39話 好きかも。聖なる夜だから言っちゃうやつ
白井さんは肩を上下に揺らし、はあはあと酸素を必死に求めるように息を整えていた。俺も同じで、今まで忘れていた呼吸を取り返すように肺が動き続けている。
舞台袖でしばらくお互いを見つめ合う形でいたが、「うう~~」と唸るような声で身震いした白井さんは、何を思ったか突然俺に向かって跳ねて抱きついてきた。
反射的に背中がそって勢いで倒れこまないように腰が引いたが、白井さんは軽く、思わず抱き留めた両手は、白井さんの腰を抑えつけて白井さんの体が宙に浮かんだ。
「梶くん! 梶くんっ! 梶くん!!」
抱きついたまま俺の体を上下するように胸の中で跳ねる白井さん。
制服越しでも伝わる柔らかい感触と体温、熱い吐息が耳元にかかる。
ぎゅううと、強い力で背中を抑えつけられている。
「梶くんほんっっま最高! うちら最強!! あははは!!」
◇ ◇ ◇
「――かんぱあぁぁい!!」
その日の夜、ファナさん宅にて。
クリスマスツリーや、部屋を囲う電飾、真っ白のテーブルクロスの上に並べられた色とりどりの料理で歓迎してくれた。
俺たちは好きなドリンクをファナさんが用意してくれた細長いグラスに注いでカチンと掲げる。零れようとも、飛沫が顔にかかろうとも気にしない。
「今日はお腹いっぱい食べて、たくさん遊んでいってね……!」
「メリークリスマス~~!」
ファナさんの家にはやっぱりメイドさんがいたとか、料理がわけわからないくらい美味しくてとてもじゃないけど食べきれないとか、いちいち理解しようとするのも面倒だ。ただ、サンタのコスプレをしていたメイドさんは、しっかりと目と脳に焼き付けた。
現実離れした状況の中、より現実とは思えない高揚感に包まれているわらおー会のテンションは最高潮だ。
「こーちゃんの最初も最高すぎる! あんな始まり方見たからみんなビビってたで!」
口いっぱいにパンやらお肉やら含んだ白井さんのほっぺたはパンパンだ。
相当お腹が空いているようだったが、それ以上に喋りたくて仕方がないのだろう。
それは女子さんもファナさんも一緒だ。
「お前らは見せつけ過ぎ! カップルかよ! さすがのオレも声かけれなかった……てか、まあ今日は仕方ねえけどよ!」
「い、いやあ、あれはつい興奮しちゃって……だって、見た!? 最後のアレ、梶くんのアドリブだよ! うち、台本にないこと言ったんやもん!」
「無我夢中でした……あの時は何が何だか」
「あれでスベったらどうしてたんだよ」
「考えてなかった! あはは!」
思い出すだけで手が震えてくる。
白井さんは自慢げに鼻をひくひくさせながら、最後のフリからオチまでを語り続けている。
結果、なんとかなってみたいでよかった。いや本当に。
「ココナッツ最強! アーヴァンチュール最強! わらおー会最強! モブたちはみんな引っ込んどけ! お笑い同好会お疲れさまでした! ふぁーっ!」
ファナさんもスイッチが入ってしまっている。
「あ……(にこ)」
そしてスッと背筋を伸ばし、聖母のような慈しむ笑顔になる。ブレてない。
「梶くん! 梶くんからも今日の舞台について一言!」
「皆さん今日はお疲れさまでした、初めての大舞台で緊張しましたが、すべての力を出し切れたと思います! 女子さんのネタも面白くてカッコよかったです。アーヴァンチュールも、もちろん最高でした! 最後にこんな素敵な会場を用意してくれたファナさんに――」
「だああ、長い! まじめか! 一言っつってんだろ!」
「あははは」
興奮も冷めやらぬまま時間は過ぎていく。
まだまだ語り足りない、もっと喋り続けたい雰囲気だったが、夜も遅くなったので、ファナさんは家まで送ってくれると車を用意してくれるようだった。
俺は歩いて帰れる距離だったし、今日のことを思い返しながら冷たい風にあたりながら帰ろうかと思って丁寧に遠慮した。
すると白井さんも「うちも歩いて駅まで行く」と言い出し、ファナさんと女子さんから無言の圧力を感じたので駅まで送りますと提案した。
二つ返事で快諾され、ファナさんの豪邸を後にして二人駅までの道を歩く。
