28話 スベった後に縮まる距離はing
「ごめんなさい梶くん! やりすぎましたあ!」
昇降口で、膝をついて頭を抱える白井さんを俺は必死になだめていた。
土下座しそうな勢いで謝ってくるので本当に必死だ。
「うち、ほんとこーいうやつなんです! よかれと思ってやったけど、とんだ赤っ恥かいただけっちゅうか、一笑い起こせるかもって調子乗ってたというか! 梶くん、解散するなんて言わないでくださいい!!」
「い、言ってませんし言いませんから! 落ち着いてください白井さん」
ある意味で踊り場より目立っているかもしれない。
俺が白井さんをいじってるみたいで周りの視線がズキズキと痛い。
変な誤解をされそう。
「でも怒ってますよね?」
「怒ってないです」
「……ほんま?」
「ほんまです」
「……解散しない?」
「しません」
「でもちょっと引きました?」
「ちょっとだけ……」
「うあああ!!」
「嘘です嘘です! ぜんっぜん引いてません! むしろ勉強になりました!」
落ち込んだ子供を励ますのってこんな感じなのかと思う。
白井さんの表情は、一言ずつのやりとりで段々と明るくなり、ちょっとだけの言葉で「優しく否定」すると、大げさなリアクションでショックを受ける。
……ちょっと楽しい。
袖を指先でそっと摘ままれたあと、白井さんはゆっくり顔を上げた。
「じゃあ明日もまた、同じ時間に踊り場で、うちとしてくれる……?」
垂れた前髪に透ける潤んだ瞳に身動きが取れなくなる。
俺の大きく跳ねた心臓の音が波紋のように白井さんの目の奥で広がる。
つい詩人みたいな言い方になるくらい、引き込まれる表情だった。
ふと思ったけど、わらおー会に入ってからこんな例えばかり思い浮かぶ。
俺ってロマンチストだったりするのだろうか……?
「します……。でもいきなりは、やっぱり難しいなあ、なんて」
一瞬だけあらぬ想像をしてしまっている俺をほんとどうにかしてやりたい。
「ぐさっ! ですよね……。うちのアドリブ力、まだまだ足りないなあって痛感しました。梶くんがなにを言おうともカバーしてみようって意気込みだったたんですけど。へへ……、修行が足りませんでした。ごめんなさい」
再度頭を下げる白井さん。
直ぐに顔を上げて腕を組みながら考え始める。
「E-1の舞台って、もしかしたらたくさんの人に見られるかもしれないから、耐性つけるためにも予行練習にはいいと思うんですよ」
何人もの白井さんがいるんじゃないかと思うくらい切り替えが早い。
「僕の弱いところ、そこです。人前で喋るのは得意じゃないので、たくさんの人に見られてるって思ったら、頭が真っ白になっちゃって……」
さておき、俺の弱点が見事に露呈した踊り場の出来事だった。
知らさんの言う通り、俺には人前で喋ることの耐性がない。頭が真っ白になる。
本番でせっかく覚えた台詞が飛んでしまったなんて始末に負えない。
「……ふふ。梶くんの場合は、その状況でこそ、センスが爆発するんですけどね」
ごく自然に靴を履き終える白井さんを待って、今度は白井さんが俺の靴箱までついてきて靴を履き替えるのを待ってくれる。
その間にも会話は続いていた。
「自分でも何言ったのか覚えてないくらいですよ、はは……」
「大喜利のときも、名前当てゲームのときも、ファッションチェックのときも、梶くんのアドリブ力めっちゃ冴えてましたよ!」
「思い出すと恥ずかしくて死にそうです」
校門を抜けると、白井さんと俺は帰る方向が逆だった。
白井さんは駅へ、俺は住宅街へ。
俺と白井さんは立ち止まると、冷たい風が容赦なく吹きつけてきた。
「……」
白井さんは何か言いたげな顔で俺を見ている。
