44話 わらおー会の狂犬・青眼金壁のファナ
二回戦まで時間がない。
俺はもう嫌われるのも覚悟で思い切った提案をしてみる。
それは、ファナさんに自分自身を《《認めて》》もらうことだった。
幸いにもファナさんは自覚はしている、はずだ。
だから、その内なる熱い狂犬の魂を呼び覚まして、自分で自分をコントロールできるようにするんだ。
「え、狂……犬……?」
殻に囲まれても、内から殻を喰らい尽くせばいい。
ああこれは俺にも言えるな。
オタクだとか引きこもりだとか、理由をつけて逃げるのは簡単だけど、逃げる理由には浅すぎる。
だったらなんだと、堂々と言い切れるような強さが必要だしむしろ欲しい。
「そうです。俗世に喰らいつく狂犬です。頂点捕食者です。そして、ファナさんにとって周りのプレイヤーはみんな餌なんです」
「え、さ……?」
「例え今回は負けようとも、ファナさんは虎視眈々と次の機会を待っていればいいんです。相手が吠えようともファナさんは冷静に冷徹に冷笑してやるんです。余裕を見せるんです! 迂闊に吠えるなよ? って!」
嫌われうんぬん、俺の言うことも正しいのか疑問ではある。
「ファナさんが言葉で返す必要はありません。動じず、ただ必死にもがいている羽虫程度だと思っていればいいんです。どうですか? くだらないですよね? そんな相手にわざわざファナさんが口を開いてやること自体、笑止千万ですよね!?」
だがもう止まれない。俺のゲーム脳を刺激して言葉を探る。
同じ世界にいるファナさんだ、きっと届くはずだ。
ただ……大丈夫かなこれ?
俺の中二な心が熱くなって、変なことを言ってなければいいんだけど。
「そう! コントを見てるような!」
「コント……?」
「噛みつく価値もない相手には、ただ見下して黙って採点してやればいいんです」
「噛む価値も、ない……」
「そうです! ファナさんは審判者なんです! ただ、そうですね……慈悲! ただ、慈悲も忘れずに! 狩るまでに熟し、育てるのも頂点に立つ者の役割です!」
めちゃくちゃ過ぎる論理。
でも、自意識過剰なくらいがちょうどいい!(俺が前に思ったこと)
ファナさんがふらふらと立ち上がる。
「ただ笑いましょう。それが強者の余裕です」
「ふぁ……」
「そして終わらせましょう! この寸劇(あと4回戦)を!」
「……」
ばさあ――っ!
右手でマスクを。左手でフードを。
引きちぎるようにしてファナさんの素顔と、王者たらしめる黄金の双璧が現世へと顕現する。
「ふぁーっふぁっふぁっふぁっ!!」
会場の空気が一瞬だけ停止する。
突如現れた金髪美少女の独特な高笑いが木霊する。
「見える。はっきりと見えます! 先輩。これが……! これが、ファナの覇道なんですね!」
「は、はい! (覇道……?)」
ふと浮かんだ疑問は投げ捨てて、それよりもファナさんは仮面を脱いだ!
伝わった! どうか落ち着いてバトルをしましょうっていう俺の想いを。
その一点のみ伝われば上手くいく。ファナさんは本当に強いから。
なにもそれはシリアルに限ってのことじゃない。
自分を変える決意をして、今まで踏み込めなかった道に一歩踏み込んだ時点で、俺のアドバイスなんかいらないくらい強いんだ。
ファナさんはスポットライトを浴びながら、ツインテールをマントのようにたなびかせ、次の戦地へと赴く。
もちろん二回戦は勝った。
三回戦も勝つ。
四回戦も余裕綽々で勝つ。
「……(にこ)」
タン!
