38話 予選③ 【ネタ回】アーヴァンチュール!~君に捧げるブサイクなバラ~
スタンドマイクを脇に舞台に立つ。
正面を見ると人、人、人。
盛り上がった体育館は熱気に包まれ、こちらから押し返してやらないと後ろに倒れてしまいそうだ。あまりしゃべったことはないクラスメイトの姿もある。
俺は台本の文字をイメージして、生徒たちの顔を見ないように視点を上に上げる。
「「どーもー! アーヴァンチュールです!」」
声出ただろうか、出たよな?
挨拶しながら手探りでスタンドのノブを探し当て、高さを白井さんの近くへ。
俺は喋るときに腰を曲げてマイクに顔を近づければいい。
「二年の梶くんと一年の白井でやらせてもらいます。よろしくおねがいします!」
一瞬、わっと一部のグループが声を上げた。
どこからか「可愛い!」なんて声援もあった。
物怖じしない堂々とした口調で白井さんは滑らかに喋り出す。
「あ、このド緊張してる男が梶くんって言います。こー見えて先輩なんです。あー、今は……、魂抜けちゃって来年の受験からも逃げてる目してるんで、ちょっと呼び戻しますね」
とすん、と白井さんの右手が俺の胸のあたりに当たる。
「起きなさい浪人生」
「高校は卒業できるみたいです」
遠くで笑い声が聞こえる。その反応だけで生きた心地がする。
マイクに近づくときに白井さんの足が見えた。
小刻みに両足が震えていた。
「ねえねえ、梶くん梶くん」
「はいはい、白井さん」
それをごまかすようにつま先立ちしたり膝を曲げたり、小さく動かし続けていた。
不思議と俺の中で力がみなぎって来る。
「高校生のうちらはなんてったって夢で溢れてる、そう思わん?」
「僕らの未来は無限に広がっていますね。どこにだって行けちゃいます」
「二浪だって夢じゃないな」
「叶えたくない夢もあるものです」
くすくすと反応がある。
大丈夫。俺の声はしっかり出ている。
ビブラートのように震えている声だが聞き取れる。致命的じゃない。
正確には二人とも真正面を向いてはおらず、若干体を斜めにしてマイクが体の中心になるような位置取りで並んでいる。
白井さんは喋るたびに俺と観客席の方に視線を配り反応を確かめているようだった。
「だからいろんな夢を摘んで味見してみたいなあって思うねん」
「いいですね。あんな夢は酸っぱい味。こんな夢は甘い味。それとほろ苦い味の夢だってあるかもしれません。いっぱい味があるというわけですね」
「……」
白井さんは聞いてない風を装って、観客の方を見て笑顔をバラまいている。
「ファナち! クラスのみんな! やっほ~!!」
白井さんが大きく手を振ると、小さく集まった女子の集団も両手で手を振りながら歓声を上げる。その中にはファナさんの姿もあった。
「僕の夢は進級することです」
「よう言うわ! 先輩だった梶くんが気づいたら後輩だった件」
「ジャンルはホラーですかね」
俺は表情を変化させて反応するのは苦手だったから、白井さんの言葉に即座に言葉で返すスタンスを徹底していた。ほんとうはここに苦笑いしたり所作を入れるべきなんだろうけど、そこまでの余裕は身につかなかった。
それでもこの掛け合いに笑いが起きている。壁際で一列で見守っている先生方の表情も緩んでいるようだった。
「そんなことはどうでもええから、ちょっと色んな夢を叶えたうちをやるね」
「僕はそれを羨ましいと思えばいいんですか?」
「ちゃうわ、指くわえてうちが先に卒業するのを見送ってればええねん」
ピッと人差し指を立て自分の唇に当てながら物欲しそうな顔でみる白井さんに、俺は僅かな哀愁を漂わせながら低い声で反応する。
「僕は二年のループから抜け出せないようですね」
「どうせクラスでも空気なんでしょ? 気づかれへんって」
「内緒で留年するわけじゃないんですけど」
「そうなん梶くんのクラスぅ!?」
白井さんは耳に手をやって生徒たちの方に重心を傾けると、クラスメイトがいる方向から「初めまして」やら「先輩!」なんてからかいと、笑いが起こる。
「お花屋さんになる!」
ぴょんと跳ねた白井さんは手を上げて、指をハサミにして花束を作っている演技をし始める。
「いらっしゃいませ! 浪人様でしょうか?」
「お一人様みたいに言わないでください。それに、お花屋さんはそんなこと言いませんって」
「すみません。実は今日初出勤なんですけど、一人でお店を任されておりまして」
「大丈夫かな、このお花屋さん」
「あ、今なら昨晩店長が告白した時に渡そうとしたバラの花束がおススメですよ」
「へえ~、ロマンチックですね!」
営業スマイルで、まるでそこにあるかのように両手で場所を示す。抱きかかえるように持ち上げ俺に見せるようにする。俺はうんうんと頷きながらそれを見て、
「ん? 渡そうとした?」
「はい。撃沈したのでそのまま売り出してます。叩きつけた跡があるのでお安いですよ!」
「告白する予定もないですけど、あったとしても絶対に買いたくないですね」
「店長も人生の浪人中、なんちゃって」
「それ絶対言っちゃだめです」
「貢いだ金を取り返すって言って、今パチンコ行ってます。ありがとうございますありがとうございます――」
「白井さん、そのお花屋さんは危険です」
ドワッ……!
