出してください! 今度こそ〇とりますから!」
少女は振り返って、そっと口元で✕を作ってみせた後、小走りで去って行った。
✕印の裏に少女が微笑んでいる口の形が見えた。
見えなくなるまで見送ると、「疲れた」と女子さんは全身を預けるようにソファに腰を下ろした。
「先に言っとくわ、ありがと。あいつのツボもわかったことだし、もう明日からいいよ。ほのかにもお礼いっとくわ。決勝前だっていうのに迷惑かけたな」
「いやいや、気にしないでください! それにまた来ます! せめて一回は〇取りたいので……」
「はは、そーかよ。別にオレが決めることじゃねえし……。あいつがいいっていうなら好きにしろよ」
女子さんの額に汗が滲んでいる。
「オレも《《意地》》だったからさ……。オレのことを気にしないでくれるのも助かった」
傍に駆け寄り、しゃがんで顔を覗き込む。この一瞬の時間で顔色が悪くなっていた。
「悪いな付き合わせちまって……ありがとな……。あれ、さっき言ったっけか、お礼……」
焦点が合っていない。俺が手を伸ばすのを制そうと女子さんは腕を上げたが何の力も入っていないのかだらんと垂れた。
支えを失った体はスローモーションのように横に滑っていく。
ソファに上半身だけ倒れこむ姿勢になり、苦しそうに呼吸し始める。
「――っ」
いや俺が看てどうする。ここは病院だ、すぐに誰かを!
「す、すいません! 誰か!!」
俺は両手を挙げて、ロビーに響き渡るくらいの大声で叫んだ。
幸い、すぐに看護師が駆け付けてくれた。
声を掛けられたり、脈を計ったりしているともう一人が車椅子を押してきた。
二人がかりで車椅子に座らされた女子さんは流れるように奥へと連れられて行く。
途中何度も、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせるように呟いていた。
◇ ◇ ◇
貧血とのことで、女子さんは点滴を受けて部屋の向こうで休んでいる。
中に入るわけにもいかず、俺は処置室の前で座ったり立ったりを繰り返しながら待機していた。
1時間くらい経ってから、女子さんのお母さんが息を切らしながらやって来て、お礼と謝罪を繰り返された。
どう反応していいか戸惑いながら、とりあえず一安心できて俺の緊張も幾分か解ける。「失礼します」と挨拶をしてから病院を後にした。
その日の夜。
歯も磨き終わってこのまま寝ようと思ったが配信を始めていた。
開始して5分、10分、15分。
このくらいの時間にいつもリッカさんは来るのだが今日もこない。
「ああしまった! あのバフ取るの忘れたな!」
今日もローグライク系のアクションをプレイしている。
前のマップで隠しボーナスを獲り忘れピンチになっている。同接が【0】でも、ゲームの状況に合わせて反応したりツッコんだりできるようになってきている。
あれからかなり小慣れた感があり進歩していると思う。
>こんばんは。お久しぶりです。(@rikka)
日付が変わって間もなく、コメント欄が一つだけ反応があった。
「こんばんは! リッカさん」
>年末年始とバタバタしてて、ようやく落ち着いたので遊びにきました!(@rikka)
「お疲れ様です。今年もよろしくお願いします~」
>このゲーム、気になってるんですけどどうですか?(@rikka)
リンクが貼られ、調べてみるとハックアンドスラッシュ系(ひたすら敵を倒して強い装備を集めていく)だ。セール中で安いし評価も高い。
ゲーム画面はダークな雰囲気でレトロ感満載ドット調の2D見下ろタイプ。
俺の大好物だった。
「セールで100円!? これ買いますやります、今すぐインストールします」
>やった! 私もこれ気になったのできっとハルさんも気になると思って! マルチもできるんですよ! ハルさんがやるなら私もやろうかなって!(@rikka)
当たり障りのない会話が続く。
あの夜からリッカさんが配信にきてくれることはなく、配信にきてくれて会話したのは今年に入って初めてだった。
リッカさんにとって友達は『特別な関係』であり、自分の知らないところで友達が別の人と騒いでたり、自分との差を感じた瞬間、『裏切り』になる。
苛立ちや嫌悪をあからさまに出して、先に自分から距離を遠ざける。けど実は遠巻きで様子はみているんだ。気になってしまうが合ってるかも。
だからあの夜、「つまらないけど応援したい」なんて言葉を残したんだと思う。リッカさんは独占欲が人一倍強いんだ。
それと、今までの会話を思い出すと俺にも『特別』は当てはまっているのかも。
俺といっても梶ではなく、ハルとしての俺だけど。
一番最初に自分が見つけ、自分しか話し相手がいない状況は、リッカさんにとって居心地がいいんだ。
そしてリッカさん……雨宮さんは、『特別だった』白井さんことを、今もずっと気にしている。
前に白井さんが雨宮さんと最近喋ってないと口にしたとき、寂しそうな顔をしてた。印象的なだったので思い出せばすぐに頭の中に浮かぶ。
>今日は他にハルさんにご報告があります。(@rikka)
「よさげなゲームの発表ありました?」
今日は配信を始めたのはゲームしたいというのもあったが、なんとなく予感もあったからだ。リッカさんが来るんじゃないかって。
俺は更にこうも思っていた。
俺が、二人の仲を修復させるような手助けができればって。
>ハルさんが、「機会を逃しちゃだめだ」って言葉で決心がつきました(@rikka)
>私から突き放しても、私が引き戻したいときにいつでも戻せるような状態にしとけばいいんですよね!(@rikka)
>私から近づいちゃダメで、向こうから近づいてくるようにしなくちゃ意味はないと思うんですよ。だから――(@rikka)
雨宮さんが白井さんに一言でも「おはよう」とか挨拶すれば、白井さんは笑顔で全身全霊で返してくれる。少しくらい離れた距離なんて、喜んだ白井さんにかかればぴょんとジャンプするだけで近づける。
そうして、二人の関係は少しずつ修復していくんだ。
>あの子を炎上させることにしました(@rikka)
「……え?」
俺が二度見すると直前のメッセージは削除されていた。
>ふふ! 見ました? では今日はこれで失礼しますね。また明日も配信してください。待ってますから(@rikka)
高いところから落ちたときみたいな、冷たい浮遊感で全身の毛が逆立つ。
「今のはミス、だよな……?」
炎、上……?