と、スマホをテーブルの上に置き、髪を掻き上げて腕を組む。
「ひぃぃ!!」
四回戦目の相手は尻尾を撒いて逃げていく。
ファナさんの笑顔はもはや相手を癒すだけじゃない。
その笑顔は、相手の心をもへし折る牙になった。
無言の圧力。物言わぬ嘲笑。まさに狂犬。
会場でも注目の的だった。
大会出場者の中でも少ない女性参加者というのもあるが、妥協のないプレイスタイルと読みがライブ配信されると、歴戦のシリアラー(シリアルのプレイヤー)たちはファナさんの周りに自然と集まって来る。
「強いな……」
五回戦目の相手は、地区大会を連続で通過している常連組のプレイヤーだった。
潔く負けを認めるとファナさんを称える。
その言葉にファナさんは目を丸くしているようだった。
「上手かった。勉強になったよ、ありがとうFANA」
FANA。ファナさんのプレイヤーネームだ。
「あ……いえ! そんな……」
「行っちゃえよ。全国!」
相手は立ち上がって親指を立てて笑う。
ふっと表情を緩めるだけの笑い方。
紳士的な立ち振る舞いに俺も言葉を失う。
負け惜しみなんてない。
負けたにも関わらず相手を賞賛して止まない。
――こんな人もいるのか。
一戦目の相手で俺は誤解していたのかもしれない。
スポーツマンシップを見た。こんな戦いを間近で見たことで、今、めちゃくちゃシリアルをプレイしたくなった。
「あ、ありがとうございますっ! が、がんばります!!」
ファナさんが頭を下げると拍手が巻き起こった。
シリアルを楽しんでいるプレイヤーたちがこの一戦のプレイ内容に、そして、二人の姿勢に惜しみない拍手を送っている。
青と白のスポットライトで照らされたファナさんは、ぽかんとした顔できょろきょろと辺りを見回している。
「――っ!!」
ふと、ファナさんは注目を浴びていることに気づくと、ぼん! と湯気が出るくらい瞬時に顔を赤くして、慌ててフードを被って俺の方に駆け寄ってきた。
「……しい……」
ファナさんが感じていた熱気が俺にも伝わってくる。
「ファナ、楽しいです!」
そして、誰にも見られないよう深くフードを被り直す。
その暗闇の中で俺にだけしか見えない距離で――
海辺に反射する太陽の光のような、とびきりの眩しい笑顔で喜びを爆発させた。
「ファナさんの実力です! 明日も頑張りましょう! 行けますよ!」
「先輩っっ!! ありがとうございます!!」
ファナさんが力強く抱きついてきた。
すぐに尻もちをつきそうなくらい体を離して、
「ごめんなさい!」
と謝罪するファナさんだったが、言葉とは裏腹にフードの中から見える顔は感情を隠し切れていない。
ファナさんの笑顔はたくさん見てきたが、今まで見た中で一番輝いて見えた。
まるで自分のことのように嬉しくなる。
――吹っ切れたファナさんの快進撃は日曜日も続く。
特設のステージで、一戦ずつトーナメント方式でライブ配信され、その緊張は俺には想像できないくらい重圧でもあっただろう。
それでもファナさんは初戦を勝ち、二戦目も鮮やかな読みと複雑なプレイを駆使して勝つ。昨日の状況を知っている観客たちは魅了されたように声援を送っていた。
その中の一人はもちろん俺だ。
「ファナさん頑張れーー!!」
準決勝――
対戦したデッキとの相性の悪さもあったが、欲しいカードがなかなか引けない状況でなんとか耐えていたが、押し切られてファナさんの挑戦は終わった。
「……」
静まる会場。
ファナさんは俯き、きゅっと下唇を噛んでいた。膝の上の拳が、きゅっと強く握りしめられている。
内心ヒヤヒヤしたのが正直な気持ちだったが、ファナさんは相手のところに向かって行き、ぺこりと頭を下げた。お互い頷き合いながら言葉を交わしている。
相手から差し出された手に一瞬だけ戸惑っていたが、そっと手を重ねて握手をすると、会場は一番の盛り上がりを見せたのだった。
◇ ◇ ◇
「先輩。本当にありがとうございました」
会場を出るとファナさんは眉を下げながら疲れた顔を見せる。
「いやあ、僕はただ見てただけです。何もしてません。こちらこそ、熱い戦いが見れて興奮しました。ファナさん、カッコよかったです!」
「……先輩のおかげです。先輩にお願いしてよかった……まだ胸がドキドキして止まらないんです。でもイヤじゃないんです。ずっとしていたいドキドキ……」
ファナさんは俺の手を取ると両手で包み込んだ。
「このまま終わっちゃうのは嫌です。ファナ、もっと大会に出たいです。そして優勝したいです!」
ぎゅっと力が込められる。
真剣な顔にファナさんの決意が青い炎になって瞳を燃やしているようだった。
「ファナさんならきっとできます! 僕が知る限り最強ですから!」
「……ふふ。そのときはまた一緒に来てくれますか?」
ファナさんに感化されている俺まで胸が熱くなる。
俺の方こそ感謝すべきだ。見たことのない世界を、ファナさんが代わりに見せてくれた。こんな熱い世界に俺も1プレイヤーとしているんだ!
「もちろんですよ! むしろ、僕も出てみようかなって!」
「うん?」とゆったりとした口調で、ファナさんは笑顔のまま首を傾げた。
「先輩は十年早いです」
「えっ……」
今度は違う力で俺の手がファナさんに押しつぶされそうになる。
「アグロしか使えないですし、相手の特徴だってまだ覚えきれてないじゃないですか。どんな相手でも同じ戦法しか使えない初心者デッキのままじゃ一戦だって勝てません。シリアル舐めちゃだめです。この大会を見て思わなかったんですか? 足元にも及ばないって」
「は……はい。仰る通りです」
「いいですか先輩。そもそもですね――」
俺のデビュー戦はファナさんからのお許しが出ないと叶いそうにない。
厳しく険しい道なのだった。
新たな世界を垣間見た土日だった。
「よし、今日もネタ合わせ頑張るか!」
ファナさんに感化され意気込む俺は、いつになく爽やかな目覚めに驚いていた。
感覚がまだあの会場の熱気に包まれているみたいに昂っている。
迎える月曜日の放課後。
わらおー会にいつもいるはずの女子さんの姿がなかった。