いらっしゃいませのあたりから小さな笑いが起きていて、パチンコあたりから先生たちも肩を揺らしているのが見える。なんだかんだ言って俺も周りが見えていた。反応が起こるたびに視界がクリアになっていくんだ。
一呼吸の間、白井さんの目を見て確認する。
時間的にどうするかの判断だ。体感的に今で2分くらいだろうか、このまま終わらせるかもう一つ小さな「なりきり」を出すか――
この雰囲気だとこのまま終わるのはもったいない。そう思った瞬間、白井さんはぱちぱちぱちと三回瞬きをする。次に行くのサインだ。俺は短く息を吐いて顎を引いて了解する。
間髪入れずに白井さんが手を上げる。
時間はギリギリになるかもしれない、テンポを上げていかなくては。
きっと次は「アイドルになる」だ。30秒くらいで終わる。
そして、「いい加減して」で終わり、退場して大体4分! いける!!
「梶くんと一緒にプロの漫才師になる!」
――!?
え、なにそれっ、聞いたことないっ!?
一瞬、思考が真っ白に染まる。
台本にない。打ち合わせにもない。
完全に白井さんのアドリブだ。チラリと横を見る。
白井さんは悪戯っぽく笑っているようで、その瞳は真剣だった。
せっかくこんなに暖まっているのに、俺の反応一つでスベってしまう!
――梶くんなら返せると、全幅の信頼を寄せてきている目だ。
少し釣り上がった大きな瞳には、キラリと光る十字の模様。
夢と期待とポジティブをいっぱいにした二つ星には疑いなんて宿ってない。
息が、できない……。口の中も喉も干からびる。
……ああでも時間がない! やるしかない!
俺は無心でさっきの花屋のコントで白井さんが「バラを置いた」あたりの空間へ手を伸ばした。
「……プロになったら、この店長のバラ買います」
「えっ……それって、プロポーズ?」
俺が掴み上げた「見えない花束」を見て、白井さんが目を見開く。
伝わったのか、その顔に花束以上の笑みが浮かんだ。
白井さんは主婦のように口に手を当てて驚く仕草を見せると、「おおっ!?」と低い歓声が上がった。
「ただの結成祝いです」
「あかん、泣きそう……」
「僕もやるときはやるんです」
「店長によろしく言っといて! 僕はお先に失礼しますねって!」
「いやだめでしょう、生きて帰れませんって!」
頭に浮かんできた言葉をかみ砕くことなくそのまま吐き出す。
つまずいた瞬間、転げ落ちてもう戻ってこれなくなる予感がある。
白井さんの視線、唇の動き、テンポ。それに寄り添うように合わせていく。
言葉と言葉で躍っているようだった。
「でもうちはもう就職して大人やけど、まだ梶くん高校生やしな」
「僕まだ卒業できていませんか!?」
「いつまで過去に縛られてんねん!」
「やる気はあるんですけどね」
もう白井さんしか見えない。
「そんなに難しいん? 算数」
「義務教育からやり直しちゃってます」
「階段の踊り場に出るらしいですよ。卒業できなかった男子の霊が」
「さぞ浮かばれない僕なのでしょう」
白井さんは俺の手からそっと花束受け取る仕草をすると、
「そんな梶くんに朗報です!」
「え、卒業できるんですか?」
白井さんは俺の手からそっと花束受け取る仕草をすると、ニカっと笑って客席に突き出した。
「今なら『二年ループし続けてる高校生の怨念』もたっぷり詰まったバラの花束がおススメですよ!」
「僕の呪いが上乗せされてます……ってかお花屋さんに就職してる! もういい加減にして!」
腹の底から残った声を捻りだし、精一杯の声を出し切る。
こく、と俺にしか気づかないくらい小さく顎を引く白井さん。
「「どうもありがとうございましたー!!」」
マイクから離れ、二人揃って深々と頭を下げる。
一瞬の静寂の後、体育館が揺れるような拍手が俺たちの背中に降り注いだ。