心臓が喉から飛び出してくるのを堪えていた。そう簡単に抑えられるわけがない鼓動は、スライムみたいに柔らかくなって鼻と耳から出てこようとする。
きっとその顔はひどい顔だろう。
そうなる前に言うんだ、俺。
――言えばきっと楽になる。
「そ、そういえば駅前で買い物してって親に頼まれてたんでした……。ついでに、本屋さんで問題集でも買おうかなあ……」
「じゃ、じゃあ一緒に行きます?」
「そそ、そういえば白井さんも同じ方向ですもんね……」
「へへ。……です」
ぎこちないやり取りを終えると、駅前に向かうバス停に向かって歩き出す。
冷たい風は服の間を通り抜ける。汗の跡をなぞってきてひんやりと気持ちいい。
もっと冷たくてもいいくらいだ。
じゃなくちゃ、白井さんの眩しい笑顔にどんどん体が焦げていってしまう。
「梶くん。最初の掴みの挨拶決めませんか?」
「掴み?」
バスの中で、一番後ろの席が空いていたので並んで座る。
俺は立っていると遠慮したのだが、それはお客に迷惑ですと引っ張られるように狭い座席におし込められる。
「はい。ピン芸人も漫才師も自分だけのオリジナルの挨拶持ってるじゃないですか」
白井さんの体に俺の上着やら腕が軽く接触してしまったので、できるだけ通路側にへばりつくように距離を取る。右半分のおしりを持ち上げている感じだ。
いい匂いが漂ってくる。甘い花のような香り。
髪を耳に掛けるように掻き上げる最中に目が合い、にかっと屈託のない顔で俺に笑いかける。
「ああ、あの踊り場で白井さん言った、どうもアバンチュールです。みたいなやつですよね」
「そうですそうです! 最初はやっぱり、お決まりの挨拶と自己紹介!」
挨拶か……。
テレビの芸人とか、最近の配信者もそうだけど、私たちはこういう者です!
と、世界観ごと伝える力があるよな……。
「梶くんがきめてください!」
「ぼ、僕ですか?」
突然の白井さんからの提案に反応した声がバスの中に広がる。
学生たちの乗車が多く、最初から騒がしかったので注目を浴びることはなかった。
「できれば、せーので一緒に言えるやつがいいです!」
「考えてみます……」
奇をてらった挨拶なんて却下だよな。
考えるならキャラと雰囲気に合わせたものじゃないと……。
でも漫才コンビで相方は冷静で普通な感じだけど、ボケ役の相手がキャラクターを作っててお決まりの挨拶をするなんてのもあったぞ。
「……うーん」
案①バンバンバン! アーヴァンチュールです。
案②アーヴァンチュール! 嗚呼、今BAN中! 宜しくお願いします!
……言うのもはばかれる内容だ。
なんだこれ、寒すぎて凍えてしまいそうだ。
「やはり、王道ですが……特徴的な言葉とか使うキャラでもありませんし、堂々と僕たちをアピールするために、『どうも、アーヴァンチュールです』って無難に挨拶するのがいいかなあと思います。真面目で硬派な感じも伝わると思いますし……」
ようは思いつかなかったのだが。
一周回って、いや半周すら回ってないかもしれないけど、普通が一番いいと結論づける。
「てっきり嗚呼、今BAN中が出てくるのかなあなんて、期待してました。あはは」
……まさか、案②が読まれていた!?
駅前にバスが到着する。
ロータリーの下にバス停があるので日陰になっており隙間を縫ってくる冷たい風が、暖房で温まった体を急激に冷やしてくる。
「さぶ!!」
白井さんは俺にくっつくかくっつかないかの距離で横に並ぶ。
俺の体は風にも負けないくらい、暖房以上の熱を放ち始めた。
バスの中での協議の結果、出だしの挨拶は、
――どーもー! アーヴァンチュールです!
と普通案で落着した。