風に当たりながらと思っていたが予想以上に寒く、棘付きの門を抜けた頃にはすっかり体は冷え切っていた。
「……雪が降ってたらロマンチックやったのになあ」
ぼそりと呟いた白井さんの言葉には「クリスマスですもんね」としか反応できず、それ以降はポツポツと短い会話を続けるだけで沈黙の方が多かった。
今日のことやこれまでのこと、話すネタは尽きないはずなのに、うまいこと口にすることができない。
◇ ◇ ◇
駅前は特徴的なモニュメントを中心に、華やかなイルミネーションで着飾っていた。小さくカラフルな星々がロータリーの中で瞬いている。
たくさん人がいるのだが、通り過ぎるカップルたちだけに目がいく。
腕を組んだり手を繋いだり。
ベンチに座って彼氏の肩に顔を預け、二人の世界に入り込んでいたり……。
「キレイ!」
そう言って一歩、二歩と先にいった白井さんは振り向く。
「まるでうちらの門出を祝ってくれてるみたい!」
点滅する華やかな背景に負けないくらいの白井さんの笑顔は輝いている。
「って、まだ結果出てないんやけど。もう勝ちでしょ! ね、梶くん!」
両手をいっぱいに広げて、白井さんは光を全身に浴びながら笑いかける。コートから延びる小さな腕がパタパタしていると、ほんとに天使みたいで飛んで行ってしまいそうだ。
「はい。勝ちました」
つられて笑った俺は調子に乗ったことを言う。
「へへ」と舞い戻ってくる白井さんは俺の横に並んだ。
「まばたきの合図、そこからのアドリブ、そして最後のオチ。あの一瞬はほんまに息が止まりそうで、楽しすぎて……周りの景色が見えなくなったのなんて初めてで」
半歩、白井さんが俺の横に近づいてきた。
「僕も不思議な感覚でした。まるで……言葉が踊っているようで……」
「言葉が踊る? あは、すごい感覚!」
お互いの腕と腕が接触している。白井さんのコート越しの感触が伝わる。
俺は既に息が止まりそうになっていた。
目の前を抱き合うように歩く熱々のカップルが通り過ぎる。
こういうのばかり目に入ってしまうから体に悪い。
だからクリスマスとかハロウィンとかバレンタインデーとかは土日なら引きこもるけど平日なら学校を休みたくなる。
「ね、梶くん」
白井さんから名前を呼ばれて、熱々カップルを目で追っていた俺は我に返った。
どこ見てんのとか、むっつりとか、いじられそうな予感がする。
「は、はい……」
恐る恐る白井さんの方を見ると、気のせいか腕の接触面積が増えた。
「梶くんはうちのこと……どう思う?」
――絶大な破壊力を誇るその一言に頭が吹き飛んだ。
どう思う? この場で? あのカップルを見た後に?
それってそういう事しかないと思うんだけどそんなことがあるわけないし、俺ですよ、梶ですよ。なにベタな展開なんて想像しちゃってるんですか。頭爆発したんじゃないんですか。
「……あはは」
「は……はは」
俺の回答より先に白井さんが笑ってくれたので、合わせるように俺も笑う。
「うちは梶くんのこと……好き。……かも」
「――どぅえっ!?」
「どぅぇって、あはは。その、相方として! うん、相方として」
「……ああ、あはは、相方、相方」
すき? 好き、スキ?
相方うん、相方だもの。
そりゃあお互いに好きじゃないとコンビなんて組めないと思う。
ん、お互いに……?
「…………」
「う、うわああ! ご、ごめんね! また変なこと言うてもたかもお!?」
白井さんは早歩きで歩き出していて、追いかけるようにあとに続く。
気づけば改札口の手前だった。
スマホをタッチする前に白井さんは振り返った。
俺は声に出したつもりだったけど、発音できてなかったみたいだ。
「それじゃ! 良いお年を! 梶くん!」
「白井さん……!」
「わわっ!」
邪魔だと言わんばかりに改札口に他の人が流れ込んで、押されるように白井さんは改札口を通って行った。
向こうで白井さんは俺を見続けている。
僕も――
「よ、良いお年を!!」
好き。
なんて俺の口からは出るわけがなく。
白井さんはにこりと笑って、手を振りながら遠ざかって行った。




